新国立劇場演劇研修所は、“明晰な日本語を使いこなし、柔軟で強度のある身体を備えた次代の演劇を担う舞台俳優の育成”を目的とする研修所。宮田慶子所長のもと、日本の舞台芸術界の第一線で活動するクリエイターやアーティストが講師を務め、研修生たちは3年間にわたってさまざまな研鑽を積む。
12月、修了を間近に控えた18期生たちが、講師でもある岡本健一の上演台本・音楽・演出により「ロミオとジュリエット」の上演に挑む。本特集ではその試演会でロミオ役を演じる中村音心、キャピレット夫人役の髙岡志帆、演出の岡本、同公演の衣裳を手がける修了者の岩男海史、同じく修了者で岡本と共演経験がある福士永大に、新国立劇場演劇研修所について話を聞いた。
また特集後半では、現役研修生に聞く“研修生のある1日”と、所長・宮田慶子からのメッセージを紹介。なお2025年度入所予定の第21期生の募集は12月23日まで受け付けられる。
取材・文 / 熊井玲撮影 / おにまるさきほ
演劇研修所 第21期生(2025年度入所)募集
願書受付:2024年11月25日(月)~12月23日(月)
※演劇研修所のオンライン説明会が12月14日にZoomにて行われます。申込は12月11日まで受け付けられます。
新国立劇場演劇研修所
“シェイクスピア的”なものでなく、そのものに向き合う
──福士さんはこの座談会前に、「ロミオとジュリエット」の稽古の様子を見学されました。久しぶりの研修所の稽古場はいかがでしたか?
福士永大 ちょっと現代アートを見ているような感覚になりました。わからないところはわからないけど、ワクワクするっていうか。
岡本健一 (笑)よくわかんなかったってこと?
福士 いえ、わからないところもあったけど、それ以上にすごいなと思いました。例えば舞踏会のシーン、もっとシェイクスピア的っていうか、古典的なダンスなのかなと思ったけれど、想像と違って“今風”で。
一同 あははは!
岡本 彼が言うように、よく若い子たちが“シェイクスピア的”とか“古典的”って言葉を使うのが、僕には面白くて。だってみんな、実はあんまりシェイクスピアや古典のことをよく知らないでしょう? そもそもシェイクスピアって名前を知ったのはいつ?(と4人に目線を向けて)
中村音心 中学生くらいですかね。僕は割とインターネットでよく調べ物をしていたので、その中でシェイクスピアっていう名前を知りました。
岡本 ネットで?
岩男海史 カードゲームのキャラにマクベスとかが出てきて、つながりでシェイクスピアを知ったりするんだよね?
中村 そう、そうなんです。
髙岡志帆 私は小学生のときに演劇が大好きな先生がいて、その先生が開いていたワークショップを受けていたときにシェイクスピア作品の1シーンを演じたりしました。心の中で思っていることを身体で表現しながら言ってみるというワークをやってとても楽しかったです。
岡本 へえ、そうなんだ。僕も最初は、シェイクスピアに対して何もわからなかった。でも海外でシェイクスピア作品を観て、衝撃を受けたんです。ロイヤルシェイクスピアカンパニーのケネス・ブラナーやレイフ・ファインズなど、生で観ると相当すごいんですよね。まったく動かずに言葉だけでシーンを立ち上がらせてしまい、人を感動させてしまう。以来、僕にとって古典は、“ちゃんと明確に言葉を言って、言った瞬間に風景が立ち上がり、お客さんを感動させることができるもの”と感じています。
研修所に入ったきっかけは?
──岩男さんは第10期生、福士さんは第15期生、髙岡さんと中村さんは第18期生です。皆さんそれぞれ、新国立劇場演劇研修所に入所したきっかけは?
