愛知県芸術劇場「ミニセレ2021」藤井明子×山本麦子 プロデューサー対談|新しい価値観を発見できる、ほかでは味わえない体験を劇場で

愛知県芸術劇場のプロデューサーが“いま観てほしい作品”を厳選し、小ホールで上演するミニシアターセレクション、通称「ミニセレ」。同企画の2021年度ラインナップ作品が4月より上演される。2015年に始まった「ミニセレ」では、演劇・ダンス・音楽といったジャンルを横断する実験的な作品が数多く発表されてきた。ステージナタリーでは、音楽公演を担当する藤井明子プロデューサー、演劇公演を担当する山本麦子プロデューサーに、昨年度に続きインタビューを実施。劇場スタッフたちがコロナ禍で経験したことや、これからの公共劇場の在り方について、そして「ミニセレ2021」への思いを聞いた。

取材・文 / 川口聡

“劇場の活動を止めない”をモットーに

勅使川原三郎 芸術監督就任記念シリーズ「白痴」より。 ©︎Naoshi Hatori

──2020年3月にもお二人にお話を伺いましたが(参照:愛知県芸術劇場「ミニセレ2020」藤井明子×山本麦子 プロデューサー対談)、新型コロナウイルス感染症と、それに伴う緊急事態宣言の影響を受け、舞台業界も本当に大変な1年となりました。劇場を取り巻く環境も大きく変わったことと思います。愛知県芸術劇場では2020年度より初の芸術監督制度を導入し、同年4月に勅使川原三郎さんが就任されましたが、奇しくもコロナの影響で最初に中止になってしまった公演が、3月に予定されていた勅使川原さんの芸術監督就任記念プレ事業「三つ折りの夜」でしたね。

藤井明子 そうなんです。そのあと公演中止や延期が相次ぎ、4月25日から6月1日までの全面休館を経て、ようやく主催公演を再開できたのが7月でした。再開後初の公演は「ミニセレ2020」のラインナップ作品で、勅使川原監督の「白痴」でしたね。それを皮切りに、感染症対策を施したうえで、やれることを実施してきました。劇場の総意として“劇場の活動を止めない”ということをモットーに業務に取り組んでいます。

──4月の「オルガン・レクチャー コンサート」は2021年3月へ延期に、オペラ、バレエなどの大型公演は中止となり、「ミニセレ2020」からも「愛と知のメシアン!!」が1月に、「ダンスの系譜学」が10月に延期となりました。この1年、愛知県芸術劇場内ではどのようなことが話し合われていたのでしょう?

藤井 感染症対策のことはもちろんですが、ガイドラインに沿った運営方法や、勤務体制をどうするのか、チケットのキャンセルをどこまで受けるのか、など具体的な話し合いをしていました。自主事業だけでなく、貸館公演も多い劇場なので、利用団体や演出家がやりたいこととソーシャルディスタンスの問題をどう解決していけばいいのか、何度も議論しましたね。劇場としても初めての経験ばかりだったので、課題が浮き彫りになるたびに試行錯誤しました。

山本麦子 愛知県芸術劇場は、緊急事態宣言下でも、対策を講じながらなるべく上演していく方針を貫いた劇場だと思います。こういった社会情勢の中で何が必要とされているのか、どのような対策を取ればどういった形の公演が実現できるのか、こういった状況だからこそすべきことは何か、今も考え続けています。

オンラインを劇場ロビーのように機能させたい

──夏休みの「ファミリー・プログラム」では、一部演目が中止になりましたが、9月に特設サイトが開設され、劇場の裏側を紹介する「げきじょうたんけんツアー」やオルガン鑑賞公演の動画を公開されていましたね。

藤井 「げきじょうたんけんツアー」の動画では、大ホールを紹介したのですが、せっかく映像でお見せできる機会だったので、天井のライトブリッジやピンスポット室など、実際のツアーでは入れない場所を撮影しました。2021年度は「げきじょうたんけんツアー」“コンサートホール編”のリアル版に加え、映像配信も予定していて、パイプオルガンの内部を見せたいと思っています。

──パイプオルガンの中に入れるんですか?

愛知県芸術劇場 コンサートホールのパイプオルガン。

藤井 オルガンの中には階段と通路があって、数人なら入れるようになっています。実は私もまだ入ったことはないのですが(笑)。過去に、オルガン横の扉から中を覗くということはしていましたが、今回は映像で内部をじっくりお見せできたら。今後オルガンコンサートを開く際にも、その映像を流したいですね。

──映像配信の取り組みとしては、AAF戯曲賞受賞記念公演「朽ちた蔓延る」(参照:第18回AAF戯曲賞受賞記念公演「朽ちた蔓延る」演出 篠田千明インタビュー)の収録映像が後日有料配信されたほか、同作のアフタートークをYouTubeで生配信されていましたね。

山本 オンラインを利用する機会は増えましたね。「朽ちた蔓延る」では、セノグラフィーを担当する海外在住のアーティストが新型コロナの影響で来日できなくなったので、リモートでのクリエーションを導入しました。また「鑑賞&レビュー講座」にZoomを取り入れたことで、北海道や九州といった遠方の方にも参加していただけたので、今後もオンラインの取り組みは続けていきたいです。

──そのほかにオンラインを活用した企画はあったのでしょうか?

