歌声と身体が共鳴し合う、上田久美子のオペラ初演出作「田舎騎士道」&「道化師」公演レポート

上田久美子のオペラ初演出作として注目を集める、2022年度 全国共同制作オペラ マスカーニ:歌劇「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」レオンカヴァッロ:歌劇「道化師」が、2月に東京で開幕した(参照:歌手とダンサーが絡み合う、上田久美子演出オペラ「田舎騎士道」「道化師」幕開け)。“ヴェリズモ”とは“現実主義、写実主義”を意味する言葉で、ヴェリズモ・オペラの代表作「田舎騎士道」「道化師」では、それまでの上流社会を舞台にしたオペラとは異なり、1890年代から20世紀初頭のイタリアの市井の人たちの物語が描かれる。また今回上田は、19世紀末のイタリアの世界と現代の日本を重ね、歌手が前者を、ダンサーが後者の世界を表現した。

ステージナタリーでは3月の愛知公演に向け、同作の東京公演の様子をレポートする。

取材・文 / 熊井玲

路地裏で繰り広げられる、二つの時空間の物語

2022年度 全国共同制作オペラ マスカーニ:歌劇「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」レオンカヴァッロ:歌劇「道化師」が、2月3日に東京・東京芸術劇場 コンサートホールにて開幕した。本公演は、文化庁の助成を得て全国の劇場・音楽堂、芸術団体などが高いレベルのオペラを新演出で制作するプロジェクト「全国共同制作オペラ」の1作品で、今回の上田久美子演出版では文楽に想を得て、歌手がイタリア語で歌う世界はそのままに、現代の日本がダンサーたちの身体に投影され、歌手とダンサーが“2人1役”で登場人物を演じる。なお本作は、3月に愛知・愛知県芸術劇場 大ホールでも上演される。

東京芸術劇場 コンサートホールの劇場内に足を踏み入れると、まず目に飛び込んで来たのは高いグレーの壁だった。路地裏風の“汚れ”が施された壁の真ん中には、錆びた手すりがついた階段があり、また舞台から客席に向かって3段の低い階段がある。舞台と客席の間には客席と同じ高さでオーケストラピットが設置され、観客は開演前の演奏家たちの様子を身近に感じることができた。また開演直前になると、ステージ上にくたびれた格好の2人(やまだしげき、川村美紀子)が現れ、舞台の上手と下手に1人ずつ陣取り、寝転がった。

「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」より。©2/FaithCompany

「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」より。©2/FaithCompany

まずは「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」が上演された。「田舎騎士道」では、アルフィオとローラ、トゥリッドゥとサントゥッツァという2組のカップルを軸にした物語が展開。アルフィオは、妻のローラがかつての恋人・トゥリッドゥと不倫していることをトゥリッドゥの恋人・サントゥッツァによって知らされ、トゥリッドゥに決闘を挑むが……。キャストには、トゥリッドゥにアントネッロ・パロンビ、そのパラレルな存在である現代の日本の登場人物・護男に柳本雅寛、サントゥッツァにテレサ・ロマーノ&聖子に三東瑠璃、ローラに鳥木弥生&葉子に髙原伸子、アルフィオに三戸大久&日野に宮河愛一郎、トリッドゥの母のルチアに森山京子&光江にケイタケイが名を連ねた。

開演と共に舞台上に現れたのは、ジャージーとカットソー姿の聖子。聖子は憔悴しきった様子で舞台上を歩き回り、ゴミが置かれた路地裏でついにしゃがみ込む。そんな聖子のすぐ近くでは護男と葉子が艶かしく絡んでいて、舞台奥からは朗々とした歌声が聞こえてきた。程なくして、グレーを基調としたフォーマルな装いの歌手たちと、ジャージーや割烹着、パーカーといった“普段着”のダンサーや合唱隊がわらわらと登場。渾然とした空間から同じ役を演じる歌手とダンサーにスポットが当たり、作品の構造が明示された。また歌手とダンサーは異世界にいる存在だが、パロンビ&ロマーノの歌と柳本&三東の動きはところどころで重なり、共鳴し合い、時代や場所を超えて観客の胸を打った。

