「こつこつプロジェクト」だからこそ実現した、贅沢で大胆な挑戦 船岩祐太×植本純米×今井朋彦が語る「テーバイ」

「テーバイ」が、11月に新国立劇場 小劇場で上演される。本公演は、上演を前提とせず1年間にわたって作品を育む新国立劇場の企画「こつこつプロジェクト」から生まれた作品。本公演では、ソポクレス「オイディプス王」「コロノスのオイディプス」「アンティゴネ」を、船岩祐太の構成・上演台本・演出により、1つの作品として練り上げる。

ステージナタリーでは船岩と、プロジェクトの後半から参加した植本純米、今回の本公演から作品に参加する今井朋彦の鼎談を実施。一見すると難解なギリシャ悲劇を丁寧に紐解き、現代を照射する物語として再構成させる、彼らの挑戦に込めた思いを聞いた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆

「こつこつプロジェクト」だからこその、ギリシャ悲劇

──2018年の新国立劇場ラインナップ発表で、小川絵梨子演劇芸術監督が「こつこつプロジェクト-ディベロップメント-」始動について発表した際(参照:新国立劇場ラインアップ発表、歴代最年少芸術監督の小川絵梨子「さらなる発展を」)、多くの演出家が関心を示していました。船岩さんも本プロジェクトについて早くからご存知だったそうですが、どのような点を魅力に感じましたか?

船岩祐太 まず上演を前提としていないこと、なおかつ時間をかけて作品作りに取り組めることですね。上演を前提とすると、初日までの成立を目指して稽古期間中でできる最大限を目指していくわけですが、「こつこつプロジェクト」はある意味、時間の制約がないので、“どういう成立のさせ方があるのか”をとにかく試せる。そのことがすごく魅力的だなと思いました。

──企画への参加が決まり、ギリシャ悲劇を扱うということはすぐ決められたのですか?

船岩 そうですね。お話をいただいたときから、長期間にわたって俳優と演出家で作っていくものになる以上、僕としては「これはギリシャ悲劇一択だな」と。テキストにある程度手を入れられたほうが良いなと思いましたし、俳優それぞれに役割がある戯曲が良いなと思ったので、ギリシャ悲劇3作品を1つの戯曲にすることで、いろいろなことが試せるのではないか、自由さが生まれるのではないかと考えました。

船岩祐太

船岩祐太

──複数の作品を1つにまとめる、という点では、船岩さんは2017年にご自身のユニット演劇集団 砂地で、複数の戯曲をまとめた「アトレウス」を手がけられています(編集注:「アトレウス」はアイスキュロスの「オレステイア」にエウリピデスの前日譚、後日譚を加え、船岩が台本・構成を手がけた)。その経験も影響していましたか?

船岩 そうですね。萌芽みたいなものはその時点であったかもしれません。

──植本さん、今井さんは、「こつこつプロジェクト」について以前からご存知でしたか?

植本純米 存在は知っていましたが、同時に発表されたフルキャストオーディションのほうが気になってしまい、「こつこつ」に関しては「何か始まるんだな」というくらいの印象でした。

今井朋彦 僕は知り合いが初期から参加していたこともあり、知っていました。面白い企画だなと思って成果発表も観に行きましたし、自分が文学座附属演劇研究所の研究生1年目のときに授業でやった戯曲を取り扱っていたこともあって、「なるほど、こういう形になるのか」と感じたりしましたね。

──「こつこつプロジェクト」では、3・4カ月ごとに試演を繰り返して、1年かけて作品を育てていきます。船岩さんは2021年4月にスタートした第2期に参加し、2022年2月の3rd試演会で一旦の区切りを迎えました。通常の稽古とはスケジュールの組み方や稽古の進行の仕方が違ったのではないかと思いますが、実際はいかがでしたか?

船岩 確かに、長期間にわたるクリエーションになるので、例えば参加するメンバー自体を入れ替えるなど、新陳代謝が図れるような計画を立てました。植本さんは、3rdからの参加だったんですけど、2ndの稽古も観に来てくださいましたよね?

植本 2ndの終わりのほう1週間ぐらいかな、見学させてもらって。船岩とは以前から友達ではありましたけど、演出を受けるのは今回が初めてなので、稽古場でどういうことが行われているのか、船岩がどんな演出をするのか、あらかじめ知りたいなと思ったんです。でも結局、1年間クリエーションが続いている中の最後の2カ月だけ参加したので、途中参加だっていうところは、やっぱり大変でしたね。1st、2ndから関わっている人たちがいる中で、3rdから入った自分がみんなと何を共有できるか。当然出遅れているわけですから、ついていけない部分もあり、最初はそこが大変でした。

植本純米

植本純米

船岩 でもそうやって新しい人が入ってくるたびに、それまで当たり前に思ってやっていたことをもう一度検証し直す、ということがすごく増えたんです。途中で入ってもらう方は大変だったと思いますが、その影響は作品に良い形で反映されていったと思います。

──途中参加という意味では、今井さんはまさに今回からの参加となりますが……。

植本 そうそう!(と、今井に目線を向けて)

今井 僕は……転校生の気分です(笑)。卒業間近に転校してきた子みたいな気持ちで。

植本 と言っても、すごく頭のいい学校からやってきた転校生、みたいな感じがするけどね!

