「終点 まさゆめ」で松井周と菅原直樹が目指す演劇を通じた“未知の何か”そして久保井研らキャスト6名のメッセージ

松井周が作・演出を手がける「終点 まさゆめ」が、11月29日からの岡山公演を皮切りに、三重・埼玉と3都市で上演される。岡山芸術創造劇場 ハレノワ、三重県文化会館、彩の国さいたま芸術劇場の3館により共同制作される本作は、人類の誕生を寿ぐある記念式典を舞台に、最大の娯楽施設“まさゆめ”に向かう宇宙船でのエピソードを、劇中劇として描く。出演者には俳優5名に加え、オーディションで選出された65歳以上のキャスト6名が名を連ねた。

7月にプレ稽古が行われ、本格的な稽古が11月上旬に岡山芸術創造劇場 ハレノワにてスタート。ステージナタリーでは松井と、本作の演出協力及び出演もする「老いと演劇」OiBokkeShiの菅原直樹に、クリエーションの様子や作品への思いを聞いた。また特集後半では、久保井研、篠崎大悟、荒木知佳、オーディションキャストの小川隆正、石川佳代、山田浩司にキャストの目線から稽古の様子を語ってもらった。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 冨岡菜々子

松井周と菅原直樹が語る「終点 まさゆめ」

生きることと演じることがイコールになった舞台に

──松井さんは7月のプレ稽古の場で、本作が2010年に初演された「聖地」の流れを汲んだ企画である、とお話されていました(参照:松井周と菅原直樹が立ち上げる、「終点 まさゆめ」稽古が岡山でスタート)。「聖地」は蜷川幸雄さんの演出でさいたまゴールド・シアターにより上演されました。(編集注:さいたまゴールド・シアターは、2006年に当時彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督だった蜷川幸雄によって立ち上げられた高齢者劇団)。改めて、「聖地」が松井さんにとってどういう体験だったのかを教えていただけますか?

松井周 まず僕は、さいたまゴールド・シアターと蜷川幸雄さんというつながりが非常に面白いと思っていました。最初にゴールド・シアターを観たのは、KERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんが書かれた「アンドゥ家の一夜」(2009年)だったんですけど、開場中から舞台上に俳優たちが出てきてセリフ合わせをしたり、本番が始まっても蜷川さんはじめプロンプター(セリフを忘れた俳優にセリフを伝える役割の人)がたくさん舞台前に張り付いていたり、という状況だったんですね。多分俳優たちにまだセリフが入っていない状態で、いろいろあってああなったのだと思うんですけど、本気でセリフを言おうとしているゴールド・シアターの人たちと、なんとか作品を成立させようとしている蜷川さんと、ドキュメンタリーのような作り方がとても衝撃的でした。その後「聖地」を執筆する段で、あえて長いセリフを書き、俳優さんたちに負荷がかかるようにしようと思ったのは、“老いに抗う”じゃないですけど、老いと闘っている姿がそのまま生きる姿として作品に現れたら良いなと思ったからです。実際に本番を観ても、生きることと演じることがイコールになった舞台になっていたのが僕の中ではすごく面白かったし、その点が観ている人に強い印象を残すんじゃないかなと感じました。

左から松井周、菅原直樹。

左から松井周、菅原直樹。

──菅原さんは「聖地」はご覧になっていますか?

菅原直樹 僕は観られなくて、後で映像と台本を拝見しました。で、驚きました、大作で(笑)。

松井 (笑)。だって42人も出演者がいるからね。42人分の役なんて、まず書くことがないし、それだけで大作になりますよ。

松井周

松井周

菅原 そしてゴールド・シアターのエネルギーというのも、画面を通じてすごく伝わってきました。ゴールド・シアターの皆さんとは、蜷川さんが亡くなったあとに一緒にクリエーションする機会があったのですが、そのときもやっぱり皆さんの演劇に懸ける情熱とか、取り組み方みたいなことを感じて、蜷川さんの存在を強く感じました(編集注:菅原は「世界ゴールド祭2018」や2021年に制作された日英国際共同制作「The Home オンライン版」などで、さいたまゴールド・シアターのメンバーとクリエーションを行っている)。

──菅原さんは「聖地2030」に出演予定でしたが、今回は出演とともに演出協力にもクレジットされています。松井さんと菅原さんは、同じ青年団の出身ですね。

松井 でも実はその前から……まだ菅原さんが桜美林大学の学生だった頃から知っています。2004年に桜美林大学+青年団 国際協力50周年記念公演「もう風も吹かない」という作品が上演されたのですが、その公演に菅原さんが出ていて「なんだろう、この変な人は」と思ったのが第一印象でした(笑)。その後、菅原さんも青年団に入ってきて、僕が「フェスティバル / トーキョー09」で「火の顔」(2009年)を演出した際には、菅原さんにも出演してもらって……なので僕は菅原さんと“俳優として”出会ったという感じで、そのときからずっと菅原さんて面白い俳優だなあと思っていました。

菅原 僕は、高校生ぐらいのとき、BSで深夜に放送されていた舞台中継の番組をよく観ていたんですが、あるとき「平田オリザの世界」の回があって、「カガクするココロ」に出演していた松井さんを観て、面白い役者さんだなあと思って記憶していました。

菅原直樹

菅原直樹

──ではお二人とも、最初は俳優さん同士として知り合われたんですね。

菅原 はい。でもあるときから松井さんが台本を書かれるようになって、「松井さんはどんな作品を書かれるんだろう」とすごく興味が湧いて、「ワールドプレミア」(2005年)を観に行きました。

松井 わ、すごい昔の!(笑)

菅原 ……から観ています(笑)。すごい内容で、衝撃を受けました。

一同 あははは!

