新国立劇場で長塚圭史が続けている「こどもも大人も楽しめるシリーズ」最新作、「モグラが三千あつまって」が7月14日に開幕した。本作は、NHKのディレクターであった武井博の児童文学を長塚の上演台本・演出、近藤良平の振付、阿部海太郎の音楽で音楽劇として立ち上げたもので、モグラとイヌ、ネコたちの命をかけた攻防戦が、あるときはコミカルに、またあるときはシリアスに、わずか4人のキャストによって描かれる。
今回、ステージナタリーでは公演の1週間前に行われたプレビュー公演を、親子で観劇した小島聖にインタビュー。これまでに多数の長塚作品に出演し、新国立劇場作品に縁の深い小島は、本作を通じてどのようなことを感じたのか。また普段親子で観劇する際に意識していることなども教えてくれた。
取材・文 / 熊井玲
観劇のポイントは、子供も自分も観たいもの
──今回、小島さんにはお子さんと一緒に「モグラが三千あつまって」のプレビュー公演をご観劇いただきました。小島さんは、作品にどんな印象をお持ちになりましたか?
圭史くんの「こどもも大人も楽しめるシリーズ」はこれまでも観たことがあって、「音のいない世界で」(2012年)と「イヌビト~犬人~」(2020年)に続き、今作が3本目になります。「モグラが三千あつまって」も、子供に寄りすぎず、大人が観ても“演劇の時間”を楽しめる、いいバランスの作品だなと思いました。
──お子さんの様子はいかがでしたか?
4歳ぐらいから一緒に観劇するようになり、だんだん観劇に慣れてきたこともあるのですが、いつも集中して舞台を観ていて、1回もぐずったことはないです。ただ子供って1回観たものの印象が強烈なようで、「イヌビト~犬人~」を一緒に観たあとは「人間だけどイヌの役をやっている人がいた」「手を使わないで食べてた」とか、ちょっとしたことを覚えていて、よくその話をしていました。今回も観劇後にいろいろと話していました。
──お子さんとよく舞台をご覧になるんですね。
はい。例えば電車で劇団四季などの舞台の広告を見て、子供が「あれが観たい」って言ったら観に行く、ということもあります。
──お子さんからリクエストがあるんですか?
ええ。それで一緒に観たら面白くて、人気があることに納得した、という作品もあります。ただ子供が小さいとまだまだ一緒に観られる作品が少ないし、逆にあまりに子供向けだと私もなかなか行く気にならないですし。
──一方で、舞台好きの親として子供に観せたい作品もありますよね?
あります。例えばこの「こどもも大人も楽しめるシリーズ」は自分も観たいし、子供にも積極的に観せたいと思います。それに、今まで気づかなかったけれど、新国立劇場以外の劇場でも夏休みに向けてキッズプロジェクトをよく組んでいたりします。子供がいるとそういう情報も必然的に入ってくるようになりました。ただチケット代を払うのは私なので(笑)、「こどもも大人も楽しめるシリーズ」のような作品はどんどん増えてほしいなと思うし、機会があれば自分もそういう演劇に出たいなと思います。
──お子さんと一緒に舞台をご覧になるときは、どういったポイントで選びますか?
基本的には本人が観たいと言ったもの。そのうえで、金額的にも内容的にも私が「これなら」と思うものを見つけます。チケット代も決して安くはないですし、観るからには良い席でちゃんと楽しみたい、子供にも楽しんでほしい。子供に「観たくない」って言われてまで連れて行くエネルギーはないですから(笑)。「モグラが三千あつまって」の場合は、実は以前から観たいと思っていたので、「この作品を観たいんだけど、どう思う?」と子供に聞いたところ、子供も「観たい」と言いました。
──「モグラが三千あつまって」は、どういったところがお子さんの興味を引いたのでしょうか?
6月にオペラパレスで新国立劇場バレエ団の「白鳥の湖」を観たとき「モグラが三千あつまって」のチラシをもらって、チラシのイラストを見て面白そうだと思ったようです。あと出演者の富山えり子さんを近所でよく見かけていて、子供もちょっと親近感を感じたのかなと思います(笑)。富山さん、すごく素敵でしたね。私が観劇した日は冒頭の暗転で泣き出した子がいて、子供が泣いた時点で役者さんたちも動揺したと思うんですけど、その後富山さんがセリフを話し出すとき、すごく堂々としていて、爆笑を巻き起こしていたんです。すごいなと思いましたし、ほかの出演者の方たちもとても良かった。若いエネルギーってすごいなと思いました。
──先ほど、「機会があればご自身も子供向けの舞台に」とおっしゃっていましたが……。
はい。でも冒頭で子供が泣きだしたら、頭が真っ白になってきっと自分のセリフがどこかに行っちゃうでしょうね(笑)。客席とやり取りするとか、上演中に子供たちがしゃべり出したりとか……経験がないことですし、芝居しながらもいろいろ気になってしまうかもしれないです(笑)。
演劇で歴史を知り、世の中を知ることの大切さ
──物語は、冒頭の和気藹々とした雰囲気から徐々にシリアスな展開になっていきます。お子さんはどのような様子でしたか?
