17年ぶりに“歌舞伎NEXT”としてよみがえる!「朧の森に棲む鬼」松本幸四郎・尾上松也・中島かずき・いのうえひでのり座談会

2007年、松本幸四郎(当時:七代目市川染五郎)が艷っぽく色気のあるダークヒーロー・ライを演じたことで大きく話題になった「朧の森に棲む鬼」。松竹と劇団☆新感線のタッグにより生み出された本作は、ウィリアム・シェイクスピア「リチャード三世」「マクベス」と、源頼光とその家臣・四天王が大江山に住む鬼神・酒呑童子を退治する「酒呑童子伝説」の世界を融合させた物語。初演時、中島かずきが手がける、魅力的なキャラクターたちが織りなす壮大なドラマ、そしていのうえひでのりによるド派手な演出で、観客を興奮の渦に巻き込んだ。

今回は同作が、“歌舞伎の新たなるステージ”を目指す企画、歌舞伎NEXTの第2弾として登場。初演も行われた新橋演舞場では11・12月、博多座では2025年2月と、初演以来約17年ぶりに上演される。ステージナタリーでは、主演のライをWキャストで勤める幸四郎と尾上松也、そして中島、いのうえの座談会を実施。「朧の森に棲む鬼」の初演のエピソードや、再演に向けた思いを聞く。

取材・文 / 川添史子撮影 / 藤田亜弓
衣装協力(幸四郎) / ONtheCORNER(コート、シャツ、ブーツ)、アンセム エー/エンケル(パンツ)

「朧の森に棲む鬼」の発端は「染ちゃんにとにかく悪いヤツをやってもらおう!」

──嘘と裏切りを重ねて王に成り上がる男ライの、栄光と破滅の物語……。2007年に話題を呼んだ「朧の森に棲む鬼(以下、朧)」を再び目にできるとは、うれしい驚きです! まだ染五郎を名乗っていた幸四郎さんが“究極の悪”を演じた舞台は、いのうえさん&中島さんクリエイターお二人の、どういった話し合いから生まれたのでしょう。

いのうえひでのり 「染ちゃん(幸四郎)にとにかく悪いヤツをやってもらおう!」というアイデアは、かなり早い段階で決まりました。それで、(天下取りのため悪の限りを尽くす)「リチャード三世」を下敷きに……という流れになったと記憶しています。

いのうえひでのり

いのうえひでのり

中島かずき 「髑髏城の七人~アオドクロ」(2004年)で幸四郎さんが演じた天魔王があまりにも素晴らしかったので、「ダークヒーローが彼の本領なんじゃないの!?」みたいな話になったんですよね。それで、幸四郎さん主演なら当然時代劇だろうと。

──悪役と決まった時点でいろいろな要素が一挙に決まっていったわけですね。「リチャード三世」を日本の「酒呑童子」の世界観で編むという発想は、どの辺りから入ってきたのでしょう。

いのうえ 初期段階から「鬱蒼とした森の奥に滝があって」みたいな、ビジュアル的なイメージも並行して話していて……。

中島 劇団☆新感線の作品で言うと、2002年に再演した「スサノオ」も森が舞台の作品だったじゃないですか。僕の中では当初、こちらで酒呑童子をやろうと考えていたんです。でも、「朧」が“悪役”で“森”でとなれば、そりゃ(森で出会った3人の魔女と妻に野心をかき立てられる)「マクベス」も絡められるじゃないかと思いついた。今でもよく覚えているのが、当初は魔女を右近(健一)と(村木)よし子と、(山本)カナコで考えていたんですよ。でもハッと気がついて、前年に新感線でやった宮藤官九郎くんの「メタルマクベス」(2006年)のキャスティングを確認したら、まさにこの3人。「マズイ」と考え直したのが、ライが出会う女性たちの顔を魔女にするというアイデアだったんです。こうすることで、物語に深みも生まれますしね。

中島かずき

中島かずき

──そうやって朧の森を具現化した舞台、降りしきる雨に浮かび上がる幻想的な滝という、壮大な背景を持つ物語が立ち上がっていったんですね。幸四郎さんは初演の思い出、いかがですか?

松本幸四郎 僕自身、悪役は嫌いじゃないですし(笑)、いのうえさんと中島さんが作るお芝居に出られるワクワクが大きかったですね。あと「ついに正月公演にたどり着いた」という喜びも大きくて。Inouekabuki Shochiku-mixで上演した「阿修羅城の瞳~BLOOD GETS IN YOUR EYES」(2000年)、「アテルイ」(2002年)はいずれも8月でしたから。

松本幸四郎

松本幸四郎

中島 「阿修羅城の瞳」の最初の新橋演舞場での公演期間は、10日ちょっとでしたしね。

いのうえ 当初は世間の扱いも「どこの馬の骨ともわからん小劇場の?」って感じでしたけど(笑)、千穐楽は劇場を2周するぐらい切符を求める人たちが並んで、それも伝説になりました。

