オフシアター歌舞伎「女殺油地獄」中村獅童×赤堀雅秋 対談|天王洲の倉庫、新宿歌舞伎町のライブハウスで産声を上げる“傾奇芝居”

一色ではない、複雑な結末に(赤堀)

──赤堀さんはこれまで、実在の殺人事件の犯人や被害者家族の心理を細やかに浮かび上がらせ、観客に「この人は私かもしれない」と思わせるような鮮烈な舞台・映画を作ってきました。「女殺油地獄」も与兵衛による陰惨な殺しが描かれていますが、彼を悪に徹した若者とするか、人間的な弱さゆえ、あるいは複雑な家庭ゆえに生じた悲劇とするか……さまざまな解釈工夫が可能な作品です。

赤堀 与兵衛はドロップアウトしてしまった人間ですが、ごくたわいもない日常に生きている様子も描かれていますよね。そういった小さな事象も、観客の皆様に「愛おしい」と思っていただきたいと思うんです。大仰な言い方をすれば、そういった部分が僕自身、作家としての信条でもあると思いますし。今、脚本を書き進めながら、「与兵衛の両親・豊嶋屋夫婦のキャラクターを少し膨らましたらどうかな?」と思っていて。それによって主人公が破綻していく姿にも意味合いが出てくるんじゃないかなと。与兵衛は基本的にはしょうもない人間ですけど、だから悪事を働いた……という単純なことではなく、環境や社会の歪みから生じた膿として、こういう事件が起きてしまったとも捉えられる。解釈やアプローチは、普段自分が戯曲を書くときと変わらないですね。

中村獅童

獅童 与兵衛は極悪人ではないんですよね。人の言うことはなんでも信じちゃうボンボンで、都合のいいようにものを考えるクセがついている。モラルに反することをバンバンやっちゃうんだけど、同時に虚しい気持ちを抱えているんだと思う。以前、与兵衛を演じたとき、暴れれば暴れるほど、花道で一人ぼっちになったときに「どうして思い通りにならないんだろう」と孤独で寂しい気持ちに襲われたのを覚えています。計画性がなくて、その場で生まれた感情が殺意になったんじゃないのかな。

赤堀 思考が場当たり的なんですよね。

獅童 おとなしい人をふとした瞬間に殺人鬼にしてしまう“何か”があるんでしょうね。この“何か”に対する明確な答えはないし、だからこそこういう芝居がいまだに上演されるんだと思います。

──通常は殺しの場までの上演がほとんどですが、今回はそれ以降も上演するとか。

赤堀 主役はもちろん与兵衛ですが、自分の中で「女殺油地獄」という作品を、どこか群像劇的に捉えているんです。与兵衛が入れあげた遊女の小菊が、男が破綻したあとも世の中を図太く生きていく様とか、奥さんを亡くした七左衛門がどう生きていくのかとか、さまざまな人生が交錯する中で破滅する与兵衛というものを浮かび上がらせたいなと。与兵衛がとことん無様であるような形で終わらせたいし、哀しいのか愛おしいのか、一色ではない、複雑な結末になればと思っています。

人生一度きり、獅童ならではの舞台を(獅童)

赤堀雅秋

──今回は義太夫にこだわるそうですね。

赤堀 義太夫、いいですよね。はらわたにズシンと“くる”感じがあって。この音の力を至近距離で感じてもらえればと思います。

獅童 今回はビートの効いた調子でいきたいと相談中です。役者が演じる役の心情を義太夫が語るって、歌舞伎ならではの表現ですし、もしかしたら新しい音を入れるよりも、新鮮に感じてもらえるんじゃないかなと。あと今回、歌舞伎俳優ではない荒川良々さんが、どう糸に乗った演技(義太夫節に合わせて演技すること)をしてくれるのか、すっごく楽しみなんです。あえて義太夫と絡んでもらいたい!

──おお、楽しみです。荒川さんはその挑戦についてどうおっしゃってますか?

獅童 まだ何も知らないだろうね。

一同 (笑)。

獅童 まあ稽古が始まったら少しずつ……彼にしかできない表現があると思うんですよ。

赤堀 荒川良々は闘ってきた男だから、どんなことでもやり遂げますよ(笑)。

──赤堀さんから見た、獅童さんの魅力は?

赤堀 人間臭いところじゃないですか。もちろん地道な鍛錬あってこそですが、お客様が舞台に立つ人間を愛おしく感じるのって、人間の面白さ、生き様が漏れ出ているかどうかでしょうから。現代劇だろうが歌舞伎だろうが、そこは理屈じゃないと思います。

獅童 僕、病気してからより一層「自分ができることってなんだろう」と思うようになったんです。歌舞伎、演劇仲間、ファッション、音楽。この作品は、僕がこれまで生きてきた中で魅力を感じたもの全部が入った企画。人生一度きり、獅童ならではの舞台をお見せできればと思います。

左から赤堀雅秋、中村獅童。
オフシアター歌舞伎「女殺油地獄」
  • 2019年5月11日(土)~17日(金)東京都 寺田倉庫 G1-5F
  • 2019年5月22日(水)~29日(水)東京都 新宿FACE

作:近松門左衛門

脚本・演出:赤堀雅秋

出演:中村獅童、中村壱太郎、上村吉弥、嵐橘三郎、赤堀雅秋、荒川良々

中村獅童(ナカムラシドウ)
1972年生まれ。81年に歌舞伎座「妹背山婦女庭訓」で初舞台を踏み、二代目中村獅童を襲名した。歌舞伎俳優として活躍する傍ら、2002年に公開された映画「ピンポン」にドラゴン役で出演し、注目を浴びる。15年に市川海老蔵と「六本木歌舞伎」を立ち上げ、また同年には絵本を原作とした新作歌舞伎「あらしのよるに」を上演。翌16年には、バーチャルシンガーの初音ミクとコラボした超歌舞伎「今昔饗宴千本桜」を発表したほか、「渋谷・コクーン歌舞伎 第十五弾『四谷怪談』」に出演した。また19年4月と8月には超歌舞伎の公演が控えている。
赤堀雅秋(アカホリマサアキ)
1971年生まれ、千葉県出身。劇作家・演出家・俳優・映画監督。96年にSHAMPOO HATを旗揚げし(99年にTHE SHAMPOO HATに改名)、2012年に「一丁目ぞめき」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞した。映画監督としても活動しており、12年に公開された映画「その夜の侍」で新藤兼人賞 金賞、ヨコハマ映画祭 森田芳光メモリアル新人監督賞を獲得。16年には映画「葛城事件」を発表した。16年の「渋谷・コクーン歌舞伎 第十五弾『四谷怪談』」(演出:串田和美)で演出助手を務め、今回のオフシアター歌舞伎「女殺油地獄」が歌舞伎初演出となる。