KAAT神奈川芸術劇場プロデュースのもと「オイディプスREXXX」「グリークス」とギリシャ悲劇に挑んできた演出家・杉原邦生が、新しいギリシャ悲劇「オレステスとピュラデス」を演出する。「グリークス」に登場した2人の青年、オレステスとピュラデスの“空白の時間”の物語をロードムービーとして新たに書き下ろしたのは劇作家・演出家の瀬戸山美咲だ。オレステス役には今作が舞台初出演となる鈴木仁、ピュラデス役には三谷幸喜作・演出の「大地(Social Distancing Version)」への出演でも注目された濱田龍臣が名を連ねる。“誰も観たことのない”ギリシャ悲劇は、どのようにして立ち上げられるのか? 杉原、鈴木、濱田に本作へかける思いを聞いた。また特集の後半では稽古場の様子をレポートする。
取材・文 / [座談会]熊井玲、[稽古場レポート]川口聡 撮影 / 川野結李歌
オレステスとピュラデスは“普通男子”っぽい
──杉原さんはこれまでKAATで、「オイディプスREXXX」「グリークス」を手がけられ、本作が3本目のギリシャ悲劇となります。上演に向けたコメントの中で「ギリシャ悲劇がまさに<演劇>の原点であるという絶対的事実を、身を以て感じた」とおっしゃっていますが、改めてどのような点で“原点”と思われたのでしょうか?
杉原邦生 ギリシャ悲劇って陰惨で重い話だという印象が強かったけれど、「オイディプスREXXX」をやったときに、実はコロスの歌や踊りがあったり、台本では明らかにお客さんを笑わせようとして書いているなという部分があって、「実はギリシャ悲劇にはエンタテインメントの要素がすべて入ってるんじゃないか」と感じたんです。ミュージカル的でもあり、ダンス的でもあり、笑いあり涙ありの芝居もあり、演劇のすべての要素が詰まっているなと。それが2500年前にすでにあったということは、ギリシャ悲劇はやっぱり演劇の原点なんだと改めて思って。その次の「グリークス」には、神様の存在についてたくさん描かれていて、「なんでこんなに神様のことが書いてあるんだろう?」と疑問だったんですね。でも読んでいくうちに、例えば雨が降ったり雷が鳴ったりしたとき、なぜそういうことが起きるのかという疑問に応えるよりどころが必要で、そこで神という存在を作り出したのではないかと思ったんです。さらにその神という存在をより確実なもの、信じられるものにするために神話が生まれ、神話から演劇が生まれたのではないかと。「オイディプスREXXX」「グリークス」の2作を通じてそういった思いが強く生まれて、演劇人としてそこに共感したというか、腑に落ちた感じがしました。
──「オレステスとピュラデス」はギリシャ悲劇をベースにしたオリジナル戯曲で、「グリークス」のクリエーションの中で杉原さんが感じた疑問が発端となり、ギリシャ悲劇には“書かれていない”、オレステスとピュラデスの、新たな物語が生み出されます。
杉原 オレステスとピュラデスが2人一緒に出てくるシーンは「グリークス」では少ないんですけど、すごく固い絆で結ばれているんですね。2人はアテナイからタウリケに向かって一緒に旅をし、その道中で人も殺しているんだけど、ギリシャ悲劇にはその道中で何があったのかは書かれていなくて、その空白の時間に本当は何があったのかが気になって。しかも2人はほかの登場人物に比べて、超人的な力やキャラクターがなく、そこも気になりました。「復讐を果たす」とか「お互いのために生きる」という強い意志を持ちつつも、どちらも相手がいないと立っていられないような弱い部分があって、そこが“普通男子”とか“こじらせ系男子”っぽいと言うか(笑)。そんな2人なら、現代のお客さんの共感を得やすそうだなと思って、2人の物語をもうちょっと見てみたいと思ったんです。
“3度目の共演”だからこそのやりやすさ
──鈴木さん、濱田さんは、ギリシャ悲劇をベースにした新作ということについてどのようなイメージを持って臨まれましたか?
鈴木仁 僕はギリシャ悲劇について何も知らなかったので、まずは何か手に取ってその世界観を感じてみたいと思い、読んでみました。その後、今回の台本を読んで、ギリシャ悲劇からのつながりというか、ギリシャ悲劇から抽出されたものを大切にした台本だなと感じて、今はそこを大事にしながら稽古に臨んでいます。
濱田龍臣 ゲームをよくやるので、ゲームに登場する神様の名前はなんとなく知っていました。ただそれくらいだったので、僕も前もって何か読んだほうがいいのかなと思いつつ、「でも今回は誰も知らない物語だから、それなら知らないままでもいいんじゃないか」と思って(笑)。いざ台本を読ませていただくと、いろいろな驚きがありました。また読み終わったあとにすごく爽快感を感じたので、お客さんにその感覚をどう伝えられるかなと思っています。
──立ち稽古が始まって、鈴木さん演じるオレステス、濱田さん演じるピュラデスは、どんな輪郭を持って立ち上がってきていますか?