松也、幸四郎のライに憧れの眼差し「真似られるところは真似たい」

──そして今回、Wキャストでライを演じる松也さんは十代から新感線をご覧になっていたとか。

尾上松也 大きな憧れでした。幸四郎さんの舞台はもちろん拝見しましたし、当時から仲が良かった(生田)斗真さんが、松岡(昌宏)さん主演の「スサノオ~神の剣の物語」(2002年)に出演されていたので足を運んだのが、新感線を知ったきっかけ。その後まさか自分が「『メタルマクベス』disc2」(2018年)に出演させていただく日が来るなんて。僕も悪役は大好きですし、朧は幸四郎さんの印象も脳内に残像として焼き付いていて、これをどう払拭しながら……いや、時には真似られるところは真似たいなと。

尾上松也

尾上松也

一同 (笑)。

──カッコいいところは、真似たいですよね(笑)。

松也 それは、やりたくなりますよ!

中島 歌舞伎は「先人へのリスペクト」がある世界ですしね。でもおそらく本番が始まったらお互いの演技も目にするわけで、どんどん高みに上がっていくはず。本当に楽しみです。

──幸四郎さんは、17年ぶりに同じ役に挑むことに。

幸四郎 前の自分を超えなくてはいけない緊張感は、やはりありますね。ひたすら本能的な感じで動いていくというか、森で魔女に出会う場面からはジェットコースター。ブレーキがない車に乗ったみたいな体感なんですよ。

前列左から中島かずき、いのうえひでのり、後列左から尾上松也、松本幸四郎。

前列左から中島かずき、いのうえひでのり、後列左から尾上松也、松本幸四郎。

いのうえ 後半は衣裳が豪華に変化するたびにのしあがっていくし。

幸四郎 そうそう、実際にいい衣裳になっていくと、自然とその気になるんですよね(笑)。

いのうえ あれだけしゃべって、動いて、大変な役だと思いますよ。でもさ、今回はせっかくWキャストで負担が減らせるのに、幸四郎さんが「ライじゃない日は四天王サダミツもやります」と言い出して、結局、休もうとしないから(笑)。

歌舞伎NEXT「朧の森に棲む鬼」ビジュアル

歌舞伎NEXT「朧の森に棲む鬼」ビジュアル

脚本がアップデート、気になる変更点は

──観客としては見比べる楽しみが増えました(笑)。歌舞伎NEXT「阿弖流為〈アテルイ〉」からも9年経ち、再び新たな歌舞伎表現に挑む「朧」。今回の出演者に合わせて脚本もアップデートされたそうですね。

中島 まず、尾上右近くんが演じるライの弟分キンタ。前回、阿部(サダヲ)くんがやったときは愛すべきバカ男にしましたが、今回はヤンキーにキャラクター変更しました。調子のいいツッパリ風の男ですね。前回とはかなり雰囲気が変わると思います。

中島かずき

中島かずき

──ツッパリですか!?

いのうえ そう、勝新太郎が侠客を演じた映画「悪名」に、田宮二郎演じる弟分“モートルの貞”っていう、いいキャラクターがいるんです。今回はこれにイメージを重ねています。

幸四郎 (一党を率いる)シュテンが男性になるのも大きな変更点ですよね。前回は真木よう子さんが演じた役を、息子の(市川)染五郎が演じさせていただきます。「朧」初演ではまだ小さかった染五郎と、この作品で共演するなんて。あの時は演舞場でカウントダウンイベントがあって、実は染五郎をお客さまに初お目見得させようと試みたんですよ。でもあまりに泣き叫ぶので諦めました(笑)。僕的には、最初の舞台は絶対ここが良かったのに!

一同 (笑)。

松也 染五郎くんといのうえ作品のお稽古場でご一緒するのが、僕自身とても楽しみです。彼はいつか、新感線の作品でも観てみたいですし。歌舞伎NEXTは別にして、新感線に出演経験がある歌舞伎俳優は、幸四郎さんと僕だけですか?

いのうえ そうだね。あと「近松心中物語」(シス・カンパニー、2018年)で市川猿弥さんとはご一緒したことがあるけれど。

いのうえひでのり

いのうえひでのり

──今回猿弥さんが演じるのは、古田新太さんが演じたマダレ。暗黒街で盗賊たちを束ねる大悪党ですね。ほかにも家来アラドウジ(澤村宗之助)、検非違使のショウゲン(大谷廣太郎)、四天王の一人ウラベ(片岡亀蔵)、そしてエイアン国の王イチノオオキミ(坂東彌十郎)といった個性的な男たち……そしてツナやシキブ、美しく強い女たちを、中村時蔵さんや坂東新悟さんをはじめとする女方が演じるのも楽しみです。

中島 女方は、男でも女でもない、人間を超越したものになれる。僕たちの作品はスーパーフィクションなので、女方の存在はすごくハマりますね。

いのうえ 2015年にやった歌舞伎NEXT「阿弖流為〈アテルイ〉」では中村七之助さんの、女方だからこそ出せる情感に驚きました。今回も歌舞伎からあらゆるアイデアをもらって、可能な限り入れ込みたいと目論んでいます!