鈴木竜×米沢唯×大巻伸嗣で立ち上げる「Rain」
──顔合わせの面白さという点では、来年3月に上演されるDaBYダンスプロジェクト、鈴木竜×米沢唯×大巻伸嗣「Rain」も楽しみです。新国立劇場バレエ団プリンシパルの米沢唯さんがご出演されますね。
唐津 鈴木さんは、私がアーティスティックディレクターを務めるダンスハウス・DaBY(Dance Base Yokohama)のアソシエイトコレオグラファーで、昨年12月には小ホールで愛知県芸術劇場×Danse Base Yokohama DaBY「アソシエイトコレオグラファー 鈴木竜 トリプルビル」(参照:愛知県芸術劇場×DaBYコラボ第1弾は、鈴木竜のトリプルビル)を上演しました。今回はそれとはまた違ったチャレンジをしてもらいたいと思い、フルレングスの作品を作りましょうということになりました。一方、米沢さんは愛知県のご出身で、学生時代には当劇場のプロデュース作品にも複数参加していただいています。2020年6月には久しぶりの故郷への凱旋公演として新国立劇場バレエ団「不思議の国のアリス」で大ホールに立つ予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で公演中止となり、そのことをとても残念がっていたんです。一方で、最近鈴木さんはバレエコンクールでバレエダンサーに小品を振付することが多くなっているので、それでは本格的にバレエダンサーと作品を作ってみたらどうかと考えてお二人にご提案したところ、米沢さんも鈴木さんとぜひご一緒したいということだったので、今回お二人に作品に取り組んでもらうことになりました。
作品のベースとなるモームの「雨」は、コロナによるパンデミックが起きてからいくつか読んだ小説の1つで、伝染病である南の島から移動することができなくなってしまった西洋的理性をもった登場人物たちが、昼夜降り続く雨の中で崩壊していくというお話なんです。この雨を例えば、コロナのような自然災害の象徴とも読み替えることができると思います。それでお二人に「雨」を読んでいただいたところ、面白いと言ってくださって。それで「雨」をベースにクリエーションを始めることになりました。最初はお二人とドラマトゥルクの丹羽青人さん、私たちスタッフとで作品を読んで意見交換を行うところからスタートしました。ただ、ダンス作品なので、物語をトレースするのではなく、作者であるモームの描きたかった人間観にフォーカスして、身体表現だからこその作品にしていきたいと思っています。
そして次にお願いしたのが、現代美術家の大巻さんです。大巻さんは、布を使って空間が揺れる「Liminal Air」といった作品が有名ですが、大巻さんの美術の存在する空間に入ると身体が強く反応をする感じが分かります。2019年にはエラ・ホチルドさんの「Futuristic Space」に美術で参加されていますが(参照:「横浜ダンスコレクション2019」 エラ・ホチルド×大巻伸嗣「Futuristic Space」)、この作品には鈴木さんも出演されていました。そんなご縁もあり、このプロジェクトに大変興味をもっていただき、先日も劇場下見を行っていただいたばかりです。今回は、いわゆる舞台美術というよりは、モームが描きたかった世界、それを受け取った現代に生きる私たちが考える作品のコンセプトを空間の中で規定することによって、ダンサーの身体に与える影響も作品の重要な要素になると考えています。
──既存の作品ではなく、新たな美術となるのでしょうか?
唐津 作品のコンセプトを空間に落とし込むことによって、舞台美術がパフォーマンス環境を設定するイメージですが、そのためにはどうするのが良いのか、今まさに議論中です。
観客とアーティストそれぞれに「ミニセレ」を通じて感じること
──2022年度の「ミニセレ」は、若手のアーティストにフィーチャーした作品が多いと感じました。お二人のお話を伺っていると、観客に対して「今これを観てほしい」という思いと共に、アーティストに対しても「今これを観せてほしい」という目線を感じました。
山本 確かに2022年度のラインナップは今まで以上に若手が多いと感じます。結果的に、という部分もありますが、コロナによって世界がまさに変わっている現在、今やらなければならないことを作品を作ろうとか、その準備を積極的にしているアーティスト達の作品がラインナップに並んだと思います。また作り手に対しても、「ミニセレ」での出会いが大事だと思っています。1つの作品の中でコラボレーションが生まれて出会うということもありますし、「ミニセレ」にラインナップされることで新たなお客さんとの出会いもあると思います。また観客に対しては、演劇が好きでもダンスに、ダンスが好きでも音楽にというように視野を広げていただくきっかけにしてほしいと思っています。特に25歳以下の方にはU25というかなり格安な料金設定のチケットもありますので、ぜひ気軽に来ていただきたいなと。近年はSNS上で似たような考えの人ばかりが集まってしまいがちです。劇場にはいろいろな人がやって来て、ジャンルや世代が違う人とも接点を持つことができますし、新たな視点や思考の考えるきっかけにもなりますので、ぜひ劇場に来ていただけたらと思います。
唐津 これまでご一緒してきたアーティストの方々とは、関係性の中で次はどういうことをやっていこうかと、常々考えながら仕事をしているのですが、コロナによって、アーティストは「自分がやっている表現はどんなことか」に立ち返るきっかけになっているのではないかと感じています。このような社会情勢の中で作品を作るということは一体どのような社会的責任を負っているのか、そのことに向き合った人のみが今後も活動を続けていけるんじゃないかなと。そのことを、創作活動の中でアーティストと一緒に考えていきたいと思いますし、政治的・社会的なことを作品の中で直接表現しなかったとしても、“今、ここで表現する” ということを意識した作品表現をしてほしいと思っています。また創作した作品の再演を重視していきたいと思っています。アーティストにとっても一度作った作品が再演されたりツアーされたりすれば収益にもなりますし、作品としても強くなっていきますので。ここから生まれたものが、いろいろな意味で進化し、上演を重ねることで育つことができたら良いなと思っています。2022年秋には、2021年のミニセレ「ダンスの系譜学」と「鈴木竜トリプル・ビル」で初演した作品の再演による全国ツアーも計画中です。
改めて“実験の場”としての「ミニセレ」を
──最後に、ダンスの専門家である唐津さんと、演劇の専門家である山本さんが、ジャンル横断が特徴の「ミニセレ」を通じて感じた驚きや発見があれば教えていただけますか?
