ステージナタリー Power Push - KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ルーツ」
杉原邦生×松井周
集団と個、そして人間たちの復権の物語
2016年に白井晃が芸術監督に就任し、新体制となったKAAT神奈川芸術劇場。同劇場が、若手演出家との新たな展開を目指してプロデュースするのが、杉原邦生の演出・美術による新作「ルーツ」だ。脚本を手がけるのはサンプルの松井周。一見すると異色のこの顔合わせは、映画「ドッグヴィル」を軸にスタートした。その創作の現場に、杉原&松井の対談と稽古場レポートから迫る。
取材・文 / 熊井玲 撮影 / 引地信彦
書いてもらうなら松井さん、とずっと思ってた
──2016年1月に行われたKAATのラインナップ発表会で、杉原さんは本作の原点に映画「ドッグヴィル」の影響があるとお話されていました。
杉原邦生 そうなんです。「ドッグヴィル」は学生のときに観て衝撃を受けた作品で、ずっと脳裏に焼き付いていました。映画に演劇的な構造を持ち込んでるのがスリリングで、しかも成功している。こういう作品を演劇でもやりたいと思っていて、書いてもらうなら松井さんがいいとずっと思ってました。それと、「TATAMI」(2015年上演)で、人がいかに人生を畳むか、というすごく個人的な話をやったので、次は集団の話がやりたいと思っていたんですね。で、白井晃さんに、KAATで何かやらないかとお話をもらった際、この企画がまた思い浮かんで。すぐに松井さんにお話を持って行ったところ、松井さんも「ドッグヴィル」がすごく好きだとおっしゃって。
──「ドッグヴィル」は、廃坑の町ドッグヴィルに逃げ込んだ女が、住民たちに匿ってもらうためさまざまな奉仕をし、やがてその関係性が崩壊していく、という物語です。「通過」や「地下室」「自慢の息子」など、集団と個という視点から作品を描かれてきた松井さんが、「ドッグヴィル」が好きというのは、よくわかります。
松井周 好きですね(笑)。僕がずっと気になっているのは、「通過」でも描いた“一対一だと普通のことを言ってるのに集団になると真逆の意見を言う”っていうような、スケープゴートじゃないですけど、誰か1人を犠牲にしてしまう、そんな構造みたいなもの。1つ流れができるとわーっとそっちに行ったり、1つ叩いていいものができるとみんなで叩いたり、っていうような今の日本の風潮なんです。杉原さんからも最初にそういうお話があって、それは僕の世界観ともフィットすると思いました。でも杉原さんが「ドッグヴィル」好きだというのはちょっとびっくり。
杉原 そうですか?(笑)
松井 作品というより本人に、やっぱり陽のイメージがすごくあるんですよ。でもそういう面もあるんだと思って、面白いな、ぜひやりたいと思いました。
杉原 あははは!
──ただもちろん「ドッグヴィル」は着想のきっかけで、「ルーツ」には“古細菌”のエピソードやカッパ、クマのカミの存在など、松井さんならではのエッセンスがいくつも加わっています。
松井 そうですね。あと、ジトッとしている日本的な感じは割と意識して入れた気がします。
──また、物語の舞台となる鳴瀬という集落には、中上健次の出身地・新宮の風景(松井は2014年に中上健次の「十九歳のジェイコブ」の脚本を執筆する際、和歌山県新宮市を取材)や、近年サンプルが何度か滞在制作を行っている新潟県越後妻有の風景が重ねられているのではないかと感じました。
松井 それ、全部当たりです(笑)。でも誤解のないように言っておきますけど、新宮も越後妻有も全然この作品の鳴瀬のようなところではないです。ただ、物々交換しながら人が生活しているとか、みんなシャイだけど1回一緒に飲んだり農作業するといきなり親しくなったりとか、言語じゃないコミュニケーションで親しくなる感じは、本作を書く上で影響を受けていますね。
“僕には作れない作品”を作る人
──文学座の石田圭祐さん、銀粉蝶さんをはじめ、青年団、中野成樹+フランケンズ、FUKAIPRODUCE羽衣、快快のメンバーなど年齢も出自もさまざまなキャストが揃いました。執筆の際には、配役も決まっていたのでしょうか?
