水谷八重子×波乃久里子×喜多村緑郎×河合雪之丞×春本由香×瀬戸摩純|1色に染まらないのが新派─古典の名作から「犬神家の一族」まで─

日本文化のふるさとを遺す

──皆さんそれぞれに別の活動や素養があったうえで新派に入団されていますが、新派での芝居の中でそれが生きていること、あるいは新たに発見したことはありますか?

久里子 新派は、歌舞伎に近いですよね。歌舞伎を無視して、新派はできない気がします。歌舞伎をベースにして、それからどう新派になるか。歌舞伎は江戸文学、新派は明治・大正・昭和の文学だからその違いもありますよね。歌舞伎だったら首が飛んでも動いてみせるほどのファンタジックなことができるけれど、新派はそうではない。歌舞伎に比べて、極めてリアルな芝居。ただ、私は新派のことを“叙情的リアリズム”って言っているんですけど、情緒だけでもリアリズムだけでもだめで、その両方があるのが、私の理想。その意味では日本舞踊も歌舞音曲もできないといけないと思う。元々、新派の劇団員はそれぞれジャンルが全員違うんですよね。歌舞伎の人がいたり、宝塚歌劇団出身の人がいたり……でもやっぱりピアノやバイオリンで育つより、三味線で育った役者のほうが新派に合っているように思いますね。ですから、特に今、新派は難しい……。

左から瀬戸摩純、河合雪之丞、波乃久里子、水谷八重子、喜多村緑郎、春本由香。

緑郎 僕も本当にそう思います。明治期に、旧派としての歌舞伎に対して生まれたのが新派。そのスタンスは今も変わってないと思います。それがないとたぶん、普通の時代劇になってしまうので。その点で、今、新派ってなんだろうって考えると、やはりベースとして歌舞伎がないといけないかなと思います。

八重子 私の場合は家業なので(笑)。新派は明治時代の現代劇ですが、明治時代の現代劇は今の私たちにとってすでに古典。新しい人がそれに取り組むときに、「なぜここでそうしなきゃいけないのか」という疑問は生まれて当然だし、それをいっぱいぶつけてほしいと思ってるの。それを1つひとつ解決していくのに、私は力を貸したいし、そうすることで古典がもう一度力を持つというか、命を持って今を生きていけると思うんです。新派はそうやって明治・大正・昭和の日本人の生活をさりげなく演じてきました。例えばよその劇団を見ると、お茶を淹れるという芝居だけで1幕ありそうな、大げさな仕草でびっくりしたことがあったんですけど(笑)、人が談話している陰ですっとお茶が用意されて出てくる、それが新派だし、それが日本人の生活なんですよね。ですので(日本文化の)ふるさとを今の人たちに遺していってあげるという使命も感じているんです。

春本 私は平成生まれなので、疑問はもう数え切れないほどあるんですけど(笑)、新派に入団して一番不思議だと思ったのはセリフの言い回しです。日常のしゃべり方ではなかなかない、独特な言い方と言いますか、「新派ってこういうことなのか」という感覚を音に対して感じています。先輩の演技を見させていただきながら、歌舞伎に似たような、でも歌舞伎とは違う間だな、など日々学んでいますね。

新派の“リアル”はいかにして伝承されるか

河合雪之丞

雪之丞 新派のことを私はまだよくわかってないですけど、ずっと歌舞伎をやってきたものですから新派の芝居を自分の頭の中で納得してやれるようになるまでは、時間がかかるなっていうのが正直な感覚です。技術的な問題ですが、“歌舞伎っぽい”から“新派っぽい”にどう変えていくのかを今試していると言いますか。特に女方の場合は、歌舞伎の女方術というのを叩き込まれてますので、それを新派の女方としてどういう形にしていくか、学んでいる段階です。

