作品との距離感によって、演じるのが楽しくなった
小倉 第2部「ゴキブリ」は家に生息するゴキブリに悩まされている貧困夫婦の物語、第3部「マングルト」では、自分自身の体内常在菌を利用して作る食べ物“マングルト”についてのセミナーを巡る物語が展開します。第2部はライブ形式となっていますが、本作の音楽を担当する額田大志さんのライブを竹中さんが観に行って、対バンしていたミュージシャンの中村佳穂さんの歌声を聴いて、「あんなふうにやりたい」と提案されたとか。
竹中 はい、中村さんのパフォーマンスが素晴らしく、音楽のライブという形式が素敵だなと。ただ「妖精の問題」の初演のときは楽譜を作るところまではいけなくて、私が歌ったメロディにピアニストの方が音楽をつけてくださいました。実はあのシーンがどうやってできたのか、もうよくわからないんですけど(笑)、私が勢いで歌ったものにピアニストの方が合わせてくださって曲ができました。それをもとに、再演では額田さんが楽譜を作成してくださって、以降は楽譜を使って練習するようになりました。
市原 だから第2部のメロディを作ったのは、実は香子ちゃんなんです(笑)。めちゃくちゃ大変な時期だったけど、窮地に追いやられた香子ちゃんが出したミラクルという感じで、面白かったですね(笑)。
竹中 あははは! 実は沖縄で第1部のワークインプログレス発表会をやって、そのあと4日間、私だけ沖縄を離れたんですね。その間に実家に戻ってご飯もちゃんと食べたら元気になってきて、そうしたら性というか(笑)、またやりたくなってしまって。で、第2・3部は「行ったるで!」って感じでクリエーションに臨みました。
ただ、初演のときはまだ自分としてはユーモアどころじゃなくて、観客に届けるというより、客席の後ろにいる市原さんに向けて演じる感覚だったんです。それが、上演を重ねることで少し作品との距離感ができ、パフォーマンスとしてやれるようになってきて、自分をブスだと言い続けるこの三枚目のような役を、演じるのが面白いと思えるようになってきた。2021年に市原さんと「蝶々夫人」をクリエーションしたときも、1幕はこの「ブス」を想起させるところがあって、自分をブスだと言い続ける役を演じるのが死ぬほど楽しかった(笑)。でもそんなふうに演じる自分自身も役に吸収されてしまうようなことって、良い戯曲じゃないと起きないと思います。振り返ると「ブス」のときは、自分がそんなにも吸収されているとは気付かないくらい作品に吸収されてしまって、当時はそこから距離を取る術もなかったので、あんなに大変な思いをしたのだと思います。
作品を通して多様な価値観と出会ってほしい
小倉 12月から本格的に京都で、「デラックス」のクリエーションがスタートしました。手応えはいかがですか?
市原 今回は初演のときよりクリエーションに余裕があるなと感じていて。「妖精の問題」はすごく好きな作品なので、俳優さんたちと話し合いながら作品のさまざまな可能性を考えるのは楽しいです。私にとって今回の作品を作るモチベーションは、竹中さんとの創作で一度完成させた「妖精の問題」を、また違う人たちと関わって新しいものをいただくことで、リクリエーションするという点です。実際に今、稽古場でスタッフや俳優さんたちと話し合いをしたり、関連企画の「おしゃべり会」(参照:市原佐都子「妖精の問題 デラックス」が京都でリクリエーション)でいろいろな人が作品について話すのを聞くことで、自分とは違う価値観を教えてもらっていますし、観客にも自分とは別の価値観に触れることを作品の価値として考えてもらいたいなと思います。
小倉 初演から4年経ち、その間、ジェンダーやルッキズム、ハラスメントの問題がオープンに取り上げられるようになるなど、社会の意識も変化し始めました。作品の受け止められ方が変わってきたと感じるところはありますか?
