菅原直樹が語る、オンライン型老人ホーム「The Home」とは? イギリス版演出家コメントほか (2/2)

フィクションだから、言えることがある

──日本版の「The Home」にはさいたまゴールド・シアターのメンバーが出演しています。クリエーションの過程ではどんなやり取りがあったのでしょうか?

ゴールドの皆さんとのクリエーションは楽しかったですね。先ほどお話しした通り、日本版とイギリス版でコンセプトがちょっと異なってしまうことに若干の不安があったのですが、現場でゴールドの皆さんと芝居を作っていくうちに、「これで良いんだな」という実感を持つことができました。

──ゴールド・シアターは今年12月に上演される「水の駅」(参照:さいたまゴールド・シアター最終公演「水の駅」詳細決定)が最終公演となります。立ち上げ当初は自分とかけ離れた役を演じていた彼らが、現在は自分たちと近い役を演じるようになったという変遷も興味深いです。

確かにそうですね。ゴールド・シアターの皆さんには、少し先の自分、介護が必要になった自分を演じていただき、そこから見えてくる希望みたいなものを描きたいと思いました。実はこれは前からやりたかったことで、今回ゴールドの皆さんとそれができたのはありがたかったですし、ゴールドの皆さんは演劇への情熱が素晴らしいので、期待以上の演技を見せてくださいました。老いって、何かを“する”ものから、ただ“ある”ものへの変遷でもあるのかなって思います。これまで長ゼリフをしゃべったり、激しく動き回ったりしてきたゴールドの皆さんが、最終公演で沈黙劇に挑戦するというのは、とても興味深いです。OiBokkeShiのメンバーの岡田さんは「最後には棺桶に入る役ができる」って言ってますけど、もしかしたらそれが究極の役なのかもしれないですね(笑)。

「The Home オンライン版」より。

「The Home オンライン版」より。

──菅原さんご自身も、“あおぞら”の施設長として出演されています。施設長として“あおぞら”をご紹介いただけますか?

入居者の皆さんの個性や人生を尊重したホームであれば良いなと思いますし、人生や個性を尊重する手段の1つとして芸術文化を生かせたらと思っています。ケアには、入居者と介護職員がどんな信頼関係を築いていけるかが重要ですが、そこに芸術文化が入ることで、介護する側 / される側の関係が一度フラットになり、信頼関係がより強いものになるのではないかと思います。

──「The Home オンライン版」を見ていると、本当に“あおぞら”というホームがあると錯覚してしまう部分があります。でも「The Home オンライン版」がドキュメンタリーではなく、あくまでフィクションだということは、この作品にとってとても重要なことではないかと感じます。

そうですね。各エピソードが、多くのシーンで自分を起点にして始まっているという点ではもしかしたらノンフィクションなのかもしれませんが、フィクションだからこそ出せる感情もあるんじゃないかと思っていて。普段なかなか言えないけれど、10年後の自分だったり別人だと思うことで吐き出せるものもあるんじゃないかなと思うし、そういった思いをお芝居で生かすことができればと思いました。だから葛西(弘)さんが演じた“小林の部屋”だと、けっこう過激な物言いになっていると思うんですが、それは僕が葛西さんからお話を聞く中で、「こういうこともあるんじゃないか」と思って考えたシーンです。

──「The Home オンライン版」と同時期に制作されていた「Theatre of Wandering」についても教えてください。日本版とはどのような違いがあったのでしょうか?

イマーシブシアターなので、まず台本を使わないんです。あと創作現場に俳優だけじゃなくて精神科医とか介護職の人だとか、いろいろな人が関わっていて、その人たちが出演もしてくれたり、というところが違いましたね。また、主人公のおじいさん役はWキャストで、認知症のおばあさんがいなくなったというアクシンデントに対して、1人はぼーっとしてどうするかを考える、もう1人はすぐ探しに外へ出ていく、と行動が違ったんです。そういった点で、「自分だったらどうするか?」を考えながら芝居を作っていくのは面白いなと思いました。

──「The Home オンライン版」「Theatre of Wandering」、2つの国際共同制作を通じて、影響を受けた部分はありますか?

