演劇界を20年、30年と走り続けている7人の俳優たちが、2015年に結成した劇団・ゴツプロ!。これまで“男だらけ”の人情喜劇を打ち出してきた彼らが、初の女性キャストに小泉今日子を迎え、新作「向こうの果て」を上演する。また彼らは今回、auスマートパスプレミアムを通じての全公演マルチアングル生配信に挑む。
開幕を1カ月後に控えた3月下旬、ステージナタリーでは、ゴツプロ!主宰の塚原大助、小泉今日子、“竹田新”名義で脚本も手がける演出の山野海にインタビューを実施。稽古を終えたばかりの3人に、それぞれの出会いや舞台にかける思い、下北沢から演劇を発信することへのこだわりについて話を聞いた。
なお特集の後半には、ゴツプロ!メンバーに加え、客演で参加する関口アナン、皆川暢二からのメッセージも掲載している。
取材・文 / 川口聡 インタビュー撮影 / 時永大吾 ヘアメイク / 熊谷波江(株式会社Ange.G)
- ゴツプロ! 第6回公演「向こうの果て」
- 2021年4月23日(金)~5月5日(水・祝)
上演:東京都 本多劇場
生配信:auスマートパスプレミアム -
※2021年4月27日追記:4月25日から5月5日までの有観客公演は、緊急事態宣言の発令を受けて中止になりました。なお無観客で行われる4月28日から30日までの公演では、auスマートパスプレミアムでのマルチアングル生配信が実施されます。
※2021年4月30日追記:緊急事態公演「向こうの果ての果て」が、5月5日にauスマートパスプレミアムにてマルチアングル生配信決定しました。
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プロデューサー:塚原大助
脚本:竹田新
演出:山野海
出演:塚原大助、浜谷康幸、佐藤正和、泉知束、かなやす慶行、渡邊聡、44北川
関口アナン、皆川暢二
小泉今日子演奏:小山豊 ほか
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「向こうの果て」では、本多劇場公演に加え、すべてのキャリアで楽しめるサービス・auスマートパスプレミアムを通じ、全公演をマルチアングル生配信する。同配信では、4種類のアングルを自由に切り替えながら作品を視聴可能だ。劇場でも、配信でも、演劇ならではの臨場感を体験しよう。
塚原大助×小泉今日子×山野海
座談会
“メンバー全員、親戚”みたいな感覚
──ゴツプロ!は、塚原さんをはじめ、劇団ふくふくや所属の浜谷康幸さん、かなやす慶行さん、ブラボーカンパニーの佐藤正和さん、Team Chicaの泉知束さん、44 Produce Unitの44北川さん、そして渡邊聡さんという、演劇界でも映像の世界でも活躍されている7人で結成され、これまでにも竹田さんの脚本、山野さん演出による濃厚な人情喜劇を上演されています。稽古場にはもっとギラギラした雰囲気が漂っているのかな?と想像していましたが、和やかな空気が流れていて驚きました。
塚原大助 稽古しているシーンによっては、もっとギラついている日もありますが、今日は44北川の演技がキレッキレで笑いが起きていました(笑)。
小泉今日子 良い日に取材に来られましたね(笑)。
──シリアスな場面にも笑いがちりばめられていて、見学させていただきながら思わず笑ってしまいました。山野さんの笑い声で、稽古場も活気付いていましたね。
山野海 あははは! すみません、よく「世界で一番笑い声が大きい」と言われるんです(笑)。
──稽古が始まってまだ5日目ですが、すでに立ち稽古に入られているんですね。
山野 ゴツプロ!は毎回、初日に本読みをして、翌日から立ち稽古に入り、頭からラストまである程度芝居を付けていきます。ひとまず最後まで通してみると、役者も役の気持ちの流れがわかっていくんですよね。
塚原 メンバーはこの作り方に慣れていますが、客演の方は大変かもしれないですね。
小泉 私はとてもやりやすいですよ。対話する相手の動きや間合いを探りながらつかんでいけるので。
──あるシーンでは、役者さんたちもアイデアを出されていましたね。
山野 私の見せたい画が決まっていて「絶対にこうしたい!」というときもありますが、「向こうの果て」では、みんなから案をもらうこともけっこうあります。
塚原 今回は特に話し合うことが多いですよね。現在から過去、東京から青森というように、時空がいろいろなところに飛んでいく物語なので。
小泉 演出家にすべてを任せるより、みんなで「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤しながら作っていくのが舞台の醍醐味だと思っていて、役者が思い付いたことをやってみることは演出家にとっても良いことだと思います。