──一方、菅原さんは2014年にOiBokkeShiをスタートさせます。松井さんはそんな菅原さんの活動をどのようにご覧になっていましたか?

松井 菅原さんが岡山に引っ越した、ということは知っていたんです。その後、菅原さんの活動を追ったドキュメンタリー番組を観てOiBokkeShiの活動を知り、すごく面白いなと思いました。今までの演劇ではあまり考えられなかったようなことを軽々とやっている感じがして……例えば地域の人と何かを作るとか、老いや認知症といったことを扱いながら演劇的なワークショップを展開するとか、すごいなあと。まだまだ演劇にはいろいろな可能性があるし、僕の知らないことがたくさんあるんだと衝撃を受けました。そこから、演劇を体験するっていうか、ただ座って観るだけじゃない体感の仕方があるんじゃないかと興味が湧いて、「じゃあ例えばどういう演劇のやり方があるんだろう」と考えるきっかけにもなりました。

「聖地2030」でできていた“原型”

──その後、2021年に「聖地2030」は上演される予定で、ワークショップも進められていましたが、新型コロナウイルスの影響で最終的に中止となります。「聖地」から今回の「終点 まさゆめ」は、内容的にかなり飛躍があるように感じますが、「聖地2030」の段階で、どの程度までクリエーションは進んでいたのでしょう?

松井 「聖地2030」を作ろうとしていたときから、初演の「聖地」とはかなり違うものを目指していて、そのプレ稽古を数回やりました。当時やろうとしていたのは、“安楽死を巡る儀式を描いた「聖地2030」という芝居”を、会議型で立ち上げていくというもので、俳優は「聖地2030」の出演者であり、“劇中劇「聖地2030」の登場人物”でもあります。“劇中劇「聖地2030」”の世界では、国から安楽死が推奨されていて、その道を選んだ人は会議にかけられ、本当に安楽死したいのかどうか気持ちを確かめられます。プレ稽古ではその“安楽死したい人役”の人が自分の思いを話し、周囲が議論する、という形を試していました。

菅原 オーディションみたいな感じもやりましたよね?

松井 そうですね。配役が描かれたカードを配って、そこには“会社員”とか“医者”とか役割が書いてあるんですけど、カードを引いた人はその仕事をやってきた人として、「聖地2030」のオーディションに参加して、自分がどうしてこの芝居に出たいかをみんなにプレゼンするんです。プレ稽古では皆さん本気で取り組んでいて、うまくできずに悔しがったり、でも楽しんだり、ある意味壮絶でしたね(笑)。

菅原 今にして思うと、「聖地2030」の時点で大切な部分というか、「終点 まさゆめ」でやろうとしていること、特徴はすでにあったんですね。そこから数年経て、なぜか宇宙船の中の話になり……その変化が僕もすごく興味深いです(笑)。

松井 なんで宇宙船になったんだっけなあ……(笑)。“もう逃れられない環境”を作りたかったんですよね。政府に言われたからとかではなくて、当事者間で集団として逃れられない状況というか。「終点 まさゆめ」の舞台は、人生が完成に向かっている人たちが目指す最大の娯楽施設“まさゆめ”という星に向かう宇宙船で、でも宇宙船の燃料がなくなってしまい、このままだと船ごとダメになってしまうから、誰か1人を降ろさなければならないという状況に至ります。そこで船長が「役に立たない人を自分たちで決めてください」と宣告するのですが、搭乗者たちはみんな高齢でリタイアした人たちばかりで、何を根拠に自分の価値や存在を認めさせれば良いのか……ある意味残酷な状況ではあるんですが、その状況を演劇として提示してみたいと思ったんです。

左から菅原直樹、松井周。

左から菅原直樹、松井周。

──宇宙船という設定にすることで、ある意味、フィクション性が高まりますね?

松井 そうです。フィクション性を高めたのは、テーマがかなりヘビーだと思っているからで、菅原さんやスタッフの方々と何度も話し合いを重ねて、「そんな状況はなかなかないよね」と笑って観てもらえるようなフィクショナルな状況やコメディの要素を強めることで、参加者にもお客さんにも「これはフィクションだ」と安心して楽しんでもらいたい。そのうえで、安心安全に真のテーマに迫っていけるような作品を目指したいと思っています。

菅原 ご覧になった方が、この作品をどういう体験として受け取るのか楽しみですね。宇宙船から誰を降ろすかという話し合いは、僕は、芝居を通して死のプロセスを見せているような感じもしていて。最終的には何か1つを選ばなければいけないんだけれど、どれを選んでもやっぱり葛藤や後悔はある。そのやり取りを見て、皆さんもいろいろと感じることがあるのではないかと思います。