山本 私自身、ジャンル横断するクリエーションに関わることで、「演劇として大切にしたい部分はここだ」とか「この部分をダンスは大切にしているんだな」と気付かされることがあって、実はアーティストたちにもそういうところがあるんじゃないかと思っています。ジャンルが異なるアーティストがコラボレーションして1つの作品を作るには、まずは共通言語を作り、それぞれが本当に大事だと思っていることを相手に伝えて、自分とは違う部分や共鳴する部分を確かめ合い、自分自身を発見し直しながら、創作していくことになります。そういう研ぎ澄まされた感覚を持っているアーティストたちの挑戦に立ち会えることが、「ミニセレ」の面白さだと思います。
唐津 表現者は実は思っているより、ジャンルにはこだわっていないってことですね。例えば、2018年の「ミニセレ」で、AAF戯曲賞受賞記念公演「シティⅢ」(作:カゲヤマ気象台)(参照:AAF戯曲賞受賞記念公演「シティIII」幕開け、捩子ぴじん「問い、を皆様へ」)の演出をされた振付家・ダンサーの捩子ぴじんさんは、「サウンドパフォーマンス・プラットフォーム2016」(編集注:愛知県芸術劇場が主催する、音の新たな表現にチャレンジする実験的なライブパフォーマンスシリーズ。音の作品や音と文字、身体表現などを交えながら、音に新たなアプローチを試みる)に出ていただいているんですが、そのときは音楽の事業担当から「誰か身体系の人にオファーをしたいんだけれど、音にまつわる作品を作っている身体系の人はいないかな」と相談されて、それで捩子さんを紹介したという経緯があり、AAF戯曲賞の演出へとつながっていきました。また、ラッパーの環ROYさんも、島地保武さんとのパフォーマンス作品「ありか」を製作した後に、ラップでまた別のアプローチをしてみないかとお誘いして、「パフォーミングアーツ・セレクション」に出演していただきました。アーティストって、本人は振付家とか音楽家とか、それほど自分自身を既定していなくて、興味があることならなんでも挑戦してみたいと思っているのではないかな。感覚が研ぎ澄まされているから、自分がピピッと来ることならジャンルに関係なく関わっていくところがある……ということを、「ミニセレ」をやって、より強く感じるようになりました。
──「ミニセレ」は、そういったアーティストの出会いの場、挑戦の場になっているんですね。
唐津 そうかもしれませんね。特に日本の舞台業界は最初から正解や成功が求められてしまうことが多いように感じているので、「実験的なものをやってみて良いよ」という場所があることは重要なことだと思いますし、もともと実験的な小劇場と言ってスタートしたわけですから、「ミニセレ」が少しでもそういった出会いや挑戦の場になれればと思います。
愛知県芸術劇場「ミニセレ2022」ラインナップ
Co.Ruri Mito 2022「ヘッダ・ガーブレル」
2022年6月29日(水)・30日(木)
小ホール
作:ヘンリック・イプセン
翻訳:原千代海
演出・振付:三東瑠璃
出演:三東瑠璃、Co.Ruri Mito
映像出演(予定):森山未來、杉山剛志、中村あさき、宮河愛一郎
第20回AAF戯曲賞受賞記念公演「リンチ(戯曲)」
2022年11月8日(火)~10日(木)
小ホール
戯曲:羽鳥ヨダ嘉郎
共同演出:余越保子、粟津一朗
ヌトミック「ぼんやりブルース」
2022年12月2日(金)・3日(土)
小ホール
構成・演出:音楽:額田大志
出演:朝倉千恵子、鈴木健太、長沼航、額田大志、原田つむぎ、藤瀬のりこ
「ダンスセレクション」
2023年2月11日(土・祝)
小ホール
出演・演目:橋本ロマンス「PAN」、nouses「nous」
DaBYダンスプロジェクト 鈴木竜×米沢唯×大巻伸嗣「Rain」
2023年3月11日(土)・12日(日)
小ホール
演出・振付:鈴木竜
舞台美術:大巻伸嗣
出演:米沢唯 ほか
プロフィール
唐津絵理(カラツエリ)
2010年から2016年まで「あいちトリエンナーレ」キュレーター(パフォーミングアーツ)。2020年よりDaBYアーティスティックディレクター。1993年から愛知芸術文化センターに初の舞踊学芸員として勤務し、現在、愛知県芸術劇場エグゼクティブプロデューサー。著書に「身体の知性」など。
山本麦子(ヤマモトムギコ)
1982年、愛知県名古屋市生まれ。大学卒業後、広告代理店の営業を経て、2014年より愛知県芸術劇場に勤務。現在、企画制作部 演劇担当プロデューサー。