岩男 僕は18歳で俳優を始めてから4年間、小劇場で演劇をやりまくって、でも全然売れなくて、4年やって売れないってことはどうやら天才ではないなって気づいて……(笑)。で、ここがポイントなんですけど、シェイクスピアや三島由紀夫、岸田國士など、観てもいないのに面白くないと思っていたけれど、結果が出てないということは、今の環境を変えないといけないんじゃないか、勉強する場所に行かないといけないんじゃないかと思い、ここを受けたんです。それで3年間、それこそたくさん学んだつもりでいましたが、3年生のときにイギリスに行って芝居をたくさん観た中で、グローブ座で観たシェイクスピアが本当に自由で面白くて。「夏の夜の夢」だったんですけど、パック役の人が水鉄砲で観客を撃ちまくっていたり、自分の食べかけのバナナを最前列の人に食べさせていたり(笑)。でもどれだけ崩そうとしても、シェイクスピアの台本の根幹が崩れないことに驚いたし、それを観てちょっと自分の中の何かが“壊された”感じがしました。
髙岡 私は第14期生の試演会で「尺には尺を」を観たのが入所のきっかけでした。私は兵庫県出身で、そのとき初めて東京で演劇を観たんですが、やっぱり国立の研修所って違うんだな、レベルが高いなと思ったんです。当時自分がいた関西の小劇場では、声が大きいことが正義みたいなところがあり自分もそう思っていたんですけど、研修所では自分と大して歳が変わらない人たちが静かに圧を出していて、そういう演技がしたいなと思い、入所試験を受けました。
中村 僕は中学生ぐらいから声優志望で養成所にも通っていたのですが、高校の頃、お世話になった方から新国立劇場の演劇研修所の話を聞きました。高校でも演劇をやっていましたが、僕は高校演劇という枠組みの中で演劇をするのがあまり好きではなくて……もっとちゃんと演劇を学びたいと思ったときに、新国立劇場が良いと思って、大学進学はせず高校を卒業してそのまま研修所に入りました。
福士 実は僕も高校演劇出身で、でも僕は高校演劇がめちゃくちゃ楽しくて(笑)。そのままお芝居を続けたいと思ったんですけど、青森出身なのでいきなり上京するのが怖くて、1回仙台に出て、仙台の小劇場で2年間ぐらい演劇をやっていたんです。ただ、高校演劇の勢いのまま、楽しさ優先で続けていく中で、あるときお客さんにめちゃくちゃ褒められて「でも俺、何にも勉強してないんだよなあ」と思い、俳優とか芝居について何も知らない自分が、楽しいだけでお金をもらって芝居をしていることに違和感を感じて、勉強できる場を探し始めました。そのころ、手伝っていたある舞台のアフタートークに宮田慶子さんがいらっしゃって、トークが終わったあとにご相談したら、「だったらうちにおいでよ」とチラシを渡されて。まあ、それが締切1週間前だったんですけど(笑)、急いで応募して、受かりました。
岩男 実は僕も願書締切2日前に知って、焦って応募しました(笑)。
一同 あははは!
──岡本さんはなぜ研修所の講師をされることになったのですか?
岡本 「ヘンリー六世」(2009年)に出演したとき、新国立劇場演劇研修所のメンバーが出ていて研修所の存在を初めて知り、「この劇場は生徒をちゃんと育ててるんだな」と感じたのが最初です。そもそも新国立劇場の作品に出演するときは僕自身意識が違うというか、この劇場は国民の税金で運営されているんだと思うと、お客さんを絶対に満足させなくては、ちゃんとしなきゃ、と気が引き締まる思いを感じて、必死にやってきたんです。で、その後、研修所の試演会を観る機会があったんですけど、まず小劇場で上演していることに「贅沢だな!」と思いましたし、チケット代は安くて観やすいし、そのときの演出家は栗山民也さんで、照明や舞台装置もすごく良かったし、出ている研修生たちも良かった。それで「ああ、やっぱり国立の研修所はすごいな」と思ったんです。その後、新国立劇場の制作の方から「研修生たちにちょっとお話をしてもらえませんか?」というお話をいただいて、「やります。で、どのくらい?」と聞いたら「できるだけ」とおっしゃるので(笑)、そこから講師をお引き受けすることになりました。ただ、自分自身、実践で鍛えられた思いがあるから、みんなにも自分が何かを話すというより、人前でセリフをしゃべるという経験を重ねてもらいたいと思っていて。今でもそうなんですけど、研修生にはまず、自分が好きなセリフを数分、みんなの前で言ってもらうんです。で、みんなで「どうしてその作品を選んだの?」「何を伝えたいの?」って質問し合ったり、「ああ、いいセリフだなあ」と刺激を受けたり……頭と肉体を使いながら実践を重ねていく。新国立劇場の演劇研修所って、先生たちのレベルが高くて、研修生たちは日頃から歌や身体の使い方、演技を講師の方たちから学んでいるわけですよね。それを3年間続けるってことは相当なレベルじゃないかと思うんです。だから僕自身も教えつつ学ぶというか、研修所に関わることで刺激をもらっています。
研修所時代は夢中で…でも今、見えてきたこと
──第18期生の公演「ロミオとジュリエット」は、岡本さんが上演台本・音楽・演出を担当されます。稽古を見学させていただきましたが、囲み舞台で身体表現も多く、チャレンジングだなと思いました。
岡本 そうですか? そんなにチャレンジしているとは思っていないんですけど……(中村と髙岡に視線を向け)チャレンジしてる?
