FOペレイラ宏一朗が語る「ダークマスター VR」の稽古場
“キッチン長嶋”が稽古場に登場、模索しながらの稽古がスタート
9月上旬、都内の稽古場にて「ダークマスター VR」の稽古がスタートした。稽古場の半分には“キッチン長嶋”のイメージをそのままセットにした小屋、もう半分にはVRゴーグルや照明など数々の機材、また三方をマジックミラーで囲った机が1つ、置かれている。小屋の中には、カウンターや冷水機、壁に掲げられたメニュー、2階に続く階段、長嶋茂雄のイラストが表紙になった本など、「ダークマスター」に必要なものが“すべてそろっている”。コンロに置かれた寸胴鍋からは、何も入っていないのに良い匂いがしてくるようだった。
稽古は、その小屋の中でさっそく行われた。客として店を訪れた、FOペレイラ宏一朗演じる“若者”と、金子清文演じるマスターはカウンターを挟んで向き合い、タニノはペレイラの背後に立つ。ペレイラの顔の前には、カメラを設置するためのスタンドが置かれ、タニノはその高さに合わせて腰をかがめながら、カメラの目線で稽古を見つめている。その状況に、ペレイラが思わず「ちょっと……やりづらい」とつぶやくと、稽古場には笑いが起きた。
稽古中、タニノはたびたび、スタッフやキャストに意見を求めていた。例えば「コロッケ定食には普通、何個コロッケが乗っているか」といった軽い質問から、「臨場感を高めるには、カメラに対してどう接近すればいいか」といった具体的な問題まで、タニノが1人で判断するのではなく、常にスタッフやキャストの意見を聞きながら作品の方向性を定めていく。最初は5分程度のシーンを考えるのに1時間近くかかり、換気のための休憩を都度挟みながら、「ダークマスター VR」の世界観が少しずつ立ち上がっていった。
勝手にソフトウェアがインストールされている感覚
これまでの「ダークマスター」でも“若者”を演じているFOペレイラ宏一朗。ペレイラに、これまでの「ダークマスター 」とVR版の演技の違いを尋ねると「もちろん舞台作品ということとVR作品ということの違いはありますが、何だったらそこしか違わないんじゃないかと思います」と答えが返って来た。「お客さんに対するアプローチという意味では、2016年に大阪で上演したときの『ダークマスター』に似たものを感じていて、『戻ってきたな』っていう感触がありますね。お客さんも、実際に劇場に行きVRゴーグルを装着する、というところも含めて演劇の手順となっているので、観劇体験としてはこれまでのペニノの作品と、大して変わらないんじゃないかなと思います」とペレイラは話す。“若者”役については、「僕が今回やる役はお客さんの目線になるので、観る人の立場になって、あまり(自分の生理で)動かないようにしています。今までの『ダークマスター』では、“若者”ってマスターや店にやって来るほかのお客など、周囲の影響を受けて人格が形成されていく感じだったと思いますが、今回はできるだけそれを排除しようとしていて。だから金子さんや日高(ボブ美)さんと向き合ってるとお芝居したい気持ちが湧いて来てしまうんですけど今回はそれを抑えて(笑)、できるだけ動かないようにしています。そこの気持ち悪さは正直ありますね」と苦笑した。
対峙するマスター役については「関西版『ダークマスター』のマスターより恐ろしさがないですね」とペレイラ。「関西版は、再開発された阿倍野の街に取り残された、昔ながらの店のマスターって感じで、厳しくも優しさがある感じだった。でも今は、僕の感じ方が変わったせいもあるかもしれませんが、マスターに遠隔操作されることにあまり恐ろしさを感じません。それが金子さんと(関西版でマスター役を演じた)緒方(晋)さんの違いなのか、このご時世の違いなのかわかりませんが、そこはグッと変わった気がします」と実感を語った。
「ダークマスター」という作品の魅力については、「食と金ということは、どんな地域でも共通していることで、それを通して雇用とか資本主義社会など、自分の周りのことが多角的に捉えられるようになっている作品だと思います。『ダークマスター VR』は原作の世界に近いとタニノさんがおっしゃっていましたが、僕もそう思います。消費社会に対する皮肉がたくさん込められているし、そのことがよりソリッドになったんじゃないかなと思いますね」と述べた。
タニノ作品には、2016年に上演された関西版「ダークマスター」のオーディションをきっかけに参加したペレイラ。自身も劇作家・演出家として劇団プロトテアトルを主宰する立場にあるが、タニノからどのような影響を受けているのか。「もう知り合って7年くらいになりますが、めちゃくちゃ影響を受けていると思いますね(笑)。自分の劇団でクリエーションするときにも、タニノさんの“原点を大事にしつつ、今、目の前で起きていることに対してどうアプローチできるか”という目線は、意識しています。別に、何かを教えてもらっているわけではないんですけど、タニノさんの現場にいると自分の中で知らないソフトウェアが勝手にインストールされてるような感じがして。今回の『ダークマスター VR』でも、お客さんはもしかしたらそんなふうに感じるんじゃないかな。今までの自分を疑うきっかけになるかもしれません」。そう話すと、ペレイラはグッと目線を上げた。