舞台に現れない、民衆という脅威
──人間の嫉妬やジェンダーの問題を描きつつも、本作のベースはやはり国のことで、骨太な政治劇でもあります。
森 民衆の存在が、今回は発見でした。舞台上には現れないんですけど、これほどまでに民衆のことが重点的に書いてあるんだなと。昔の話ですし、女王ってもっと威圧的で自信に満ちた存在なのかなと思っていたら、当時のエリザベスは自分が君臨できるのは人気があるからに過ぎないと思っているんですね。まあこのあと、無敵艦隊を倒したりしてどんどん力をつけていきますが、当時は女王になりたてだし、しかもメアリ・スチュアートという正当な王位継承権を持っている人が現れて、「民衆に好かれないとやっていけない」という思いを強く持っているんです。セリフでも「私は、たとえ口先だけでも国民の意を迎えなければならない、あの移り気な愚民たちのご機嫌を取らなくてはならない。こんなに世間に気兼ねしなければならぬ者を、どうして君主と呼べようか」とか、「もしその国民が、もっと若いスチュアート家の女王を望み、それで幸せになると考えるのなら、望み通りにするがいい。私はよろこんで王座を降り、片田舎に隠れてひっそりと命を終えよう」なんて言ったりもしますけど……。
シルビア そうなんです! 台本を読みながら、「まさかエリザベスがそんなことを言うなんて」と思いました。
森 本物のエリザベスがそんなことを言ったかはわかりませんけど、実際はそんな心境だったんじゃないかなって思わせられるところがありますね。女王としての孤独が大きかったんじゃないかなと。
シルビア エリザベスは、ただ正直で生きていけないところが面白いし、難しいですね。
──対照的な存在であるメアリとエリザベスですが、それぞれはそれぞれを、どう見ているのでしょうか。
シルビア これから稽古が深まるに連れてどんどん変わっていくとは思いますが、メアリにはちょっとフラジャイルなところがあって、そこがちょこちょこ見え隠れするのが、ものすごく長谷川さんにぴったりだなって。「なるほど、メアリ・スチュアートのこういうところに男性はコロッといってしまうし、こういうところがあるから男性にコロッといくんだな」と思っています(笑)。
長谷川 (笑)。まだシルビアさんのコメディエンヌな部分を拝見できていないので、私もこれから意見が変わるかもしれませんが、エリザベスは幼い頃から私生児と言われ、王位継承権が曖昧になっているんですよね。そのことが彼女の気持ちの揺れになっているんだろうなと。その一方で、女王としてのバーンとした強さも持っているので、エリザベスのそのエネルギーに負けてはいけないなと思います。
暗闇の中に役者だけ浮かび上がっていれば……
──今回、花道が作られる以外は、とてもシンプルな舞台空間になるそうですね。
森 さっきお話した通り、舞台上には民衆が出てこないのですが、世田谷パブリックシアターの空間をがっつり取り込んで、よりお客さんの近くでやりたいなと思い、花道を作ってちょっと客席に突き出すような形にしました。ただそれ以外は、大掛かりな舞台美術や仕掛けはなく、だだっ広い空間になると思います。
長谷川 そんなにシンプルな舞台で、やられたことあります?
森 ここまでなくしたのは、僕の中でも初めてだと思います。台本を読めば読むほど、もう暗闇の中に役者だけ浮かび上がってればいいんじゃないかなって思って。
長谷川・シルビア ほーう(笑)。
森 衣装も、どんどん現代服のほうにイメージが近付いています。と言うのも、時代考証を詰めすぎても、なんだか仮装パーティーになってしまうという恐れがあって、そこばかりが立ってしまうとただの西洋モノの時代劇になってきちゃうんじゃないかなと。
長谷川 人間ドラマってところにフォーカスするなら、確かにそうですよね。でも、となると役者はそのぶん、がんばらないといけないわけですよね?
シルビア ですね(笑)。
森 ベテランの俳優さんがよく言う、「一番大変なやつ」ってことです(笑)。
一同 あははは!
