今野裕一郎率いるバストリオが、12月10日から15日までの6日間、東京・吉祥寺シアターで公開滞在制作「オープン・グラインドハウス」を行う。吉祥寺シアターが劇場を街に開くべく立ち上げたレジデンスプログラム“みせびらき”の一環として多彩なプログラムが用意されている本企画だが、一番ユニークな点は、普段は観客の目に触れない劇場裏の搬入口を、正面入口として開け放つことだ。その狙いはどこにあるのか、そしてバストリオは劇場をどのように街に開いていくのか。
ステージナタリーはその思いに迫るべく、今野に街歩きをしながらのインタビューを提案。これまでにもドキュメンタリー編集の手法で会場に寄り添った作品を立ち上げてきた今野が街から何を受け取るのか、その様子をレポートする。なお街歩きには劇場副支配人の大川智史にも同行してもらった。
取材・文 / 北村恵 撮影 / 朝岡英輔
映画館じゃないんです
取材を行ったのは11月下旬の休日。今野は大川が待つ吉祥寺駅北口に、待ち合わせ時間ピッタリに到着した。2人は「まずは駅から劇場を目指そう」とルートを確認する。吉祥寺駅から劇場までの道のりは徒歩約5分で、ルートは主に2つ。大通りを進み家電量販店を右に曲がるルートと、線路沿いを進みコンビニ店を左に曲がるルートがある。「今野さんの好きなほうでいいですよ」と大川に振られた今野は「こっちのほうがいいかな。家電量販店を見るのが好きで。家電量販店って来てる人たちがワクワクしてるのを見て、『みんな家をどうしたいんだろう』『あの人の家、掃除機増えるんだな』って想像するのが楽しい」と前者のルートを選択した。
大川は、今回の“レジデンスプログラム”の企画者だ。「吉祥寺シアターという名前のせいか、今でも通りすがりに『こんなところに映画館あるんだね』っておっしゃられる方がけっこういるんです。『映画館じゃないんです』と思いながら声はかけないんですけど(笑)」と苦笑い。「僕らもまだ街とつながれていない、もっと街とつながりたい思いがあります。そのために、『つながらせてください!』と言うことももちろんできますが、そうではなく自然と集まってもらえる状態を作り出したいなと思っていました。限られた方にしか足を踏み入れていただけない場所というイメージを、自分たちが変えていかないと。その接点となる場を作ってもらうには、これまでにも全国各地で土地の特性と向き合い、チームで作品を立ち上げてきたバストリオさんが適任だとお願いしました」とバストリオとタッグを組んだ理由を話す。
一方の今野は「今回この機会をもらって、ちょうど俺たちの考えてることと合うなと思いました」とオファーを受けた思いを述べる。「劇場の人たちがせっかく“開こう”としてるんだから一緒にやれる形にしたい。せっかくだから吉祥寺シアターの人にとっても楽しい企画にしたい」とやる気を見せる。街の印象については「人が多くてきれいなイメージ」と口にし、「(映画館の)バウスシアターがなくなってからは、めっきり吉祥寺に来なくなりましたね。最後にバウスシアターで観た映画は爆音映画祭の『悪魔のいけにえ』。すごく面白かった」と語る。また、今回は今野とバストリオにとって今までで一番広い、かつ劇場での創作になる。広さにプレッシャーを感じるかという問いには「劇場だけでなく街まで“開いて”いきたいと思っているので、広さで言うと相当広い(笑)。でも逆に燃えます。この場所がいいとか悪いとかじゃなくて、ここだったんだからここでいいことをしたい。これまでもそうしてやってきました。劇場は劇場だし、野外は野外。劇場だろうとどこだろうと、そこではできないことと、そこでないとできないことがある。例えばこの前、金沢21世紀美術館で作品を作ったときは、植物を持ち込めないって言われたんです。でもその代わり美術館には子供をはじめ幅広いお客さんが来てくれた。それぞれの場所にそれぞれのルールと強みがあるし、ルールはその人たちも無意識の内に規制していることもあるから、話し合うと可能性を感じてくれたりして、そのやり取りも楽しいです」と力強く語った。
0円って本当はこわい
大川が先導しながら北口から大通りに向かう信号を渡り、一行はロータリーの“象のはな子像”前へ。今野ははな子とその隣に飾られたクリスマスツリーに目をやり「ツリーにもちゃんと象の飾りが付いてる。愛されてるな」と感想を漏らす。そして、はな子の横で記念撮影をする親子を見て目を細めた。「自分の子供もいないのに子供のことばっかり考えちゃって……」とつぶやく今野は、2013年からは東京・足立区で子供向けの演劇ワークショップ「こどもえんげき部」の講師を務め、今年18年からは毎週月曜に東京・BUoYでこども食堂を実施している。このこども食堂は「オープン・グラインドハウス」にも登場予定だ。今野はBUoYでの活動を「毎回40から50人くらいの家族が来て、みんな“おかわり”もするからあっという間になくなっちゃって」と紹介しつつ、「今回は68歳の西田さんっていう男の人と、西田さんの友だちの三島さんとで炊き出しをします。三島さんの愛犬も来るかも」と言い、「お金があるとそんなに考えないんだけど、0円って本当はこわいこと。『どういう人が作ってるんだろう』『そもそもご飯ってどういう人が作って出してるんだろう』って、タダでご飯を食べるということはどういうことなのか考えてもらいたい」と続けた。