杉原 2人ともすごく役に合ってるなと思いました。パッと見、ビジュアル的には仁くんのほうがしっかりしてて、たっちゃん(濱田)のほうがフワッとした感じに思いますけど(笑)、どちらかと言うと逆で、そんな見た目とのギャップも合ってるなと思います。2人は過去に共演したことがあるので、息もぴったりなんです。
鈴木 龍臣との共演は3度目で、その関係性があるからこそ、というやりやすさは確かにありますね。オレステスは……役柄的に“しっくりきてる”というのもちょっと怖いですが(笑)、しっくりくるようにしないといけないなと探っているところです。オレステスらしい弱々しさ、生まれの良さからくる人間らしさ、男らしさを持ちたいと思いながらピュラデスとの掛け合いをやっています。
濱田 僕は台本を読んでいるときからストンと落ちてきた感じがあって。もちろん邦生さんにいろいろと言葉をもらいながらですが、自分の中でどんどんピュラデスの像がくっきり見えてきています。僕のイメージとしては、ピュラデスは排他的で、その度が過ぎている。でも、“オレステス”という5文字だけでなんとか立っている男というか。ピュラデスの中には劣等感とかコンプレックスとかいろいろ歪んだものがくっついてはいるんだけど、遠くから見るとしっかり立っているように見えてしまう、そういうキャラクターなんじゃないかなって。ただ立ち稽古が始まって、また少し勝手が違ってきたような気もしますけど……。
杉原 そうだね。立ち稽古が本当に大変なんですよ。1場に登場するピュラデスと、彼の父・ストロピウス(大鶴義丹)の対話のシーンで、たっちゃんには「とにかくガンガンいってほしい」と言っているので、激しいやり取りが交わされるんですけど、マスクをしているからすぐ呼吸が上がっちゃって、1回通しただけでどっと疲れてしまう。
鈴木 暴れようとするオレステスを抑えるときのピュラデス、必死感がすごいよね(笑)。
濱田 あれはもう身体が必死なので!(笑)
杉原 でも高い山でトレーニングするのと一緒で、本番は楽になると思うよ!
一同 あははは!
純度の高いものだけが残った台本に
──多少現代語的ではありますが、重さと熱さを感じるセリフが続きます。
濱田 言葉が生々しいですね。
杉原 ストレートだし。
濱田 「生贄」とか「醜い嫉妬心」とか、普段発したことがないセリフがあって、発しながらカロリーが奪われていくのを感じます。
鈴木 確かに、普段だったら相手に言葉を伝えるとき、もっとオブラートに包むというか、「わかるよね?」という感じで変化球で相手に伝えるけれど、今回は“もろ投げ”。だから今まで使ってこなかった精神力を使う感じもするし、本当に人と向き合って成長していくってこういうことなんだろうなと実感しています。
──何度も台本の改訂を重ねられたそうですが、どんな道のりだったのでしょうか?
杉原 1月からずっと台本に取り組んできたんです。最初はオレステスとピュラデスが現代の若者だったら、という設定の予定だったんだけど、瀬戸山さんが「ギリシャの時代のものとして書いたほうがいいのではないか」というアイデアをくださって、僕もすぐそれに乗り、2月くらいに大きな方向転換をしたんです。そこから……何稿くらい出たかな、10稿以上? 台本が上がってくるたびにディスカッションして、(ギリシャ悲劇研究者で翻訳家の)山形治江さんにもアドバイザーとして入っていただき、ご意見をいただいたりして。で、ようやく製本台本を作ったけど、現在もなお変えていっているので(笑)。でもこれこそ新作台本の醍醐味というか、どんどん削ぎ落とされてシンプルになって、純度の高い物だけが残っている感じがするので、良い台本になってきていると思います。
──オレステスとピュラデスの関係性の変化も、非常に細やかに描かれていますね。また稽古では、コロスの方々が非常に生き生きしているなと。
濱田 皆さんすごいですよね。長く演劇をやられてきた経験のある方たちだから、声がとてもよく通るんですよ。僕たちがセリフを発しているときも、後ろからいろんな掛け声やうめき声が響いてくる(笑)。
杉原 これまでのギリシャ悲劇シリーズに出てくださった方もいるし、精鋭ぞろいのメンバーになりました。率先していろいろやってくれるから、調教が大変です(笑)。
一同 あははは!
──基本的に、オレステスとピュラデス、そしてコロスは1役をまっとうし、趣里さんと大鶴義丹さんがシーンによって複数の役を演じられます。
杉原 趣里ちゃんはトロイア側の5役を、義丹さんはそれ以外の5役を演じます。「オイディプスREXXX」のときもそうだったんですけど、古代ギリシャの上演形式に則りました。
次のページ »
世界を知ることで、強くなる