精神的な“更地”に、僕たちはどんな未来を築けるのか?|杉原邦生×南沢奈央×濱田龍臣が語る、KUNIO10「更地」

共演しているのに…初対面のような感覚

──改めて今回ご共演されて、お互いの印象の変化はありましたか?

南沢奈央(撮影:吉野洋三)

南沢 私は、何だか初共演くらいの感覚です。こんなに大きくなって……。

杉原濱田 あははは!

南沢 以前共演したときは、まだ本当に子供だったから(笑)。ただ、現時点でかなり頼もしいですね。ちょうど10歳違うんですけど、お芝居に関しても信じられないくらいしっかりしていて、いろいろなチャレンジをしているのを見て、私もがんばらなきゃって。今は追いかけるような気持ちです。……どうですか?

濱田 いやもう、めちゃくちゃおそれ多いですね(笑)。以前ご一緒したのが10年弱くらい前で、僕も変に緊張しているんですよ。今は二十歳を超えて大人の仲間入りをさせていただいてますが、僕の小さい頃を知っている方と違う形で共演するのって、ちょっと複雑というか(笑)。なので毎日若干緊張しながらお芝居させてもらっています。でも今ありがたいお言葉をいただいたので、邦生さんをうならせるくらいのお芝居をしたいと思います!

──お二人はそれぞれ、この夫婦をどんな関係だと感じていますか?

濱田 台本上の設定だと、夫のほうが2歳年上だけど精神年齢的には逆だと邦生さんがおっしゃっていて、そう考えるとうちの両親もそんな感じのところがあるなって。父親がすごく少年的な部分が多くて、ふざけて母親にツッコまれたり(笑)、中途半端に噛み合ってない会話をするところも似てるところがあります。ただ夫婦役をお芝居の中で演じることは初めてなので、そこをどう構築していけば良いのか、まだ悩んでいますが。

南沢 けっこう長く一緒にいそうだけどセリフが噛み合わないところが割と多くて、でもそれは長年一緒にいるからこそ、噛み合わなくても進んでいけるのかもしれなくて……。最初に邦生さんから、長年一緒にいる空気感をどう出してくかが課題だと言われていたので、私たちが緊張したままでは良くないんだなって今、思いました。

杉原 そうなんだよ! 何度も共演してるなら、長年一緒にいる感じがすぐ出せるかなって思ってたんだけど、まだ何だか2人共よそよそしくて(笑)。

南沢濱田 あははは!

南沢 2人きりだし緊張しちゃうんですよね(笑)。特に私は邦生さんの座組みに入るのが初めてという緊張もあって。でもこれからもっと仲良くなりたいです!

──杉原さんの中で、お二人が演じる夫婦像について見えているものは?

杉原 もともと、夫婦が親子とか姉弟にも見えても良いな、そう見えたらさらに見え方のレイヤーが増えるなと思っていたので、過去にそういう関係性も演じた2人ならいずれその感じが出るんじゃないかなと期待してます。あと本読みで感じたのは、たっちゃんは男性の中で比較的声が高め、奈央ちゃんは女性の中で低めなので、キーが似てくるんですよね。そのことで、声によってあまり男女差を意識させないようにできたら面白いなって。男女じゃなくて人と人がそこにいるという感じが出せると、なお良いんじゃないかと思いました。

「もっと自由にやっていいんだ」と思える稽古場

──本読みも、今回はいつも以上に時間をかけたそうですね。

杉原 3日間やりました。でも早く立ち稽古がしたかった!(笑) やっぱり演劇って空間に人が立って起こるものだから、立ってみないと関係性や声のかけ方が想像でしかわからないし、身体を動かして向かい合ってやってみて初めてわかることが多くて。本読みの時間で作品に対する僕の考え方を話せたのは良かったけど……だから立ち稽古に入って急に細かく言い始めたでしょ?

南沢 そうですね(笑)。一気に細かくなりましたね。

──以前、杉原さんの演出ではよく、稽古の冒頭で“ゆっくり動く”訓練をされていましたが、それも太田さんの影響ですか?

杉原 そうです。今回もそういう演出があるので、やってます。初回は2人ともへとへとになっていましたが(笑)。俳優の身体を知るのに、ゆっくり動いてもらうといろいろなことがわかるんです。例えば、重心の置き方とか、手に力が入りがちとか、無意識に目線が動いちゃうとか。

南沢 初めてやったんですけどすごく疲れました。本当はもっとリラックスしてやらなきゃいけないんだと思うんですが、普段意識していない身体の部分をすごく意識して動いたので、ガッチガチになってしまいました(笑)。でもこれを続けたら何かが変わるんじゃないかというくらい衝撃的な稽古ですね。

濱田龍臣(撮影:吉野洋三)

濱田 僕は「オレステスとピュラデス」で、ゆっくり動くシーンをやったんです。じっとしてるのが苦手ですぐ動きたくなっちゃうので、あのときは「なんでゆっくり動くんだろう? 速く動きたい!」って思いながら毎日やっていました(笑)。でも今日の稽古で久々にやってみたら「ああ、また邦生さんとお芝居するんだな」って実感が湧いてワクワクしている自分がいて、人間って1年で変わるんだなって思いましたね(笑)。

──杉原さんとのクリエーションは、濱田さんが2回目、南沢さんは初めてですが、演出を受けてどんな印象をお持ちですか?