森 ただエリザベスの衣装をどうするかまだ決まってなくて、もしかしたらエリザベスの衣装が、唯一の大道具になるかもしれません。
シルビア 動く大道具(笑)。この間、カラーをつける衣装を着たんですけど、あれ、ものすごく邪魔なんですよね。今回もその覚悟だけはしてたんですけど……。
森 カラーって当時はおしゃれ中のおしゃれだったと思うんです。絵を見ると、上流階級の男性はみんなやってますから。当時のイギリスはヨーロッパの片田舎だったので、大陸から来たものが非常に流行っていた。その点、フランス帰りのメアリは、ファッションリーダーだったと思いますよ。
──そのようなシンプルな空間、現代的な衣装でいこうと決意されたのは、森さんの中で「このカンパニーならいける」という確信があったからでしょうか。
森 ありましたし、リスクは高くてもやっぱりこれしかないんじゃないかなと思いました。
──本作はセリフ1つひとつが重厚で、かつ量も多いです。これまでシェイクスピアやブレヒトなど、難解な戯曲を多数手がけられてきた森さんから見て、今回のセリフの特徴は?
森 長いですね(笑)。1回のセリフが数行にわたるものばかりですから。
長谷川 1ページを超えるセリフとか(笑)。
森 もちろん、比喩表現の豊かさなどは魅力なんですけど、この物語で最も大事なのは“理屈”の部分で、それぞれの理屈の正しさをどう伝えるのか。論理のぶつかり合いだからこそのハラハラがあると思うので、そこを稽古場で丁寧に作っていきたいなと思います。
──中でもエリザベスは、セリフの中に気持ちの揺らぎが多く、その変化をシルビアさんがどう聞かせてくださるのか、楽しみです。
シルビア 今はまだセリフ覚えが心配ですが(笑)。でも確かにエリザベスって、しゃべりながらどんどん気持ちや考え方に変化が起きるんですよね。自分がそこでノッキングを起こさないように、スムーズでなくてもいいから、スッと見せられるようにしたいなって。ただ……(小さな声で)覚えられるかなあ……。
一同 (笑)。
シラーが描きたかったのは、“理性で抑え込めない感情”ではないか
──先日あるセミナーで、人間は感情が85%、理性が15%だと聞いたのですが、メアリとエリザベスは感情と理性をどんな割合で持ち合わせた人物だと思いますか?
長谷川 メアリは感情の人ですよね。だからその時々、自分が好きな人と結婚してきたわけで、理性があればもうちょっと自分の得になる結婚をしたかもしれない……だから感情70%、理性30%くらいかな?
シルビア 意外と理性ありますね?(笑)
長谷川 そうですね、平均に比べると高いかも。感情90%の人となったら、それって人としてどうなのかなあと……。
一同 (笑)。
長谷川 エリザベスは、まず感情をわーっと出して、そのあとに抑え込むタイプだと思うんですね。なので、感情70%、理性30%かな?
森 この質問はなかなか面白くて、シラーが真に描きたかったのは、理性で抑え込めない感情のほうだったと思うんです。たぶん、理性だけで動いている社会なんてないし、人間は理性の動物ではなく、悲しいまでに感情の動物だと思うんです。この芝居でも、誰1人冷静さを貫いてものを判断できる人がいないんですよね、理性を保ち続けるのは藤木孝さん演じるシュローズベリー伯タルボットくらい。それは彼が年をとっていて、これまでいやというほど多くの惨劇を見てきたから、という部分が大きいと思う。また本当か嘘かわかりませんが、エリザベスは死の直前まで、メアリを処刑したことを悔やんでいたと言われてるんです。その点でも、この芝居はメアリが被害者でエリザベスが加害者というような単純な話ではなく、エリザベスの中にもメアリの中にも私たちと重なるところがあり、誰もが理性で抑えられない感情を持っている、という人間だからこその葛藤が生々しく描かれていると思います。
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「終わりのない」公演レポート