能楽協会|TikTokが仕掛ける新たな未来 知って世界が変わる、今こそ能の世界へ!

TikTokをきっかけに世界がガラッと変わる体験を

──動画の作成や視聴が手軽にできるようになった現在、TikTokの可能性はますます広がっていくと感じます。そんなTikTokのこれからを、みりんさんはどのように考えますか?

左からみりん、山井綱雄。

みりん 以前、「若い子たちはわからないことがあるとまずYouTubeで調べる」と聞いて驚いたのですが、学ぶ媒体は時代と共に変化していくのだと思います。これまでは本などで学んでいたけれど、次のフェーズでは何かを学ぶときにTikTokを見る人が増えていくのではないかなと。私もみんなに楽しく絵を描いてもらえたらと思って、How to動画を出していますが、TikTokにはすでに勉強系のクリエイターさんがたくさんいらっしゃいます。TikTokはただ見るだけ、遊ぶだけではなく、プラスアルファで学ぶことができる。「TikTokをしていたらいろいろなことが知れて、学べて、面白かった!」というふうになれば良いですよね。面白がりながら新しいことを知ることができるってTikTokの強みだと思うので。私もそのような発信ができるクリエイターになりたいと思います。

山井 コロナ禍がもたらした数少ない良いことの1つは、動画配信の発達だと思っています。舞台公演ができなくなったときに、私も含めて能楽師はこれ(スマホを手に取り)で何とかしなくちゃいかんとなったんです。業界的に、能を映像で伝えるのは難しいという固定概念がありましたし、私自身も「単純な映像作品で能を観るか」と言われたら「観ないな」と思った。でも、それでは未来がないなとも強く思いました。コロナ前には能楽では動画のコンテンツがほとんどなかったのですが、このコロナ禍の3年間で野村萬斎さんを筆頭に、細部にこだわった動画が能楽界でもたくさん出てきました。私も、海岸で夕日を背にフルセットの装束姿で「羽衣」を舞うという動画作品を最先端の映像クリエイターたちと作ったのですが、やってみると作品としても素晴らしいものになったし、何より面白かったんですよ!(笑) 映像に関して、能楽界はまだよちよち歩きですが、生の舞台とは別に私たちももっと努力しなくてはいけないと自覚し始めました(参照:THE NOH HAGOROMO - YouTube)。

金子 コロナ禍により舞台での上演が難しい状況となった際、そこで諦めるのではなく、むしろ新しい手に打って出る、しかも「映像では伝わりにくい」というこれまでの固定観念を乗り越えて、新たな試みに取り組まれる姿勢に頭が下がります。動画表現の新たな可能性を感じてくださったことでTikTokも今回のような取り組みをさせていただくことができたのだと思いますし、誰か1人が奮起するのはなく、能楽界全体で次の世代につなぐために新たな試みを続ける、能楽はそのようにして受け継がれてきたんだなと、お話を伺いながら改めて感動しました。長い歴史の中で災害や危機に直面したときに、能楽師の皆さんが「今はこれだ」と、きっとみりんさんの「今のはやりはコレ」と感じ取る感覚と同じように、アンテナを張って、未来の能楽のためにアイデアを出しながら今日まで伝え継がれてきたのだと思います。

@dancechoreo0302 少しでも興味持ってくれたら嬉しいな #能楽 #tiktokpresents ♬ オリジナル楽曲 - リさん
@monyusode @nohgakukyokai 先日鑑賞に行ってきた #能楽#韻踏みます ❤️‍🔥 #tiktokpresents ♬ オリジナル楽曲 - もにゅそで/monyusode

山井 観てくれる方、伝えてくれる方はもちろん、そういった能の試みを面白がってくれる方がいてくださるのが、我々にとってはありがたいんですよ。そうやって能楽に興味を向けてくれる方々の思いに私たち能楽師は全力で応えていきたいですし、「こうでなければいけない」という思いにとらわれることなく、能のクオリティは保ちつつも、できるだけ敷居を下げる努力をしていきたいなと思います。

金子 今回の取り組みでは、TikTokクリエイターの皆さんが、まさにこれまでになかったような切り口で、能の魅力を紹介してくれています。また初めて能に触れて感じた「これ面白い」や「ちょっと伝えたい」という、純粋な喜びやひらめきを素早く伝える点では、すぐに動画で表現して投稿できるTikTokはプラットフォームとして適しているように思います。

みりん “知らない”って、ちょっとした恐怖だと思うんです。でも知ったらめちゃくちゃ面白いということはよくあって。“知らない”から“少し知っている”にギアを1つ上げるだけで、世界がガラッと変わる。若い子たちにとって能を劇場で観ることがゴールだとしたら、その一歩手前にあるTikTokなどの動画プラットフォームで能に親しむ経験を積み重ねていくことが、興味を育むことにもつながるのかなと思いました。実際私も、レクチャーで能楽師の先生のお話を聞いてとても面白かったので、一気に能の世界に引き込まれたところがあります。知れば知るほど、能の面白さが感じられるようになるんだろうなと思いました。

山井 ぜひぜひ(笑)。能はもちろんディープな世界なのでわかりにくいところもありますが、それがマニア心をくすぐる。どうぞ、能にハマってください!

