舞台「容疑者Xの献身」成井豊×筒井俊作×多田直人|1年ぶりの延期公演、目指すは“現実感”と“スタイリッシュさ”の実現

原作に沿った石神・湯川をキャスティング

──舞台版「容疑者Xの献身」は、原作のイメージを大切にしつつ、登場人物たちの細やかな結びつきや、原作ではあまり描かれない“笑い”の要素など、舞台版ならではの目線が盛り込まれているところも特徴の1つです。

筒井俊作

成井 笑いについては、この人(筒井)ですね。

筒井 (笑)。やっぱりキャラメルボックスはエンタテインメント集団なので、少しでも笑いを入れたいなという思いがありまして。その点については成井さんにも「邪魔にならなければOK」と言っていただいたので。

多田 でもけっこう迷いますよね、こういう作品だし、どうやって笑いを挟んでいくかって……。

筒井 そうだね。しかも初演のときに諸先輩方からあるシーンのネタを「日替わりで」と言われまして(笑)。それで40ステージぐらい、毎日日替わりのネタをやったんです。でもさすがに、内容と長さがちょうど良いネタってそう多くはなく(笑)。

多田 わあ、それは鍛えられますね!

──また国内での上演に留まらず、韓国や中国でも成井さん脚本の「容疑者Xの献身」が上演されました。

成井 韓国版は、実はだいぶ違うんですよね。僕の脚本を使ってくれてはいるんだけど、演出も盆舞台ではなかったり。けっこう違うんだけど、しかし面白かった。やっぱり韓国はレベルが高いなと思いました。

筒井 聞いた話では、刑事役がドッカンドッカンと笑いを取っていたと。

成井 そうそう。刑事役の2人が笑いを取りまくっていましたね。あと、出演者が全員美男美女なの! その点でもレベルが高かったな!

一同 あははは!

──これまで国内外、さまざまな方が演じられている作品ですが、筒井さんは石神、多田さんは湯川にどんなイメージをお持ちですか?

多田直人

多田 今回、湯川役をやると決まってから、ガリレオシリーズを全部読んだんです。そうしたら湯川というキャラクターの多面的な部分が見えてきて。天才科学者ではありますが、「1人の人間だな」と普通に感じたんですね。だからキャラクターを演じるということではなく、共演者としっかり向き合って、そこからどういう関係が生まれてるかを意識しながら、結果的に湯川学という人物が立ってくるような作り方ができたら良いなと思っています。

筒井 僕は、石神が天才数学者でありながら不遇な人生を送っている、その説得力や佇まいをどう表現できるかが重要かなと。普段僕が舞台でやっていることって“足し算”が多いんですけど、今回は足し算だけじゃなく引き算も必要になってくるんじゃないかと思います。確かに多くの人に愛されている作品なので、プレッシャーはすごく感じます。

──石神と湯川は、どちらも作品の主軸にいながら、自分からアクションを起こすのではなく受け身の人物で、演じるには難しい役ではないかと思います。

筒井 そうですね。石神と湯川は物語の主軸を担いつつ、ときどき出てくるという役なので、登場したときにどれだけ物語を伝えることができるか、そこをこれからしっかり作っていかないと、と思います。

多田 僕が今回、この作品の魅力に感じていることの1つは、筒井さんが石神を演じるってことで。

筒井 その心は?

多田 筒井さんとは15年以上の付き合いなんですけど、あまりこういう役をやっている筒井さんを観たことがないんですね。どちらかというと普段から楽しくてサービス精神がある人。その筒井さんがこの石神役をやるのがすごく良いなって。

成井豊

成井 でも原作では、筒井のような人物として描かれていると僕は思うんだよね。柔道家で耳が餃子になっているっていうくらいの男なので。だからこの人が演じるのが似合うはず!

──湯川教授についてはいかがですか?

成井 テレビ版で福山雅治さんが湯川役を演じたから“湯川=ハンサム”というイメージがあるけれど、原作では偏屈な理系の、社会性のない頑固者というふうに描かれていると思うので、そうすると多田直人だろうと。

多田 僕は変人ポジションということで(笑)。

成井 だから今回のキャスティングは原作に忠実だと思うし、それぞれ似合うはずなんです。初演のときは2人ともまだ若かったから実力が追いついてない部分もあったと思うけど、今なら役者としてすごく成長してくれているし、できると思います!

──コンビという点ではいかがでしょうか?

筒井 どうだろう?(笑)

多田 やっぱり「初めまして」という方じゃなくて、筒井さんは劇団で2年先輩ですけどほぼ先輩後輩の壁も感じないくらいの関係性で……。

筒井 あれ? 俺は先輩だって思ってるけど?

