9月9日から22日に兵庫県豊岡市で開催された「豊岡演劇祭2020 Toyooka Theater Festival」。今年は新型コロナウイルスの影響で、一部演目の中止や客席の縮小に見舞われ、現地での観劇を諦めた人も少なくなかったのでは。しかし現在、「豊岡演劇祭」のメインプログラムより3作品が、期間限定で特別配信中だ。これは「豊岡演劇祭」と同演劇祭のサポーターであるKDDIの取り組みによるもので、3作品のマルチアングル動画を楽しむことができる。
そこで本特集では、配信作品の1つ、青年団「眠れない夜なんてない」のマルチアングル動画を、劇団員の山内健司、島田曜蔵、河村竜也、井上みなみの4人に体感してもらった。彼らは、作品をどのアングルから、どのように観たのか? さらに話題は、演劇と配信の未来へと広がった。
取材・文 / 熊井玲 撮影 / 藤田亜弓
- 「豊岡演劇祭2020 スペシャル配信」
- 配信中 ※2021年1月28日(木)まで
- 青年団「眠れない夜なんてない」
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作・演出:平田オリザ
出演:猪股俊明、羽場睦子 / 山内健司、松田弘子、たむらみずほ、秋山建一、渡辺香奈、小林智、島田曜蔵、能島瑞穂、井上三奈子、村田牧子、井上みなみ、岩井由紀子、吉田庸
2020年9月17日収録 / 上演時間1時間58分
- 岩井秀人(WARE)「いきなり本読み!in 豊岡」
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企画・演出・進行:岩井秀人
出演:古舘寛治、藤谷理子、猪股俊明
音楽:種石幸也
2020年9月12日収録 / 上演時間2時間12分
- Q「バッコスの信女─ホルスタインの雌」
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作・演出:市原佐都子
出演:川村美紀子、中川絢音、永山由里恵、兵藤公美 ほか
2020年10月12日収録 / 上演時間2時間28分
※マルチアングル動画の視聴には、「auスマートパスプレミアム」への加入とアプリのインストールが必要(auユーザー以外も加入可能)。
テクノロジーと演劇の可能性を探して
──昨年第0回が開催され、今年本格始動した「豊岡演劇祭」は、青年団の平田オリザさんがフェスティバルディレクターを務める新しい演劇祭です。さまざまな企業が“パートナー”として名を連ねていますが、KDDIは第0回に続き今年も、演劇祭に新しい技術を提供しています。河村さんは「豊岡演劇祭」のプロデューサーとして、青年団「眠れない夜なんてない」公演のマルチアングル動画配信を決められたとのことですが、どのような点に興味を持たれたのでしょうか?
河村竜也 最初、KDDIさんとはVRなど最新のテクノロジーと演劇の可能性についてブレストさせていただいたんです。そこで出てきたさまざまな技術にまず関心を持ちましたし、豊岡という場所を世界に向けて発信するうえで、また来春開校する芸術文化観光専門職大学にとっても、今後テクノロジーが何がしかの役割を果たすだろうなと思っていました。その中で、現時点でできる一番身近な技術は2Dのマルチアングルだったのと、ユーザーが観たいものを観たいときに観られる、その感覚を1回味わってみたいという思いもあり、マルチアングル動画をKDDIさんと進めてきたという感じですね。
──山内さん、島田さん、井上さんは「眠れない夜なんてない」に出演されましたが、マルチアングル動画として配信されるということで、何か意識されたことはありますか?
島田曜蔵 撮り直しはないと言われたので、とにかく間違えないってことですね!
一同 あははは!
──皆さんは普段、ご自分が出演された舞台を映像で観ることはあるのでしょうか?
河村 編集によほどこだわって撮ったものとか、販売を目的にした映像だったらじっくり観ますが、記録映像程度のものはパッと観て終わりくらいの感じですね。
島田 恥ずかしいので、僕は基本的にあまり観ないです。たまに観ると、青年団の場合はお客さんを入れずに撮影するので、演技の“間”が詰まってていいなと思います。でも青年団以外の、お客さんがいる状態で撮った映像は、どうしてもウケたりすると間が伸びたりすることがあって、反省してしまうのであんまり観ないですね。
──今回、マルチアングル動画でご覧いただきましたが、いかがでしたか?
山内健司 青年団の映像としては、お客さんが入っている状態で撮られているということが面白いですよね。いつもは「今日は撮影の日!」って感じで、そういう力の入れ方が習慣としてあるんですけど、今回は知らないうちに“撮られちゃった!”みたいな気持ちです(笑)。
井上みなみ 青年団は同時多発もあるし、実際の上演でも、本筋とちょっと外れたところを観ているお客さんがいる感じがするので、今回のようにカメラが4台あって、引きだったり、少し寄りだったりで観られるのは面白かったです。
画面切り替えがスムーズ!
──今回のマルチアングル動画配信では、上手と下手にそれぞれ、引きと寄りのカメラが配置されました。カメラの位置について、青年団さんから何か希望は出されたのでしょうか?
