草刈民代が「PURGATORIO(プルガトリオ)-あなたと私のいる部屋-」で、初めて演劇公演のプロデュースに挑戦する。ステージナタリーでは、バレエダンサーから女優に転身して10周年を機に新境地に挑む草刈と、本作の脚色で演劇制作に初めて取り組む映画監督・周防正行の対談を実施。夫婦として20年以上連れ添いながら、創作の場で表現を追求し続ける2人が本作にかける思い、そして次の10年への展望を語った。また特集の後半には、演出を務めるニコラス・バーターからのメッセージも掲載している。
取材・文 / 川口聡 撮影 / 川野結李歌
改めて挑戦する場を
──「PURGATORIO(プルガトリオ)-あなたと私のいる部屋-」(以下「プルガトリオ」)で、草刈さんは初めて演劇作品のプロデュースを手がけられます。
草刈民代 ダンサー時代にもプロデュース公演を手がけたことはあるのですが、そのときは「このままなんとなく踊りを辞めてフェードアウトしていくのかな?」と思っていた時期で、主人(周防正行)から「これから先は自分でやりたいことを見付けて、自分が納得できることをしていかないとね」と言われたのがきっかけでした。それからローラン・プティさんに協力していただき、プティさんの作品集を3度ほどプロデュースしたんです。その後、バレエを引退して、女優に転身してから10年が経ちましたが、改めて挑戦する場を作らなければいけないと感じ、今回、自分で作品を選んで演劇公演をプロデュースしてみたいと思いました。2年前にワークショップでニコラス・バーター先生と出会い、演出をお願いしたら快く引き受けてくださったんです。
──プロデュース作品第1弾に、「死と乙女」で知られるチリの劇作家アリエル・ドーフマンによる二人芝居「プルガトリオ」を選ばれたのはなぜでしょう?
草刈 バーター先生と作品を探しているとき、私があるコメディ作品を提案したことがありました。そうしたら先生が「その作品がいい作品なのは知っているが、無難すぎて挑戦がない」とおっしゃって。確かに、作品を上演することによって「お客様に伝えたいことは何か?」と考えることは一番大事なことだなと。バーター先生はドーフマンの作品がお好きで、「死と乙女」も候補に挙がっていました。でも、まだ日本で上演されていない「プルガトリオ」の英語版を読んだとき、作品として立ち上がったら面白いのではないかと直感的に思ったんです。日本語では絶対に描けない世界観を日本語で上演するのが面白いのではないかと。
──英語版の戯曲をもとに、周防さんが脚色を担当されました。周防さんが演劇作品に携わるのは今回が初めてですが、具体的にはどのような作業をされたのでしょう?
周防正行 まず翻訳家に下訳をしてもらい、それをもとにバーターさんと草刈と一緒に、舞台で役者がしゃべるセリフ、翻訳調ではなく日本語の話し言葉として伝わるセリフを模索しました。文学者や外国語の専門家が翻訳した台本は、往々にしてセリフに文学的なニュアンスが出すぎて、読み物としては納得できるんですが、俳優が口にした瞬間に不自然だと感じることがあって。普段、映画脚本のセリフを書くときのような感覚でたたき台になる台本を作りました。この作業に名前を付けようがなかったので、“脚色”とクレジットしたんです。
草刈 周防の作った土台をもとに、原文の英語との整合性を取りながら読み合わせをして。例えば、英語で「あなた」は「You」しかないですが、日本語では「あなた」「お前」「君」と選択肢があって、どのニュアンスを選ぶのかディスカッションしながら決めていきました。
──ニコラス・バーターさんは、イギリスのアーツ・カウンシル・ロンドンの総監督を10年、英国王立演劇アカデミーの校長を15年務めてきた演出家です。お稽古ではどのようなやりとりをされているのでしょう?
草刈 バーター先生は、作品への理解がとても深いし、役柄に対してもイメージが明確におありですが、それを役者に押し付けない。なぜそのセリフを発するのか、その背景に何があるのかを丁寧に解説しながら、シーンを作っていく感じです。
周防 バーターさんは、まず役者に問いかけて考えさせる。そして役者から返ってきたものを大事にしながら自分の考えを伝えるんですよね。稽古を観ていると、台本と同じセリフがまったく違って聞こえてきて、すごく興味深い。草刈が演じる“女”の視点から見る世界、髙嶋(政宏)さん演じる“男”が見ている世界、さらに“神の視点”だとどう見えるか?と、複眼的にいろんな角度から見て、作品を立体的に形作ろうとされているように思います。
草刈 本稽古が始まる前にワークショップを10日間ほどやっていただいて、作品の概要を私も髙嶋さんも掴んでいたので、稽古が進むのが速いんです。日本語上演ではありますが、バーター先生がご覧になっているのは英語の台本ですから、稽古が進むごとに、英語から立ち上がってくるバーター先生のイメージに近付いています。稽古が始まってからも、セリフを変えたり削除したりして、さらに英語の感覚に近付けていく。日本語で上演するわけだけれど、英語のロジックで表現されているという。面白いことになっていると感じています。
髙嶋政宏は“草刈民代タイプ”
──今回、二人芝居のお相手に髙嶋政宏さんをキャスティングされた一番の決め手を教えてください。
草刈 2017年の「クラウドナイン」(演出:木野花)に出演されている髙嶋さんを観たとき、その存在感や身体性の高さを目の当たりにして、力がある人だなと思いました。それもあってか、相手役を誰にしようか考えていたとき、たまたまシルビア・グラブさんが出ている舞台を観に行って、(夫である)髙嶋さんのことが思い浮かんで(笑)。周防が監督した映画「舞妓はレディ」で髙嶋さんと共演したときも、彼は芸能事務所のイヤーな感じの社長役だったんですが、リサーチがすごかった。
周防 役を徹底的に研究してたよね。博識だし、探究心もある。
草刈 気質的に私と似てると思ったんです。私はしつこく稽古をするので、そんな私のことを嫌がらないタイプかなと思って(笑)。
周防 やると決めたらのめり込んで勉強する。まさに“草刈民代タイプ”だと思います(笑)。
草刈 あははは!(笑) 常にユーモアがあって、よくバーター先生のことも笑わせていますし、人間的な器の大きさを感じます。
周防 髙嶋さんはキリキリしないもんね。
草刈 そうね。私は一生懸命になるとキリキリしちゃうので(笑)。
周防 そこはちょっと違うよね(笑)。
──ちなみに草刈さんと周防さんは、ご自宅でも作品について話し合われたりするのでしょうか?
周防 しますよ! 僕が帰ってきて、家のドアを開けた瞬間に「あのセリフのことなんだけど……」と言われたり(笑)。
草刈 私はセリフを覚えなきゃいけなくて、ずっと台本を読んでいるので、そのときは、たまたまそのモードだっただけですけどね(笑)。主人は脚本家でもあるので、わからない部分を聞いたりすることはあります。
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観客の知的好奇心をくすぐる作品