濱田 なかなか難しい質問ですね(笑)。前回の「オレステス~」は大人数の芝居でしたが、今回は2人なので、僕たち1人ひとりと細かなやり取りをしてくださるというか、1つひとつのセリフの裏の裏くらいまで掘り下げる熱量で演出してくださっているなと。作品的にも、前回はギリシャ悲劇でガッツリした手強いイメージがあったんですけど、今回は現代的な話でもあるので、どこかちょっと面白く見せられるところはないかなって、僕も探しながら試しています。それを観ながら「こっちが良いんじゃないか、あっちが良いんじゃないか」と邦生さんが言ってくださるのがすごくうれしくて。セリフ1つひとつの考え方から一緒に掘り下げていけるのはすごくありがたいですし、やっぱり邦生さん素敵だなって思いました。

南沢 龍臣くんが言ってるように、私も稽古は本当に楽しいです。邦生さんに「こうしたほうが良いんじゃない?」って言われれば言われるほどうれしいですし、実は私、普段は割と「どうしよう」って思い詰めてしまうタイプなんですが、邦生さんは陽のオーラをまとった方なので、「もっと自由にやって良いんだ」って思わせてくださる稽古場の空気がすごく居心地良いです。やればやるほど見える世界が変わってくるのも楽しいですね。

杉原 本当に打てば響くというか。何かコメントすると2人共どんどん変わっていって良くなっていくから、これは楽しみだなって思ってます。

否定せず、神格化せず「更地」を1つの物語として

──杉原さんは2019年に、同じ太田さん作「水の駅」を演出され(参照:「水の駅」明日開幕、杉原邦生「太田さんに久しぶりに怒られたいような気持ち」)、今年12月にはさいたまゴールド・シアターでも「水の駅」を演出されます(参照:さいたまゴールド・シアター最終公演「水の駅」詳細決定)。別の作品を演出したことで、「更地」に対して発見したことはありますか?

杉原 ……ない、ですね(笑)。

一同 あははは!

杉原 いや、もちろんどちらも太田さんの作品だし、どちらも演劇作品ではあるんですけど、セリフ劇の「更地」と沈黙劇の「水の駅」では、演出家としてはちょっと別の感覚というか。それよりも、「更地」と9年ぶりに向き合ったことでの発見がありました。初演を振り返ると「このシーンは勢いで演出を付けているな」とかそういう自己批評、演出家としての自分の拙さを感じる部分もあるし、逆に「9年前によくこれだけぶっ込んだな」と思うところもある(笑)。太田作品ってやっぱりどこか神格化されている部分がありますが、ビジュアル的にも芝居のテンポ感も全部崩して再構築する勇気が我ながらよくあったなと。それと、台本ってどうしても古くなるもので、例えばジェンダー観とか夫婦の感覚みたいなことはやっぱり昭和の匂いがするんですけど、そこを無理矢理変えてしまうとこの戯曲の良さがなくなってしまうと思うので、そこはある意味、当時の関係性やジェンダー観を否定せず、でも神格化するのでもなく、フラットな1つの物語として提示したいなと。その点で今回の2人のバランスは絶妙な気がします。良い意味で、あまり男らしさとか女らしさを強調する二人ではないので、それが作品に良いふうに作用するんじゃないかなって。

──9年ぶりの上演で、特に意識しているところはありますか?

杉原 初演は京都でしかやらなくて、また機会があったらやりたいと思いつつ9年も経ってしまいました。ただこのタイミングでの上演は、京都芸術劇場 春秋座の20周年や新潟のりゅーとぴあさんからお声がけいただいたことが前提にあったうえで、コロナの影響も、僕の中ではもちろんゼロではなくて。震災直後だった初演時は、家をなくした人や土地を追われた人がたくさんいて、“物理的な更地”に僕たちが演劇で何を構築していくか、ということを考えました。今は、当たり前だった日常が崩れ、心ない言葉が演劇などエンタテインメント全体にかけられ、踏み荒らされてしまったような感覚があって。そんな“精神的な更地”に、演劇が何を構築していけるかということを考えています。昨年の「オレステス~」のときは、劇場に行けない日々のあと、自分が劇場で何を観たいかという思いが発端になり、「デッカい空間で圧倒的な虚構が観たい!」と思って巨大な素舞台でギリシャ悲劇をやりましたが、そこからまた状況が変わり、今は精神的な更地で演劇の原点を観たいなと。「じゃあ僕にとって演劇の原点は何だろう?」と考えたとき、「更地」という作品だったし、太田省吾という作家だったんです。

演劇的社会的に意味ある作品を、1つひとつ懸命に

──初演では大きな布を使った舞台美術が印象的でした。今回はそれを踏襲する形になるのでしょうか?