市原 初演ですごく衝撃的だったのは、竹中さんがおむつを履いて舞台に現れたときの、客席の反応。二十代の若い女性がオムツを履いて現れるということのスキャンダル性みたいなものを、私たちはそこまでは考えていなかったのですが、一部の男性の観客には大きなショックを与えたようです。おそらく彼らにとって性的対象に見える二十代の女性がオムツを履くってことが、2017年当時は今以上にセンセーショナルだったのだと思います。だから「若い女性がそういう格好をしないほうが良いですよ」と年配の男性の観客に言われて、衝撃を受けました(笑)。
竹中 そうでしたね。私たちはスキャンダル性を求めてやった演出ではなく、ドラマツルギー的にオムツを履くという演出が良いと思ったし、私自身、介護に関わっているので、リハビリパンツは思考のプロセスの中で自然に出てきた、しっくりとくる演出アイデアでした。だから観客のそういった反応を受けて、えぐられる思いをして……。でもそういった観客の反応は、時代がどうということよりも、作品が上演される場所がどんどん公共の場というか、さまざまな人がアクセスしやすい場所になったことで変化してきたように感じます。フェスティバルや公共劇場のプログラムに必要とされることで観客の反応が変わったというか。逆に言えば、日本の演劇シーンでは、若手が挑戦的なことをやるときに、作り手が何の保護もないところにさらされ、えぐられる思いをするということがよくあって、それは作り手にとって厳しい状況だなと思います。
市原 そうですね。作り手が挑戦的な作品を作り続けることは本当に大変だと思います。
小倉 初演からさまざまな場所、さまざまな形で上演されてきた「妖精の問題」ですが、この作品は現在の市原さんにとって、どのような作品ですか?
市原 上演を重ねるたび、作品が他人に手渡される面白さを感じていて。韓国の方とやったときもインドネシアの方とやったときも受け取り方が違いましたし、でも国が変わっても通じるものがあるのだという驚きもありました。作品を間において人と関われるのは面白いですし、そういった関わりを持てることが、作品を上演する価値、私の生きるうえでひとつ大きな価値になっています。今日こうやって作品について話せたのもすごくうれしかったです。
- 市原佐都子(イチハラサトコ)
- 1988年、大阪府生まれ、福岡県育ち。劇作家・演出家・小説家・城崎国際アートセンター芸術監督。桜美林大学にて演劇を学び、2011年にQを始動。2011年、戯曲「虫」にて第11回AAF戯曲賞受賞。2017年「毛美子不毛話」が第61回岸田國士戯曲賞最終候補となる。2019年に初の小説集「マミトの天使」を出版。同年「バッコスの信女 ─ ホルスタインの雌」をあいちトリエンナーレにて初演。同作にて第64回岸田國士戯曲賞受賞。
- Q | 劇団。市原佐都子主宰。
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- 竹中香子(タケナカキョウコ)
- 2011年に渡仏し、日本人としてはじめてフランスの国立高等演劇学校の俳優セクションに合格し、2016年、フランス俳優国家資格取得。パリを拠点に、フランス国公立劇場の作品を中心に多数の舞台に出演。第72回アビニョン演劇祭、公式プログラム(IN)作品出演。2017年より、日本での活動も再開。一人芝居「妖精の問題」(市原佐都子作・演出)では、ニューヨーク公演を果たす。2020年、カナダの演出家Marie Brassardとのクリエーションをスタート。2021年、フランス演劇教育者国家資格取得。最近の出演作に市原佐都子「蝶々夫人」(Theater Neumarkt[スイス]との共同制作)。また企画・脚本・出演する映画「現代版 城崎にて」の公開が控える。
- 小倉由佳子(オグラユカコ)
- ロームシアター京都プログラムディレクターおよび事業担当係長。2008から2013年まで、アイホール(伊丹市立演劇ホール)ディレクターとして、同劇場の主にダンスプログラムの公演、ワークショップの企画制作を担当。2016年4月よりロームシアター京都に勤務。