シリーズ累計発行部数8000万部を突破したダークファンタジーの金字塔「鋼の錬金術師」。2001年から2010年まで「月刊少年ガンガン」(スクウェア・エニックス)で連載された荒川弘の代表作が、「舞台『鋼の錬金術師』」として初めて舞台化される。
上演にあたり、主人公のエドワード・エルリックと弟のアルフォンス・エルリックを演じるキャストのオーディションが実施され、一色洋平と廣野凌大がエド役に選ばれた。演出の石丸さち子が「“愛”の一色、“怒り”の廣野」と形容するように、異なる魅力を持った2人は、互いに刺激を与え合いながら日々稽古に励んでいる。そんな2人に、「舞台『鋼の錬金術師』」の見どころを語ってもらった。
取材・文 / 興野汐里撮影 / 小鉄裕子
必然だった石丸さち子との出会い
──エドワード・エルリック(以下エド)役とアルフォンス・エルリック(以下アル)役のキャストは、4カ月にわたるオーディションを経て決定されました。2022年10月に行われた製作発表会(参照:舞台「鋼の錬金術師」上演決定、一色洋平&廣野凌大がエドワード・エルリック役でW主演)で、一色さんは「みんなでシーンを作ろうという気持ちになるオーディションだった」、廣野さんは「役者人生の中で一番“考えた”オーディションだった」とお話しされていましたが、「舞台『鋼の錬金術師』」(以下舞台ハガレン)に出演が決まった際の気持ちを改めてお聞かせいただけますか?
一色洋平 オーディションで自分と同じ組になったエド候補の方々が軒並み素敵な俳優ばかりだったので、「勝てないな……」と思う瞬間が何度もありました。その中で選んでいただいたことに信じられない気持ちもありましたし、初めはすごくプレッシャーを感じていたんです。でも出演が決定してから数カ月経ってようやく、さち子さんやプロデューサーチームが僕を選んでくれたことを自信に変えていこうと思えるようになってきましたね。
廣野凌大 僕はオーディションのとき、さち子さんに軽くけんかを売ってしまったんですよ(笑)。その負けん気を買っていただいたのかなと思うんですけど、フリースタイルで文句を言ってしまった日はさすがに「ヤバい、やっちゃったかな」と反省しました。でも、真っすぐに感情をぶつけられる人に出会えることって、そう多くはないじゃないですか。僕たちが全力でぶつかっていったとき、さち子さんは100%の力で受け止めてくれるから、僕たちも120%の力で返すことができる。彼女のそういうところをすごく信頼しているので、今回の出会いは必然だったのかなと思います。
一色 僕もオーディション中はあまり手応えがなくて。エドとアルの過去のシーンを演じたときに、さち子さんから「うん、面白かった!」と言われたことがあったんです。今となっては本当の意味で面白かったと感じてくださっていたと思うのですが、当時は「もっと良い表現を目指せるよ」という意味だったんじゃないかとネガティブに捉えてしまっていたところがありました。
廣野 いいなあ……。僕は「面白い」って言ってもらえなかったですよ!(笑)
──(笑)。一色さんは、Theatre Polyphonic 第7回公演「『秋元松代の世界』Vol.1 戦後を生きる庶民たち~朗読上演『婚期』『虎の尾』『ことづけ』」や、ミュージカル「フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~」で石丸さんの演出を受けた経験があり、廣野さんは今回初めて石丸さんとご一緒されます。舞台ハガレンのお稽古をする中で、印象的だった石丸さんとのエピソードを教えてください。
廣野 「私は演出家だから、演技について厳しいことを言うよ。でも、つらいことがあったら全部私にぶちまけてほしい」というお話をしてくれたとき、「さち子さんってやっぱり愛がある人なんだな」と再認識しましたね。彼女の舞台人としての矜持や人間力を感じて、「この人は本当に愛おしい人だな」と思いました。
一色 「真っすぐな心でついて来てくれれば、あとは私がどうにかするから」と言っていただいたとき、この言葉を言えるようになるまで、さち子さんはどれだけの時間を費やして自分を高めてきたんだろうと思って……。しかも上辺じゃなく、全部を背負う覚悟で言ってくれている。そういう演出家のもとでお芝居ができるのはありがたいと同時に、甘えたくないなという気持ちになります。
廣野 そう。こんなに情熱を持った人とはなかなか出会えないです。
──石丸さんの演劇にかける愛情がひしひしと伝わって来ます。そんな石丸さん率いる舞台ハガレンカンパニーはどのような雰囲気なのでしょうか?
