タニノクロウが、出身地の富山に滞在制作し、市民と共に作品を立ち上げる「オール富山」シリーズの第3弾、「ニューマドンナ」が1月にオーバード・ホール 中ホールで上演される。シリーズ初の新作となる今回は、小さな町の歓楽街にある小さなスナックと、その隣にあるアパートの一室が舞台。それぞれの仕事を終え、夜な夜なスナック・マドンナに集う女性たちの姿と、アパートの一室でライブ配信を行う女性の姿を描き出す。
ステージナタリーでは12月上旬、富山の稽古場と舞台美術製作現場を取材したほか、新作への思いをタニノに聞いた。また特集の後半では、「オール富山」、そしてタニノクロウに注目する人たちからのメッセージを掲載している。
取材・文 / 熊井玲
環境は整った、だから“難易度”を上げた
──「オール富山」ではこれまで、「ダークマスター」「笑顔の砦」と過去にも庭劇団ペニノで上演経験がある作品の“富山版”を上演してきました。3回目となる今回、新作に取り組むことにしたのはなぜですか?
僕や「オール富山」のやり方みたいなものが浸透してきた感じがあり、僕自身、富山の滞在中の生活にもなじんできたところがあったので、ちょっと思い切って新作をやってみようかなと思ったんです。なので、環境が整った、ということが一番大きいですね。
──本作では、小さな町の歓楽街にあるスナック・マドンナを舞台にした物語が展開します。ママの桃子とチーママの琴音が切り盛りするその店には、二十代から六十代まで、さまざまな常連が集います。常連客を演じるのは、今回オーディションで選出されたメンバーたち。また、富山が舞台であるとは明記されていませんが、台本には雪深い場所であることなど断片的な情報が記されています。
明確に富山を舞台だとしなかったのは、これまでローカルな話をやってきたので、今回はそうじゃないものをやってみたいと思ったからです。また「どういう話の作品にするか」からではなく、「オール富山」の活動全体や「オール富山」に参加している人たちの楽しみをどう作っていくか、また富山の外の人たちがこうしたらもっと富山のことを好きになってくれるんじゃないかなということを考えたり、季節が冬であることとか、中ホールで上演する作品であることとか、そういったことから徐々に作品の輪郭が決まっていったという感じです。テクニカル的にも、これまでの作品は自分自身の手つきというか、“ここを抑えておけば作品が成立する”みたいなところがある作品でしたが、今回は思い切ってテクニカル的な難易度も一気に上げてみようかなと。
──劇中ではスナックと同じ街にあるアパートの一室が横並びで配置され、直接的な関わりはない2つの物語が同時展開します。視覚的に「笑顔の砦」の構造に近い部分がありますが、「笑顔の砦」のような明確な“事件”はなく、登場人物たちの日常が淡々と刻まれていきます。
そうですね、「笑顔の砦」に対するうっすらとしたオマージュ、みたいなところはあるかもしれません。ただ「笑顔の砦」は登場人物が漁師だったりと、男臭い作品で、今回はそれに対する女性版……ってわけではないんですけど、女性たちの群像劇にしたかったというところはあります。
「ニューマドンナ」を彩る3人の女性たち
──物語の軸となるのは、庭劇団ペニノを始め多彩な舞台で活躍中の島田桃依さん演じる、スナック・マドンナのママ、桃子。朗らかで包容力がありどことなくふわっとした雰囲気が、島田さんご本人の印象と似ていますが、当て書きでしょうか?
そうですね。最初、島田さんは「私がママをやるの? あまりママっぽくないけど……」と戸惑っていたんですが、いわゆる典型的なスナックのママを演じてほしいわけじゃなくて、島田さん独特の雰囲気の中で店を開いてくれればいんだ、と伝えました。島田さんのあの柔らかい雰囲気、ちょっといい加減なんだけどそこに哀愁があるというムードは、人を惹きつけるものがあるなと思っています。
──またチーママの琴音を演じる坂井初音さんも、「ダークマスター」「笑顔の砦」をはじめ近年のタニノ作品によく出演されています。お稽古の様子を拝見して、ママの桃子、チーママの琴音はそれぞれタイプの異なる包容力がありますね。
坂井さんは飾らないところが、良い意味で役者っぽくない。もし演出助手だったらきっと引っ張りだこだったんじゃないかなっていうくらい、細かいところまで気が回って段取りが組める方なんです。だから、ちょっとズボラな桃子を琴音が無言でサポートするとき、自然とそういうところが見えてきたらいいなと思いました。あと今回、舞台を富山に限定していないのはもう少し大きく見せたかったというところがあるんですが、その点でも坂井さんの大阪弁がすごく印象深くお客さんは感じるんじゃないかと思います。それとマドンナではおでんが出てきますけど、彼女もおでん屋で働いてたことがあるんですよ(笑)。
──そうだったんですね(笑)。では琴音も当て書きですか?
完全に当て書きです。
──本作ではもう1人、スナック・マドンナの隣のアパートに暮らしているユカの存在も重要です。ライブ配信サービスで生き、いくつもの顔を使い分けるユカを演じるのは、「ダークマスター2019TOYAMA」にも出演した青年団の瀬戸ゆりかさんです。
瀬戸さんは、本当に「俳優さん」という感じの方だと僕は思っていて……。ユカはライブ配信サービスの中でさまざまな顔を使い分けていますが、そんなユカが演じる1人ひとりがマドンナのお客さんそれぞれと共通点を持っているんじゃないかと思います。例えばあえて乱暴な、汚い言葉を使ってゲーム配信をやっている粗暴な荒っぽさは久美子と茜に似ているところがあるし、ちょっとアイドルっぽく可愛い声を出すときのユカは琴音に近いものがある。また柔らかな聖母のようなユカは桃子、というような形でユカとマドンナに集う常連客たちとの共通点を持って書きたいと思いました。そんないくつもの人物が落とし込まれた役を演じられるのは瀬戸さんなのかなと。
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スナックは、ママと歌