能楽協会|TikTokが仕掛ける新たな未来 知って世界が変わる、今こそ能の世界へ!

2022年11月、能楽協会とエンタテインメントプラットフォーム・TikTokがコラボレートする新たなプロジェクトが始動した。これまでも文化施設やNPOなどと連携してさまざまな社会課題の解決を支援してきたTikTokが、新たに日本の伝統芸能の活性化に取り組む。プロジェクトでは、能楽協会のTikTok公式アカウントが開設されたほか、若い世代を中心とした幅広い層の能楽への興味の入り口を作るべく、人気TikTokクリエイターたちが能楽との出会いにより得た驚きや発見をショートムービーにして発信した。

伝統芸能の枠組みにとらわれず、これまでも異ジャンルの題材や作り手たちと積極的にコラボレートしてきた能楽。一方、美術館など文化施設のコンテンツ配信や新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた花火大会のプラットフォーム上での開催・ライブ発信など、日本の文化や伝統に寄り添い続けているTikTok。エンタテインメントという共通項でつながる能楽とTikTokの新たな試みについて、能楽協会理事でシテ方金春流能楽師の山井綱雄、ほのぼの系イラストで人気のTikTokクリエイター・みりん、TikTok Japanの金子陽子が座談会を行った。3人が語る、初めての文化に触れる喜び、そして能楽の魅力とは?

取材・文 / 大滝知里撮影 / 須田卓馬

TikTokで能楽を再発見

──伝統芸能の能楽と、動画プラットフォームのTikTokが今回、どうしてこのような取り組みの場を持つことになったのでしょうか。

左からみりん、山井綱雄、金子陽子。

金子陽子 TikTokではこれまでも、国内外の美術館などからTikTok LIVE配信を行う「GoToアート」や、コロナ禍で中止になってしまった花火大会を、無観客で開催しTikTok LIVEで配信するなど、日本の文化芸術振興をご支援する取り組みを推進してきました。また文化芸術分野以外にも、さまざまな社会課題解決に取り組むNPOのご支援など、幅広い社会貢献活動を行っています。

そのような活動を行う中で、近年、若い方々に伝統芸能の素晴らしさに触れてもらえる機会が減っているというお話を伺う機会があり、TikTokならば伝統芸能と若い方々の架け橋になれるという共通の思いから、今回の取り組みが実現しました。TikTokのエンタテインメントプラットフォームとしての特徴を生かして、日本古来の素晴らしいエンタテインメントである能楽を、より多くの方に知っていただくお手伝いができると思ったのです。

山井綱雄 歌舞伎や日本舞踊など日本にはさまざまな伝統芸能がある中で、能楽は一番奥まったところにある、“未踏の地のもの”と思われているのではないかと、私は以前から感じていました。「きっと誰かに守られて、誰かが伝えていくんだろう、私は知らないし観たことないけど」と少し距離を置かれるような存在になってしまっているのではないかなと。だとすれば、皆さんに広く能に親しんでいただくことが大切だと思いましたし、特に若い人の感性にどう訴えかけていくかは大きな課題でした。ただ、能楽師だけの努力では世界は広がりませんから、TikTokさんのような幅広い世代のユーザーを持つ国際的なプラットフォームで能楽を知っていただけるというのは、こちらとしてもとてもありがたいなと思いました。

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──その取り組みの第一歩として、能楽協会のTikTok公式アカウントが開設され、11月上旬に「TikTokクリエイター向け『能楽』レクチャー」が開催されました(参照:能楽協会がTikTok公式アカウントを開設、TikTokクリエイターが能楽の魅力を発信)。みりんさんを含む16組のTikTokクリエイターが、能楽師・観世喜正さんが講師を務める能楽レクチャーに参加し、初めての観能を楽しみ、その体験をもとに能楽の魅力を伝える動画を投稿されました。レクチャーを受けて、みりんさんはどのような感想を持ちましたか?

みりん 非常に申し上げにくいんですが……もともと能は教科書で読んだだけで、全然知らないし、今後も知らないままなんだろうなと思っていました。レクチャーを受ける前に兵庫県にある髙砂神社へ「高砂」を観に行かせていただいたんですが、そのときもやっぱり私には難しくて、ボーッと観ることしかできなかったんです。

山井 そうそう、来てくださっていましたよね。あとで動画を拝見して「いらしていたんだ!」と驚きました。

金子 初めての能が本場の髙砂神社での「高砂」って、すごいですね!