中村 大変な思いはしていますけど(笑)、超えられないチャレンジではないと思っています。
髙岡 (うなずく)
岩男 僕は今回、衣裳担当として稽古を何度か観ていますが、チャレンジの方向がいろいろある中で、今回は引き算がたくさんある気がしていて、それが岡本さんの18期生へのメッセージなのかなって。だから僕も、最初はいろいろと衣裳に詰め込んで考えていたんですけど、もっと削いでいこうと思い、襟やボタンのようなファッションの要素も取って、シンプルなシャツでそろえたり、俳優が身一つで立っている感じにできたらと思っています。
岡本 今、通し稽古をすでに10回くらいやったのですが……実は俺、もう飽きちゃったんだよね。
一同 え、もう!?
岡本 飽きるよ、だってみんなあまり変わらないから。もちろんそれぞれ1回1回発見があるんだろうけど、「あとはもうみんな、好きなように自由にやっていいんだよ」と言っても、そんなに変わらない。例えば俺だったら、稽古は大体毎回後悔で、満足なんかできないわけです。自分の満足は何かと言ったら、スタッフや共演者たちを感動させられるかどうか、戯曲の言葉をうまく伝えられるかどうか。伝えられないのは自分のせいだ、となるわけで「明日の稽古場では今までとは違ったものにしたい」と思って、「とにかく進化しないと!」ともがくんです。でもみんなは、今はまだ自分で境界線や壁を作っているというか、シェイクスピアに縛られてるというより、“演劇”という枠に縛られている気がするんですよね。
岩男 自分も研修生だった頃、岡本さんの授業で同じことをとにかく言われていましたね(笑)。でも今稽古を観ていると、岡本さんがおっしゃることはよくわかります。研修生のころって集中すればするほどどんどん視野が狭くなっていって、もちろん狭くなることは悪いことだけでもないけれど、肩に力が入りすぎてしまう。それをポンっと広げられたらもっと変われるのにな、とは感じます。僕がよく思うのは、大富豪だろうが大統領だろうが、お腹が痛くなればお腹を下すし二日酔いにもなる。人にはいろいろな表情があるわけで、そこが面白さだから、役の形骸的なイメージにとらわれてしまうのはもったいないなと思います。
福士 僕も岡本さんのシーンスタディの授業では、「もう1回、もう1回」ってよく言われていましたねえ(笑)。
岡本 で、変わらなかった理由は、わかったの?
福士 そのときはわからなかったです。でも今は……手放すだけ、というか。(言葉を探して)うーん、なんて言ったらいいんだろう?
岩男 僕の場合は、危機感というか恐怖心が変わらない理由だと思っています。良かったらみんなに褒められるけど、良くなければ叱られる、わけではなくスルーされる。本当にただただ仕事が来なくなる。その危機感が変われない理由なのかなって。
岡本 うん、わかるよ。でもそれは研修所を修了した後のことで、研修生にとって今は、羞恥心が問題なんじゃないかな。役者になるには、まず羞恥心みたいなものを全部捨てないと何もできないと思う。そのためには自分の中のこだわりを捨てる必要があるんだけど、でもやっぱりそれはなかなか捨てられないわけで。それにもし、危機感というワードで考えるなら、「ロミオとジュリエット」は身内の内紛、殺し合いの話なわけだから、その物語の中にある危機感を自分の中に落とし込む必要があると、よく研修生たちには話していて。例えばニュースやドキュメンタリーを見て、今現実に起きている戦争のことを知り、それを自分の中に落とし込んでからセリフを言うだけで相当変わると思う。ステージに立って、目の前のお客さんたちに、今戦争に巻き込まれている人たちの思いを伝えるんだ、と思ったら若いエネルギーが湧いてくるだろうし、羞恥心がどうという次元じゃないところにいけるんじゃないかと思うんです。そういう思いで、今回は要素を削ぎ落とし、彼らの姿だけが引き立つようにしたいと思っています。もちろん、大変な思いをしないとその域には到達できないと思うけれど……。
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授業で習ったことを、どう生かしていくか