日英国際共同制作「The Home オンライン版」が、12月31日まで公開されている(主催:独立行政法人国際交流基金・彩の国さいたま芸術劇場)。これは、イギリスの“架空の”老人ホーム「The Home」とその日本支部で“架空の”老人ホーム・あおぞらを舞台にした、オンライン・イマーシブシアター(没入型演劇)作品で、日本版の作・演出を手がけるのは「老いと演劇」OiBokkeShiの菅原直樹だ。本特集では、菅原にクリエーションを振り返ってもらいつつ、イギリス版との違いなど、見どころを話してもらった。さらに特集後半では、「The Home オンライン版」の元になったリアル体験型演劇「The Home」の参加者がその様子をレポートするほか、原案・総合演出およびイギリス版の作・演出を手がけるクリストファー・グリーン、そして作品に参加した阿部輝と鈴木真之介、さいたまゴールド・シアターメンバーからのメッセージを紹介する。
取材・文 / 熊井玲
菅原直樹が語る「The Home オンライン版」
イマーシブシアターの手法で挑んだ「The Home オンライン版」
──9月に公開された日英国際共同制作「The Home オンライン版」は、オンライン上にバーチャルの老人ホームを作り、参加者は自身のアバターを介して、老人ホームで“介護される”体験ができるというデジタル・イマーシブシアター(没入型演劇)作品です。その元になった「The Home」は、クリストファー・グリーン演出で2019年にイギリス・ロンドンで初演された作品で、参加者は架空の老人ホームで48時間の“体験入居”するという内容だったそうですね。
僕は映像や写真を見せてもらったり、実際に“体験入所”した彩の国さいたま芸術劇場の方からお話を聞いたりして、ちょっとクレイジーというか(笑)、すごい企画だなと思いましたね。僕は数年前に「老人ハイスクール」というお芝居を作っていますが、その作品では廃校を老人ホームに見立てて、お客さんは教室や校庭を回って芝居を楽しむというものでした。僕自身、介護や認知症を巡る芝居を、ただ観るだけでなく、お客さんが擬似体験するような形を目指していたので、もし日本で「The Home」のような作品をやる機会があれば、ぜひ関わってみたいと思いました。
──最初はリアルに上演する予定だったんですよね?
そうです。会場の下見にも行って、実際に決まりかけていました。
──リアル版の時点では、クリスさんとどんなお話をされていたんですか?
イギリスで初演したバージョンをベースに、日本版を考えていこうと思っていました。例えばイギリス初演版では夜中にホームを抜け出してパーティに参加するというシーンがあるんですけど、日本だったら夜中に抜け出してラーメン屋に行くことにしようとか(笑)。あとクリスさん演出版では、入居体験者がそのホームが気に入ったら、どのタイミングでも良いんですけど、ホーム独自の保険に加入するイベントがあって、書類にサインするというちょっとしたパフォーマンスが繰り広げられる皮肉っぽい演出があるんです。日本では老人ホーム独自の保険に入るということはあまり聞いたことがないので、そういった部分は日本版でどうしていくかを話しました。
またこれはけっこう悩んだところなのですが、クリスさんと僕で視点がちょっと違うところがあって。クリスさんは“資本主義社会における老人ホーム”という捉え方で描こうとしていたんですけど、僕は介護施設の職員としても働いていたことがあるので、職員や高齢者に寄り添ったような視点を盛り込みたいと思っていて、老人介護のリアルを描く一面もあるんだけど、介護と演劇がつながることによってユニークなケアが実践されている様が描けたら良いなと思いました。
──しかし、コロナの影響により、2020年に予定されていたリアル版「The Home」は中止になりました。そこからオンラインに切り替えたのは、クリスさんのアイデアだったのでしょうか?
そうです。インターネット上に老人ホームを作り、お客さんはアバターを作ってホームを擬似体験するというアイデアだったんですが、リアル版のお話を聞いたときのように面白さを感じました。実際、コロナ禍によって世界中の老人ホームや介護施設は入ることも出ることも難しくなっている中で、インターネット上で人とつながることができるのは面白いと思ったんです。
──リアル版とオンライン版では、台本もかなり変わったのでは?
実はそこはあまり考えていなかったです。というのも、そもそもイマーシブシアターなので、通常の演劇のようにどこまで台本を作るのかも未知というか。イマーシブシアターの作り方についてはクリスさんから教えてもらって、俳優は台本に沿って役を演じるのではなく、ワークショップを重ねることで自分に近い“虚構の誰か”の人物像を作り上げていく、という方法を学びました。
手応えを感じたオンライン演劇ワークショップ
──「The Home オンライン版」日本版の舞台となる有料老人ホーム“あおぞら”に入ると、「入居者の○○さんに会う」とか「ケアワーカーに会う」といったふうに、さまざまな動画が見られる“部屋”が用意されていますね。イギリス版に比べると日本版は“介護する側”の人たちが多く参加しているところが特徴的だと感じました。各部屋で語られている登場人物たち自身の自己紹介やエピソードは、実際に菅原さんが取材した内容がベースになっているのでしょうか?
