「オール富山」シリーズは、「ダークマスター 2019 TOYAMA」「笑顔の砦 '20帰郷」と過去に2回作品を発表しており、今回が3作目。2019年の立ち上げ時は無謀にも感じられた“市民による舞台美術製作”も、今や「オール富山」シリーズの重要な要素となった。ここでは、これまでの「オール富山」の軌跡を、本シリーズのプロデューサーであるオーバード・ホールの福岡美奈子と共に振り返る。
この4年を振り返って、「公演を重ねるにつれ、街と作品や劇場との距離感が変わってきましたね」と福岡は実感を込める。例えばそれは、キャスト・スタッフ募集を呼びかけたときのリアクションの大きさや、作品とのコラボを楽しんでくれるお店が増えたこと、創作現場を取り囲む人たちの理解といった部分などで強く感じるそうだ。
タニノクロウ×オール富山では、キャストやスタッフはもちろん、舞台美術製作も公募で集められた市民スタッフが手がける。舞台美術家・稲田美智子のもと、舞台美術製作はほぼ未経験という市民スタッフが、“来られる人が来られるタイミングで”設計図をもとに舞台美術を作り上げる。第1回はオーバード・ホールの隣の空きスペースで、第2回は稽古場である富山市民芸術創造センターのアトリエで製作を行なったが、今回は富山市民芸術創造センターと最寄りの呉羽駅のちょうど中間にある、廃園になった幼稚園で、市の許可を得て製作を行なっている。
「その幼稚園を使えることが決定してから、やっぱり騒音が出てしまうので、周囲のお宅や町内会長のところへご説明に伺ったんです。そうしたら想定外に皆さん、喜んでくださって。廃園になったままより、いろいろな人が出入りしてくれたほうが活性化して良いということで、騒音については何も言われませんでした。また町内回覧板でも、幼稚園で舞台美術製作していることを町内会長のコメント付きで知らせてくださって(笑)、それも強力だったと思います。また幼稚園で製作を始めて1カ月くらい経ったころに見学会と説明会をしたんですけど、その見学会に参加してくださった方が、途中から舞台美術スタッフとして参加してくださることになったり、ということもありましたね。そういった出会いが生まれたのは、今回、劇場や稽古場から一歩出て、舞台美術の創作の場を外に設けたおかげかなと思っています」(福岡)
実際、舞台美術の募集に対する反応も良くて、初回26人、2回目は20人(実際は30人近くの応募があったが、コロナの影響で人数を制限し20人とした)、今回の舞台美術スタッフは高校生から72歳までの35人と増えた。中には1回目から継続して関わっている人や、今回はメンバーとして登録されてはいないけれど、必要な機材を貸してくれたり相談に乗ってくれる過去の参加者もいたりと、関係者の人数は増えている。
なお舞台美術製作については、今回2点ほど、変えたことがある。それは、普段稲田と一緒に仕事をしているプロの大道具スタッフを指導者として迎えたこと。また第1回から継続参加している市民スタッフの内山さんに製作リーダーになってもらったこと。そのことによって、よりスムーズに、かつクオリティ高く美術製作が進行できるようになった。
キャストに関しては、島田桃依、坂井初音、瀬戸ゆりかとこれまでもタニノ作品に出演経験があるプロの俳優以外は、公募で集められた市民キャスト。そのうち3人が初舞台だ。
「オール富山では毎回初舞台の人を選んではいるのですが、新作で初舞台3人は大丈夫かなと正直思うところもありました。ただオーディションでも実際、良かったし、タニノさんも『大丈夫』と言ってくださったので。タニノさんは郷土愛なのかオール富山愛なのか、毎回積極的に新しいチャレンジをしてくださいます。その結果、毎回大変だと思うのですが……本当にありがたいなと思っています」(福岡)
またこれまでに出演者としてオール富山に関わっていた人がスタッフに名を連ねたり、VTuberやコスプレアドバイザーに富山のアーティストが関わっていたり、“「オール富山」経験者”がオーバード・ホールに就職したり(!)と、“オール富山”の裾野はさらに広がっている。
しかもその輪はさらに広がりつつあり、例えばSNSで「舞台美術製作にタオルが必要なので、余っているタオルがあったらください!」と呼びかけたら、町内会長や住民、美術スタッフが段ボール4箱もタオルを提供してくれたり、劇中で使う小道具提供も多くの方が協力してくれたほか、稽古場近くのオシャレなパン屋さん・カンパーニュに「コラボパンをやってもらえませんか」と持ちかけたら、オール富山のコンセプトである“つながる”をテーマにした“みんなでシェアするちぎりパン”を考案してくれたり、そのコラボパンを知った近所の和菓子屋・野口屋では、「うちもやるよ!」と自ら手を挙げて、すべて富山産の材料を使ったどら焼きを考案してくれたり、座組のみんながよく行くバーや居酒屋では、小道具用にと酒の空き瓶を提供してくれたり……と、これまで劇場と接点のなかった人たちも、スッと手を貸してくれるようになった。
その象徴的な事例の1つが、12月に3日間だけ出現したリアル「マドンナ」で、これは富山のBar&Kitchen Towserとコラボし、「ニューマドンナ」のキャストやスタッフが“1日店員”として店に立って、地元の人たちと飲みながら語らうというもの。作品のことをよく知らないお客さんも多数訪れて、毎回盛り上がりを見せた。
またこれは公演後のお楽しみになるが、富山ステーションシティとのコラボにより、1月27日には「ニューマドンナ」公式オフ会も開催される。「ニューマドンナ」終演後に軽食を食べながら芝居の感想を語り合うというもので、冒頭にはタニノのトークも行われる。これら一連の動きは自ら働きかけて実現したものもあれば、“持ちかけられた”企画もあり、「本当にありがたいことですよね」と、福岡はしみじみと感謝を述べる。
「うれしいのは、『オール富山』をきっかけに知り合った人たちが、作品ができたら終わり、ではなくて、その後も劇場とつながりを持ち続けていてくれること。また『オール富山』をきっかけに俳優活動を始められた方もおられますし、これまでスタッフだった方が演者デビューしたりもしていて、『オール富山』によってそれぞれ思いがけないことを始めているのは、面白いことだなと思います」(福岡)
「オール富山」シリーズ3作目となる「ニューマドンナ」。富山の人たちにどのように受け止められるのか、期待が高まる。