ロームシアター京都 レパートリーの創造「妖精の問題 デラックス」市原佐都子・竹中香子・小倉由佳子が語る、“過酷な始まり”から“デラックス”までの歩み

ロームシアター京都のシリーズ企画「レパートリーの創造」第5弾として、市原佐都子の代表作の1つ「妖精の問題」が上演される。しかも今回は、“デラックス”版。もともとは一人芝居だった同作を、複数の俳優によって立ち上げる。

1月21日の開幕に向け、京都で連日クリエーションが行われている中(参照:市原佐都子「妖精の問題」京都で“デラックス化”に向け稽古中)、ステージナタリーでは、市原とオリジナルキャストの竹中香子、そしてロームシアター京都プログラムディレクターの小倉由佳子による座談会を実施。市原と竹中は、初演時の“生みの苦しみ”を笑顔で振り返りつつ、新たな作品の誕生に期待を語った。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 山地憲太

劇作・演出家と俳優が対等関係で作り出した「妖精の問題」

小倉由佳子 今回、ロームシアター京都では「レパートリーの創造」の第5弾を市原さんにお願いすることにしました。「レパートリーの創造」は、ロームシアター京都が劇場のレパートリー演目として時代を超えて末永く上演されることを念頭に、2017年度から取り組んでいるプログラムで、市原さんには、複数年かけて2本の作品制作をお願いしたいとお話しました。ただロームシアター京都と市原さんが一緒にお仕事するのは今回が初めてなので、新作を2本ということではなく、第1作目は、市原さんに「過去作品でリクリエーションしたいものがあれば教えていただけないでしょうか」とご相談したところ挙がってきたのが「妖精の問題」でした。

「妖精の問題」は2016年に神奈川県相模原市で起きた障害者施設での事件をきっかけに制作したもので、でも事件をそのまま扱うのではなく、市原さんが事件をきっかけに、自分の中にある“内なる優生思想”に気付き、それを起点に創作した作品です。そんな創作姿勢を見て、また市原さんの作品が社会問題や社会に生きる個人それぞれの課題に接続するものだということを感じて、作品世界が劇場を介してさまざまな回路に広がっていくということを期待できると思い、今回「レパートリーの創造」に参加していただきたいと思いました。

市原佐都子

市原佐都子 以前、「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2018」に呼んでいただいたことがあって(参照:テーマは“女性”「KYOTO EXPERIMENT 2018」全容明らかに)、以来、「KYOTO EXPERIMENT」の前プログラムディレクターでロームシアター京都プログラムディレクターの橋本(裕介)さんにずっと気にかけていただいていて。そういったつながりの中で昨年、橋本さんと小倉さんとお話する機会があり、今回のお話をいただいてうれしく思いました。お引き受けしたのは、橋本さんに対する信頼ということが一番大きくありましたが、それに加えて「レパートリーの創造」という企画が、単発で1つ作品を作ったら終わりではなく、時間をかけて同じ作品に取り組むことを(クリエーションの)到達点としているというものだったことで、劇場が時間をかけてアーティストや作品と向き合おうとしてくれているところが良いなと思いました。

小倉 「妖精の問題」は、もともと2017年に俳優の竹中香子さんの一人芝居という形で初演されました(参照:市原佐都子がレパートリー化目指す竹中香子の一人芝居、Q「妖精の問題」)。市原さんと竹中さんは大学時代からのお知り合いということですが、対談は……。

市原竹中香子 初めてです(笑)。

小倉 そうなんですね(笑)。ではまず竹中さん、市原さんとの出会いについて振り返っていただけますか?

竹中香子

竹中 大学生のとき、市原さんは俳優として活動していたので、市原さんというと俳優の印象でした。ただ私が大学4年生のときの卒業制作で、市原さんの最初の作品である「虫虫Q」に出演することになって。当時、市原さんは作家としてやっていくということをまだ決めてなくて、みんなは「また書いたら良いんじゃない?」って言ったけど、本人としては「書きたくなったら書く」というようなテンションだったことをすごくよく覚えていますね。だから市原さんはまた俳優としてやっていくのかなと思っていました。その頃私は、日本の大学で4年間俳優としての教育を受けても、演劇だけで俳優としてやっていくことが難しいと考えて、日本の大学を卒業後、フランスに行くことにしました。

小倉 「虫虫Q」の次に出演した市原さんの作品が、「妖精の問題」だったんですか?

竹中 新作という意味では、そうです。ただ「虫虫Q」を「虫」のタイトルで再演したことがあり、そのときは自分が演じた役をやりに日本に戻ってきて、その次に「妖精の問題」で再会したという感じです。

小倉 先日、市原さんはロームシアター京都のインタビュー(参照:レパートリーの創造 市原佐都子/Q「妖精の問題 デラックス」 市原佐都子&額田大志 インタビュー|コラム&アーカイヴ|ロームシアター京都)で、2016年に初演された「毛美子不毛話」の頃から、俳優との向き合い方に変化が出てきて、対等な関係性として向かい合ってくれる俳優と一緒に作りたいと感じ、「妖精の問題」で竹中さんに出演依頼した、とおっしゃっていました。

市原 そうですね。それまでは俳優に対して一方通行だったというか。自分の頭の中にある“これ”を実現したいからこうしてほしいとか、私が持っている何かに俳優は応えなければいけないと思わせてしまっていたところがありました。それは新しいものが生まれにくい状態になっていて、自分自身も面白くないなと感じていたんです。そんなとき、「毛美子不毛話」で武谷公雄さんや永山由里恵さんとご一緒して、お二人からアイデアをもらうように心がけるようになったんですね。そうしたらどんどん新しいものが生まれていく感じがしました。といった経験を経て、竹中さんとまたいつかやりたいと思っていたけれど、それは今なんじゃないかと思ったんです。竹中さんとは普段の友人関係の中で、フランスでの演劇教育の話を聞いていて、例えば俳優も演出をわかっていないといけないとか、俳優も作品に対して意見すると知っていたので、そういう視点を持っている竹中さんと一緒に作品を作りたいと思ったんです。