廣野 誰1人腐ることなく、同じの目標に向かって突き進んでいけている座組だと思います。ご時世的に一緒にご飯に行ったり、飲みに行ったりはできないんですけど、それを経てきたかのような信頼関係を築けていて、すごく良いカンパニーなんじゃないかと。さち子さんやスタッフの方々の強力なバックアップがあるので、僕たちも安心して芝居に専念できています。
一色 舞台ハガレンカンパニーって強豪校の部活みたいだなと思うんです。強豪校って選手1人ひとりのレベルも高いけれど、集団としても素晴らしい力を発揮することが多いじゃないですか。舞台ハガレンカンパニーも、苦難に直面したときにみんなで前を向く力を持っているなと思います。
廣野 “令和の(心の)折れ方”をする人が1人もいないですよね(笑)。
一色 ははは! 確かに!(笑)
廣野 「最近の若者は……」と言われるような人がいない。みんな強いので!
一色 そうだね。舞台ハガレンを世界初演すべく集まった、唯一無二のチームだなと思います。
こんなに刺激的な現場はない(廣野)
──一色さんは小学校高学年から中学生の頃にご友人から原作マンガを借りたことがきっかけで、廣野さんは2009年から2010年まで放送されたテレビアニメ「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」をご覧になって、「鋼の錬金術師」に触れたそうですね。ご自身が初めに抱いたエドに対するイメージと、お稽古をする中で感じたエドの印象で変化した部分はありますか?
廣野 完璧超人というか、少年でありながら重たい過去を背負っている人という印象があったので、エドのメンタルの強さに注目してオーディションに臨んだんです。でも、稽古をすればするほど、エドは誰よりも弱い心の持ち主なんじゃないかと気付いて。純粋な心を持っているからこそ人の痛みがわかるし、他人に起きたことをちゃんと喜べるし、相手と向き合うことができるのかもしれないと思うようになりました。
一色 エドは突っ走るキャラクターなのかと思ったら、意外としっかり立ち止まることができる人ですよね。最初に原作を読んだとき、エドは大人に頼らずに行動しているイメージだったんですけど、それは他人に迷惑をかけてはいけないという気持ちの表れで、自分たちが犯してしまった禁忌の後始末は自分たちでつけないといけないという責任感に突き動かされているんじゃないかと思うんです。実際に演じてみたら、自分が想像していたよりもエドはずっとずっと大人でした。
廣野 原作に描かれている1コマ1コマに注目しながらキャラクターを演じてみると、この行動の裏にはこういう考えがあったんだということがわかってくる。稽古を重ねる中で、エドワード・エルリックという人間を体現できる身体になってきているなという実感があります。
──お二人は原作ものの作品を演じる際、マンガやアニメ、そのほかのメディアミックスなどを参考にされますか?
廣野 原作者の方のメッセージを受け取るために必ず一度はマンガを読んだり、アニメを観たりするんですけど、「鋼の錬金術師」においては僕の人間力よりエドの人間力のほうがはるかに勝っているから、原作を読まないとエドに追いつけない。だから今回は割と頻繁に読み返していますね。
一色 僕ももちろん参考にはしますが、頼りすぎないのも大事だと思っていて、困ったら立ち返る場所というふうに位置付けています。例えば、エドがすごく感動しているシーンがあったとして、マンガではクールな表情で表現されていたとしても、生身の人間がクールに演じると感動していることが伝わりづらいんですよね。舞台俳優としては、エドが味わっている感動を増幅させて表現してないといけない。その塩梅が難しいのですが、さち子さんと話し合ったり、稽古場にある資料を読んだりして調整しています。
廣野 舞台ハガレンの稽古ですごく楽しいなと思うのは、キャラクターたちを1人の人間として捉えているところなんですよ。さち子さんも「2.5次元だと思わなくて良いよ」と言ってくれているし、僕らも1人の人間を作るつもりで演じている。だから、キャラクターのイメージを自分の中で決め込んで稽古場に持って行くというよりは、流れに身を任せて、そのときの感情のままにセリフを言うことが多いです。
一色 本当にしびれる現場ですよ。稽古場を開放して、皆さんに観てもらいたいぐらい。
廣野 ここまでアナログな作り方をしている現場はあまりないんじゃないかな。でも、このやり方が舞台ハガレンに合っていると思います。こんなに刺激的な現場はないかもしれない。しかも、それを楽しいと思えているのは俳優として誇らしいことだと思います。
一色 本当にかけがえのない時間だよね。良い意味で「この作品はどうなっちゃうんだろう?」という期待感が僕たち自身にもすごくあるので、どこまでも先を目指して作っていきたいなと思います。
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初めてのWキャストが凌ちゃんで良かった(一色)