観客と同世代のスターを生み出したい
──緑郎さんと雪之丞さんは、新派では師匠がいませんが、どのように新派の芸を体得していらっしゃるのでしょうか。
緑郎 新派には歌舞伎と違って文芸部というのがあって、昔からの頭脳を継いでらっしゃる部門があるんですね。その方たちからいろいろなお話を聞いたり、文献がたくさん残っているので、川口松太郎先生のものも一時期全部読み漁りました。読むとやっぱり川口先生はなぜそのような演出をしたのかということが細かいところまで書いてあるので、これから新派でやるのに役立つなと。歌舞伎の場合は、口伝はありますがきちんと理で説明した文献がなかなか残っていないので、そういう意味では新派のほうが130年の変遷を辿りやすいです。まあ、新派の創立をいつから数えるかは諸説あるのですが……(笑)。
八重子 というのも、女優が出始めたのがそのころ(明治期)なのよね。だからそこが新派のスタートだと言う人も多いんです。
緑郎 そうですね。また新派は敷居が高いと言われますが、歌舞伎だって難しいと思うんですよ。でも同世代の俳優が舞台に出ているから、若い人も観に行く。新派は今、若い世代のスターがいないので、これからは二十代のスターを生み出すことが大事なのではないかなと思いますね。とにかく新派のことを知ってもらいたい。
久里子 そうですよね。かと言って突飛なことはできないし……。
八重子 リアルをベースにしているから、「ワンピース」みたいな演目はできないのよね。
久里子 そうなんです。風鈴が鳴るとか、金魚売りが通るっていう風情が、若い人にも通じるようにしていかなければ、です。
川口作品ができるのは新派しかいない
──近年は、山田洋次監督が演出を手がけられた「麥秋(ばくしゅう)」や「東京物語」「家族はつらいよ」、また「黒蜥蜴」など、新派の新たな一面を切り拓くような演目もラインナップされています。皆さんがお好きな新派作品について教えてください。
久里子 好きな作品はもちろん、たくさんありますが、例えば、泉鏡花作品や北條秀司先生の作品はどこの劇団でもやろうと思えばできると思うんです。でも川口松太郎先生の「風流深川唄」や「鶴八鶴次郎」は、まず新派じゃないとできませんね。音が入ったり、踊りが入ったり……ああいった演目をやっぱり若い人たちに本当につないでいきたい。川口先生の作品って、「ああ、いいお月様」で終わってしまうような、尻切れトンボみたいな芝居なんですけど、ああいう作品こそ新派だと思うんですよね。
春本 私はまだ全部が全部、新派作品を観られているわけではないですが、その中で、この間歌舞伎でもやられていた「滝の白糸」が好きですね。私の世代には内容的にもちょっと難しいかなと思いましたが、今テレビでやっているようなドロドロしたドラマではなく、もっときゅっと切なくなるようなお芝居で、恋人同士がお互いを思いながら自殺するって、今ではありえない話。ですが、観てもらえたらすごい作品だとわかっていただけると思うので、ぜひ観ていただきたいなと。
緑郎 例えば3人、作家を挙げるとして、泉鏡花は時代新派、川口先生は世話新派、北條先生は新派の新作だと思うんです。その中でも川口先生は、久里子さんもおっしゃったように最上級編。やってるほうもお客さんも……。
久里子 そう、演じるほうは腕がなきゃできないし、お客様にはその風情を感じていただきたいし……ただ、ちょっとマニアックなんです(笑)。
緑郎 ですね。映像で見ても、昭和30年代の「遊女夕霧」などは「そんなところで!」ってシーンでお客さんがザワつき始める。でも、あれこそ新派の目指さなきゃいけないところだと思うんです。僕らだって、それが大好きで新派に入ってきたわけですから。じゃあ今、川口作品を上演するために我々が何をしなきゃいけないかを逆算していくと……もっと門戸を広げて、各世代のスターが集まる劇団にし、興行的にも成り立つようにしていかないといけない。それを今、考えているところで。