「TikTokクリエイター向け『能楽』レクチャー」の様子。(撮影:坂脇卓也)
「TikTokクリエイター向け『能楽』レクチャー」の様子。(撮影:坂脇卓也)

日本人の感性が詰まった能楽が求められている

──ここまでお話しいただいたように、能楽側の積極的な展開の傍らで、近年はアニメ映画「犬王」(参照:アニメ映画「犬王」に柄本佑・津田健次郎・松重豊、ヨーロッパ企画の面々も)や岡田利規さんの「未練の幽霊と怪物―『挫波』『敦賀』―」(参照:第25回鶴屋南北戯曲賞は岡田利規「未練の幽霊と怪物―『挫波』『敦賀』―」)など、能楽の世界観をモチーフにした作品が増えている印象があります。山井さんは、特に今、現代人が能楽に魅了される理由をどのように捉えていますか?

山井綱雄 左からみりん、山井綱雄、金子陽子。

山井 まず、これは私の考えですが、産業革命以降に欧米を中心に人々が追い求めてきた物質主義的な社会への疑問が今、現れてきたと思うんです。欧米的な価値観とは逆のベクトルで作られている日本文化に惹かれるものがあるのではないかと。ただ、日本文化の本来の素晴らしさが、先の大戦で一度リセットされ、それにより日本人の心の大切な何かも置き去りにされてきてしまったような感覚があって。これまでとは違う意味での世界平和や幸せを求める流れがあるように感じる今、日本人が培ってきた概念に“揺り戻し”がきて、生かされる時代がまたやってくるのではないかと思っています。

そして温故知新とよく言いますが、約700年、金春流は約1400年と伝わってきたこの芸能には、人間の持つ根源的な苦難をどう乗り越えるかというヒントや、日本人独自の感性、考え方が詰まっています。そのことをみりんさんのような若い人に、ご自分の感性で切り取り、発信していただくことで、能をどんどん利用していただきたいんです。やがてそれらが芽吹いて、“ニューオーダー”や“ニューエイジ”が出てくれば良いと思っています。

金子 TikTokクリエイターさんだけでなく、実は今後、若手能楽師の皆さまに能楽の魅力を発信いただく活動のお手伝いができたらと考えています。若い能楽師さんが、能楽の美しさをどこに見いだし、どのような動画にしてその魅力を教えてくれるのか、若手能楽師さんの感性で今の能楽を発信したら、また何か新たな発見があるのではないかと期待しています。

山井 良いですね。若い能楽師も、けっこういるんですよ。脈々と伝えていかなければいけない伝承芸能では、年配のベテランの芸が称賛されますが、若い能楽師にも素晴らしさがあり、彼らにスポットを当てるのも大切なことだと思っています。

金子 また、若手能楽師さんたちによる動画が完成したら、能楽協会さんが全国各地の学校で行っている能楽教室でも、TikTokを素材としてご活用いただき、能楽の魅力をより多くの方に伝えるサポートもできるのではないかと思っています。みりんさんが先ほどおっしゃっていた、“TikTokで学べる時代”になった今、さらに多くの方々がTikTokを通じて能楽について知り、楽しまれることで、能楽堂にも気軽に足を運ぶようになってもらえたら、うれしく思います。

左からみりん、山井綱雄、金子陽子。
山井綱雄(ヤマイツナオ)
シテ方金春流能楽師。能楽協会本部理事を務める。重要無形文化財(総合指定)保持者。国内外での能楽公演に出演し、他ジャンルとのコラボレーションや若者への能楽普及活動を積極的に行う。2023年1月に「日本全国能楽キャラバン!金春円満井会鹿児島公演」「金春会定期能」が控える。
みりん
1995年、兵庫県生まれ。イラストレーター。2021年6月よりTikTokでも投稿をスタート。ほのぼの系のイラストを得意とし、似顔絵やロゴ制作、ギフトカードなどのイラストで人気を博す。
金子陽子(カネコヨウコ)
TikTok Japan 公共政策本部 公共政策マネージャー。2020年2月より現職。動画プラットフォームにおける青少年の安心安全な利用環境の実現や、プラットフォームの特徴を活かした社会貢献活動に取り組む。中央省庁やNPO、芸術団体とも幅広く連携し、官民連携によるさまざまな社会課題の解決に取り組む。