ステージナタリー Power Push - コドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」
谷川俊太郎×岩井秀人
言葉のほどき方を谷川俊太郎に習う
フィクションか、自己表現か
──谷川さんはライブで観客を前に朗読されることもありますが、例えば“朗読のための詩”というようなカテゴリーが、ご自身の作品の中にあるのでしょうか?
谷川 カテゴリーっていうほど大げさではないけれど、これは活字で読んでもらうより声に出して読むのを聞いてもらうほうがいいなと思って書いたものはありますね。そういうのは、だいたいひらがな表記が多くなります。
──例えば「ののはな」のような詩ですか?
谷川 いや、あの「ことばあそびうた」(福音館書店)としてまとめたものはもっとシリアスな目的でやったんですよ。日本語の現代詩には音韻を生かす方法が全然ないと思っていて、「日本の現代詩をどうにかしなきゃ!」っていうようなさ、高尚な考えでやったものなんですよ。ただ、人前で表現するってことでいうと、今、三島の大岡信ことば館っていうところで僕の展覧会(「谷川俊太郎展・本当の事を云おうか・」)をやってくれてて、そこで映像作家の楠かつのりくんと完全にアドリブで作ったビデオ作品があるんですが、それが僕としては、人に観せられるノンセンスものとしては一番気に入ってます。例えば僕が机やドアや地球になって、その僕に楠くんがインタビューするんです。
岩井 ほおー!
谷川 一番気に入ったのはね、5歳で人殺しをした男へのインタビュー。僕がものすごく暗い感じでさ、「俺は5歳で人殺してるからよう……」みたいに語るのね。
岩井 あははは!
谷川 全部アドリブでやったんです、みんなウケてた(笑)。すごく気に入ってて、今でもやりたいくらい。
岩井 やりますか?(笑) 僕、母親が臨床心理士でカウンセラーのようなことをやってるんですけど、母から聞いた話で、自分のことを自分としては話せないけど、他人のふりをしたら話せるってことがあるそうで。例えば人を殺した気持ちを、自分としては語れないけど、5歳で人殺しした男っていう設定なら克明に言える、とか。
谷川 僕、詩はほとんどそうやって書いてきてますね。生の自分というのは底のほうには流れてるんだけど、子供になったり女になったり赤ん坊になったりして書いているから。みんな詩は自己表現だとか言ってるけど、僕にとって詩はフィクションだと、最初からそう思ってるんです。
岩井 そっかあ、僕は両方な気もしますけど……。
谷川 もちろん底のほうにはありますよ、自己表現も。ただ僕、全然ドラマがない人間で。割と幸福に生きてきたからそんなドラマチックに悩んだこともないし。だから一生懸命、詩の中でドラマを作ってるんですよね。
岩井 比較で、ですけど、僕はドラマが多いというか、父親とものすごく軋轢があった家なので、それはそれでモチーフに事欠かずに来れたということはあるんですけど。
谷川 映像で観させていただいた岩井さんの「夫婦」も、ある程度体験に基づいて書かれた作品じゃないかと思いました。
岩井 そうです。ただ、そのモチーフであった父が昨年亡くなって、そのことを台本に書いてしまったので、これからもまた自分の身の周りのことだけを書き続けていくのはすごくいびつなような気がしていて……。と同時に、他の人の面白い経験を聞いて、それを作品化してみんなと共有したいと思う気持ちもあって。あの、“二十歳過ぎから不倫しかしないで30代中盤まで来ちゃって、気づいたら不倫相手からお金とかもらうようになってて、そのお金でより高みに行くためにセックス教室に通った”っていう人がいたんですけど。
谷川 えー、面白いじゃん!
岩井 ええ、すごく面白くて(笑)。その人の話をそのまま書いたらそれが岸田國士戯曲賞を獲りました。
谷川 へえ、そうなんだ!(笑)
宇宙でアイデンティファイする
岩井 あの、何かの詩を読んだときに、時間の感覚っていうか……なんか、あるところから見たら地球の時の流れってちゃーっと進んで日が昇って暮れて、働いたりご飯食べたり寝たり、高速でしてるじゃないですか。でも同時にチッチッチッっていう遅々として進まない時間の中でも生きていて、その両方を同じ作品の中で描いているみたいな感じがして。そんな詩を書いちゃう谷川さんに、実はちょっと会いたくなかったんです。
谷川 えっ? 僕の話ですか?