久里子 そうなんですよね。弟(十八代目中村勘三郎)のようにあれだけファンがいても、「『鏡獅子』をやるとなったら蜘蛛の子を散らすようにお客さんが逃げちゃう」とよく言っていました。お客様に観ていただきたい古典演目があっても、そこに到達するにはお客様を呼ぶための“キワモノ”のようなものもやらなきゃいけない。でもね、16年に緑郎さんが「国定忠治」をやられたとき、正直、最初は私、嫌だったんですけど、あれもひとつなんだなって。本当に記憶に残る作品でした。私の不賛成を賛成にさせちゃった緑郎さんはすごい。
緑郎 あははは(笑)。
久里子 新派の明治は喜多村先生、大正は花柳章太郎先生(編集注:新派を代表する女方、1894~1965年)、昭和は初代水谷八重子先生が作られた。平成はもうあと少しで終わってしまうけれど、「犬神家の一族」を平成の看板として残したいですよね。
女優向き、女方向き
雪之丞 何本かやらせていただいた中で私が大好きなのはやっぱり「日本橋」や「婦系図」。歌舞伎の世界にいるときから、そういう新派に憧れがありましたし、でも観るとやるでは大違いなんですが……(笑)。「滝の白糸」をやらせていただいたときに、久里子さんがリクエストしてくださって。「実は私もやってはいないんだけど、花柳先生がこうされていたので、女方さんだったらやれると思うからこう演じてみてくれない?」と。そう言っていただけるとうれしくて私は次から次へとやってしまうんですけど(笑)。
久里子 そう、すぐやってくださった(笑)。女方がやったほうがいいものと女優がやったほうがいいものがあると思っていて、「婦系図」は女優のほうが合うと思うし、「滝の白糸」は女方が似合うと思うんですよね、私は。ですから花柳先生がやられていたことは私にはできないけど、でもそれをまざまざと覚えてはいるので、どうしても伝授させていただきたくて。
雪之丞 すごくありがたかったです。役に応じてではありますが、「新派とはなんぞや」ってところを追求しながら、「華岡青洲の妻」の加恵なら加恵の、「滝の白糸」の白糸なら白糸の、芝居の仕方をこれからどんどん勉強していかないと、と思っています。
八重子 でもね、立役がいいんですよ、雪之丞さん。
久里子 立役“も”よ!
八重子 すごい色気があるの。だから、たまに立役もいいと思いますよ。
久里子 14年に上演された「明治一代女」の沢村仙枝なんか、あれだけできる人いませんね。
緑郎 僕も箱屋巳之吉で出演する話もあったんですが……舞台を観て、巳之吉役をやりたかったから、悔しかった。
久里子 でもあれはニンじゃないでしょう?
八重子 ニンじゃないけど、観てみたいね。
緑郎 ニンじゃないのがやりたいんです。それをやるのが快感なので。
八重子 確かに当てて書かれたものってやりにくいわよね。
久里子 じゃあ私がすぐ「緑郎さんいいわあ!」って言っちゃうのはダメね。
緑郎 久里子さんいつも褒めてくださるから「やめてください! 褒めないで!」ってお願いしてるんです(笑)。
一同 あははは(笑)。
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1色にならないのが新派
- 新派130年 11月新派特別公演
「犬神家の一族」 - 2018年11月1日(木)~10日(土)
大阪府 大阪松竹座 - 2018年11月14日(水)~25日(日)
東京都 新橋演舞場
原作:横溝正史(「犬神家の一族」角川文庫)
脚色・演出:齋藤雅文
- キャスト
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宮川香琴:水谷八重子
犬神松子:波乃久里子
犬神竹子:瀬戸摩純
犬神梅子:河合雪之丞
犬神佐清・青沼静馬:浜中文一
野々宮珠世:春本由香 / 河合宥季(交互出演)
金田一耕助:喜多村緑郎
古館恭三:田口守
橘警察署長:佐藤B作
ほか
- 劇団新派(ゲキダンシンパ)
- 1888年に大阪新町の新町座において角藤定憲が旗揚げした「大日本壮士改良演劇会」が新派の祖と言われる。それまでの旧派(歌舞伎)に対する新たな演劇活動のことで、女優が参加したほか、新派独自の女方芸や演技様式も誕生した。尾崎紅葉、泉鏡花、三島由紀夫、川口松太郎、北條秀司らの名作や、初代喜多村緑郎、河合武雄、花柳章太郎、初代水谷八重子といったスターを輩出している。2018年は劇団新派の創始130年に当たる。