一同 あははは!

今井 船岩さんがおっしゃったように、ある程度チームワークが出来上がっている座組みに新たなメンバーが投入されるのはなぜか……きっと“問い直す”役割が求められているんだろうなと。僕が疑問に感じることは、お客さんも同じような疑問を持つ可能性があると考えて、まずは自力で考えて、それでもよくわからないことは「これってどういうことですか?」と質問するようにしています。

今井朋彦

今井朋彦

船岩 これは「こつこつプロジェクト」の難しさであり、僕の不手際でもあるんですけど、誰とどこまで情報共有しているのか、わからなくなってしまうことがあるんですよね……。1st、2nd、3rd、そして今回とメンバーが変わる中で、どこまで一緒に検討したか、何をどこまでみんなと共有しているかがわからなくなってしまって、稽古の中で「あれ、なんでこれ行き詰まっているんだっけ?」と思い返すと、原因はそこにあったりして。そういった情報のデコボコは、どうしても出てきてしまうところがあります。

植本 俺はね、朋彦の気持ちがすごくよくわかる(笑)。途中参加の大変さももちろんだし、船岩はやりたいことをどんどん進めていくから、「朋彦、俺たちの代わりにもっと質問して!」って思うこともある(笑)。稽古が始まる前、実は(木戸)邑弥たちと「新しい人が入って来たら優しくしようね」と言っていたんだけど、結局自分のことに精いっぱいで、サポートには回れてないんだよね。

3つの戯曲から見えてきた、クレオンとオイディプスの新たな一面

──「テーバイ」では、同じ時系列の神話をモチーフとしたソポクレスの戯曲3作品をつなげて、1つの作品に編み直します。知らないうちに近親相姦と父親の殺害に手を染めてしまったテーバイの王オイディプスを巡る「オイディプス王」、その後のオイディプスと神々との和解を描いた「コロノスのオイディプス」、オイディプスの息子たちの死を巡って、アンティゴネとクレオンが対立する「アンティゴネ」と、3つの作品が合体することで、まるで歌舞伎や文楽の通し狂言のように作品世界が広がり、それぞれ単体の作品から受ける物語や登場人物の印象とは異なる一面が見えてきます。オイディプスの義理の兄で後にテーバイ王となるクレオン役の植本さん、テーバイの王だったが娘のアンティゴネと共に国を追われるオイディプス王役の今井さんは、台本にどんな印象をお持ちになりましたか?

植本 この話を聞いたときは、船岩がほかに友達がいなくて声をかけたんだろうなぐらいに思っていたんですけど(笑)、「テーバイ」のリリースに「3作共通して登場するクレオンに焦点を当て」と紹介されていて、なんだか大変なことになってしまったなと。ただ、クレオンって「オイディプス王」では脇をサポートする人物、「アンティゴネ」では悪者というバラバラの印象があったのが、3作つながったことで“クレオンという人物”として整合性がついたような気がします。

今井 オイディプスやアンティゴネって、いわゆる名優さんが演じる印象が強くて、スターが“見せる芝居”をする印象がありました。でも今回はそのように誰かを主役に立てるような見せ方を目指してはいない作り方ですし、台本からしてあくまでフラット。なので、この戯曲が稽古の中でどう料理されていくのか、興味深いです。

船岩 「こつこつプロジェクト」に関して、僕は企画書を書くような気持ちで取り組んできました。1stではいろいろなことを盛り込んで台本を膨らませていき、試演会での反省を作品にフィードバックして、再び2ndに臨み……と、試行錯誤を繰り返してきたんです。例えばギリシャ悲劇では不可欠なコロスについても、今回はコロスとして登場させるのではなく、コロスのセリフを別の役に振り分けて、コロスの存在を一旦無しにしてみる、ということを試みています。

船岩祐太

船岩祐太

──なるほど、各登場人物の役割が増えたことで、フラットな印象が強まったのかもしれませんね。また劇中では、オイディプスやクレオンは古典調の重々しい言葉遣い、後半に登場するアンティゴネら女性たちは現代語に近い言葉遣いと、話し方に違いがありますね。

船岩 はい。前半は硬めの古典っぽい話し方、そこからだんだんとシンプルで短いセンテンスの話し方と、変化させていくことを目指しています。構成的にも、物語が進むにつれて男性から女性へと、比重が変わっています。

──植本さんと今井さんは、シェイクスピアから現代劇まで幅広い作品に出演されていますが、今回は作品に対してどのようなアプローチを考えていらっしゃいますか?