岩井 そうです。文章でしか表せないことってなんだろうって、考えたことはあったけど全然見当がつかなくて、でも谷川さんのある詩を読んだときに、谷川さんがちょっとおかしな能力を持ってる人なんじゃないかと思って。
谷川 (笑)僕は最初の詩集が「二十億光年の孤独」(「二十億光年の孤独」に所収、創元社)っていうんですね。17、18歳のときに、自分が今いる座標はどこだろうと、すごく気になって書いたんだけど。
岩井 どうしてそんなことが気になったんですか?
谷川 だってほら兄弟いないし、まだ世間に出てないし、これから食っていかなきゃいけないわけじゃないですか。自分は一体どこにいてこれからどうすればいいのかっていうのが、思春期の悩みとしてあるわけですよ。具体的にどう稼ぐのかとか。
岩井 はい。
谷川 そのときに、今自分がどこにいるのかってことを考えると、自分は東京にいて、日本にいて、アジアにいて、地球上にいて、さらに地球は太陽系の惑星で大きな宇宙があって……と広がったわけね。そんな宇宙の中の人間の1人、という意識から僕は出発していて。だから社会内の関係よりも、宇宙内の生き物の関係のほうが問題というか。
岩井 広いですね。
谷川 まあ苦労がなかったからそんなこと言えてるわけですけどね(笑)。10代後半から20代前半はラジオドラマで結構稼いだんですけど、当時一番感動していた、西部劇まがいを書いたりして。
岩井 西部劇ってだいたい復讐のイメージですけど。
谷川 僕は人間関係のドラマとしては見てなくて。ビリー・ザ・キッドは人を殺してるんじゃなくて、宇宙に向かって拳銃を撃ってるんだって意識だったんですよね。
岩井 え、どういうことですか?
谷川 ビリー・ザ・キッドは人を殺してはいるけど、社会内関係で殺してるんじゃなく、自分は1人しかいないと、つまり宇宙の真っ只中に1人の人間がいる証として、自分と宇宙の関係で自分をアイデンティファイするために銃を撃ってるんだ、って思ってたらしいんですよ、今考えると。
岩井 はあー。その考え、面白いなあ!
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コドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」
2017年2月18日(土)~3月12日(日)
東京都 東京芸術劇場 シアターウエスト
原案:こどもたち
つくってでる人:岩井秀人、森山未來、前野健太
そもそもこんな企画どうだろうと思った人:野田秀樹
谷川俊太郎(タニカワシュンタロウ)
1931年東京生まれ。詩人。1952年に第1詩集「二十億光年の孤独」を刊行。1962年「月火水木金土日の歌」で第4回日本レコード大賞作詞賞、1975年「マザー・グースのうた」で日本翻訳文化賞、1982年「日々の地図」で第34回読売文学賞、1993年「世間知ラズ」で第1回萩原朔太郎賞、2010年「トロムソコラージュ」で第1回鮎川信夫賞など、受賞・著書多数。詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表。近年では、詩を釣るiPhoneアプリ「谷川」や、郵便で詩を送る「ポエメール」など、詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している。
岩井秀人(イワイヒデト)
1974年東京生まれ。劇作家、演出家、俳優。2003年にハイバイを結成。2007年より青年団演出部に所属。東京であり東京でない小金井の持つ「大衆の流行やムーブメントを憧れつつ引いて眺める目線」を武器に、家族、引きこもり、集団と個人、個人の自意識の渦、等々についての描写を続けている劇団ハイバイの主宰。2012年にNHKBSプレミアムドラマ「生むと生まれるそれからのこと」で第30回向田邦子賞、2013年「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。代表作に「ヒッキー・カンクーントルネード」「おねがい放課後」「て」。
2017年2月15日更新