SPAC2019「ふじのくに⇄せかい演劇祭」から「メナム河の日本人」まで 宮城聰×今井朋彦対談|普遍的、かつ先鋭的に

SPACの俳優の身体性を今井さんなら生かせるのでは(宮城)

──「せかい演劇祭」のあと6月には、宮城さん構成・演出の「イナバとナバホの白兎」の再演が控えています。16年にフランス国立ケ・ブランリー美術館とSPACの共同制作によって上演された本作は、「いなばの白うさぎ」をモチーフにした祝祭音楽劇で、衣装や美術の美しさも印象的な作品です。そして9月から3月の「SPAC秋→春のシーズン」には、18年に野外劇場「有度」をはじめ全国各地で上演された「寿歌」が再演されるほか(参照:北村想×宮城聰「寿歌」特集 )、インドネシアのテアトル・ガラシを率いるユディ・タジュディン演出の「ペールギュントたち(仮題)」、SPAC俳優の渡辺敬彦演出「セチュアンの善人」、またオリヴィエ・ピィ作&宮城さん演出で11年に初演された「グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~」再演、さらに今井さんが演出する新作「メナム河の日本人」と盛りだくさんのラインナップとなっています。今回、今井さんに演出を任されたのは、どのような思いからでしょうか?

左から今井朋彦、宮城聰。

宮城 今井さんには10、13年に「わが町」を演出していただきました。そのときは、今井さんから作品をご提案いただいたんです。SPACの俳優たちは鈴木忠志さんや僕のところで訓練してきた人たちなので、やったことがある演劇のタイプがある程度限定されているわけですが、前述の通りSPACでは幅広い演目を扱わないといけないので、SPACの俳優たちが身に付けている身体性をうまく使いつつ、リアリズム的なものやナチュラリズム的なもの、つまり僕や鈴木忠志さんがあまり扱ってこなかったタイプの戯曲もやっていきたいと思っているんですね。そこで今井さんなら、ご自身もコンテンポラリーダンスに興味をお持ちだったり、身体に対しての知識をお持ちなので、リアリズム系と言われている戯曲をSPACの俳優たちの蓄積をうまく生かして演出していただけると思ったんです。実際、「わが町」はリアリスティックな戯曲なのに肉体の肌触りみたいなものがある、作品の隙間にポエジーが浮かび上がるような演出でした。一方で、世界には例えばシェイクスピアやチェーホフ、モリエールのように、時代や生活習慣がまったく違うのに普遍性を感じる作家がいて、「日本の作家の中で、本当に普遍性を持っている人は誰なんだろう」と常々考えていたんですね。その中で、遠藤周作が取り組んだ問題は、世界の人にとっても重要な問題かもしれないという思いがあり、それを検証してみたいと思いました。その2つの思いが重なって、今回、今井さんに演出をお願いすることになったんです。

今井朋彦

今井 僕にとって、SPACで「わが町」を2度演出させてもらったことは、俳優とか演出とかっていうことに関わらず、演劇に関わっている自分のキャリアにとってものすごく大きなことでした。なので、またSPACと関われたらいいなという思いが常にあり、今回お話をいただいたときはまず飛び上がらんばかりでしたね(笑)。さらに「メナム河の日本人」の戯曲を読んで、正直僕は遠藤さんの戯曲をそれまで読んだことはなかったんですが、1幕第1場を読み終えたところで「スケール感がシェイクスピアだ」と思ったんです。王宮が舞台ではあるけれど、権力者の側と日本人町の人間たちという目線の幅広さがあり、さらに現地人と日本人、男と女、宗教を信じている人と信じていない人というように、極端な対立軸があっていろんな人間関係が描かれている。なので、読んでいる途中から「やらせていただきます」と思いはもう決まっていました(笑)。そのくらい、戯曲に惹かれました。

自分の色を意識しすぎずに(今井)

──出演者オーディションをされたそうですが、そのことでさらに作品のイメージが膨らんだ部分はありますか?

今井 そうですね。今回はお1人ずつ対面しながらオーディションして、“出会い直していく”と言いますか、「わが町」でご一緒した方からも初めての方からも、刺激を受けました。

──「メナム河の日本人」は来年2月から3月にかけて上演されますが、その前の12月には、文学座アトリエの会にて、第63回岸田國士戯曲賞を受賞された松原俊太郎さんの新作書き下ろしを手がけられ、演出家としてのお仕事が続きます。

今井 SPACのほかに、桜美林大学の学生との舞台で「セチュアンの善人」(16年)などもやらせていただいて、自分の演出の色と言うか傾向は、ある程度できてきたとは思います。でも今回は松原さんの書き下ろしにしろ、「メナム河~」にしろ、まだ出会ったことがないものをやらせていただくので、あまり「自分の演出の色はこうだ」と意識せずやれたら。その都度その都度、方法を見つけ出していくやり方がいいのかなと思っています。それで……僕から宮城さんに聞くのもアレですが(笑)、俳優の中から演出家を発掘されようとするのは、どういう観点からなのでしょう? 16年に古舘寛治さんも「高き彼物」の演出をされていますが、僕も最初に声をかけていただいたときは、「え? 僕は演出家としてほとんど何もしたことがないですよ?」とびっくりしたんです。

