二山治雄の“今しか観られない”「星の王子さま」がホクト文化ホール開館40周年を飾る、池上直子が作品に込めた思いとは?

長野県長野市にあるホクト文化ホール(長野県県民文化会館)が、今年で開館40周年を迎えた。それを記念して、6月3・4日に同ホールにて、長野県出身の世界的なバレエダンサー・二山治雄を主演に迎えたDance Marché「星の王子さま」が上演される。

長野県内最大規模の多目的ホールを有する劇場として、県民に豊かな芸術体験を提供してきたホクト文化ホールでは、オーストリア共和国のウィーン楽友会館と姉妹提携事業を行うなど、音楽公演が多く上演されている。このたび、40周年の節目に“芝居もの”を届けたいというチャレンジングな思いから、昨年4月に東京、同年9月に高知で上演されたDance Marché「星の王子さま」の長野凱旋公演を上演する運びとなった。

ステージナタリーでは、17歳でローザンヌ国際バレエコンクールにて第1位を獲得し、現在は日本を拠点に活動する二山と、ドラマ性を重視した創作で知られるコンテンポラリーダンスカンパニー・Dance Marchéを主宰し、本作の振付・構成・演出を手がける池上直子の対談を実施。今の二山だから作ることができたという「星の王子さま」への思い、公演に向けた期待をそれぞれが語った。

取材・文 / 大滝知里撮影 / 宮川舞子

二山治雄の“危うさ”が匂い立つ「星の王子さま」

──1943年に初版されたサン・テグジュペリ作の「星の王子さま」は、世界で読み継がれる名作ですが、なぜこの作品をバレエで表現しようと思われたのですか?

池上直子 今までも「Carmen カルメン」(2019年)や「牡丹灯篭」(2020年)、「オペラ座の怪人『Phantom ファントム』」(2021年)など、いろいろな物語を舞踊化してきたのですが、「星の王子さま」に特別な思い入れがあるかと言われると、実はそうでもないんです(笑)。「星の王子さま」は、いくつかある私がやりたい題材の1つでした。演劇公演などでは、女の子が王子さま役を演じることが多いのですが、私の中には男性のイメージがあって。二山くんは中性的で、大人びているけど少年っぽさも残した、良い意味での“危うさ”がある。まさに私が想像する王子さま像にぴったりで、“彼ありき”で作品がスタートしました。

──二山さんが内包する“危うさ”が、孤独を抱えながら旅をする王子さまの姿と重なるということですか?

池上 そうですね。彼のバレエを観ていると、醸し出す雰囲気や所作、踊りの終わり方などがとても丁寧で、何を大事に踊るかという、踊りに対する姿勢がとても繊細に感じられるんです。身体の線の細さや表現の上品さも関係していると思いますが、そういった性質って裏を返せば、ちょっと崩したらポロッと壊れてしまうような“危うさ”がある。何かが壊れたときに出てくる表情や間の使い方が、王子さまが子供から大人になる過程にのぞくと、面白いのではないかなと。

二山治雄 ふふふ(笑)。

池上 今作ではそういう意味で、“おとな子供”という造語をキーワードに、“おとな子供になる王子さま”の物語を目指して創作しました。

左から二山治雄、池上直子。

左から二山治雄、池上直子。

──二山さんはローザンヌ国際バレエコンクールで優勝され、ワシントン・バレエ団スタジオカンパニー、パリ・オペラ座バレエ団の契約団員を経て現在に至るという、クラシックバレエダンサーとして輝かしい経験を積まれていますが、昨年、コンテンポラリーダンスの手法を取り入れた「星の王子さま」に挑戦されて、どんな手応えがありましたか?

二山 当初はやはりジャンルの違う踊りに慣れない感じがしました(笑)。コンテンポラリーの動きを使って自分をどう表現するかという難しさもありましたし、バレエ公演では、主役はお客さんの拍手をもらって、一旦区切りがあって、ステージに出たり、はけたりするのですが、1時間半くらい出ずっぱりでストーリーを紡ぐという経験は初めてで。それは本当に大変でしたね。でもだからこそ達成感もありましたし、何より、型を踏襲していくクラシックバレエとは違って、新作で一から積み上げていくという作品作りが新鮮で、毎回発見があり、楽しかったです。これまでとは違う自分を見つけられたと思います。

──世界中で読まれている「星の王子さま」の王子さまは、読み手に“他者と自分の関係”や“心の声”を内省させるような、深みのある役ですが、どのようなアプローチで役作りをされたのでしょうか?

二山 実はオファーを受けるまで、「星の王子さま」は挿絵を知っているくらいで、物語についてはよく知らなかったんです。実際に本を読んでみて、2カ月間のリハーサルをみっちりと重ねながら、“自分なりの王子さまを演じたい”という気持ちになりました。いつも役に成り切ろうと役作りをしていますが、例えば「ドン・キホーテ」のバジル役は観る人にとっても“こういう役だ”という共通認識が頭のどこかにあると思うんです。でも、「星の王子さま」では物語のメッセージをどう受け取るかは人それぞれで、王子さま役に何となくイメージはあっても、明確な性格などはわからないし、いろいろなところが不透明なんじゃないかと。だからこそ、役にハメすぎず、自分を出しても良いのかなと考えました。自分の素を見せたほうが、お客さんにも物語が伝わりやすいと思ったんです。振りをいただいてから、自分で解釈するということを大切にしました。