竹中 市原さんから声がかかったとき、私はちょうどフランスの学校を卒業したタイミングでした。フランスの演劇学校では、3年間11人で朝から晩まで演劇と向き合うという環境で、でもそこから俳優として仕事し始めたとき、学校の同級生11人の中では実現できていたことがプロの現場では難しいことも多く、もどかしさがあって。そんなときに市原さんから一人芝居で、というお話をもらい、ぜひ挑戦したいと思いました。

過酷だった沖縄での滞在制作

小倉由佳子

小倉 「妖精の問題」の立ち上げでは、お二人が沖縄で滞在制作したそうですね。まさに寝食を共にするような状況だったとか。

市原 ええ(笑)。アトリエ銘苅ベースという劇場がアーティスト・イン・レジデンスのようなことをやりたいと思っているタイミングで、“お試し”ということで滞在制作させてもらいました。劇場の2階に10畳くらいの畳の部屋があって、そこに布団を敷いて寝て、朝になるとお布団を畳んでそこで稽古するという。お風呂もなかったので近所のお宅にお風呂を借りに行ったり、ひたすら素麺を茹でて食べたり……。私たちが滞在したときは”お試し”だったので、現在の滞在環境はもっと良くなっていると思います。

竹中 素麺と塩おにぎりと納豆しか食べてなかったので、どんどん2人ともやつれていくっていう(笑)。そして夜になると市原さんは、近くのモスバーガーに台本を書きに行っていました。そういった作家の状況も見えていたことが、自分にとっては過酷だったのかもしれません。

小倉 市原さんが岸田國士戯曲賞を受賞されたときのスピーチで、竹中さんは沖縄で滞在制作中、セリフを覚えられなくなった、というエピソードを明かされました(参照:第64回岸田國士戯曲賞授賞式がKAATで開催)。

竹中 あははは!

市原 あのときの竹中さんは相当危機的な状況でしたね。

竹中 「妖精の問題」は3部構成で、沖縄では第1部の「ブス」からクリエーションを行っていました。第1部は“ブス”な女学生2人を軸にした芝居で、これまでのQのカラー通りというか、セリフの語尾までしっかりリズムで構成されている戯曲になっています。「ブス」がいかに素晴らしい戯曲かは私も実感していて、だからこれを社会に出さなければいけない、という思いは市原さんと同じくわかっていたんですけど、同時に「自分では無理」とも感じていて。一言一句間違えずにこの戯曲をこのリズムでやっていきたいという意気込みはあっても、初日までの時間で自分のイメージを実現することはできないと思ってしまったんです。また、人の悪口をずっと言い続けているので、その大変さもあったと思います。それで、市原さんに「セリフが覚えられない」と告白したら、「内容が伝われば語尾は香子ちゃんの言いやすいようにして良いよ」と言われ、その後2部が歌になり、3部はセミナー形式になりました。それはQの歴史上、本当に奇跡的なことだったと思います!

左から小倉由佳子、市原佐都子、竹中香子。

小倉 竹中さんが演じられたバージョンでは、第1部は落語形式でした。それは早くから考えられていたアイデアだったのでしょうか?

市原 そうですね。早い段階からそのアイデアはあったのですが、“ブス”という相対的な事柄を舞台に表出させるにはどうしたら良いのかを考えていたところ、竹中さんが落語の研究者に出会う機会があってその話も聞いて、観客の想像力に頼る落語の形式が、“ブス”を舞台上で表象するのに向いていると確信を得ました。

竹中 その落語研究者の方が、「落語ではあえて男の人が女になろうとするんじゃなく、女というコード、例えば手の動きなどを取り入れて“女ってこういうものでしょ?”くらいの距離感で複数の役を演じている。それを観た観客は、コードを頼りに、自分の中で勝手にその人物像を作り上げていく」とおっしゃっていて、市原さんと「それはまさにそうだよね」という話をしました。例えば「ブス」には2人のブスが出てくるのですが、どちらがどういうブスかっていうことはセリフの中にコードとしてあって、そのコードからお客さんが2人はそれぞれどんなブスかを想像する、みたいな。

小倉 今回のデラックス版では、落語から漫才形式になるんですよね。落語にせよ漫才にせよ、“笑い”ということも1つのキーワードになってくるのかなと思います。

市原 そうですね。落語がすごく有効に働いたということは竹中さんが演じたことですでにわかったので、今回は新しいやり方として漫才の形式を思い付きました。ただ今すごく苦しんでいますが……それも楽しいです(笑)。

小倉 笑いをどう考えていくか、という部分で、「笑いの哲学」を上梓された木村覚さんが、今回ドラマトゥルクとして参加されています。

市原 笑いについて私は詳しいわけではありませんが、例えばテレビで社会を批判するような笑いを取り上げると、その人が急にテレビに出なくなるということが起きていて。そんなときに木村さんのご著書を読んで、そこには世の中が厳しい状態にあるとき、そのルールから外れるためにユーモアは力を持っていると書かれていたんですね。すごく共感したというか。自分も作品の中でそういう力としてユーモアを取り入れようとしているので、今回第1部では、厳しい状況に対抗している人たちを漫才の形式の中で描きたいと思っています。