多様な人たちに参加してもらい、その方たちの声をうまく生かしながら1つの作品を作っていくという過程はすごく刺激的でした。現在、岡山で「よみちにひはくれない」(参照:菅原直樹が手がける徘徊演劇「よみちにひはくれない」岡山の市街地を舞台に明日開幕)を制作中ですが(編集注:取材は11月中旬に行われた)、そこでもイギリスのクリエーションでの経験が生かされました。ただ……どうしても台本は書いてしまいますね(笑)。台本なしでやってみようかと思いましたが、稽古が進むにつれてやっぱり必要だと思ってしまうし、実際にイギリスで台本なしでやったときも、直前に問題が発覚して慌てたこともあったので、それならもうちょっと事前に決めておいても良かったんじゃないか、と思うところもあったので。

「The Home オンライン版」より。

「The Home オンライン版」より。

生きることと芸術文化

──高齢者を囲む環境という点で、新型コロナウイルスの影響はこの1年半、とても大きかったと思います。「The Home オンライン版」の中でもコロナの話が出てきますが、菅原さんが高齢者の方たちとクリエーションを行ううえでも、さまざまな問題があったのではないでしょうか?

そうですね。本当にコロナには悩まされ、演劇活動ができない時期もありました。ただOiBokkeShiのメンバーである岡田さんは「演劇が命」とおっしゃっていて、このともしびを消してはならないと思ったので、「どういう状況だったらできるのか」をいろいろと考えました。一方で、老人介護の現場は本当に大変で、今は少し落ち着いてきましたが、一時期は家族であっても面会できないということもありました。そういった制約の多い生活の中で、芸術文化はすごく大切だと思います。

──施設長のメッセージにも、“生きる”ためには食べて寝ることだけでなく、芸術文化も大切だとありました。その言葉は、コロナによる自粛期間中で行動を制限されていた人たちの多くが実感したことではないかと思います。

そうですね。芸術文化を削ぎ落とした生活というのは、老人ホームに一歩足を踏み入れると実感できる部分があります。もちろん演劇にかかわらなくても生きていける人もいますが、効率と安全優先で、毎日ご飯を食べ、寝るだけでは生きている実感が持てない生活になってしまうのではないかなと。実際、「The Home オンライン版」の制作を通じてゴールドの皆さんも溜まっているものがあるのかなと感じましたし(笑)、良い歳の人たちが集まって、楽しみながら一緒にウソ(演劇)を作り上げようとしているのは、演劇人としてすごくうれしく、幸せな瞬間でした。今回こういった形で芝居ができたのは、本当に良かったです。

プロフィール

菅原直樹(スガワラナオキ)

1983年、栃木県生まれ。桜美林大学文学部総合文化学科卒。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。青年団に俳優として所属。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開する。2017年からは、OiBokkeShi×三重県文化会館による「介護を楽しむ」「明るく老いる」アートプロジェクトが進行。2018年、彩の国さいたま芸術劇場「世界ゴールド祭2018」ではさいたまゴールド・シアター出演による「徘徊演劇『よみちにひはくれない』浦和バージョン」を作・演出。2021年9月に英国エンテレキー・アーツの招聘により「徘徊演劇」の英国版を上演。2019年、平成30年度(第69回)芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)を受賞。平成30年度(第20回)岡山芸術文化賞準グランプリ受賞。奈義町文化功労賞受賞。2019年度(第1回)福武教育文化賞受賞。

48時間の“入所体験”とは?「The Home」イギリス版レポート

「The Home オンライン版」の元になったリアル版「The Home」について、実際に現地で体験した、彩の国さいたま芸術劇場の制作スタッフ・請川幸子にその様子を聞く。


ロンドンでの初演は衝撃的でした。演劇的に作られた架空の高齢者施設だとわかってはいても、48時間泊まり込んで入居体験をするのは緊張しました。受付に着くとまず何項目にもわたる質問が待っていて、中には「ニンジンと豆ではどちらが好み?」といった首をかしげるものも。それがのちのち、毎度の食事にリンクしてくるとは思いもせず……。入居者のセンパイ(エンテレキー・アーツの高齢俳優)が居室に案内してくれるのですが、優しく「良いところよ」と言われて少し安堵。

ロンドン大学ゴールドスミス校の大学寮が舞台です。明るく開放的なガラス張りのラウンジがあったり、各人に清潔な個室が与えられたり、住環境としての居心地は悪くない。というよりむしろ、高齢者施設らしくなく快適。あちらこちらに、このホームのスローガンや素晴らしさを伝えるメッセージがこれ見よがしに貼られているところに、ちょっとした違和感が漂います。