さらに本作では、英語訳と“通常の日本語訳”のほかに、上田による“関西弁訳”の字幕もつけられている……というよりむしろ、観客の目には“関西弁”のほうが先に目に入ってくる舞台構造になっていて、“復活祭”が“だんじり祭り”と訳されるなど上田流の“現代日本翻訳”に思わずニヤッとしてしまう。また歌手とダンサーが文字通り拮抗する一幕もあり、中でも大柄の三戸に小柄な三東が全身で体当たりしていく様は、体格や表現方法の違いを超えて、感情をむき出しにしてぶつかり合う、人間のプリミティブな強さや気迫を感じた。

大衆演劇 巴里亞兆劇団が登場!

休憩を挟んで、後半は「道化師」が上演された。開演と共に、舞台上には鮮やかなステージ衣裳がかかったハンガーラックや大きな段ボールが運び込まれ、中から着ぐるみのトラの頭や公演ポスターが出てきた。さらに“黒子”姿のダンサーたちが人形を動かして口上を述べると、艶やかないでたちの巴里亞兆劇団一行が上手から現れ、派手な見えを切って会場を盛り上げた。

歌劇「道化師」より。©︎2/FaithCompany

歌劇「道化師」より。©︎2/FaithCompany

「道化師」では実話を元に、一座の座長カニオが妻ネッダとその不倫相手シルヴィオを芝居の本番中に殺害する、といったセンセーショナルな物語が展開する。カニオをパロンビ&加美男を三井聡、ネッダを柴田紗貴子&寧々を蘭乃はな、トニオを清水勇磨&富男を小浦一優、ペッペを中井亮一&ペーペーを村岡友憲、シルヴィオを高橋洋介&知男を森川次朗が演じる。元々のオペラでは夫カニオの束縛に嫌気がさしたネッダが、村の青年・シルヴィオと思いを実らせ、自由を求めようとする様が描かれるが、今回の上演ではそのストーリーに重ねて、座長の夫・加美男や旅回りの生活に疲れた寧々が、知男に惹かれていく様が描かれる。また演出的には、歌手は客席に最も近い“舞台つら”、ダンサーは美術が組まれた舞台上と、それぞれ主なアクティングエリアが分かれていて、歌手とダンサーが立つ時空間の違いがわかりやすく示されるほか、ダンサーが歌手の“操り人形”のような動きをするシーンもあり、歌手とダンサーの関係が「田舎騎士道」とは違った形で描かれる。印象的だったのは、後半、ネッダの裏切りに怒ったカニオが、ダンサーから受け取った白粉を、自らの手で頬にねっとりと塗りつけるシーン。その後に起こる惨劇を象徴するようにゆっくりと、力強く動くパロンビの手と鬼気迫る歌声が、鋭い切れのある三井の動きと重なり、カニオ / 加美男の“凄まじさ”が臨場感あるものとして立ち上げられた。

そんな大熱演が繰り広げられた「田舎騎士道」「道化師」東京公演初日、カーテンコールでは、観客が湧き上がる思いを止まない拍手で表現し、その熱烈な拍手に上田やキャストが晴れやかな笑顔で応えた。上田演出版「田舎騎士道」「道化師」は、どちらも非常に情報量が多く、観客は複数の字幕を追ったり、ダンサーの演技を観たり、歌声に聴き入ったりと、視覚・聴覚を総動員して舞台を観ることになるが、観劇時には情報を追うだけでなく、ぜひ自分たちの肌感覚に作品を引き寄せながら、現実社会の中でさまざまな感情を抱えながら生きる“私たちのヴェリズモ・オペラ”として、2作品を楽しんでほしい。

2022年度 全国共同制作オペラ マスカーニ:歌劇「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」レオンカヴァッロ:歌劇「道化師」の出演者と上田久美子。©︎2/FaithCompany

2022年度 全国共同制作オペラ マスカーニ:歌劇「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」レオンカヴァッロ:歌劇「道化師」の出演者と上田久美子。©︎2/FaithCompany