宮城聰

宮城 うーん……僕は劇団という形にこだわっているんですね。一言で言うと、なるべく長く、同じ俳優とやりたいと思っているんです。で、同じメンバーで続けていくときにどういうことが必要なのかを考えたときに、演出家は俳優にとっていつまでも違和感のある存在、エイリアンでいることが大事だと思うんです。と同時に、俳優が演技について悩んでいるときに、俳優同士であれば具体的なコツを教えられるし、そうやって教わることが俳優の成長のきっかけになるとも思っていて。ただ、すごくいい俳優でも演出をしたがらない人もいますが、今井さんはセリフを客観的に見られる方だと思っていたので、それで演出をお願いしたんです。

今井 そうなんですね。演出をやらせていただいたことで得たことは、僕も有形無形いっぱいあるんですけど、卑近なことで言えば演出家に優しくなりました。

宮城 あははは!

今井 俳優は自分の役のセリフや感情しか基本的には考えないものですが、演出家にしたら、例えば舞台に3人登場人物がいれば、3人それぞれが違う発想を持った存在であってほしいと思うわけです。ということが、役者だけやっているときにはよくわからなかったのですが、演出を経験したことで、あるシーンで自分がどういうバランスでいればいいのかを考えるようになり、それが楽しくなりました。

左から今井朋彦、宮城聰。

観劇プラスアルファのお楽しみは?

──「せかい演劇祭」が開催されるゴールデンウィークにはストリートシアターフェス「ストレンジシード静岡」も開催されます。観劇をきっかけに初めて静岡を訪れる方も多いと思いますので、観劇プラスアルファのお楽しみを、最後にぜひ教えてください。

宮城 静岡って東海道だから、かつてはわざわざ人を呼ぼうとしなくても人が来る場所で、観光的な観点でのセールスが乏しかったんです。僕自身、昔はSPACで芝居を観る以外、何をして帰ればいいのかよくわからなかったんですけど(笑)、最近はいろいろ静岡も“おもてなし”を考えていて、例えばJR静岡駅近くのおでん街・青葉横丁がよくガイドブックなどで紹介されていますね。戦後日本の風情があると言うか、昔、静岡市役所の前には200軒くらい屋台のおでん屋さんがあったそうなんですが、その屋台がそのまま小さなお店になっている。静岡はサバとかイワシの黒はんぺんが有名で、牛すじや黒はんぺんのおかげで出汁も黒くなっているんです。東京では今、さすがに戦後すぐの感じを残している場所がほとんどなくなってしまったけれど、例えば1964年の東京オリンピックの頃ですらまだ日本に物がなかった、あの時代のことをときどき思い出さないといけないのではないかと思うことがあって。おでん街・青葉横丁では、そんな50年前の日本を少し味わうことができると思います。

今井 プラスワンのお楽しみ……悩みますが、例えば(後ろを振り返って富士山を指し)ああいうことじゃないでしょうか。“静岡県人性善説”を我が家では唱えているんですけど(笑)、静岡の人はみんな穏やかで独特のおおらかさがある。それはこういう風景のおかげではないでしょうか。この環境で、ぜひ観劇を楽しんでいただけたらと思います。

SPAC-静岡県舞台芸術センター

専用の劇場や稽古場を拠点として、俳優、舞台技術・制作スタッフが活動する日本初の公立文化事業集団。1997年に初代芸術総監督・鈴木忠志のもとで本格的に活動を開始し、2007年より宮城聰が芸術総監督を務めている。

宮城聰(ミヤギサトシ)
1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京芸術祭総合ディレクター。東アジア文化都市2019豊島舞台芸術部門総合ディレクター。東京大学で小田島雄志・渡邊守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90年にク・ナウカを旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から評価を得る。2007年4月、SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を切り取った作品を次々と招聘し、“世界を見る窓”としての劇場作りに力を注いでいる。14年7月にアビニョン演劇祭から招聘された「マハーバーラタ」の成功を受け、17年に「アンティゴネ」を同演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演した。代表作に「王女メデイア」「ペール・ギュント」など。04年に第3回朝日舞台芸術賞、05年に第2回アサヒビール芸術賞を受賞。第68回芸術選奨文部科学大臣賞(演劇部門)受賞。19年4月にフランス芸術文化勲章シュバリエを受章。
今井朋彦(イマイトモヒコ)
1987年に文学座附属演劇研究所に入所。92年に座員となり現在に至る。劇団公演のほか、古典から現代劇、コンテンポラリーダンス作品など外部出演も多数。近年の主な舞台に「子午線の祀り」(演出:野村萬斎)、「TERROR」(演出:森新太郎)、「Le Père 父」(演出:ラディスラス・ショラー)。19年は「Taking Sides~それぞれの旋律~」(演出:鵜山仁)、主演作「再びこの地を踏まず─異説・野口英世物語─」(作:マキノノゾミ、演出:西川信廣)に出演予定。12月に文学座アトリエの会にて松原俊太郎書き下ろし作品を演出する。
※初出時、プロフィール内に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

2019年4月16日更新