2泊3日の滞在はびっしりスケジュールが組まれていて、到着した夜から「ピアノマンと歌の夕べ」のイベントがあり、次の日からは30分刻みでローテーションしていくさまざまなアクティビティ(チェアズンバ、手芸、自己解放ワークショップ、遺書の書き方講座など)、市民を招いてのビンゴ大会、演芸会、メディテーション……。参加せずに部屋で休んでいても良いというのですが、次々と進んでいく日課に、流れに飲み込まれるような感覚も抱きました。一見して充実しているようではある。自主性が重んじられているようでもある。しかし自由は奪われてしまったと感じました。そうすると、市民との交流イベントにも懐疑的にならざるを得ない自分がいるのです。参加者のひとりが「みんな動物園の檻に入れられた動物を見に来るのよ」と言ったのに激しく同意。

食事は毎食、必ず何らかの“豆”料理です。“豆”ばかり。初日のアンケートで“豆”を選んだ人が多かったのか? 見た目はおいしそう。盛り付けも美しいし、自分で選んだ食事であれば恐らく悪くないクオリティでしょう。でも選択権はありません。“良い環境、良い介護、良い食事”。しかし束縛されない暮らしに慣れ切っている身には、首肯できないわだかまりが募っていきました。ただ、娘さんに勧められて参加したという老婦人は、「悪くないわね。こういう施設だったら入っても良いかもしれない」とおっしゃっていました。私よりも一足先に現実を突きつけられるだろう年代の方には、現実的な選択肢としてこれも“あり”なのかもしれない。演出家のクリスがあぶり出したかった高齢者施設における“ケア”と“コントロール”の危うい関係を身をもって体験しながら、しかし私たちの人生は結局はそこに巻き取られていくのかもしれないと思わせられる一言でした。このことは、英国のオンライン版でも一貫したテーマとして描かれています。

イギリス版演出クリストファー・グリーンが語る「The Home オンライン版」

クリストファー・グリーン

クリストファー・グリーン

このプロジェクトの核はコラボレーションです。とりわけ、日本版の演出家である(菅原)直樹とのコラボレーションは、言葉の障壁もあって少し時間はかかりましたが、お互いに理解し合っていく過程も含めて非常に楽しいものでした。(ウェブサイト・アプリ内の)コントロール室の映像でもコラボレーションについて2人で語っていますので、ぜひそちらもご覧ください。ユーモアのセンス、高齢俳優との演劇の作り方など、私たち2人には異なる部分がたくさんあります。日英の介護の在り方にもやはり違いがあり、それが資本主義という経済システムにフォーカスした英国版と、より“ケア”に重点を置いた日本版との演出の違いとなって表れたのではと思い至ったとき、1人の英国人として、ハッとさせられました。

プロフィール

クリストファー・グリーン

代表作にオリビエ賞受賞作「C'est Duckie!」(Best Entertainment 2004 / 共同脚本)、 ラップを歌う老女に扮した「Ida Barr」シリーズ、一人芝居を脱構築する「Music Hall Monster」、巨大オフィスパーティを演劇的に再現した「Office Party」(共同脚本・演出)など。2019年に高齢者施設を題材としたイマーシブ・エンターテインメント「The Home」を発表した。ナショナル・シアター、バービカン・センター、サウスバンク・センター、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー、ブライトン・フェスティバルなど、英国の劇場・劇団・芸術祭からの委嘱製作に加え、BBCラジオ4のドラマ脚本やテイト美術館、テイト・モダンのプロジェクトにも携わっている。

出演者たちが語る「The Home オンライン版」

「The Home オンライン版」より。

「The Home オンライン版」より。

演技を超えて、胸がつまるような思いに

阿部輝(生活相談員・浜勇也役 / 元さいたまネクスト・シアター)

誰にとっても関わってくる老いと介護の問題を芝居を通して擬似体験することで、自分の亡くなった祖父母のことを思い返したり両親のこれからを想像したりと、ぼんやり遠い出来事だと思っていたことが切実な自分事として考えるきっかけになりました。
いつもゴールドと共演する際は、高齢とは思えないパワフルで劇的な表現者としての姿を観てきたので、今回はむしろ市井に生きる“等身大”の高齢者としての老いを近くで感じ、弱々しい瞬間や覇気がない(演技としての)姿を見るのが新鮮でもあり、介護職員という立場で向き合いましたが、時に演技を超えて、胸がつまるような思いをしました。