「趣味は散歩」と語る今野は、「街を歩かないと、作品を作る感じにならないんで、ひたすら歩いていろいろ見ます」と、いつの間にか大川を先導し、ぐんぐんと先へ進んで行く。家電量販店を右に曲がると劇場まで続く通り、通称ベルロードへ。「この辺まで来るとちょっと人が少なくなりますね」「フクロウカフェ……フクロウいるのかな」「釣り堀カフェってなんですか?」「めし屋多いっすね」「ホテルニューヨーク、めっちゃ気になる……」と周囲に目をやりながら今野が進むと、ここで大川から、ベルロードに複数枚埋め込まれているという劇場ロゴタイルの紹介が。しかしタイルのあまりの風化具合に、今野からは「何が書いてあるのか全然見えへん……」「ここはまだ見える……でもガムがこびり付いてる……」と、1つひとつに的確なツッコミが入った。そしてタイルに導かれるように2人は劇場の正面入り口に到着。大川の「もうひと回りして、今度は搬入口に向かってみます?」という提案に、今野も「いいっすね。行ってみましょう」と続き、先ほどとは別ルートで駅へと向かう。銭湯を横切りお好み焼き屋の前でひと休みをすると、大川が今野の関西弁について「今野さん、どこ出身なんですか?」と尋ね、2人とも幼少期に大阪・豊中市に住んでいたことが判明。2人はしばし地元トークに花を咲かせた。
一旦駅まで戻った2人は、今度は線路沿いを歩こうと歩みを進めるが、駅前の“ナポリタン”の標識に目を奪われ、「食べたくなるね」と会話をしながら再び大通りに戻ってしまった。今野は今回の「オープン・グラインドハウス」で、その場で淹れるコーヒーと思い出を交換するコーヒー屋“Grind House Coffee”をオープンさせるが、「店構えとかイスとか、どういうものを作ったら皆が来てくれるか考えながら、コーヒースタンドを一から立ち上げたい」と、街にあふれる看板に目を光らせた。
2人は「あっちは通ったし……こっちに行きましょうか」と、家電量販店を曲がらずにそのまま直進する。大通りを進み、大川の「1つ奥の道を回ってみましょう」という提案で2人は図書館のある通りに。一気に道幅が狭くなり背後から「車通りまーす」の声が掛かると、今野は「はーい、どうも」と声を出して応じた。「ここは通り抜けできるんだ……」と今野が脳内に地図を描いたところで、吉祥寺STAR PINE'S CAFEが出現。「あー、ここにはよく来るな。バストリオもお世話になっている時々自動さんが出演してるんで」と話し、その並びにあるフローズンヨーグルト店には「なにこれ、めっちゃうまそうじゃん。ヨーグルト好きだから1回は来ます」とテンションを上げた。
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自分たちで服を“まかなって”みたかった
- 吉祥寺シアター・レジデンスプログラム“みせびらき” バストリオ「オープン・グラインドハウス」
- 2018年12月10日(月)~15日(土)
12:00~21:00
東京都 吉祥寺シアター
- 参加者
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秋良美有、秋山遊楽、小川沙希、岡村陽一、黒木麻衣、今野裕一郎、嵯峨ふみか、酒井和哉、坂藤加菜、新穂恭久、杉浦俊介、タカラマハヤ、西田宗由、桑野有香、橋本和加子、萬洲通擴、半田美樹、松本一哉、和久井幸一 ほか
- 今野裕一郎(コンノユウイチロウ)
- 1981年生まれ。バストリオ主宰、映画監督、演劇作家。横浜国立大学経済学部を中退後、京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科卒業。大学在学中にはドキュメンタリー映画監督の佐藤真に師事。ドキュメンタリー映画の制作を行う。劇映画の監督としても活動しており、初の劇場公開長編映画となる「ハロー、スーパーノヴァ」は池袋シネマ・ロサやドイツ・フランクフルトの映画祭で公開された。演劇界では宮沢章夫が主宰する遊園地再生事業団で2本の作品に映像・出演で参加。バストリオを2010年に立ち上げ以降、次々と作品を発表している。