抽象画であり具象画でもあるのが「SMOKE」の面白さ
──連作詩「烏瞰図(うかんず)詩第15号」の作者・李箱は、日本の植民地だった朝鮮で作家・詩人として活躍しますが、満26歳のときに東京で亡くなっています。彼の詩と人生にインスパイアされて生まれた「SMOKE」には抽象的なやり取りが多く、一筋縄ではいかない印象があります。しかしその難しさにもかかわらず、この作品には“愛煙家”と呼ばれる熱いファンの方がたくさんいらっしゃいますね。「SMOKE」のどこが、それほどまでに観客を惹きつけているのだと思いますか?
内海 稽古していて、心に刺さる言葉が毎日違います。出演者の組み合わせや、自分の心境によっても感じ方が変わると思うんですよね。条件や観る人によってさまざまな捉え方ができる、言葉の奥深さが魅力ではないでしょうか。
大山 音楽も素敵ですよね。韓国にはキリスト教徒の方が多いそうですが、この作品の音楽にはところどころに、教会音楽のような神聖なイメージの音が使われていて、心が洗われます。あと「SMOKE」には、感情のレベルが0か100のどちらかしかない。脚本を書いたチュ・ジョンファさんもおっしゃっていましたが、感情が100に上がったらずっと100のまま沸騰し続けます。そういう爆発力を目の前で体感できることって、なかなかありませんよね。
木村 この作品では歴史的な背景がはっきり説明されるわけではないけど、土台に1930年代の日本と韓国の関係があります。劇中には、自分でコントロールできないことについての葛藤が描かれていて、そこがお客様の心に響くのかなと。今はコロナ禍だし、余計に皆さんの気持ちとリンクしそうです。
池田 お客様の数だけ解釈があるよね。「SMOKE」の物語は、巧みな抽象画のように描かれていると同時に、具象画としても成立する絵画のようだと思うんです。李箱の詩や韓国の歴史について詳しくなくても「良いな」と思えるのは、どんな角度から観ても面白さが伝わるように作られているからですよね。歴史的背景や登場人物の心情変化についてはあまり説明がないから不親切かもしれないけど(笑)、お客様は喰らい付いてきてくださるし、最後はみんなでカタルシスを迎えられるのが良いなと思います。
伊藤 僕も「わからないからこそ気になるだろうな」と思う。お客様もキャストの僕らと同じように、帰り道で「あのシーンはもしかして、ああいうこと?」とか考えてくれるんじゃないかな。それに愛煙家の方々が繰り返し舞台を観てくださる中で、キャストの組み合わせや僕たち自身の演技も変わってくる。観るたびに新鮮で、異なる解釈が生まれるのが面白いと思います。
考えるな、感じろ!エネルギーの豪速球が飛んでくる韓国ミュージカル
──皆さんはこれまでに数々の舞台作品に出演されています。「SMOKE」について韓国のミュージカルならではだと思う特徴はありますか?
木村 エネルギーかな。以前、「パルレ」という韓国ミュージカルで、韓国人の演出家の方に「全部淡々として聞こえる。もっとエネルギーを出して」とご指導をいただきました。「SMOKE」も熱い作品なので、きれいに歌ったり、型通りに演じたりしていては通用しないなと。
内海 エネルギーといえば、「SMOKE」の楽曲を韓国語で聞いたとき、小節の頭がすごく強いのが印象的でした。歌唱指導の福井小百合さんもおっしゃっていましたが、ファーストノートの強さに役のエネルギーが表れていると思います。
池田 韓国の作品には、一番感動的なシーンに向かってどう流れを作っていくかという逆算がある気がします。ストーリーのつじつまより、俳優が発する強い感情やドラマチックな歌唱で観客を感動させよう、という感じで。ちょっと歌舞伎っぽい気もしますね。
伊藤 日本だと、けっこうみんなつじつまを気にしますよね。
池田 そうだよね。でも「SMOKE」は、つじつまを合わせてパワーが減るならそのままのほうが良い!みたいな。
伊藤 確かに「説明不足なんて関係ない!」と進む熱量と突破力があります。日本の作品との違いを一番感じるのはそこかな。
大山 「Don't think! Feel.」ですよね。俺は韓国ミュージカルを「SMOKE」しかやったことがないですが、セリフを豪速球で飛ばし合うのが特徴的だなと感じています。
──観劇していても、会話のキャッチボールというよりドッジボールをしているようだと感じる場面があります。
大山 そうなんです、カッチカチのボールを「うわあー!」って投げ合うような感覚が独特だなと。
伊藤 ボールを取っても次の瞬間に「玉、もう1個あるんだよ!」って飛んでくるよね。
一同 あははは!
「私はただの芸術家」という言葉で、すべてが溶け合う
──詩をモチーフにした「SMOKE」には、「剥製になった天才」「煙になってこの世界を抜け出せたら」など、印象的な歌詞やセリフが多数登場します。特に皆さんの心に刺さった言葉を教えてください。
伊藤 僕は「きっと大地が砕け散る」というフレーズが好きです。自分と大地がぶつかっても、自分ではなく大地が砕けるという力強さが良い。
木村 私は最後のほうで紅が言う、「だってあなたは超なんだから」。励ましであり、「あなたはあなたのままで良いんだ」と存在を認めるような、愛を感じる言葉です。
大山 俺は、超の「俺たちは本当に書けるだろうか、誰もが理解できるような作品を、文章を」に対して、海が「書き続けよう。理解されようがされまいが、それは僕たちの分身で、それが僕たちの進むべき道で、それが僕たちの文章なら、僕たちだけでもそれを愛してあげよう」と答えるところです。「SMOKE」は海がこのセリフに到達するまでの物語だと思うんです。個人的には俺も最近「どんな生き方をしても他人には関係ない。俺は俺」だと考えられるようになってきていて。だからこの「書き続けよう」の強さが好きですね。
内海 僕が良いなと思ったのは、海の「言葉というものは心から取り出した途端に腐り始める。だから一気に書くのです。私の言いたい言葉が果てしなく湧き出てくるのに句読点を付けている余裕なんてありません」。初めは「カッコよすぎて言えない!」と思いましたけど(笑)、「句読点を付けている余裕なんてない」って、感情が絶頂にあるときの感覚ですよね。それほど強い思いに駆られて詩を書いているんだと考えたら、グッときました。……今僕が語ったこの熱量、まさに句読点が付いていなかったんじゃないでしょうか。
一同 あははは!
池田 私は最後のナンバーに出てくる「私は女でも男でもない。私はただの芸術家」だな。愛を感じるし、許された気分になる歌詞です。紅は全編で“女”の役割を背負っていますが、ここを歌うと「“女”も脱いで良いんだ」と感じる。このセリフで超と海と紅がようやく溶け合うんだなと思いますし、俳優たちやお客様、今立っている劇場とか、全部が溶けていく気がするんです。
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2021年の「SMOKE」は“お焚き上げ”、カタルシスを届けたい