暗転で泣いちゃった子がいた以外は、ほかの子供たちも静かに観ていました。ただ俳優さんたち4人がモグラ、イヌ、ネコと次々に演じ分けていく中で、特に後半は役が矢継ぎ早に変わっていくので、子供がちょっと混乱したみたいで、「今はイヌ? ネコ?」と聞かれたりしました(笑)。でも最後のほうで、あえてゆっくり「ネコになります」と(ネコの衣裳に)着替えるところなどは、演劇だからこそできる表現だし、そういうところは子供にとっても楽しいのではないかと思います。
──本作ではNHK「ひょっこりひょうたん島」の企画・演出を手がけた武井博さんの児童文学を原作に、長塚さんが上演台本・演出を手掛けられました。南の海に、モグラ族・ネコ族・イヌ族が暮らす3つの島があり、ネコ族とイヌ族はモグラ族からタロイモを盗んでいますが、ある日、モグラ族がネコ族とイヌ族に立ち向かうことになり……。登場人物たちが語る言葉はシンプルですが、生命の尊さや平和への希求、赦しや慈愛など、さまざまな視点が盛り込まれています。
圭史くんが作るものは、子供向けと言っても大人っぽいですよね(笑)。今の世の中を反映したようなお話で、ウクライナとロシアのことが私はすぐ頭に浮かんでしまいましたが、原作がそもそもこういうお話なんですね。これまで、子供との会話ではこういった話をしてこなかったのですが、本作を観て戦争や人が戦うということ、人が死んでしまってかわいそうだなということなどが子供の心のどこかに残っていてくれたら良いなと思いますし、ニュースや学校で戦争について教わるより、演劇で歴史を知り、演劇で今の世の中を見ることは、子供にも私にも良いことだと思うんです。人に言葉で教わるよりも入ってきやすい部分が多かったりすると思うし、演劇にしろ、映画にしろ、美術にしろ、自分で観て感じ、考えることができることは、すごく大切なことだと思います。
──「モグラが三千あつまって」の観劇後には、お子さんと何かお話になりましたか?
「どうだった?」ということは毎回聞くんですけど、今回は「そーよそーよ」っていう歌のことと、モグラたちが床下の空間で楽器を弾いている姿が面白かったということ、あと死んじゃった仲間がいるということが印象に残っていると言っていました。
──大人にとっても、戦いで仲間が亡くなるシーンは衝撃的ですよね。長塚さんも過去のインタビューで、子供のときに原作を読んで、そのシーンが衝撃的だったと話していました。
人の死がまだ身近ではない子供には、作品を通じて死を体験するということもいい経験だと思います。
誰も“置いてけぼり”にしない、間口が広い作品
──ところで小島さんご自身は、子供の頃から舞台を観ていましたか?
いえ、全然記憶にないです。「アニー」が最初かもしれないです。でも今せっかく自分が舞台に関わる仕事をしているし、単純に観客としても芝居を観に行く時間が好きだから、子供にも観せてあげたいなと思います。
──確かにそうですね。また子供が未就学のときは託児サービスを利用することが多いと思いますが、大きくなるにつれて一緒に観られるようになるとまた別の楽しみがあります。
子供がいると演劇を観に行く時間を作るだけでも大変ですが、さらに子供をどこかに預けて……って考えると本当に舞台を観に行けなくて。だからもうちょっと託児が増えてくれると安心だなと思いますし、一方で、未就学だとまだ観られないものもいっぱいあり、実は自分が出ているお芝居もなかなか観てもらえていません。でも子供にも私がどんなことをしてるのかはそろそろ知ってほしいなと思っていて、先日、新国立劇場の「夜明けの寄り鯨」に出演した際は、ゲネプロを観せてもらったんですけれど、静かに観ていました。
──新国立劇場で何度も舞台をご覧になっているから、小島さんのお子さんにとっても、新国立劇場に行くことと舞台を観ることが結びついているのでしょうね。
そうですね。新国立劇場が演劇の場所だ、というイメージがついていると思います。
──また、「こどもも大人も楽しめるシリーズ」を通じて新国立劇場にも“小さなお客さん”が増えているように感じます。作り手や大人の観客にとっても、そのことが刺激になっているのではないでしょうか。
先日、蓬莱竜太さんが作・演出したアンカル「昼下がりの思春期たちは漂う狼のようだ」を観に行ったんですけれど、若いキャストのエネルギーがすごく良いなって思ったんです。終演後に蓬莱さんに素敵だった、ということと、学校の掃除の仕事をしている女性が引きこもりの子供に電話するシーンで泣いたと伝えたところ、蓬莱さんも「作るものが変わってきたんだよね」とおっしゃっていて。若いときは尖った自分の表現を一生懸命突き詰めますが、歳を重ねていろいろな経験が増えることで視野が広がっていくのは良いことだなと。蓬莱さんと圭史くん、私は同い年なんですけど、同世代の人がそうやって素敵なものを作っていることに励まされます。
──最後に、「モグラが三千あつまって」を子供と一緒に観ようか迷っているお父さんやお母さん、あるいは“子供向け”なんじゃないかと思って躊躇している人に向けて、メッセージをお願いします。
少しでも興味がある方は、子供も大人も関係なくぜひ観ていただきたいです。間口の広いお話だと思いますし、役者さんたちも別に子供に向けて演じているわけではなく……というか、圭史くんが作る舞台なのでそうなるはずもなくて(笑)。でも大人も子供も、誰も置いてけぼりにしない、「演劇って良いな」って思える時間が味わえると思うので、ぜひ行ってみてほしいと思います。
プロフィール
小島聖(コジマヒジリ)
1976年、東京都生まれ。1989年にNHK大河ドラマで俳優デビュー、1999年に映画「あつもの」で第54回毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。近年の主な舞台出演作に「ラビット・ホール」「Heisenberg(ハイゼンベルク)」「夜明けの寄り鯨」など。11月に「ビロクシー・ブルース」への出演を控える。