2025年の「大阪・関西万博」に向けて、来阪者に大阪の文化芸術を楽しんでもらうことを目的とした「大阪国際文化芸術プロジェクト」が展開されている。2024年度の演目にラインナップされている「大阪城西の丸薪能2024」には、大阪城にほど近い大槻能楽堂を拠点とする能楽師の大槻文藏、彼の後継者である大槻裕一をはじめ、観世三郎太、野村萬斎、野村裕基らが参加。大阪城に集った能楽師や狂言師たちが、秋の宵に西の丸庭園特設舞台で薪能を披露する。このたびステージナタリーでは、上方の伝統芸能を牽引する人間国宝の文藏、そして彼の芸養子である裕一に話を聞いた。
取材・文 / 興野汐里撮影 / 塩崎智弘
「大阪国際文化芸術プロジェクト」とは?
2025年の「大阪・関西万博」開催に向けて、来阪者に大阪の文化芸術を楽しんでもらうことを目的に、2023年度から実施されている企画。2024年度の演目には、後藤ひろひとが総合演出を手がける「OSAKA SKIT theater ~日本人がジョークを理解しないなんて誰が言った?~」、大槻文藏、野村萬斎らが出演する「大阪城西の丸薪能2024」、OSK日本歌劇団による「レビューRoad to 2025!!」、後藤が作・演出を担う「FOLKER」などがラインナップされている。
秀吉の時代にタイムスリップした気持ちで能を堪能
──薪能とは、野外に設置された能舞台で、かがり火がともった幽玄な雰囲気の中で行われる公演です。「大阪城西の丸薪能2024」は、ライトアップされた大阪城天守閣を背景に、西の丸庭園に設置された特設舞台で上演されます。10月12日公演では「二人静」「土蜘蛛」、13日公演では「羽衣」「安達原」が披露されますが、今回の上演曲を選定した理由を教えてください。
大槻裕一 私たちはこれまでにも大阪城で薪能を上演しており、1981年に西の丸庭園で「大阪城薪能」が始まって、その後本丸に場所を移し、「大阪城本丸薪能」を上演してまいりました。能の現行曲は大体250曲ほどあるのですが、「大阪城薪能」や「大阪城本丸薪能」で披露されてきた曲となるべく被らないようにして、わかりやすく、インパクトがあり、スケールが大きい演目を選びました。
──以前、裕一さんがインタビューで「能楽堂で公演を行う場合と、屋外で公演を行う場合では緊張感が異なる」とおっしゃっていましたが、演じ手として意識を変えている部分はありますか?
裕一 我々というよりも、客席に流れる空気が異なるように感じます。能楽堂ですと、お客様はピンと張り詰めた空気の中で能をご覧になることが多いと思うのですが、薪能はある意味イベントのようなものですので、お客様も少し肩の力を抜いてご覧になっているイメージがありますね。
大槻文藏 今、裕一が申し上げたように、客席の“密度”が異なります。能楽堂だと400~500席が一般的ですが、屋外だと1000~2000席の規模になることもあります。たとえるなら、映画館で映画を観るのと、野外の映画祭で映画を観るのは開放感が違いますよね。西の丸庭園のような大きなスペースで上演するとき、演じ手としましては、私たちの演技が客席に広く浸透するように、お客様にいかに注目してもらうかについて考えながら公演に臨んでいます。
──豊臣秀吉の正室・北政所の屋敷があった場所とされる西の丸庭園は、周囲を樹木に囲まれた広大な芝生庭園です。また大阪城は、お二方が拠点とされる大槻能楽堂からほど近い場所にあり、お二人にとっても非常にゆかりがあるところですね。
裕一 実は私と文藏先生は同じ小学校の卒業生で、2人共、大阪城の目の前にある小学校に通っていたんです。なので、大阪城は子供の頃からずっと身近にあるイメージですね。また、大阪城の城主だった秀吉は、能をこよなく愛し、自分を題材にした能を作らせたり、実際に自分自身も舞台に立っていたといいます。お客様も、安土桃山時代にタイムスリップした気持ちで、「あの秀吉もこんなふうに能を観ていたんだな」と「大阪城西の丸薪能2024」を楽しんでいただけたらうれしいですね。
「二人静」の見どころは相舞、「土蜘蛛」ではハプニングも?