池上 そういうリアルさが、彼が今回の物語にマッチするところでもあると思います。東京公演では、配役がすごく良いと言われたんですよ(笑)。5年後、10年後に二山くんがこの役を踊れるかというと、体力・技術的には問題ないだろうけど、経験や年齢を重ねて失ってしまうものもある。今、この瞬間の二山くんだから、ビンゴにハマったという感覚はありました。舞台での踊りには、目には見えなくてもお客さんが感じ取る何かが必ずあると思うんです。今回、1度この作品を踊った彼が、これから通し稽古を経てどのように変化するかを見つつ、わざと自由にさせているところがあります。

二山 お客さんも原作をあえて読んで観に来る必要はなくて、いろいろな王子さまがいて良いし、正解は1つではないと思っています。その中でお客さんに刺さるような人物が演じられたら良いなと。

二山治雄

二山治雄

戦争の影、王子さまの分身でファンタジックな劇世界をリアルに

──原作の「星の王子さま」では、毎日のルーティンをこなす王子さまが、ある日、心のよりどころであるバラとけんかをして星を飛び出してしまい、たくさんの星を巡る中でさまざまな出会いを得る様子が、対話で紡がれます。

池上 これは愛と成長の物語ですが、今回、裏テーマを“喪失”としています。子供だった男の子(王子さま)がバラを失ったことから旅に出て、大人になっていく過程を描くのですが、創作に着手した頃にちょうどウクライナ・ロシア戦争が始まり、突然“日常が取られてしまう”ことについてすごく考えたんです。「星の王子さま」はファンタジーに寄りすぎてしまうところがありますが、現実にある恐怖や違和感、苦悩といった「うっ」となる“重さ”を取り込んだほうが、物語が持つメッセージ性を浮き立たせることができるのではないかと。そこで、戦争のシーンを入れたり、空に自由を求めてパイロットになる男の経緯を描いたりして、喪失感を所々で感じられるようにしました。東京公演から1年が経つ長野公演では、今の戦争をどう感じているか、ダンサーたちと話してシーンをブラッシュアップし、名作「星の王子さま」を今の時代とどうリンクさせていこうかと試行錯誤しています。

二山 稽古場で振りをいただくときに、直子さんは振りと一緒にセリフも考えてくれるんです。そのセリフを言いながら踊ると僕の中でもイメージが広がりやすくて。今回も東京公演に続いて生演奏で上演しますが、舞台は総合芸術なので、音のアクセントや弾き方1つで、悲しさや楽しさの表現が変わります。それは踊りも一緒で、バラに対してテクニックだけでなく、どう対峙するかという表現が必要になるので、1つひとつの細かいことを大事に作っているところです。

池上 あと、王子さまの分身が3人出てくるのですが、それは旅をしている間、友達がいない王子さまは独り言を言うだろうという空想から生まれました(笑)。分身たちは王子さまが持つ多様な性格を表現したり、過去を回想するシーンで王子さまの頭の中のイメージを具現化したりする役割で、王子さまの表現の幅が広がるような演出にしています。

池上直子

池上直子

──では、長野公演で新しくなる部分は?

池上 基本的な構成は変わらないのですが、お客さんがより物語に没頭できるように、場面転換での照明や道具の使い方、シーンのつなぎの演出を練っています。出演するダンサーがガラリと変わるので振りも作り直していますし、東京公演と比べるとステージの広さが倍になるので、埋めなきゃいけない空間やできることも増えて。楽しいよね?

二山 はい(笑)。新鮮ですね。踊りのシーンでは前回より大変なところもありますけど。

──パイロット役が元新国立劇場バレエ団の宝満直也さんから、Co.山田うん / 加藤みや子ダンススペースカンパニーの木原浩太さんに変わりますが、そういう点でも雰囲気が変わりそうです。

池上 今は振り移しの段階なので、二山くんとパイロットの掛け合いもこれからどんどん変わるはずです。コンテンポラリーにはリアルさが必要で、“役に成る、そこに居る、物語の中に存在する”には、通し稽古を重ねていくしかないと思っているので、楽しみです。

二山 僕はテクニックをさらに向上させて、前回「もっとできただろう」と感じた部分をプラスアルファでお見せできたらなと。あと、僕自身は地元で踊る機会が少ないので、特別な思いがあります。白鳥バレエ学園の発表会には毎年出させていただいていますが、教室の発表会では助教師として生徒さんたちのケアをしなければという気持ちが立場的にありまして。今回は、教室の生徒さんたちやお世話になっている方々、身内が観に来てくれるので、皆さんからいつもいただいている応援や支援に、舞台人として恩返しができればなと思っています。

──ホクト文化ホールは長野県内に3つある県立文化会館の最初の館として1983年に開館し、今年で開館40周年を迎えます。その周年を祝う公演となりますが、二山さんにとってホクト文化ホールはどのような劇場ですか?

二山 学生の頃からずっとお世話になってきました。ホクトさんの記念すべき年に自分が携われて感謝の気持ちでいっぱいですが、長野県出身の活躍されているアーティストはたくさんいるのに、僕で良いのかな?って(笑)。でも、こうして帰って来られることはとてもうれしいです。ホクトさんをはじめ、長野県には設備が整っている劇場がたくさんあって、そういう環境の中で踊らせていただけるダンサーは幸せだなと思いますが、東京と違って、地元のお客さんが劇場に行く機会は少なくて。この公演をきっかけに舞台やコンサートを身近に感じて、劇場にもっと足を運んでいただきたいですし、僕が出演することによって県外からのお客さんが長野県で観光を楽しんでもらえたらなと思います……壮大な話になっちゃった(笑)。

池上 あはは(笑)。ダンス公演って1度きりで終わることが多いのですが、東京、高知、長野と3回も機会をいただいて、作品が成長していく様子を観ていただけるのは、本当にありがたいですね。