松井 そうですね。作品の構想自体はもっと前からありましたけど、具体的に書いていくときにはこの人たちのイメージを持って書きました。みなさん知っている人たちなので書きやすかったですね。あんまり「俺が俺が」って人たちじゃないし、風景に溶け込みそうな、どこかにいそうな感じが想像できて。
杉原 一部オーディションも行いましたが、キャストは松井さんと相談しながら決めました。僕はなるべくこれまで一緒にやったことがない人とやりたいと思って。結果、今回は15人中3人しか、一緒にやったことがある人がいないんです。
松井 それがすごいと思って。どっちかというと、味方で固めたほうが保証というか貯金がある感じになるでしょ? なのに「やったことがないからやってみたい」って、風通しがよくていいなって。
杉原 でも僕も、木ノ下歌舞伎の演出をやるときは、木ノ下歌舞伎の経験者を半分くらい入れようと思うんですよ。というのも、完コピ稽古(木ノ下歌舞伎作品では、原作とする歌舞伎演目を稽古の初期段階で完全コピーして、そこから作品を解体・再構築する)って特殊で、ロジックを説明するのがとても面倒なんです。そこを、経験者はバババってやって観せてくれるから、「ああ、ここまでいかなきゃいけないのか」って稽古場全体で、目標となるイメージが掴みやすくなるんですよね。
松井 へぇ、面白い。
杉原 ただそれ以外の場合は、新しい人が多くなることに全然抵抗ないです。いろいろな人と出会ってみたい。今回もフレッシュですね。
──フレッシュという点では、お2人の顔合わせも新鮮です。杉原さんは82年生まれ、松井さんは72年生まれと年齢的にはちょうど10歳違いで、クリエイターのタイプとしてもかなり違うのではないかと思いますが、お2人はお互いを、これまでどのように意識されていましたか?
杉原 共通点というのはそんなに感じたことはないかな、僕は。むしろ僕には松井さんのような作品は作れないと思うからこそ、純粋に作品を観られるというか。でもまさか一緒にやるとは思わなかった。
──オファーしていながら?(笑)
杉原 オファーしていながら(笑)。松井さんに書いてもらえたらいいなって思ってはいたけど、実際に一緒にやるとなると、いまだに意外な感じがあります。でも新しい作家とやれるということは新しい文体と出会うことだから、演出家としての幅というか価値観を広げてくれるのがすごく楽しいです。
松井 僕も杉原さんの作品を観てて、全然作り方が違うなと感じていました。例えば僕が演出する場合、俳優の細かい部分が気になったり、作品をズームで観ちゃうところが多かったりするんですけど、杉原さんはまずぐっと構造を掴んでしまう。それが僕にはない部分。僕の演出って、靄の中のガスが徐々に固まっていくのを観ていくイメージ。演出しながらも自分で最終的にどうなるのか想像できないんです。でも杉原さんは靄をさっと取っ払って、中をぐっと掴まえて、「で、ここはこうしませんか?」ってフランクに言ってくれる。すると、僕も違う意見が出てくることがあったりして、新鮮なんです。だから今回、僕の台本がどう演出されるのか楽しみですね。
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- 脚本:松井周
- 演出・美術:杉原邦生
キャスト
- 石田圭祐、猪股俊明、内田淳子、金子岳憲、北川麗、洪雄大、中山求一郎、成田亜佑美、南波圭、新名基浩、能島瑞穂、長谷川洋子、日髙啓介、山崎皓司 / 銀粉蝶
杉原邦生(スギハラクニオ)
1982年東京生まれ、神奈川県茅ケ崎育ち。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科在学中に自身が様々な作品を演出する場としてプロデュース公演カンパニー“KUNIO”を立ち上げ。これまでにイヨネスコの「椅子」や、上演時間が約8時間半にも及ぶ大作「エンジェルス・イン・アメリカ」の第一部・第二部を連続上演している。2008年から2010年には、こまばアゴラ劇場主催の舞台芸術フェスティバル「舞台芸術フェスティバル<サミット>」ディレクター、2010年から2013年まではKYOTO EXPERIMENTフリンジ企画のコンセプターを務めた。近年の演出作に、KUNIO11「ハムレット」、KUNIO12「TATAMI」、木ノ下歌舞伎「黒塚」、「三人吉三」(2015年読売演劇大賞上半期作品賞)、「勧進帳」などがある。
松井周(マツイシュウ)
1996年、青年団に俳優として入団。青年団若手自主企画公演を経て、2007年に劇団サンプルを旗揚げ。作家・演出家としての活動を本格化させる。2011年「自慢の息子」で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。「パイドラの愛」(サラ・ケイン作)、「火の顔」(マイエンブルグ作)など海外戯曲の演出も手がけ、、2010年上演のさいたまゴールドシアター「聖地」(蜷川幸雄演出)、2014年上演の新国立劇場「十九歳のジェイコブ」(中上健次原作、松本雄吉演出)など、脚本提供でも注目を集める。小説やエッセイ、TVドラマ脚本などの執筆活動、CMや映画、TVドラマへの出演なども行う。