みりん でも、そのときはそのすごさがあまりわかっていなくて。レクチャーを受けて、女性やおじいさんのお面があるとか、お面の角度を変えると違う表情に見えるとか、長い間着られている装束があるとか、そういうお話がとても面白いと思いました。何よりスッと入ってきたのが、「昔は誰もが能を謡えた」と能楽師の先生がおっしゃっていたこと。TikTokにはやりの歌があるように、昔の人も「はやっているから謡う」という感覚で能に親しんでいたそうで、流行が好きで、それに刺激を受けて、一緒に楽しむという、今と変わらないマインドだったんだとわかると、「おお!」と遠かった能との距離が一気に縮まりました。そのあと、レクチャーで少しだけ「高砂」の舞を拝見したのですが、そのときは素直に「面白い!」と思えたんです。

山井 ほう、素晴らしい。

みりん 知らなかった世界をほんの少し知るだけで、以前とはこんなに見え方が違うんだと実感して、レクチャーに参加して良かったなと思いました。

髙砂神社で行われた能「高砂」より。
「TikTokクリエイター向け『能楽』レクチャー」の様子。(撮影:坂脇卓也)

クオリティを保ちつつ、
若い世代に能楽をどう受け取ってもらうか

──山井さんも、デーモン閣下や二十五絃箏奏者の中井智弥さん(参照:悪魔×能!デーモン閣下が能をもとに六条御息所の情念つづる「能魔ヰ三重箏」)、演劇プロデュースカンパニーのカクシンハン(参照:カクシンハンが届ける“芸術の異種格闘技戦”「シン・タイタス」に山井綱雄・春名風花ら)など、能楽以外のジャンルのアーティストとのコラボレートや、若い世代に向けた能楽の発信を積極的にされています。

山井綱雄

山井 幼稚園児から高校生、大学生まで、学校に行って能を観せたり、教えたりすることは数多くやってきました。若い人たちに人気の「新世紀エヴァンゲリオン」を題材にした能(「能舞エヴァンゲリオン」)を発表したこともありますし、最近では野村萬斎さんが「鬼滅の刃」を能狂言にされましたね(参照:野村萬斎・大槻裕一が舞う!現代劇的なアプローチを織り交ぜた「能 狂言『鬼滅の刃』」開幕)。能のクオリティを保ったまま、若い人たちにその面白さのエッセンスをどう伝えていくかということは常に考えています。ある幼稚園では般若の面を見せたとたん、全力で突進して般若を破壊しようとしてきた男の子もいましたし、以前、女子高生の皆さんに能装束をお見せして、彼女たちにコーディネートしてもらい、ファッションショーのように練り歩いてもらったことがあったのですが、「かわいいー!」と言いながら、彼女たちは彼女たちの感性で次々に装束を選んでいくんです。49歳のおじさんには「能装束がかわいい」という発想はなかったので(笑)、驚きました。若い人たちはストレートに見たまま、感じたままに受け止めてくれますし、能の魅力や面白さは年齢に関係なく絶対に届くものだという実感があります。それに私自身、若い人たちから予想外のリアクションを受けたときは、思いがけない喜びがあります。

みりん

──レクチャーを経て、みりんさんは能楽を体験された様子を絵日記にしてTikTokで発信されました。みりんさんのウキウキした声が入っていて、楽しまれた様子が伝わってきたのですが、どのようなことを意識して動画を作られたのですか?

みりん 私の視聴者には十代、二十代の女の子が多く、難しい内容や勉強っぽくなりすぎるとすぐスワイプしたくなるだろうなと思ったので、「今日はここに行ってきたよ」とハードルを下げて、まずは動画全体を見やすくすることを意識しました。あと、能を観に行くときに「どんな服装で行ったら良いんだろう? 着物を着るべき?」とすごく迷ったんですよ……。

金子 わかります!(笑)

みりん いろいろ調べてから行ったら、皆さんラフな格好で来ていてびっくりしたんです。なので、観ている自分の姿も入れて、能を観に行くハードルを下げられたらと思いました。また、能楽ではゆっくりした動きの時と、速い動きの時がありますが、TikTokではゆっくりしたものは見られにくいので、舞の映像は動画の中間に差し込んで、興味を持ってくれた人がさらに深く知ることができる構成にしました。それと、レクチャーで「ヨー、ホー」というかけ声を出したのがすごく楽しかったので、自分の声を入れて、能は“一緒に楽しめるもの”という一体感が伝わるように工夫しました。

山井 能はどこをどう切り取って解釈していただいてもけっこうです、というスタンスなんですよ。能には物の考え方や技術、芸術面や音楽面で日本人の根源的な哲学が網羅されて織り込まれている、いわば素材の“宝庫”。それは我々にも料理しきれないくらい豊かなんです。ですので、みりんさんやTikTokクリエイターの皆さんが、ご自分が思うままに能との出会いや能から感じたことを発信してくださることに意味があるのかなと思います。

金子陽子

金子 みりんさんのように多くのフォロワーに支持されるTikTokクリエイターさんが今回の能楽体験やその面白さをそれぞれの視点で表現してくださったことで、これまで能になじみがなく、能楽を“他人事”と捉えていたであろうTikTokユーザーさんも、能楽を少し身近に感じてくださったのではないかと思います。山井先生が学校で能楽レクチャーをされたり、みりんさんが能に見いだされた面白さをTikTokで投稿されたりすることで、能楽を“他人事”ではなく“自分事”に感じられる方が、きっといると思います。そのように楽しみながら能の魅力を実感していただき、能が“自分事”になる瞬間が生まれる場にTikTokがなれれば、と思います。