瀬戸 母が舞台が好きだったので、ミュージカルなどは定期的に観ていたのですが、自分で演技を実践したのは新派が初めてです。新派に入団したてのときは公演も忙しく、2年間は研究生ですから舞台に立てない時期もあり、水谷の弟子として付き人の日々でした。そんな中で稽古を拝見していると、新派の芝居はすごくリアルだなと感じて。普通の家庭の障子に穴を開けて覗いているような感じ。皆さん、本当に自然な演技をされているので驚きました。ただそのリアルな演技の裏には、先ほど久里子さんがおっしゃったような“地”がないとできないなということは痛感しています。

芸は、教わるのではなく自分で

──新派の演技について、先ほどから「リアル」がキーワードとして挙がっていますが、平成の現代劇のリアルとは、また少し質の違うリアルだとも感じます。新派が目指す“リアルな芸”はどのように伝承されているのでしょうか? 水谷さんのお弟子さんである瀬戸さん、春本さんは、どのように教わってきましたか?

瀬戸摩純

瀬戸 先生(水谷)はあまり「こうしなさい、ああしないさい」ってことは……おっしゃらないですよね?

八重子 (微笑む)

瀬戸 「まず自分で考えなさい」という感じで、間違ってレールから逸れてしまったときは「違うよ」とちょっとアドバイスしてくださいますが、基本的には頭ごなしに「違う!」とは絶対におっしゃいません。

春本 摩純さんがおっしゃった通り、本当に先生はまず「自分でやってみなさい」と言ってくださって、時折「こうしたほうがいいんじゃないか」とアドバイスをくださる。優しくしていただいています。

八重子 彼女(春本)の場合は、私がやっていない古典の役をいきなりでしたから、それをずっとやってきている久里ちゃんに全部押し付けたの。なので、本当に教えたのは久里子さんなんです(笑)。

久里子 困る! 私が教えたって言われたら、悪いところは全部私のせいみたいじゃない!

一同 あははは!(笑)

八重子 でも「婦系図」のお蔦と「大つごもり」のみねは久里ちゃんの右に出る者はいないです。

久里子 何をおっしゃいますか。ただ、水谷先生は本当に何もおっしゃらなかったですよね。「役の人生をね、生きればいいの」とひと言おっしゃられるくらいで。私自身は、杉村春子先生(編集注:文学座を代表する女優、1906~97年)に教わったことが多かったですね。

八重子 私にも母は何も教えませんでした。あるとき、「相手役がひどい」って母に告げ口したことがあったんです。そうしたら「あんたは相手が自分の思い通りにやってくれないとお芝居できないの? そんなんじゃ困るわね」って言われて。

久里子 あるとき先生に「女優として何が大事か」と聞かて、「情でしょうか」と答えたら「情は誰にでもあるけれど、必要なのは判断力と想像力。想像力をたくましくしないとだめよ」と……でもそれっきり。20年先生に付きましたけど、怒られたことも5つしかないです。でもその5つは忘れられないくらい、すごくキツかったです(笑)。

新派130年 11月新派特別公演
「犬神家の一族」
2018年11月1日(木)~10日(土)
大阪府 大阪松竹座
2018年11月14日(水)~25日(日)
東京都 新橋演舞場

原作:横溝正史(「犬神家の一族」角川文庫)

脚色・演出:齋藤雅文

「犬神家の一族」
キャスト

宮川香琴:水谷八重子

犬神松子:波乃久里子

犬神竹子:瀬戸摩純

犬神梅子:河合雪之丞

犬神佐清・青沼静馬:浜中文一

野々宮珠世:春本由香 / 河合宥季(交互出演)

金田一耕助:喜多村緑郎

古館恭三:田口守

橘警察署長:佐藤B作

ほか

劇団新派(ゲキダンシンパ)
1888年に大阪新町の新町座において角藤定憲が旗揚げした「大日本壮士改良演劇会」が新派の祖と言われる。それまでの旧派(歌舞伎)に対する新たな演劇活動のことで、女優が参加したほか、新派独自の女方芸や演技様式も誕生した。尾崎紅葉、泉鏡花、三島由紀夫、川口松太郎、北條秀司らの名作や、初代喜多村緑郎、河合武雄、花柳章太郎、初代水谷八重子といったスターを輩出している。2018年は劇団新派の創始130年に当たる。