森山開次演出「ラ・ボエーム」稽古場レポート&キャストが語る新制作の楽しみ (2/2)

世代が近いキャストたちが作り出す、新たな「ラ・ボエーム」

ここではミミ役を演じる中川郁文、ロドルフォ役の工藤和真、マルチェッロ役の池内響に、キャストの目線で本作の魅力や面白さを語ってもらった。

ミミ役 中川郁文

中川郁文

「ラ・ボエーム」は何度か出演したことがあるので、その経験をつなぎ合わせながら今はトライさせてもらっています。今回の座組みは休憩時間さえ楽しいと言いますか(笑)。プッチーニの女性を描いたオペラは、1人の人物に焦点を当てたタイトルロールが明確にあるものが多いですが、今回は全員が夢を追いかけている放浪者で、全員がタイトルロールみたいなところがあり、出演者も同じ目線で語り合いながら、物語や音楽を一緒に作っていけるのが楽しいです。音楽にジェネレーションはないと思いますけれど、キャストの年代も近く、道義さんが求めている“目にも耳にも感じる青春”は作品にも表れるのではないでしょうか。仲がいいということがこの作品では重要なポイントだと思うので、そういった意味でもいいものができるという予感が最初からしています。

稽古では、道義さんからは特に純情さということを求められているなと思います。道義さんの中にある青春というものが、音楽を深めれば深めるほど、どんどん鮮やかで瑞々しくなっています。森山開次さんは、私たちが持ち寄ったものもすごくリスペクトしてくださって、そのことと彼が表現したいものの一番いい融合点を常に探そうとしてくださります。たくさんヒントを与えてくださりつつ、同時にいつも寄り添ってくださるような、こちらの気持ちをすごく大事にしてくださっているところがありますね。

今回、ミミ役をマンタシャンさんとWキャストで演じさせていただきます。マンタシャンさんと私は年齢も1歳差の同世代ですが、アルメニア出身の彼女と私では“恥じらい”の表情や仕草が少し違うのではないかと思っていて。特に日本らしさを打ち出すということではないのですが、“恥じらい”という点はポイントになると感じています。また彼女は歌が素晴らしいのはもちろんですが、目が強いんです! その光の中に吸い込まれてしまいそうなくらい、惹かれるものがあります。一緒に稽古をしていると、私の中にないものがどんどんマンタシャンさんから出てくるので、それらを観てたくさん吸収したいなと思っています。

プロフィール

中川郁文(ナカガワイクミ)

兵庫県生まれ。奈良教育大学卒業、京都市立芸術大学大学院、サントリーホールオペラ・アカデミー修了。世界オペラコンクールNEUE STIMMENアジア地区代表。ザルツブルク音楽祭 Young Singers Projectのメンバーとして日本で初抜擢され複数の公演にソリストとして出演するなど国内外で活動を展開。小澤征爾音楽塾カバーキャスト。

ロドルフォ役 工藤和真

工藤和真

稽古は非常にいいペースで進んでいます。全体像は一通り掴めましたし、外国人キャストの方々も合流されたので、ここからは細かなところを詰めていき、各所矛盾がないようにつなげていく作業に入ります。ロドルフォ役としても、ミミ役のルザンさんと中川さんがそろい、それぞれとの稽古を同時進行で深めていきます。演じる人が変わるとステージ上の色も変わってくるので、自分たちの色、相手ごとの色を出せるようになれればいいなと思っています。

カンパニーの雰囲気は、とても良いです。今回若手を起用していただき、年齢が近いキャストが多いですし、年上のお兄さん方もフレンドリーに接してくださって、非常に和気藹々としているいい現場です。

稽古が進むにつれて「今までにない感覚だな」と感じているのは、舞台を観ているというより、美術館の展示を見ているような気持ちになるところ。それは森山さん、井上先生ともに絵を描かれる方だからかもしれませんが、視覚的な美しさをとても感じます。ダンサーの方が出演されるという点でも、空間芸術的というかインスタレーション的に感じられるのではないでしょうか。見えないものを具現化するという点では、僕はダンスも音楽も同じだと思っていて、例えば鳥がスッと空に向かって飛んでいってさーっと着地する動きと、音楽の旋律が上がっていって徐々に下降するイメージは視覚的に重なるところがあり、そんな旋律の動きをダンスがサポートし具現化してくれるような気がしています。そしてそういった視覚的な要素をどう物語につなげていくのかということが、今回の僕たちの挑戦になるんじゃないかと思います。

