ステージナタリー Power Push - KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ルーツ」
杉原邦生×松井周
集団と個、そして人間たちの復権の物語
顔合わせから数日経ち、立ち稽古も徐々に始まっていた11月某日。加筆中だった2幕を含む完成台本が、稽古場に届いた。それに伴い、稽古内容は急遽変更。ロの字型に机と椅子が並べられ、脚本の松井周も同席して、読み合わせが行われることになった。この日、銀粉蝶を除くキャスト14名は、家族や恋人など、役の関係性が近い者同士が隣り合って座る。そして台本に目を通しながら、時に笑ったり、言葉を交わしたりしながら稽古開始の合図を待っていた。「ルーツ」の座組は、キャストの顔合わせが実に幅広い。文学座、青年団、中野成樹+フランケンズ、FUKAIPRODUCE羽衣、快快など、さまざまな劇団のさまざまな年齢の俳優たちが集い、鳴瀬という集落の住民たちを演じる。稽古が始まって間もないこともあり、キャスト同士もまだ多少、緊張感や遠慮があるようで、その微妙な距離感が、他人が寄り集まった“集落”を表現する上で、功を奏していた。
ほどなくして演出の杉原邦生から稽古開始の合図があり、読み合わせがスタート。まずは調査員・小野寺役の金子岳憲が登場する。疲労した様子で助けを呼ぶが、住民たちは小野寺にすげない態度を示す。わずか数分のシーンだが、そのやりとりから鳴瀬という土地の異様さが印象付けられた。そして物語が進行するにつれて、小野寺は住民たちと少しずつ“知り合って”いく。寛大さを感じさせる声音で小野寺を圧する、石田圭祐演じる地区長の安藤耕助。内田淳子演じる安藤の妻・志乃は、鋭い言葉で小野寺を追い詰め、突き放す。その娘・百合子役の成田亜佑美は、そんな両親とは対照的に温和な態度で小野寺に接し、場を和ませる。また、猪股俊明演じる千葉拓司は、時に厳しい態度を見せつつも、今は静かに生活を営む元運動家として小野寺に示唆を与える。さらに、共に連れ子で再婚した立花家は、洪雄大演じる父・義彦と長谷川洋子演じる娘の真希が、真希の自立を巡って対立している。やり合う父娘に振り回される妻・啓子役の南波圭と、高校生の息子・透役の新名基浩は、異常なほど仲のいい親子で、そんな一家のぎくしゃくした様子も、住民たちは皆、見て見ぬ振りなのだった。
小野寺に寝場所を提供したり、土地のことを教えたりと温かく接するのは、村の共同スーパー店員水野裕美役の北川麗だ。1幕の小野寺と水野2人だけのシーンは、本作の中でもほっとできる瞬間で、稽古場でも2人のやりとりに静かな笑いが起きていた。さらに、中山求一郎演じる、真希の恋人・原田智明、能島瑞穂演じる集落の住民・柳沢史江、山崎皓司演じる配達員の斉藤秀幸など、各人がそれぞれの理由で鳴瀬という場所につながり、逃れられなくなっていることが明かされる。そんな鳴瀬の人たちと一線を画しているのが、呉スズ役の銀粉蝶と、その息子・快人役の日髙啓介だ。スズは地区長の耕助にもズケズケと物が言える“特別な存在”で、快人もまた別の意味で、鳴瀬を象徴する特異な存在なのだった。そのため、この親子が登場すると物語のトーンがガラリと変わり、本作の深淵がぐっと浮き彫りになる。時にコミカルなシーンや和やかなシーンが挟まれつつも、本作は概ね、湿り気を含んだ異様なムードとピリッとした緊張感で展開していく。鳴瀬のしきたり、鳴瀬の“正しさ”に飲み込まれそうになりながらも、必死にもがき続ける小野寺の姿は、演じる金子の奮闘ぶりにも重なって目が離せない。そして俳優たちのそんな様子を、杉原はペンを片手に、時に笑ったり厳しい目になったりしながら、じっと観察していた。
1幕の読み合わせが終わったところで、「読んでみて、何か疑問はありましたか?」と杉原。すると俳優たちから続々と声が挙がる。「小野寺が鳴瀬になじむまで、(台本上では)どのくらいの時間が経ったことになるんだろう」「冒頭でナスを収穫してるから……夏から秋くらい?」「この村の風習というか、神様の存在ってどうなってるのかな」「昨日マタギの人のドキュメンタリー番組をやってたんですけど、撃ち取ったクマをちゃんと山に捧げていましたよ」「わあ、それ見たかったー!」。キャストはそれぞれの考えを積極的に語り、作品世界を具体的なイメージとして立ち上げていく。そんな活発なディスカッションの様子を、杉原は一歩引いた様子でじっと見つめていた。少しの休憩を挟んで、読み合わせはさらに後半へと進む。声だけでは飽き足らず、徐々に身振り手振りが増えてくる俳優たち。その様子を杉原は、笑顔を浮かべながら見つめているのだった。入念な本読みを重ねて、稽古はいよいよ佳境へ。読み合わせでは“観察”に徹していた杉原が、その脳内イメージを具現化するのは、もうすぐだ。
- 脚本:松井周
- 演出・美術:杉原邦生
キャスト
- 石田圭祐、猪股俊明、内田淳子、金子岳憲、北川麗、洪雄大、中山求一郎、成田亜佑美、南波圭、新名基浩、能島瑞穂、長谷川洋子、日髙啓介、山崎皓司 / 銀粉蝶
杉原邦生(スギハラクニオ)
1982年東京生まれ、神奈川県茅ケ崎育ち。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科在学中に自身が様々な作品を演出する場としてプロデュース公演カンパニー“KUNIO”を立ち上げ。これまでにイヨネスコの「椅子」や、上演時間が約8時間半にも及ぶ大作「エンジェルス・イン・アメリカ」の第一部・第二部を連続上演している。2008年から2010年には、こまばアゴラ劇場主催の舞台芸術フェスティバル「舞台芸術フェスティバル<サミット>」ディレクター、2010年から2013年まではKYOTO EXPERIMENTフリンジ企画のコンセプターを務めた。近年の演出作に、KUNIO11「ハムレット」、KUNIO12「TATAMI」、木ノ下歌舞伎「黒塚」、「三人吉三」(2015年読売演劇大賞上半期作品賞)、「勧進帳」などがある。
松井周(マツイシュウ)
1996年、青年団に俳優として入団。青年団若手自主企画公演を経て、2007年に劇団サンプルを旗揚げ。作家・演出家としての活動を本格化させる。2011年「自慢の息子」で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。「パイドラの愛」(サラ・ケイン作)、「火の顔」(マイエンブルグ作)など海外戯曲の演出も手がけ、、2010年上演のさいたまゴールドシアター「聖地」(蜷川幸雄演出)、2014年上演の新国立劇場「十九歳のジェイコブ」(中上健次原作、松本雄吉演出)など、脚本提供でも注目を集める。小説やエッセイ、TVドラマ脚本などの執筆活動、CMや映画、TVドラマへの出演なども行う。