植本 まずオイディプス王役に今井朋彦が来たことがとても意外で(笑)。朋彦は日本を代表する理知的な俳優さんだと思うんですけど、オイディプスってもうちょっと体育会系の人がやる印象がありました。ただ「コロノスのオイディプス」の部分がちゃんとできる人……と考えたら、確かにそうだよなって。「コロノスのオイディプス」はなかなか上演される機会がない作品ですが、今回の脚本の中ではけっこうなボリュームがあるし、あのシーンがあることによってオイディプスという役の見え方がだいぶ変わるような気がします。そんな朋彦のオイディプスに対して、俺自身は……稽古ではどうしても“ギリシャ悲劇”を意識して演じてしまうところがあるんですが、クレオンってやっぱり“小物”だから、実はダメダメでグズグズで情けないやつなんじゃないか、と思っていて。なので、俺が演じるクレオンが、ただその場に存在していればいいのかなと今、考えているところです。

──今回の台本を読んで、クレオンは周りの意見を聞きつつ、状況に合わせて態度を変えながら、その時々の最善を模索している、ある意味とても人間臭い人物なのではないか、と感じました。

植本 そうですね、振り回す役ではなく振り回される役だと思うので。その中で“きちんとじゃなく”、存在できたらいいなと思います。

植本純米

植本純米

船岩 3つの物語すべてに登場するクレオンは、ある意味、狂言回し的な役を担っているんですよね。ただ、じゅんちゃんがさっき言ったように、同じ人物ではあるけれどクレオンの言動には整合性が取れないところがあって、その整合性の取れなさみたいなところが、結果的にクレオンの人間味につながっているんじゃないかなと思います……そう考えたときに、クレオンはやっぱりじゅんちゃんだなと(笑)。じゅんちゃんは普段からいろいろな役を振られる人で、その蓄積みたいなものが役に生かせる人。なので今回も、最終的にクレオンとして1本、筋を通してくれるんじゃないかと思っています。

──今井さんは昨年、「オイディプス王」に神官・使者役で出演され、来年2・3月には同本公演の再演にも出演するなど、ギリシャ悲劇が続きます。今回、オイディプス王を演じるにあたり、特に意識されていることはありますか?

今井 いわゆる通常の「オイディプス王」の上演だと、衣裳の豪華さや王らしい立ち居振る舞い、威厳みたいなことが印象的で、演技についても、例えばショックを受けたときの表情の作り方や震える手など(笑)、どうしてもそういったことが注目を集めるし、そこが評価のポイントだったりしますよね。でも今回はそれを見せたいわけではないから、もっと“削いだ”ものになるんじゃないかなと。またこれはギリシャ悲劇に限ったことではないんですが、僕がある人物を演じるときには、その人物本人のことよりも、そこがどういう状況で、ほかの登場人物の誰と、どんな言葉のやり取りをしているかを意識しています。ですので今回も、ギリシャ悲劇だから、オイディプスだからということではなく、会話の相手との関係やその言葉を咀嚼できたら、よりしっくりくるんじゃないかなと思っています。

──今のお話を伺って、植本さん演じるクレオンと今井さん演じるオイディプスの対峙が、さらに楽しみになりました。

植本 共演は3回目ですが、これまでこんなにバチバチとやり合う関係の役はなかったんですよね。……ところで俺は、朋彦のことを演劇サイボーグとか演劇マシーン、演劇の鉄人だと思っているんだけど(笑)、朋彦は俺のこと、どう思ってる?

今井船岩 (驚きの)あははは!

今井 うーん……舞台上の姿と普段の姿、両方知ってる人って限られる中で、じゅんちゃんは舞台上の姿と人としての在り方がすごくつながる人。稽古場での居方、楽屋での居方、人との関わり方みたいなものが、舞台上でも本当に見事に出ているんです。情報に対するアンテナの張り方というか、いろいろなところに目が向いていて、今誰がどこで何をやっているか、どこでタバコを吸っているか、どこで誰とコーヒーを飲んでいるかなどキャッチ力がすごい。それが交友関係の広さにもつながっている。

今井朋彦

今井朋彦

植本 いやいや、俺からすると、朋彦も船岩もすごく演劇能力が高いから、俺にその能力を回してほしいよ(笑)。

今井 お互い、ないものねだりだ(笑)。

船岩 僕にとっては今回、本当に夢のタッグです。お二人からじわじわっと出てくる個性的な部分がすごく好きなので、今回はこれまで見られなかった風景が見られるんじゃないかと非常に興奮しています。また、お二人ともすごくたくさんの劇作家の文体に触れていらっしゃるせいか、言葉がすごくよく“聴こえる”んです。先ほどの話で言えば、冒頭のセリフはちょっと硬いんですけど、非常によく聴こえる。そのことにも僕は、ちょっと興奮ですよ!

今井 実は僕、申し訳ないんだけど……花組芝居にいたときのじゅんちゃんはあまり知らなくて。これまでご一緒したのが「リチャード三世」「中村仲蔵」なので、時代設定的にも作品的にも、セリフがちょっと特殊だったんです。だから今回も、“硬めのセリフ”になんの違和感もないというか、逆に「そういうもの」っていう感じすらしていて。むしろじゅんちゃんに、普通に「ただいまー」ってセリフを言われたら、びっくりしちゃうかも。

一同 あははは!