東京芸術祭のメイン演目の1つ「暴力の歴史」は、ドイツの演出家トーマス・オスターマイアーが、フランスの作家エドゥアール・ルイの同名小説を舞台化した作品だ。ゲイの主人公の身に起きた性暴力と、それに対する周囲の反応を描いたショッキングな物語を、オスターマイアーはどのように解釈し、演出するのか。本作の来日を「必ず観ます」と話すのは、「チック」「LULU」など多くのドイツ作品を手がける演出家・小山ゆうな。小山はオスターマイアー作品のどこに魅力を感じているのか。
取材 / 熊井玲、櫻井美穂
文 / 櫻井美穂
撮影 / 川野結李歌
オスターマイアー作品は、絶対に裏切らない
──「暴力の歴史」は、トーマス・オスターマイアーが芸術監督を務めるドイツの劇場、シャウビューネで世界初演を迎えた作品です。小山さんはこれまでにオスターマイアーの作品を何度かご覧になっているとのことですが、彼の作品を観続ける理由はどこにありますか?
オスターマイアー作品には、絶対に裏切られないという信頼感があります。観ると、必ずハッとさせられるんです。2005年に世田谷パブリックシアターで上演された「ノラ(原作:ヘンリック・イプセン作「人形の家」)」と「火の顔(マリウス・フォン・マイエンブルク作)」を観たときも、演出や解釈がとても衝撃的で。そのとき彼がアフタートークで「ノラ」の制作過程について話していたのですが、例えばイプセンの時代は、既婚者のノラが家を飛び出していくという結末がとてもセンセーショナルだった。でも今はそうじゃない。オスターマイアーは、どう翻案したら今の人たちにインパクトを与えられるか俳優たちと議論を重ね、その答えをラストに反映させたと言っていました。現代性を重視する彼の考え方には感銘を受けています。
──オスターマイアーはドイツ国内だけではなく国外でも広く評価されています。昨年のSPAC「ふじのくに⇄せかい演劇祭2018」では、オスターマイアー演出でイプセンの「民衆の敵」が上演されました(参照:「ふじのくに→せかい演劇祭2018」開幕、新緑の中で演じられる「寿歌」ほか)。ドイツだと「民衆の敵」は近年、頻繁にあらゆる劇場で上演されている印象があります。
「民衆の敵」ブームの火付け役はオスターマイアーなんじゃないでしょうか。彼が上演すると、ドイツ国内だけじゃなく、世界的にその作品が上演され始める。そういう影響力を持った演出家だと思います。海外でも評価されているのは、現代社会と演劇をどうつなげるかということを、彼が若い頃から考え、実践し続けているからだと思います。あとは、単純に演出がカッコいいというのもあるでしょうね(笑)。
無意識下の差別はみんな身に覚えがある
──本作「暴力の歴史」は、オスターマイアーがフランスの作家エドゥアール・ルイの小説を原作に制作した作品です。移民問題を絡めつつ、“男性である主人公が受けたレイプ被害”が描かれますが、このテーマ自体、多くの日本の観客にとって、かなり鮮烈に感じるのではないでしょうか。
オスターマイアーは社会的なタブーであったり、マイノリティと呼ばれる人たちをテーマにした作品をよく制作しています。なので、今回の「暴力の歴史」も、今まさに現実で起こっていることを、どうやってお客さんに衝撃を与えながら伝えることができるか、思考を重ねた結果が表れていると思います。ゲイの主人公がレイプされたトラウマを抱えながら、田舎に住む姉を訪ねる、というあらすじだけ読むと、ただつらい話なのかなって思ってしまうかもしれませんが、そこはオスターマイアーなので(笑)、深い思考を取り入れつつ、ユーモアに富んだ演出を楽しむことができるはずです。
──劇中ではコミカルなシーンも多く、現地での上演では、客席からたびたび笑いが起きていました。小気味よく会話が交わされる中で登場人物たちの内に秘めた差別的な思想が露見していきます。
無意識下の差別は、みんな身に覚えがあると思うし、日本のお客さんも共感できそうですよね。はっきりと目には見えない社会問題を演劇作品として立ち上げること自体、意味のあることだと思うし、考えるきっかけにもなるかと。「チック」でも人種差別や同性愛の話が出てくるのですが、2年前の初演より、今年の再演の方が、お客さんがこういった問題についてより当事者意識を持って考えるようになった印象があります。ネットを通して簡単に情報が入るようになったからかもしれませんが、若い世代を中心に「これは遠い国の話ではなく、日本でも似た差別が起こっているのだ」と捉えるようになってきていると思います。例えば今まで無意識にしていた差別発言に、日本の社会全体が徐々に自覚的になってきているのではないでしょうか。
次のページ »
どうやったらより“生”に見えるか