ワークショップで行ったことが現実に

鈴木真之介(介護職員・堂本秀樹役 / 元さいたまネクスト・シアター)

老いや介護、ちょうど「The Home」の撮影が終わった頃に祖父が倒れ、認知症の祖母を介護しに母が実家に向かうということが起きました。もう2人じゃ危ないし、遠いので現実問題、老人ホームに入ってほしい、でも入りたくないと言う。今回のオンライン・ワークショップで行ったような対立する構造が現実的に起きました。
目を背けて来たわけではないのですが、(作品上の)仕事では介護士として働いているのに、自分の家族には何もできていないんだなって痛感しました。だからといってネガティブに考えるのではなく、老いや介護は現実的に起きてくるので、今のうちからでも少しずつ考えていくのが良いと思いました。
ゴールドと共演して、やはり手強いと言うか頑固というか(笑)。「じゃあ出ないよ、やらないよ!」って平然と言えるのはすごいなと(笑)。でもやはりいろいろなことを経験なさってるので、そこの爆発力というか瞬発力がすごかったです。
あとは菅原さんや(ケアワーカー役で出演した)武田有史さんに比べて介護の経験がまったくなかったので、寝ている人をどう起こすかとかいろいろと苦労しました。

ホームは、人やソフトが本当に大事だと思います

林田惠子(入居者の家族・高木久美役 / さいたまゴールド・シアター)

ゴールドに応募したのがちょうど、夫や私の親、中でも母の介護が大変だった時期でした。演劇をやりたいと思ったわけではなくて。とにかく、ストレスが溜まりに溜まっていたんですね。今回私は、認知症を患う高橋清さん演じるお父さんとオンラインで会話する娘役でした。私の親たちはみんな、清さんが演じるほどの認知症にはなっていなかったのですが、清さんとの会話は演技などではなく自分の父親と話しているような感じで、自然と涙が出てきました。私自身、明日何があるかわからない。日々できなくなることが増えてきている。夫も私も地方の山の中に住んでいるのですが、2人とも70歳を過ぎているし、夫が先に死んだらそこで自分1人で生活するのは難しいので、ホームに入るなど先のことも考えなければと思っています。私の両親は同じホームに入っていたのですが、ホームの人が一緒にいろいろ考えてくれて、安心してお任せできた。一緒に伴走してくれた。最後までとても良くしてくれ、お葬式にも来てくれたんです。ホームは、人やソフトが本当に大事だと思います。

自分の遺言のような映像を作ることができました

石川佳代(入居者・児玉雅恵役 / さいたまゴールド・シアター)

菅原さんと一対一で、自分の生い立ちや心に残っていることについて話したものを、セリフに起こしてもらいました。役を演じてはいるけれどしゃべっている内容はリアル、自分自身についてです。戦争の話も死んだ姉の話もピースボートの話も実話です。姉のことは覚えていないのですが、ずっと母から聞いていました。映像に出てくる姉のお人形は本物で、ずっと玄関に飾っていたものです。映像に出しましょうと言われてすごくうれしかったです。

(パーキンソン病という設定は)菅原さんからの指定でした。食事の場面などを演じてみて、これはたまらないなと思いました。自分もいつかこうなるかもしれない、という気持ちになりましたね。

孫が3人いて、今、大学生、中学3年生、小学6年生。私の77歳のお祝いで集まったときに、初めて「二度死にかけた」という昔話をしました。「The Home オンライン版」という場を借りて、自分の遺言のような映像を作ることができました。娘たちにもぜひ観てもらいたい。戦争反対とか、そういう自分の思いが込められているので。

プロフィール

さいたまゴールド・シアター

2006年に埼玉・彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督だった蜷川幸雄により立ち上げられた高齢者演劇集団。創設時の平均年齢は66.7歳。その後、岩松了、ケラリーノ・サンドロヴィッチら多彩なアーティストとのコラボレーションを行うほか、海外にも活躍の場を広げる。2016年に蜷川が死去したあとも精力的に活動を行うが、この12月に「水の駅」で活動を終える。