山野 そうですね。あとで要素を減らすことは、いくらでもできるから。
──小泉さんと山野さんの出会いは、山野さんが座長を務める劇団ふくふくやの2010年公演「長い坂のある家」を小泉さんがご覧になったことがきっかけだったそうですね。
小泉 「長い坂のある家」で、ふくふくやを初体験させていただきましたが、昭和のノスタルジックな世界が目の前に広がっていて、すごく面白かったんですね。観劇後に山野さんと飲みに行ったら、私と同い年だとわかり、“同級生あるある”じゃないですけど、何か言うたびに「それ、それ!」みたいに気が合って距離が縮まりました。お互いお酒も強かったし(笑)。
山野 まさに、意気投合しましたね。
小泉 そのあと、2014年に駅前劇場で上演したふくふくやの「フタゴの女」に客演として呼んでいただいて、そのときに(塚原)大助くんとも初めてご一緒しました。
塚原 (小泉)今日子さんが、ふくふくやに出ると聞いたときは「マジか!」と思いました(笑)。僕は竹田新の書く本が好きで、役者人生の大半を山野と過ごし、一生懸命やってきたので、小泉さんに出ていただいたことで「俺の好きなものは、間違ってないんだ」という確信が持てたんです。
小泉 「フタゴの女」の楽屋で、山野さんから「四谷怪談」をモチーフにした「日の本一の大悪党」という作品の構想を聞いて、「私が会社を作るから、1回目の公演にしよう」と話していました。その後、私が株式会社明後日を立ち上げ、プロデュース公演の1作目として「日の本〜」を上演し、それから大助くんにも明後日公演の「後家安とその妹」や映画「ソワレ」に出ていただいて。ゴツプロ!も初演から全部観ているので、もうメンバー全員、親戚みたいな感覚なんですよね(笑)。
一同 (笑)
小泉 私は歌手活動に始まり、演じるお仕事もしてきましたが、どこにも属してこなかったんです。演技の学校を出たわけでもないし、劇団にいたこともなく、割と1人でがんばってきて。そのぶんいろいろな人に巡り会えてきたところもあるんですけど、ふくふくやで初めて劇団というものを経験させていただいて、新鮮だったし、何よりうれしかったんですよね。五十代を目前に、自分で作品をプロデュースしていくとなったとき、ふくふくやでの経験にすごく助けられました。
山野 私、実はこの前、初めて小泉さんに告白したんですよ。
──告白ですか?
小泉 そうそう。お稽古終わりに一緒に車で帰っていたんですが、急に「私さあ、あなたの声、好きなんだよね」って言われて(笑)。
山野 昔からいちファンとして小泉さんの歌声を聴いてきましたからね。「いつか演劇でご一緒したいな」と思っていましたが、まさか自分の劇団に出てもらえることになるとは(笑)。実際に会ってみると、小泉さんはいつでもフラットな感じでいらっしゃって。ふくふくやでも、ゴツプロ!でも、きっと大きな舞台でも、ドラマや映画の現場でも、その立ち居振る舞いは変わらないでしょうし、一緒にいるときは「共に作品を作っている仲間だ」と思わせてくれる。触発もされるし、頼りになります。
小泉 とんでもございません。
律子役は小泉今日子さんしかいない!
──旗揚げからゴツプロ!の作品をご覧になってきた小泉さんは、ゴツプロ!のどのようなところに魅力を感じていらっしゃいますか?
小泉 竹田さんの書く本にはいつも普遍性がありますが、ゴツプロ!では、“芸に取り憑かれた男たち”が一貫して描かれていますよね。そこにこだわりを感じます。あとは、四・五十代の役者たちが不器用ながらも一生懸命に汗を流して、毎回新しいことにチャレンジしている姿が純粋に胸を打つんですよね。
──これまで一貫して“男たちの世界”を打ち出してきたゴツプロ!ですが、今回なぜ女性を登場させようと思われたのでしょう?
山野 何か企画があったわけではなく、まず物語を思い付いて、すぐに冒頭シーンのイメージが浮かびました。2年前、塚原と飲みながら「全員の役を考えようぜ」と話していたのですが、そのときから「律子役は小泉今日子さんしかいない!」と断言していて。小泉さんを想定しながら律子という女性を描いていきました。
小泉 実は私も2年ほど前からそのお話は伺っていて、でも私のタイミングが合わず、今回、満を持して上演できるんです。2年の間に小説化、ドラマ化とプロジェクトが大きくなっていって。ある意味、ここが一番良い公演のタイミングだったんだろうなと思います。
塚原 コロナ禍のこともあって、劇場に足を運ぶことが以前より難しくなった今、マルチアングルでの生配信もあり、ドンピシャなタイミングだったなと思います。
──小泉さんは今回、紅一点でゴツプロ!に飛び込まれる心境はいかがですか?
