プロデューサーの唐津絵理&山本麦子が語る愛知県芸術劇場「ミニセレ2023」

愛知県芸術劇場 小ホールで繰り広げられる、ミニシアターセレクション「ミニセレ」。毎年気鋭のアーティストやクリエイターと共に、ジャンルを超えた多彩な作品を生み出している。2023年度も魅力的な5作品がラインナップされた。本特集では各作品の見どころや創作過程を、同劇場エグゼクティブプロデューサーの唐津絵理、演劇担当プロデューサーの山本麦子に語ってもらった。なお特集の後半では、「ミニセレ2023」ラインナップに携わるアーティストたちのメッセージを届ける。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 中垣聡

世の中の変化を創作の場でも感じた2022年

──「ミニセレ」は愛知県芸術劇場のプロデューサーたちが、小ホールを会場に「今観てほしい」と感じる選りすぐりの作品を届けるミニシアターセレクションです。今回で9回目となりますが、昨年のインタビュー(参照:唐津絵理と山本麦子が語る、“実験と出会いの場”としての愛知県芸術劇場「ミニセレ2022」)でお二人は、「今なぜこの作品を上演するのか」を常に意識して作品を考えているとお話ししていました。そのような視点から見て、2022年度はどのような1年でしたか?

山本麦子 私個人としては、本当に世の中が刻一刻と変わっていっていることを感じる1年でした。これまでのセオリーや考え方がどんどん更新されていくので、考えなければいけないことが常にたくさんありましたね。新しく生まれてくる課題もたくさんあり、とにかく今は激動だなと。でも2023年度になれば落ち着くということではなく、また新たな課題が生まれるはずなので、まさに今時代が動いているんだなと感じます。

唐津絵理 私もそれはすごく感じます。面白い作品、良い作品を作りたい、お客様に届けたいという思いは変わりませんが、その過程がより重要になってきていることを痛感します。「なぜ今それをやるのか」の説明責任という意味でもですし、新たに作るものであればその創作環境をどうしていくのか。劇場としては、完成した作品をただ選ぶのではなく、劇場がどんな作品を作ろうとしているかをアーティスト任せにせずに共に考えていくことが、重要視されてきている気がします。その一環として、例えば“共催 / 提携”のような枠組みが全国の劇場でもあるわけですが、カンパニーも金銭的なリスクを負うような状況が本当に良いのか?ということを考え始めていたりと、作品を枠組みから問い直さないといけない過渡期になっているなと感じます。

左から唐津絵理、山本麦子。

左から唐津絵理、山本麦子。

踊りの根源的な魅力を味わう、平山素子×笠井叡のデュオ

──「ミニセレ2023」には5作品がラインナップされました。上演順にお伺いしたいのですが、まずは6月に上演される、平山素子×笠井叡「J・S・バッハ 作曲『フーガの技法』を踊る」について教えてください。本作は2021年に「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021」の1プログラム、「エリア50代」(参照:50代のダンサーが奏でる「エリア50代」スタート、小林十市「記憶と現実 違いすぎ」)の1作として上演された平山素子さんのソロ作品をベースに、その発展形として2022年に発表された、平山さんと笠井さんのデュオ作品です。

平山素子×笠井叡「J.S.バッハ作曲『フーガの技法』を踊る」より。©︎大洞博靖

平山素子×笠井叡「J.S.バッハ作曲『フーガの技法』を踊る」より。©︎大洞博靖

唐津 愛知県出身の平山素子さんと三重県出身の笠井叡さんは、以前から愛知県芸術劇場でさまざまな作品を発表してくださっていて、いつか一緒にやってみたいという思いをそれぞれにお持ちだったそうです。平山さんはバレエ出身の方で、バレエに基づいた現代的な踊りで評価の高いダンサーですが、五十代になって改めて身体の違うありようを模索されている印象があります。そこで興味を持ったのが、舞踏家である笠井さんの思想と身体のメソッドでした。一方の笠井さんは、常にものすごい勢いで新作を発表されていて、さまざまなアーティストとのコラボレーションも多数されています。この2人の共演が今の若い世代を鼓舞するようなものになってほしいなと思い、今回のラインナップに入れました。

昨年の上演と今回の一番大きな違いは、これまで高橋悠治さんの音源を使っていたところ、今回は片山柊さんが生演奏されること。片山さんは2021年に来日したイスラエル・ガルバン「春の祭典」(参照:ストラヴィンスキーの楽曲は芸術が生きていることを教えてくれる”、イスラエル・ガルバンが語る「春の祭典」)で知り合った若手のピアニストの方で、第41回ピティナ・ピアノコンペティションでグランプリを獲られました。実はその予選で「フーガの技法」を演奏されているんです。ちなみに愛知のあと、この作品は横浜ではジャズをベースに多彩な活動をしている佐藤浩一さんが演奏されます。

──唐津さん自身はこの作品の魅力をどんなところに感じていますか?

