新国立劇場「反応工程」天野はな×久保田響介×清水優×内藤栄一×若杉宏二|生きるために逃げるか、生きるために受け入れるか

新国立劇場が毎シーズン1本、全キャストをオーディションで選考して上演する企画の第2弾として、千葉哲也が演出を担う「反応工程」が登場。本作は劇作家・宮本研が、自身の経験をもとに手がけた戯曲で、劇中では終戦前夜の軍需工場で生きる人々の日常が、敗戦直前の日本の雰囲気を色濃く映して描かれる。本公演は昨年4月に上演予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期に。1年の時を経てこのたび、14名のキャストが再集結した。

ステージナタリーでは、その稽古初日の稽古場に潜入。本番さながらの舞台美術が組まれた空間で、出演者の天野はな、久保田響介、清水優、内藤栄一、若杉宏二に話を聞いた。時代の激流に乗っていく者、あらがう者、疑問を持ちながらも流されていく者……登場人物たちそれぞれの生き様を、キャスト5人はどのように捉えているのか。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 宮川舞子

あらすじ

2020年4月に実施された「反応工程」舞台稽古より。

1945年8月、九州中部のある軍需化学工場では、動員学徒の田宮(久保田響介)らが働いていた。敗戦が近付いていることを知らない彼らは、日々淡々とロケット砲の推進薬を作り続けている。

田宮は、“模範学徒”と呼ばれるほど品行方正な学徒だが、勤労課員の太宰(内藤栄一)から、国に反戦思想と禁じられている書籍を密かに借り、見識を広げていた。また工場の責任工・荒尾の娘で、見張勤務の正枝(天野はな)とは互いを思い合う関係で、正枝に思いを寄せる動員学徒の林(清水優)からはやっかみを受けている。

誰もが普段通りの日常を送る中、田宮の幼なじみで、同じく動員学徒の影山に兵役招集の知らせが舞い込む。徴用工の柳川(若杉宏二)たちから「おめでとう」と祝福されるが、浮かない表情を見せる影山。その夜、影山の歓送会が行われるが、いつの間にか影山の姿が消えていて……。

オーディション中から稽古のようだった

──本作はフルオーディション企画の第2弾として昨年4月に上演予定でした。しかし、新型コロナウイルスの影響により、初日目前で延期が決定し、今回、1年越しでの上演となります。ですので、だいぶ前のお話を思い出していただく形になってしまいますが、オーディションで印象的だったことはありますか?

左から内藤栄一、若杉宏二、久保田響介、天野はな、清水優。

久保田響介 千葉(哲也)さんが優しかったですね。

若杉宏二 オーディション中も演出をつけてくれたりして、発見があって。

清水優 オーディションだからといってサラッと流す感じではなく、一次選考から2人1組でみっちり見てくださったという感じでした。

内藤栄一 本当に稽古みたいな感じで楽しかったです。でも選考が進むにつれてどんどん人が減っていって……。

清水 選考が進むにつれて、役が決まった人は部屋の上手、決まってない人は下手に分けられて、あれはキツかったな。

若杉 そうだね、ドキドキしたね。

久保田 僕、気合いを入れようと思って頭を丸めてオーディションに行ったんですけど、そういう人がけっこういて(笑)。「こんなやついっぱいいるんだ」って思いました。

天野はな 女性陣は決まるのが早くて。「まだまだ先がある」というつもりで二次審査に臨んだら、そこからすぐに「決まりました」と。年齢的に節子役かなと思ったら正枝役だったのでびっくりしました。

内藤 僕は、正枝ははなちゃんだろうなって思ってました。正枝のオーディションのとき、相手役として読み合わせのお手伝いをしたんですけど、いろいろなタイプの正枝と対面した中で、はなちゃんは雰囲気が違ったので。

天野 そうだったんですね!

──オーディション中に、皆さん、いろいろなタイプの候補者をご覧になったんですね。最終的に配役が決まったとき、納得するものはあったのでしょうか?

久保田 「千葉さんはこの方を選ぶだろうな」っていうのは、最後のほうはなんとなくわかるようになりました。

清水 千葉さんが「昔の顔を選んだ」って言っていました(笑)。

左から若杉宏二、久保田響介、清水優。

一同 あははは!

清水 オーディション中、候補者同士でセリフ合わせをして知り合いになっていたので、オーディション中から稽古が始まったような感覚がありました。

──昨年のクリエーションでは、台本の読み込みなど、かなりみっちりやられたそうですね。

天野 本読みをかなりしましたね。作品に対してみんなの共通認識を作るため、「ここはどういうことかな?」って話し合って……。

若杉 けっこうやりましたよね。

清水 立ち稽古に入る前の、そういう時間が長かったです。物語の内容がどうこうというより、登場人物間できちんとコミュニケーションを取れるかという時間が長かった。

天野 千葉さんが「こうだと思うよ」と大きく提示されたのは、戦時中だからってみんなずっと怖がって暮らしていたわけじゃないんじゃないかということ。戦争は背景にあるだけで、普通にみんな、楽しいこともあれば恋もするしケンカもするし遊びたいし仕事しなきゃいけないし、って生活していたんじゃないかと仰って。それがみんなの共通イメージになったと思います。

それぞれの役のイメージは?