ゴールド・シアターの皆さんが語っている長めのエピソードは、僕が皆さんにインタビューしたものがベースになっていますが、そのほかはイマーシブシアターの手法で参加者の皆さんに作ってもらって、特に僕が台本を書いてはいないです。
──イマーシブシアターという意味では、これまでに菅原さんが演出された、街中で上演される徘徊演劇「よみちにひはくれない」(参照:菅原直樹が手がける徘徊演劇「よみちにひはくれない」岡山の市街地を舞台に明日開幕)や、OiBokkeShiのメンバーである九十代の俳優・岡田忠雄さんと菅原さんの関係をベースにした「ポータブルトイレットシアター」(参照:93歳の俳優・おかじいが岡山から横浜へ、「ポータブルトイレットシアター」)なども“イマーシブシアター”的ではあったと思いますが……。
そうですね。それは僕も感じます。最初に「よみちにひはくれない」をやろうと思ったときはそんな意識はありませんでしたが、この夏イギリスで「Theatre of Wandering(徘徊演劇)」をやってみて、僕が興味があるのはイマーシブシアター的な作品作りなんだなと実感しました。
──これまでもイマーシブシアター的ではあったけれど、「The Home オンライン版」と「Theatre of Wandering」を通じて、これまでとは違う視点を得られたということなのでしょうか?
そうですね。やっぱり何だかんだ言っても僕の作品には台本があったので。どういう作品にするかは、稽古の前に80%くらいは決まっていたりします。でも「The Home オンライン版」と「Theatre of Wandering」では、ストーリーや形式に関わる部分も含め、稽古場で生み出されるものがたくさんあったんです。本当に民主的というか、みんなで作っている感覚がすごく良いなと思いました。ただ、もちろん何も生まれない可能性もあるので、すごくスリリングではあるんですけど(笑)。
またイマーシブシアターの手法として、実は「The Home オンライン版」の関連企画としてやったオンライン演劇ワークショップ、<あおぞらシアター・オンライン・ワークショップ>が一番うまくいったのではないかなと思っています。参加者の方たちは皆さんご自宅からZoomで参加し、入居者と介護スタッフによって結成された劇団あおぞらシアターのメンバーと、老いや介護を題材にした即興演劇を作っていったのですが、それぞれの自宅が老人ホームの居室のように見えたし、Zoomだから恥ずかしがらず思い切った演技ができたのか、面白い作品がいくつも生まれたんです。
“良いケア”とは何か?
──「The Home オンライン版」では、参加しながら自分が体験入所しているような気がする部分と、もっと客観的な目線で“社会の中の介護施設”を感じる部分とがありました。作り手としては、観客をどのような設定で考えて制作されたのでしょうか?
そこはけっこう難しかったですね。イマーシブシアターの考え方では、この“あおぞら”という老人ホームが現実世界にあり、“あおぞら”がオンライン老人ホームを始めたという設定なので、本来は“あおぞら”にとって利益になるようなWebサイトであるべきとは思います。でもそうすると老人ホームの現実というか、負の要素についてはあまり書きづらい部分があって。例えばイギリス版では、職員が自己紹介しつつもすごくバタバタしていて忙しそうにしている演出があるんですが、そのように老人ホームの宣伝を謳いながらもそこに映ってしまう何か、みたいなものを感じさせようとしていました。日本版でもそういったことは考えて、単なる“あおぞら”のコマーシャルにはせず、すべてオープンにするというか、負の要素も描きながらより深めの表現を、ということを心がけました。
──確かに、ホームでのレクリエーションに参加したくない入居者のエピソードなど、イギリス版以上に深い表現に踏み込んでいるところがあるなと感じました。先ほどクリスさんと作品に対する視点の違いがあったとおっしゃいましたが、その視点の違いについてはどうやって乗り越えたのでしょうか。
そこはずっと悩みながらやりました。僕はクリスさんのように引いた視点で描けないなというのがあったんです。やっぱり僕自身が現場の人間だったということもあるし、知り合いに介護関係者の人もいるので、クリスさんのように俯瞰した視点で描くことは自分の中では難しいところがあって、最後の最後まで悩んでクリスさんに「僕はこんな感じになっちゃうんですけど大丈夫ですか?」と聞いたら、クリスさんは「ケアの文化は国によって違うから、それはそれで良いんだよ」と言ってくれました。
──ケアの文化の違いというところに関わってくるかと思いますが、クリスさんとのやり取りの中で介護に関するイギリスと日本の違いを感じたことはありますか?
本質的なところはすごく近いと思います。クリスさんが描こうとしている、“良いケアをしようとするんだけど、結果的に入居者をコントロールすることになってしまって、違和感が生じてしまう”という問題は日本にも共通することだと感じます。それはすごく本質的な問題で、良いケアを実践したとしても何か拭えないものが残るということは絶対にあるんだなってクリスさんの話を聞いて感じましたし、今回作品を作るうえでも感じたことです。違いとしては、イギリスのほうが日本より、尊厳や自立に対しての考えが浸透しているなと思います。クリスさんが想定しているホームは、日本でいうところのサービス付き高齢者向け住宅だと思うんですね。入居者が主体的にさまざまなアクティビティから自分に合ったものを選ぶことができる。日本版では、さらに介護が必要な高齢者を描けたらと思い、有料老人ホームという設定にしました。老いによって尊厳が傷つけられてしまった姿、そして、そこから介護者とどうにか作り上げていく新しい関係性を見せることができたらなと思いました。
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