──「大阪城西の丸薪能2024」で上演される4曲の見どころについても伺わせてください。12日に披露される「二人静」は、源義経の恋人で舞の名人だった静御前の霊を弔うさまを描いた作品です。静御前が扮した里人(前シテ)と静御前(後シテ)を文藏さん、静御前に取り憑かれ、供養のために静御前と共に舞を踊る菜摘女(シテ)を裕一さんが勤めます。
文藏 「二人静」の一番の魅力は、やはり静御前と、静御前に取り憑かれた菜摘女による相舞ではないでしょうか。初めは2人そろって踊っているのですが、途中から距離を取って、静御前が後ろから菜摘女を見る格好になります。これは、静御前が自分自身を俯瞰していることを表現しているんですね。「二人静」にはいくつかの演出方法があり、静御前と菜摘女がすべての舞を一緒に踊る演出と、2人がついたり離れたりしながら舞う演出がありますが、私は後者のほうが好きなものですから、今回もこちらの演出にしようと思っています。
──同じく12日に上演される「土蜘蛛」は、和紙で作った蜘蛛の糸を投げる演出で知られる人気曲です。病気にふせる源頼光は僧に化けて、自身のもとに現れた土蜘蛛を、枕元にあった源家相伝の名刀・膝丸で斬りつけて追い払います。その後、頼光の命を受けた家来たちは、土蜘蛛に翻弄されながらも見事土蜘蛛を退治します。今回の公演では、シテ方観世流能楽師の観世三郎太さんが僧(前シテ)と土蜘蛛ノ精(後シテ)を勤め、裕一さんが頼光(ツレ)を演じます。
裕一 「土蜘蛛」はストーリーがわかりやすく、登場人物が多くお囃子も入ったにぎやかな演目ですので、初めて能をご覧になる方にとって親しみやすく、視覚的にも楽しんでいただける作品だと思います。宵闇の中、シテが白い蜘蛛の糸を投げるシーンはやはり綺麗ですし、薪能のクライマックスを締めくくるにはベストな曲ではないでしょうか。
文藏 風の具合によって蜘蛛の糸の出方が変わるので、演じ手としては、糸を投げる寸前まで気が気ではないんですよ(笑)。まったくの無風というのも困りますし、風がものすごく吹いていて、蜘蛛の糸が自分自身にかかってしまうというような、ハプニングが起こる可能性もある。それがまた、「土蜘蛛」の醍醐味でもあるのですけれどね。
“美”を追求する「羽衣」、静と動のコントラストが魅力の「安達原」
──13日に上演されるのは、昔話でおなじみの羽衣伝説をもとにした「羽衣」です。三保の松原に住む漁夫白龍は、ある朝、美しい羽衣が松の枝にかかっているのを見つけます。羽衣を家宝にするため持ち帰ろうとする白龍に、天女は「羽衣を返してほしい」と頼むも、白龍は聞き入れず……。このたびの公演では、文藏さんが天女(シテ)、ワキ方福王流の福王知登さんが白龍(ワキ)を勤めます。
文藏 「大阪城西の丸薪能2024」の公演が行われるのは秋ですけれども、春のうららの情景の中で、天女の美しい舞を見る、というのが「羽衣」の眼目です。天女の舞によって、この世に存在しないような美しさを表現し、お客様に「美しいということは素晴らしいことだ」と感じていただけるように努めたいと思います。
──“この世に存在しないような美しさ”を表現するにあたって、文藏さんはどのようなことを大切にしながら舞われるのでしょうか?
文藏 漁夫白龍は天女になかなか羽衣を返しませんでしたが、「それがないと、天に帰れない」と嘆く天女を哀れに思い、舞を見せてもらう代わりに衣を返します。しかし、「羽衣を返したら、舞を舞わずに天へ帰ってしまうだろう」と疑念を抱いた漁夫白龍に対し、天女は「いや疑いは人間にあり、天に偽りなき者を」と言うんですね。このように、天女が持つ毅然とした美しさを舞いによって表出させる過程を大切にしています。
──最後、13日の公演を締めくくるのは、「道成寺」「葵上」と共に“三鬼女”と呼ばれる「安達原」です。諸国を行脚している修験者・山伏祐慶の一行は、陸奥にたどり着きますが、人里離れた安達原で夕暮れを迎えてしまいます。あばら家に暮らす里女に頼み込み、何とか宿泊できることになったものの、実は里女の正体は鬼女で……。今回は、裕一さんが里女(前シテ)と鬼女(後シテ)を演じ、ワキ方福王流の福王和幸さんが祐慶(ワキ)を勤めます。
裕一 「安達原」も「土蜘蛛」と同じく、ストーリーが明快で、初めて能をご覧になる方にとっても親しみやすい演目だと思うのですが、「安達原」の場合、前半は静かな場面、後半は動きのある場面が多く、静と動のコントラストが見どころの1つになっています。前半の静かな場面で、里女に化けた鬼女が糸車を動かすシーンがあるのですが、屋外での上演ですので、虫の声が聞こえてきたり、木の揺れる音がしたり、能楽堂では作り出すことができない効果音が聞こえてきて、自然と一体化しながら作品を堪能していただけるのではないでしょうか。「安達原」は秋の演目ですし、季節的にもぴったりだと思います。また前半と後半の間に、野村裕基さんによる間狂言が上演されるので、そちらもお楽しみいただければと思います。
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野村萬斎はエンターテイナー