小泉 これまでの作品も、板の上に立っているのは男性ばかりでしたが、どこかに女の人の存在を感じさせる物語が多かったので、実存として“女”がいるっていうのは、私がお客さんだったら楽しみだなって思うから、がんばらなきゃなと思います。ゴツプロ!をずっと観てきたので、もし初の女性キャストとして別の女優さんが舞台に立っていたら……客席で「チッ」って思ったでしょうね(笑)。
山野 やったー! それはうれしい(笑)。
──昭和の終わりから平成初頭までを舞台にした「向こうの果て」は、小泉さん演じる池松律子が殺人事件を起こすところから物語が始まります。律子への取り調べと、彼女を知る男たちの証言により、徐々に登場人物たちの過去が明らかにされていきますが、山野さんは、どのようなイメージからこの物語を生み出されたのでしょう?
山野 有吉佐和子さんの「悪女について」という小説が子供の頃から好きで、この小説では、主人公の女が謎の死を遂げるところから始まり、記者が彼女と関わった男たちを取材していくうちに、女の像が浮かび上がっていきます。その物語が私の中にすごく残っていたんでしょうね。
──「向こうの果て」で、池松律子は“いくつもの素顔を持つ女”として描かれていますね。
小泉 律子は女のさまざまな特性を持っているキャラクターで、突然怒鳴ったり、男たちにひどいことを言ったりする人ですが、何人もの人格がいるということにはしたくないんです。
山野 そう、多重人格みたいには絶対見せたくないんですよね。
小泉 感情の振り幅を大きくしてしまうと、ステレオタイプな狂人になりかねないので、丁寧に演じていきたいです。
山野 感情の起伏を激しく演じたほうがわかりやすいと思うのですが、そうしてしまうと、お客さんがどういう女なのか、想像する余地がなくなってしまう。でも小泉さんに演じていただくことで、役に余白ができるだろうなと思っています。
──塚原さんは、君塚公平を演じます。稽古ではどのようなお気持ちで小泉さんと対峙されていますか?
塚原 目の前にいる律子に対して、自分が何を感じるのかを大事にしたいので、なるべくフラットな状態でいるようにしています。今日子さんの顔を見ていれば、自然と感情が出てくると思うので、そういった瞬間を大事にしていきたいですね。でも今日子さん、芝居中、急にスイッチを入れてきますよね(笑)。
小泉 そうかと思えば、何も考えてないようなときもあったりね(笑)。
塚原 その落差が激しすぎて!(笑) でも、きっちり決めすぎないというか、その自由さにみんな惹き付けられるんだと思います。
小泉 岩松了さんの作品に参加させていただいたときもそうですが、私は“心ここにあらずで、浮遊している”ような役をいただくことがあって。律子にもそういう部分がある気がします。常にどこかで自分の過去を見つめているような役なので、内面が揺れ動いている感覚を端々で表現できたらいいですね。
塚原 旗揚げからゴツプロ!を応援していただき、演劇人生を後押ししてくださった今日子さんを自分が主宰するゴツプロ!に呼ぶというのは、僕としても、カンパニーとしても、大きなターニングポイントになると思います。
役者・スタッフ・観客のエネルギーが三位一体に
──ゴツプロ!では、第3回公演の「三の糸」で三味線、第4回公演「阿波の音」で阿波踊り、第5回公演「狭間の轍」でソーラン節と、伝統芸能の要素を取り入れ、毎回、劇中に“実演シーン”が用意されているところも見どころです。今作でも津軽三味線や民謡といった要素が物語の根幹に絡んできますね。
山野 「三の糸」で津軽三味線小山流三代目の小山豊さんと知り合って、お話を聞くうちにすごく奥深い世界だということがわかったんですね。「向こうの果て」では“河原乞食”というキーワードも出てきますが、今回も芸事にまつわる業の物語が深く関わってきます。
塚原 小山さんには今回も音楽と三味線の生演奏で参加していただきます。
小泉 異国から日本に入ってきた三味線を瞽女さん(編集注:女性の盲人芸能者を意味する歴史的名称)たちが門付で使うようになって根付いていったというルーツを小山さんからうかがいました。律子の父親は瞽女さんの子供という背景があるのですが、そういう人たちがいたということを今の若い人たちは知らないかもしれない。昭和の頃は、今よりもずっと悲しい生き方を強いられる人たちがいたという事実を物語として残していくことにも意義を感じます。
──本作は、4月8日に幻冬舎から小説版が刊行され、5月14日からはWOWOWでドラマ版が放送・配信されます。原案はあくまで舞台版ですが、舞台ならではの良さはどんなところにありますか?
小泉 演出家のアイデアと役者の技量だけで物語を作り上げるのが舞台の醍醐味ですよね。そこに音響や照明のスタッフワークが加わって、お客さんの目の前で時空を超えていく。そこが舞台ならではの良さかなと。
山野 舞台の良さは、生身の人間がエネルギーを交換するところにあると思っています。役者・スタッフ・観客のエネルギーが三位一体となって、すべてが合致したときが最高の瞬間ですよね。舞台版ではそこを追求したいと思っています。
塚原 生の芝居や生演奏の凄みも含め、演劇のダイナミズムを味わっていただきたいですね。
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今度は自分が誰かのドアを開きたい
2021年5月15日更新