歌手とダンサーが“二人一役”で立ち上げる、上田久美子演出オペラ「田舎騎士道」&「道化師」

上田久美子がオペラ初演出に挑む。演目は、市井の人たちに焦点を当て、不倫や殺人といった“現実”的な出来事を描いたヴェリズモ・オペラの代表作、ピエトロ・マスカーニ作曲「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」とルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲「道化師」。上田は文楽に想を得て、歌手がイタリア語で歌う作品世界はそのままに、ダンサーの身体に現在の日本に生きる私たちの姿を重ね、19世紀イタリアと日本の“現実”を二重写しにする。

なお本公演は、文化庁の助成を得て全国の劇場・音楽堂、芸術団体などが高いレベルのオペラを新演出で制作するプロジェクト「全国共同制作オペラ」の1作品で、2月に東京・東京芸術劇場 コンサートホール、3月に愛知・愛知県芸術劇場 大ホールにて上演される。

取材・文 / 熊井玲撮影 / おにまるさきほ

歌手とダンサーが、19世紀イタリアと現在の日本を二重写しに

登場人物の心の機微を丁寧にすくいあげる細やかな筆致と、シャープさとダイナミックさを併せ持つ確かな演出が人気を博す、演出家の上田久美子。上田が、宝塚歌劇団退団後初めて手がけるのは、ヴェリズモ・オペラの代表作「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」と「道化師」だ。“ヴェリズモ”とは“現実主義、写実主義”の意で、それまでの上流社会を舞台にしたオペラとは異なり、ヴェリズモ・オペラでは1890年代から20世紀初頭のイタリアの市井の人たちの物語が描かれる。例えば「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」では、妻がかつての恋人と不倫していることを知った夫が、不倫相手と決闘する様が描かれ、「道化師」では実話を元に、一座の座長が妻とその不倫相手を芝居の本番中に殺すといった物語が展開する。

上田久美子

上田久美子

昨年12月に行われた記者会見(参照:オペラ初演出の上田久美子、キャッチコピーの「みんなさみしいねん」に込めた思いとは)で、上田は「ヴェリズモ・オペラ2作品を今の日本で上演するということで、現代の日本の方に向けたオペラにしたいと思いました。ヴェリズモ・オペラが隆盛した19世紀のイタリアは、階級差が広がり貧困層が話題になった頃。それは今の日本にも通じる状況です。今回の上演では、作品が書かれた当時のスピリットを歌手がイタリア語の歌詞で歌い、ごく日常的な格好をしたダンサーたちが現在の日本を身体で表現していきます。そうすることで、イタリアと日本、過去と現在が重ね合わさったような作品ができれば」と思いを語っていた。そのアイデアから、「道化師」ではアントネッロ・パロンビがカニオ&三井聡が加美男を、柴田紗貴子がネッダ&蘭乃はなが寧々を、というように、1つの役を歌手とダンサーが“二人一役”で演じる。会見でも、同役を演じる歌手とダンサーが「お互いにがんばっていきましょう」と笑顔で言葉を交わすなど、和気あいあいとした様子が見られた。

なるほど、そういうことか…!

1月上旬に稽古場を訪れると、その日は「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」の稽古が行われていた。台本上では、恋人のトゥリッドゥをローラに奪われたサントゥッツァが、ローラの夫・アルフィオにローラの不倫を告げる、登場人物2人のシーン。しかし、アクティングエリアに立ったのはサントゥッツァ役の鳥木弥生(テレサ・ロマーノの稽古代役)と聖子(この日は三東瑠璃の代役を振付助手の中谷薫が務めた)、アルフィオ役の三戸大久と日野役の宮河愛一郎の4人で、同役の2人はそれぞれ背中合わせに立った。

恋人を失ったサントゥッツァが悲痛な思いを歌い上げるのを聞いて、アルフィオの感情が徐々に昂っていく様が、鳥木と三戸の表現力豊かな歌声で表される。また最初はアルフィオとサントゥッツァの影のように動いていた聖子と日野が、聖子はアルフィオ、日野はサントゥッツァに絡みつき、ある時は攻撃するように、またある時は相手の首を絞めるように激しい動きを繰り広げた。その様子はまるで、歌声の先が手脚となって相手を捕まえようとしているようにも見え、4人が作り出す声と動きの激しい共鳴に、稽古場の熱が一気に上がった。

「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」稽古の様子。

「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」稽古の様子。

稽古の間、上田は演出席に座っていることはほとんどなく、稽古場の奥から全体を見回したり、床に座ってキャスト1人ひとりの様子をじっと見つめたりと、稽古場の隅々に眼差しを向けていた。そして1つのシーンが終わると「素晴らしい!」と声をかけながら、キャストの側にスッと寄り、立ち位置や身体の角度、歌手とダンサーの動きのタイミング、登場人物の心情の動きなどをキャストと確認した。また、振付の前田清実が上田に、「こんな動きはどうでしょう」と自ら動いて提案したり、同役を演じる歌手とダンサーが一緒に動きながらそれぞれの状態を確認し合う様子も。歌手、ダンサー、スタッフがそれぞれに自分の思いやアイデアを共有しながら楽しそうに作品を深めていく様に、稽古の風通しの良さを感じた。

続けて、祭りの帰りにトゥリッドゥとローラが出会うシーンの稽古が行われた。帰ろうとするローラをトゥリッドゥが呼び止め、やがて2人が声を重ねる場面で、前田が「ここからダンス的になります」と言って、先ほど前田がやってみせた一連の振りを歌手2人に教えていった。至近距離で繰り広げられるセクシーな動きに、最初は少し照れを見せる歌手たち。しかし前田が「手はこの位置で」「このリズム感で」と的確に振りをつけていくと、2度目は驚くほど大胆に動きと歌を重ねて演じてみせた。そんなキャストの真剣な表情に「良い感じです!」と、上田はマスク越しにもわかる満面の笑みを向けた。

キャッチコピーの「みんなさみしいねん」に込められた思い

なお本作で歌手が歌うのはイタリア語だが、上田が執筆した台本は関西弁で描かれていた。この関西弁のセリフは、標準語の字幕とは別に舞台上に投影されるそうで、美しい旋律に乗せて繰り広げられるイタリア語の響きと、身近で温かみのある関西弁が、観客の脳内でどのようにミックスされるのか期待が高まる。

また本作には「みんなさみしいねん」というキャッチコピーが付けられた。会見時に上田はこのコピーについて、かつて大衆演劇劇団に“体験入団”したエピソードを交えながら「人間そのものが持っている寂しさ、存在としての寂しさが、“群れて1つになりたい”という思いにつながるのでは」と話していた。約100年前にヨーロッパで生まれた「田舎騎士道」「道化師」が、時代や国境を超え、今の私たちの“ヴェリズモ・オペラ”として新たに幕を開ける日は、もう間もなくだ。

「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」稽古の様子。

「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」稽古の様子。