僕個人としては、8回公演をクリアするというところが大きな挑戦です。会場ごとに違うオーケストラ、違う合唱団になるのでそこも楽しみながらやっていきたいですし、常に新鮮な気持ちで取り組みたいなと。ロドルフォ役は昨年一度だけ演じたことがありますが、今回はまたちょっと心境が違っていて。明るいときは明るく、愛するときは深く愛し、悲しむときは大きく悲しむという部分にもっともっとフォーカスして、作品世界をより大きく作り上げていけたらと思っています。

プロフィール

工藤和真(クドウカズマ)

東京藝術大学大学院修了。第53回日伊声楽コンコルソ第1位及び歌曲賞、第17回東京音楽コンクール声楽部門第2位(最高位)及び聴衆賞、第2回ジュディッタ・パスタ記念熊本復興国際オペラコンクール第1位など受賞多数。近年の主なオペラ出演作にNISSAY OPERA「トスカ」カヴァラドッシ、藤沢市民オペラ「ナブッコ」イズマエーレ、新国立劇場「ボリス・ゴドゥノフ」グリゴリーなど。

マルチェッロ役 池内響

池内響

稽古はとても楽しいです。そのことがまずは大事だなと。オペラは悲劇が多く、「ラ・ボエーム」のように青春を物語る作品はそもそも少ないですが、今回はキャスト、スタッフの雰囲気も良く、それぞれが自由に“やりすぎる”くらいの良い現場だと思っています。

マルチェッロ役に関しては、楽譜の中で描かれていることを踏まえて、僕の中にももちろんイメージがあったのですが、今回は井上道義さんの「青春を演奏したい」という心意気もあって、“独特の”と言いますか、僕が知らないマルチェッロ像、僕が知らない音楽の世界に連れていっていただいている感覚が強くあります。そこに応えたいですし、僕自身のエッセンスもうまく混ぜることができたらいいなと思っていて。開次さんとは今回初めてご一緒させていただいてまだ探り探りという部分はありますが、これまで僕たちがいたフィールドとは違うところから、新しいエッセンスを持ち込んでくださっているなと感じます。それが楽しいし、こういう形もあるんだなという発見があります。“ただ一方的に与えられる”、というより、僕たちが出すものを聞いてくれて、ディスカッションして、一緒に1つのものを作り上げている感覚です。だから僕の色も出せるし、開次さん、道義さんの色ももらうことができて本当に心地よいですし、それが混ぜ合わさってどんな色になるのか楽しみで。素晴らしいプロダクションに入れていただけたなと思っています。

僕個人の挑戦としては、マルチェッロという役に、日本人画家・藤田嗣治をどのように投影しようかというところ。藤田の伝記を読むと、彼の中にもボヘミアンという感覚があるし、パリでの貧困生活も経験していて、確かにマルチェッロと重なるところがあるんです。もちろん音楽はマルチェッロのために書かれているものなので、マルチェッロのキャラクターが強く立つとは思いますが、ただの藤田、ただのマルチェッロではなく、2人の人物像が混ざってある種のパラレルワールドになるような感じが見つけられたらなと。それは今回のプロダクションだからこそできる挑戦ではあると思うので、自分のオリジナリティを残しつつマルチェッロと藤田というキャラクターを強く見せられる何かが作れたら良いなと思っています。

プロフィール

池内響(イケウチヒビキ)

東京藝術大学大学院オペラ科修了。第20回東京音楽コンクール声楽部第1位及び聴衆賞、第56回ヴェルディの声国際コンクール入選、第10回サルヴァトーレ・リチートラ声楽コンクール優勝など、国内外で多数の受賞歴を持つ。近年のオペラ出演作にNISSAY OPERA2015「ドン・ジョバンニ」タイトルロール、2021「ラ・ボエーム」マルチェッロ、宮崎国際音楽祭「仮面舞踏会」レナートなど。

舞台美術デザイン・衣裳画ギャラリー

本作の舞台美術と衣裳は森山がデザインを手がけている。ここでは舞台美術の模型と衣裳画の一部を紹介する。

舞台美術デザイン

衣裳画