多田 あははは! ……っていう筒井さんで良かったなという思いがあります。10年以上かけて積み上げてきた、劇団の仲間的な、目に見えない何かがきっと舞台に乗るんじゃないかって思うので。

筒井 それはそうかもね。

成井 劇中で2人だけで会話するシーンが、3・4回あるんですけど、一緒に酒を飲む最初のシーンは良いとして、あとはほぼ、事件の内容についてけんかしている関係なんですよね。しかも理系の2人だから、再会しても「よおー!」って肩叩き合う感じにはならなくて、よそよそしくて打ち解けない。でもあるシーンでは、相手を思う気持ちが込み上げてきて……。という点で、劇団で10年以上一緒にやってきたという絆がすでにありますから、それがこのお芝居を作るうえできっとプラスになると思うんですよね。

多田 むしろ打ち解けすぎないようにしないといけないかもしれませんね。

筒井 「よおー!」ってやりそうになるからね。

一同 あははは!

──今回はキャスティングが大きく変わりましたが、3度目の上演ということで、演出や台本に関して変わることはありますか?

左から筒井俊作、成井豊、多田直人。

成井 台本を大幅カットして、上演時間を1時間45分に収めることが目標です。原作に惚れ込みすぎて長くなってしまいがちでしたけど、3回目なので、もっと冷静に舞台作品として考え、中盤を刈り込んでトントン話を進めるようにしたいなって。僕はもともとせっかちな人間なんですけど、最近よりせっかちになってきたので(笑)、今は短くした台本のほうが面白く感じますし、原作の素晴らしさを決して損ねていないと思います。

またここ数年、演出家としての自分のテーマとして、“現実感”ということを考えていて。きっかけは9年前の「容疑者Xの献身」だと思いますが、現実感を増す演出ってどうやったら良いのかなということはこの数年考え始め、試行錯誤しているところです。と同時に、よりスタイリッシュな芝居を作りたいとも思っていて。舞台上にゴテゴテと現実空間を作るのではなく役者の肉体で見せていくスタイル、シーンやセリフなどさまざまなものを鮮やかな手付きで切り取って見せていく方法を取りたいなって。“現実感”と“スタイリッシュさ”って一見すると矛盾しているんですけど、でも実現したら面白いものになるんじゃないかなって思っています。

劇場で生きるパワーを感じてほしい!

──本作は、もともと昨年上演予定でしたが、新型コロナウイルスの影響によって延期となりました。この1年を経て、どんなお気持ちで稽古・本番に臨まれますか?

多田 1年前、稽古開始に向けて小説を全部読み直し、「さあやるぞ」というときに延期が決まって、出鼻を挫かれた感じがしたんですね。その悔しさがずっとあったんです。でも1年後にまた同じメンバーが集まって延期公演ができるのは奇跡だなって思うし、稽古初日にはその喜びが、きっと溢れてくるだろうなと思います。

筒井 先日、僕が出たある舞台を知人が観に来てくれて、びっくりするぐらいの長文の感想を送ってくれたんですね。コロナ禍でいろいろなことが制限され、毎日同じことの繰り返しのような仕事をしている中で、エンタメが本当に必要だということを実感したという内容だったんですけど、そのメールを読んだとき、公演がやれて本当に良かったと思ったし、観に来ていただいた方には何か持って帰ってもらえるものを作ろうと、それまでも思っていましたけどより強く思うようになりました。この作品については、観たあとに幸せな気持ちになれるかはちょっとわかりませんが、それでも何か1つ持って帰っていただけるものがあると思うので、それを目指してがんばっていきたいと思います。

成井 僕自身、コロナの感染が拡大する前よりも芝居を観る機会が極端に減っていて、でもだからこそ最近、とても集中して観るようになったんですね。目の前で役者が動いている、しゃべっているという様が本当に素敵だなって。だから内容が重いとか暗いとか、あまり関係なくて、役者が躍動してくれるだけで満足できちゃうんですよね(笑)。まあ観終わると芝居の粗が気になり始めるんですけど、でも観ている最中は本当に生きるパワーを浴びせられるし、観ることによってとても励まされる。「ああ、これが演劇の素晴らしさなんだ」って実感するんです。「容疑者Xの献身」でも、舞台上で石神や湯川たち登場人物が一生懸命生きている姿を役者たちが懸命に演じることで、お客さんには十分伝わるものがあると思いますし、励ましになると思います。昨年はそれができなくて本当に悔しい思いをしましたけど、今年こそ、たくさんの人に生きるパワーを浴びさせたいです!

左から筒井俊作、成井豊、多田直人。