──1年間の延期期間を経て、ご自身の役に対するイメージは膨らみましたか?

久保田 1年前に初日目前までやったはずなのに、今また毎日思うことが違うんですけど……(笑)。僕が演じる田宮は、まっすぐさ、誠実さがあると思っています。でも何か自分が信じているものを正当化するために、どんどん自分で積み上げていって戻れなくなっているところがあるんじゃないかと。日本人として兵隊に行くのはこういうことだ、働くとはこういうことだ、兵器を作るのはお国のためになるんだとか、1個1個誠実に考えて生きようとしてるんだと思うんですけどそれが一気に崩れたときに、自分が信じてきたことを肯定も否定もできず、かといって新しいものにもなれず……。そこも真面目な人なのかなと思います。

天野 田宮って、頑固だと思います。

久保田 そうだね、頑固でもあるよね。正枝は?

左から天野はな、清水優。

天野 正枝は、千葉さんが「正枝の役名は人となりを表しているんじゃないか」と仰ってたんですけど、確かにまっすぐで芯が強い人、心の中に持っているものがすごく強い人だなと思います。

──田宮とは対照的な考えを持つ学徒・林を演じる清水さんは?

清水 僕が演じる林は、このお芝居の中で“1人ドラマ”がすごい(笑)。正枝にフラれたり、最後は死んでしまったりと、盛りだくさん。戦争とはあまり関係ないところにいて、この工場の中で一生懸命生きている人だと思います。ただ、1年前は戦争イコール死ということが、実感としてよくわからなかったのですが、コロナによって死がすぐ近くにあるかもしれないという経験をして、少しだけこの登場人物たちが感じている死が、実感できた気がします。

──太宰は課員で、田宮や清水とは異なる立場から状況を見つめています。

内藤 太宰は、コンプレックスにまみれた男だと思っていて。理由は書かれていないけれど戦争に行けてなくて、そのせいで湾曲した死生観や人生観みたいなものを持っているんじゃないかと思います。またかつては田宮のような青臭い部分とかもあったと思うんですけど、生きていく中でいろいろなものが見えてきて、それで「戦争はダメだ」とむげに言えなくなってしまったのではないかなと。そのうえで、田宮たち若者に「こういう考え方もあるよ」とか「こうするのも良いんじゃないか」と、唯一言える人物なんじゃないかと思います。

──徴用工の柳川は、立場的にも年齢的にも田宮たちの先輩にあたり、彼らの様子を少し離れたところから見ています。

左から内藤栄一、若杉宏二。

若杉 柳川は、一言で言えばクール。かつ図太い。人間の強さを持っている人だと思いますね。徴用で工場には来ているけれど特に労働意欲はなくて、「戦時中でも生きていかなければいけない、悩んでたってしょうがない、生きてなんぼだ」というような考えを持っている。また戦争に招集されていく若い子たちが死ぬのもわかってるんだけど、普段通りに付き合えるクールさもあって、そういう図太さがにじみ出れば良いなと思います。

久保田 今のお話を伺って、柳川と田宮は正反対の生き方だなと思いました。柳川のような大人のところというか遊びの部分が、田宮にちょっとでもあれば良かったんですけど……。

内藤 たぶん柳川だけだと思うんですよね、普段から「タイム」とか横文字を使っている人。でもこんな発言をしたら、敵性語だからアウトだと思うんですけど……。

若杉 柳川は「日本は負ける」とかも言ってるもんね、はっきりと。

左から内藤栄一、若杉宏二。

内藤 そうそう。柳川は「結局自分の命のほうが大事だよ」ってサラッと言ってしまうし。その図太さがあるから、終戦後にえらい景気が良い店をやるのもうなずけるというか。

久保田 逆に田宮と太宰は、実はそんなに遠くない存在なんじゃないかなと思います。ちょっと違っただけで、太宰も田宮になり得たし、田宮も太宰になり得たんじゃないかなと。

天野 内藤さんは太宰がコンプレックスの人だって言いましたけど、外から見たときに太宰は、あまりコンプレックスを感じさせない人なんじゃないかなと思います。知識もあるし、いろいろなことをそつなくこなしていて、でも何らかの理由で兵役には行けなかった。その負のところで、田宮と太宰は通じてるのかもしれません。

──田宮、林、太宰などさまざまな男たちがいる中で、正枝はなぜ田宮を好きになったのでしょうか?

清水 工場の男たちの中で、消去法でしょ?(笑)

天野 そういうことではないと思いますけど(笑)。田宮に対しては、きっと憧れだったんじゃないでしょうか。正枝は学もない田舎の工場の娘で、だから学のある田宮がすごくカッコ良く見えたんだと思うんです。それで仲良くなるうちに、まっすぐな人だから好きになって……おかげで翻弄されてしまうんですけど。

──気質的には田宮と正枝は、近いタイプなのかもしれませんね。

天野 近いと思います。どちらもまっすぐで頑固で。ただ田宮はそのまっすぐさが国とか戦争に向いていて、正枝は好きな人とか家族とか、もっと日常にベクトルが向いているんじゃないかなって。