山本 今年1月の「ソーシャル インクルージョン ワークショップ」は、YouTubeで生中継しながら実施しました。アートと障害、社会について考えるという内容でしたが、UDトーク(編集注:音声認識と音声合成機能を用い、リアルタイムで字幕を表示させるアプリケーション)の字幕機能を使って、例えば聴覚に障害のある方にもチャットでパネリストに質問をしていただけて。距離や移動の問題だけでなく、広い意味でバリアフリー化の可能性を感じました。劇場としては、劇場で公演を観たあと、その場でわいわい話し合うことができなくなったぶん、Web上でプレトークや感想交流会を行うなど、オンラインを劇場ロビーのように機能させていきたいですね。

俳優×音響システムで描く新たな不条理劇&“ハイパー箏奏者”による伝統音楽の枠を超えたリサイタル

──「ミニセレ2021」のトップバッターとして、4月には額田大志さん率いるヌトミックとサウンドアーティストの細井美裕さんがタッグを組む演劇作品「波のような人」が上演されます。俳優と音響システムで描く新たな形の不条理劇が展開するとのことですが、どのようなコラボレーションとなりそうでしょうか?

山本 額田さんは「それからの街」という作品で第16回AAF戯曲賞の大賞を受賞され、その受賞公演があったり、ヌトミックの作品を小ホールで上演したりと、長らく一緒に走ってきたアーティストです。また細井さんが愛知県岡崎市のご出身という縁もあり、今回は愛知で滞在制作を行うことになりました。額田さんと細井さんはもともとお知り合いだったそうですが、クリエーションでは初タッグになるので、演劇と音楽を行き来しながらパフォーミングアーツの枠組みを拡張してきた額田さんと、音響システムを用いた細井さんの表現がどのような化学変化を起こすのか楽しみです。

──振付家・ダンサーの岩渕貞太さんが“音の出演”としてクレジットされている点も気になります。

山本 原案となっているフランツ・カフカの「変身」では主人公が虫に変身しますが、岩渕さんは今回“データ”になってしまうようです。ですので、音声のみで出演されます。小ホールの音響システムをフルに生かし、客席を円形にすることで、サラウンド的にいろいろなところから音が聴こえてくる作品になると思います。

──5月に行われる「八木美知依・(ルビ:ことの世界」では“ハイパー箏奏者”の八木美知依さんによるソロ、そして八木さんと先鋭ジャズ・ベーシスト / チェロ奏者の須川崇志さんとのデュオが展開します。

藤井 一般的なイメージの箏は13絃なのですが、今回はオクターブ以上低い音が鳴る17絃と広い音域の23絃の箏が登場します。箏だけでなく、エレクトロニクスや歌を交えながら、自作曲と即興を披露していただくのですが、「箏ってこんな音がするの?」という、伝統楽器のイメージを覆すような演奏を生で体感していただきたいですね。

松田正隆がドイツで書き下ろした長編新作、そして小野晃太朗×今井朋彦の「ねー」

──9月には松田正隆さんの長編新作となる、マレビトの会「グッドモーニング」が、昨年9月に行われた愛知でのクリエーションワークショップを経て上演されます。

松田正隆

山本 「グッドモーニング」は、2019年、松田さんがドイツに1年間滞在された際に執筆された長編作品の1つです。小津安二郎の映画に「お早よう」という作品があって、タイトルはそこから取られました。マレビトの会はここ数年、複数の作家が執筆したテキストを集めて1つの世界観を作っていく共同作業での作品を発表されていましたが、今回は松田さんお一人で書かれていて、戯曲がすでにある状態でワークショップを行いました。

──ワークショップでは、どのようなことに取り組まれたのでしょう?

山本 俳優さんたちと実際に戯曲に取り組み、作品を練ってブラッシュアップしていく時間となりました。その後、ワークショップ参加者から数名が公演に出演されることになり、3月と9月に兵庫の城崎でも滞在制作をされて、9月に愛知公演が行われます。

──毎年恒例のAAF戯曲賞受賞記念公演では、小野晃太朗さん作の「ねー」が、今井朋彦さんの演出で上演されます。2015年の戯曲賞リニューアル以降、審査員以外が演出を手がけるのは、2018年に上演されたカゲヤマ気象台さん作「シティⅢ」を演出した捩子ぴじんさん(参照:第17回AAF戯曲賞受賞記念公演「シティⅢ」演出 捩子ぴじんインタビュー)以来ですが、今回、今井さんが演出を担われることになった経緯を教えてください。

山本 「ねー」は、扱っているテーマがレイプやSNS上での二次被害といった非常に繊細なもので、形式としてはアングラ演劇の血を引いているような戯曲です。今回は戯曲をとことん読み込んで作っていくタイプの演出家がいいだろうということで今井さんにお願いしました。

──ここ数年の受賞記念公演では、比較的“変化球タイプ”の演出作品が続いていた印象もありますが、今回はストレートに戯曲に取り組まれるイメージでしょうか?

山本 そうなるかもしれないですね。ただ「ねー」は一度も上演されていない戯曲で、作家の小野さん自身も「上演する際は、上演台本を改めて作るべき」と表明されているので、戯曲から抽出して、上演台本として組み直すことになると思います。

藤井 まだどうなるかわかりませんが、昨年の「朽ちた蔓延る」と同じく、後日映像配信も考えたいと思っています。

山本 そうですね。5月に出演者オーディションを行いますので、たくさんのご応募をお待ちしております。