唐津 彼らの踊りは純粋に、2人が持っている身体のきらめきやエネルギー、ここまでの蓄積といったものがスパークし合うものになっています。そこに今回は、バッハの音楽がライブで加わりますので、踊りと音楽、その根源的な魅力を味わうことができるパフォーマンスになると思います。

どの踊りが好き?「パフォーミング・アーツセレクション2023」

──9月は「愛知県芸術劇場×Dance Base Yokohama DaBYパフォーミング・アーツセレクション2023」が上演されます。本シリーズは、唐津さんがアーティスティックディレクターを務める横浜のダンスハウス、Dance Base Yokohama(DaBY)と劇場の共同プロジェクトです。

「DaBYパフォーミングアーツ・セレクション2023」ビジュアル

「DaBYパフォーミングアーツ・セレクション2023」ビジュアル

唐津 Dance Base Yokohamaで創作した作品を愛知県芸術劇場で世界初演するという取り組みを、愛知県芸術劇場とDance Base Yokohamaでは毎年1プロジェクトずつ続けています。作品自体は20、30分程度のコンパクトな作品を組み合わせてオムニバスで見せるもので、作品のラインナップによっていろいろなストーリーが見えてきます。作品のタイプがそれぞれ異なるので、自分はこういう作品が好きだなとか、あんな作品も意外と面白いなとか、自分自身の趣向を再発見できるような企画でもあります。

今回もタイプが異なる3作品が並びました。このシリーズでは初めて海外のコレオグラファーに作品を委嘱しています。チェコの振付家イリ・ポコルニさんはネザーランド・ダンス・シアターの出身で、今や世界中のカンパニーに振付作品を委嘱されている方です。今回は、昨年10月に来日し3週間ほどかけて作った作品をベースに、9月から発表に向けたクリエーションを行います。内容としては、人間と自然のつながりを描いたもので、“命の本質”と言えるものが常に対立する中、心と身体対話をコンセプトとして作られた作品になる予定です。

もう1作は、島地保武さんと環ROYさんの作品で、お二人は2016年に「ありか」(参照:島地保武×環ROY「ありか」開幕、「いつも違う“ありか”に辿り着ければ」)を愛知県芸術劇場で共作しています。「ありか」は2024年1月14日に山形・荘銀タクト鶴岡 大ホール、2月に福岡・北九州芸術劇場 小劇場でも上演予定なのですが、お二人は昨年の夏ごろから今作のミーティングを重ねていて、ダンサーとか音楽家という違いは関係なく、一緒に動いたり、ラップをしたり……という感じになっています。また今回はまだアイデア出しの段階ではありますが、テキストを使用した少し演劇的な作品になるのではないかと思います。

3つ目は柿崎麻莉子さんとアリス・ゴドフリーさんのデュエットです。柿崎さんは「ダンス・セレクション2020」(参照:倉田翠・柿崎麻莉子の作品を上演、愛知県芸術劇場「ダンス・セレクション」本日開幕)にも参加していただきましたが、イスラエルのバットシェバ舞踊団のご出身で、今や世界的に注目を集めるシャロン・エイアールのカンパニー、L-E-V Dance Companyにも所属していました。一方のアリスさんはネザーランド・ダンス・シアターの出身で、2人はL-E-V Dance Companyで知り合い、今回初めて一緒に作品を作ることになりました。近年、不眠症の方が多いということもあり、皆さんに良い眠りを提供できるような作品をイメージされているようです。

──先ほど、3作品を通して「自分はどんな作品が好きなのかとか、どんなタイプの人間なんだろうかということを想像し、発見できるような企画」とご紹介くださいましたが、それぞれのおすすめポイントを教えていただけますか?

唐津 イリ・ポコルニさんの作品は、出演されている方もバレエをベースに持ったダンサーの方が多く、リハーサルディレクターには小㞍健太さんが参加されています。ですので、バレエ作品が好きだけれどもさらにコンテンポラリーなものが観てみたい方におすすめです。また3作品の中で唯一アンサンブル作品なので、群舞でしかできない動きのダイナミズムを感じることができます。島地さんと環さんの作品は、ラップや言葉が豊富なので、演劇や音楽、ラップ、アングラ的なカルチャーが好きな方に観ていただきたいなと思います。柿崎さんとアリスさんは質感が特有な魅力ある身体をお持ちのお二人なので、彼らの身体性でこそのオリジナリティの高いパフォーマンスが観られるのではないかと思います。