河村 今回に関しては、そういったクリエイティブな部分では細かい希望を出していません。もっと寄ってるカットがあってもいいのではと思うところもありましたが、それをやってしまうとマルチアングルにしていることに対して恣意的すぎる気もしたので、今回のようなカット割りで良かったんじゃないかと思います。
井上 ただ私も山内さんも、観ながらやっぱり(ピンチアウトの仕草をして)俳優の顔にズームしようとしてしまいました(笑)。もっと大画面だったらズームにしようと思わなかった気がするんですけど、スマホだからこそ、もっと手元で変えたいって前のめりになってしまって。でもそれだけ観たい気持ちがかき立てられたんじゃないかなって。
河村 確かにそうだよね。というのも、思ったよりスマホでの操作感がスムーズだったことと関係があるかもしれない。
島田 僕は特典映像として、舞台奥から客席を映すような、「このアングルにいくか!」みたいなすごいアングルもあっても良かったかなって。例えば舞台袖で緊張している俳優の背中が見えるとか。“俳優からはこう見えています”というようなアングルもあっても面白いかなと思いました。
山内 それはいいですね。
──4画面、どんなふうに切り替えながらご覧になりましたか?
山内 最初は操作感が面白くてどんどん切り替えて遊んでいましたが、なんだかんだ言って固定になりましたね。俳優の出ハケがあるときはどう見えるのか気になって、パパっと切り替えて見たり。あと自分が知ってる芝居だからということもありますが、自分が舞台上で見えない角度のときにそれぞれの役者のリアクションがどうなってるのかは、お楽しみとして確認しました(笑)。
井上 私は基本的に寄りめの2つの画面を見ました。あと山内さんが言ったように、人が出てくる音がしたときには、そのちょっと前のタイミングで引きの画面に切り替えて、どう見えるのか確認しましたね。当たり前ですけど、袖から聞いていたり舞台上で見えていたのとは全然違って見えました。島田さんの登場シーンには知らないところがいっぱいあって、「お客さんの笑い声がしてたのはこのせいか」って発見があったり(笑)。
河村 俳優は小屋入りすると、自分のシーン以外は見れなくなりますからね。
島田 僕の役は、最初のほうはピンポイントで後半から出てくるので、まずは飛ばしまくって、自分の出演シーンを確認しました。
一同 あははは!
島田 自分が舞台上で頭を抱えているシーンでは、実際に何が行われてるか全然知らなかったので、それが観られて良かったです。アングルの切り替えがすごくスムーズなのでやたらと変えてしまったんですけど、パパッて切り替わるのでびっくりしました。あとさっき、「もっと違うアングルから観られたら」って言ったけど、よく考えたらうちは演出家がわざと背中でしゃべらせる演出をしてるわけじゃないですか。お客さんとしては背中を向けてる俳優の、そのときの表情が見たいって思うかもしれないけど、やっぱりそこまで踏み込んじゃうのは、ダメかもしれないなって。
河村 それはあるよね。僕は今回の「眠れない夜なんてない」には出演してないので、みんなとちょっと違う気持ちでしたが、マルチアングル動画で観ると編集しているような気分が味わえるなって。「こういうカット割りにすると、作品の文脈が違って見えるな」というような感覚がありました。またマルチアングル動画の先に、今後はVRなどでお客さんも舞台上に上がっているような感覚になれる仕組みもできてくると思いますが、そうなったとき、舞台上にいる俳優はたぶん、今まで感じたことがない世界を体験することになるし、新たに倫理的な問題が生まれてくるかもしれない。これからどういう世界になっていくのかなってことが気になりました。
──「眠れない夜なんてない」の舞台はマレーシアの高原にある日本人向けコテージ型高級リゾートホテルのロビーです。連続する3つのステージにはそれぞれテーブルとソファが置かれており、それぞれのテーブルで、定年により移住してきた人、ホテルに引きこもっている人、日本を離脱してきた人たちが、自身の家族や友人達とさまざまな会話を繰り広げます。複数のエピソードが同時多発しますが、今回マルチアングル動画でご覧いただいて、作品の印象が変わったところはありますか?
山内 画像がきれいなので、情報量が多いですね。舞台上で観ている以上に観たいところが観られる、それは間違いないと思います。
河村 僕も情報量の多さについては感じました。逆に人間の目の不確かさ、不確実さみたいなものも感じましたね。人間の目の視神経って100万本くらいしかないから、画素で言うと100万画素くらいしかないと以前本で読んだんですけど、確かに見えているところ以外は脳が補正して見てるから、実際はすごく情報にムラがある。でも山内さんがおっしゃったように、今回は均質な情報量が画面の中にグッと詰まってるから感じ方が全然違うし、実際に生で観るよりもすごくきれいに観えるなと思いました。
山内 目とカメラの違いだよね。
島田 僕もきれいだなって印象が強かったですね。そのうえで、やっぱりもうちょっといろいろなアングルで見られれば、と感じました。
井上 確かに第一印象として、光やセット、人や衣装がすごくきれいで美しいです。特に人が多く出ているシーンだと、すごくきれいな色で。もちろん演技も観てるんだけど、絵としての印象が強いかなと。映画としての画でなくて、絵画のような印象を持ちました。
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マルチアングル動画に向いている青年団作品は?
2020年11月20日更新