杉原 劇場空間に合わせてマイナーチェンジはしていますが、基本的には踏襲しています。太田さんの演出では、真っ黒な空間に白い布をかけて更地を演出していて、あれはとても好きな演出で美しいなと思う反面、黒で無限だった空間が狭められるような気もしたので、僕は反転させて最初が白で、更地を黒で表現しています。それと僕、この物語は宇宙の中の2人の話だと思っているんですね。地球の日本という国のとある街の小さな更地にいる2人の話だと思っていたら、宇宙の中にいる2人の話だったみたいな。空間が変わることで人の見え方の縮尺も変化することが布で表現されていると思うので、今回の上演に向けて空間を考え直してみた結果、「よく練られたプランですね、9年前の杉原さん!」と思い(笑)、初演の美術を踏襲することにしました。

──縮尺ということは作品の中で一貫して感じられるテーマでもありますね。夫婦のやり取りの中でも距離や時間がさまざまに伸縮しますが、それを布が象徴しているのだなと。ただ、会場となる京都芸術劇場 春秋座、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場、世田谷パブリックシアターは、二人芝居と考えるとなかなかに大きな空間です。

濱田 前回がKAAT(神奈川芸術劇場)のホールで、「あの空間よりは狭いよ」と聞いたので、僕としてはある意味安心してます(笑)。ただ掛け合いが2人だけなので、必死に台本を覚えています!

南沢 私はやっぱり怖いですよ。大きい劇場だし、セットも道具もほとんどなくて出ずっぱりだし、全部見られてしまうなって。ただ、やりがいは本当にあると思いますし、こういう経験はこれまでないので楽しみです……と言えるくらいにしたいです!

左から濱田龍臣、南沢奈央。(撮影:吉野洋三)

──頼もしいお二人ですね。杉原さんは今年、2月に「藪原検校」(演出)(参照:“異種格闘技”な「藪原検校」が本日開幕、主演の市川猿之助「味わい尽くして」と自信)、4月に「シブヤデアイマショウ」(コーナー演出を担当)(参照:松尾スズキが手がける“大人のための”「シブヤデアイマショウ」)、8月には長野・松本で滞在制作しTCアルププロジェクト2021「パレード、パレード」(構成・演出・美術)(参照:「パレード、パレード」開幕に杉原邦生「現代日本に生きる僕にとっての演劇のカタチを」)を手がけられ、12月にはさいたまゴールド・シアター最終公演「水の駅」(演出・美術)が控えています。近年、1つひとつの作品にじっくりと向き合う姿勢が強まっているように感じますが、意識的にそうされているのでしょうか?

杉原 演出家って40歳までが若手だと言われることが多いと思うんですけど、そう考えると僕はあと1年くらいなんですね。そこまでは演出的な手法や企画のプランで演劇を思いっきり遊びたい、暴れたいって思っています。ただ作品を量産しすぎると飽きられるのも早いし、量産することで自分で自分の濃度を薄める必要はないと思っていて。なので、新作は年に何本ということは意識していますし、作品を1つひとつちゃんと作ってクオリティの高いもの、そして演劇的にも社会的にも意味のあるものを上演したいなと。「次にどういうことをやるんだろう?」って常に思っていただけるような歩み方をしていきたいと思っています……と、急にマジな話になりましたけど、これは本気です!

──京都芸術劇場のインタビュー(参照:大学開学30周年記念・劇場20周年記念公演 KUNIO10『更地』濱田龍臣×杉原邦生(演出家)インタビュー|京都芸術劇場 春秋座 studio21)で、社会を常に意識した創作姿勢を太田さんから学んだと杉原さんがおっしゃっていたのが印象的でした。

杉原 そうですね。社会に対してアーティストが作品を発表するとはどういうことか、ということは常に考えていて。そこは僕としても一番大事にしているところですし、良い作品を作らないと結局何も起こらないことがわかってきたというか。良い作品という概念はもちろんいろいろありますけど、とにかく1つの作品をじっくり作って結果を出さないと、次につながらない。だから一生懸命1作品ずつやり続けるしかないと思ってます。その先にもまだ、この社会でやりたいことがあるので。

杉原邦生(スギハラクニオ)
1982年、東京都生まれ、神奈川県茅ヶ崎市育ち。演出家・舞台美術家。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科在学中の2004年にプロデュース公演カンパニー・KUNIOを立ち上げ、これまでに「エンジェルス・イン・アメリカ」「ハムレット」「更地」「水の駅」などを上演。木ノ下歌舞伎には2006年から2017年まで参加し、「黒塚」「東海道四谷怪談―通し上演―」「三人吉三」などを演出。近年の演出作に「スーパー歌舞伎II『新版 オグリ』」(市川猿之助との共同演出)、「グリークス」、トライストーン・エンタテイメント「少女仮面」、シアターコクーン ライブ配信「プレイタイム」(梅田哲也との共同演出)、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「オレステスとピュラデス」「藪原検校」や、COCOON PRODUCTION 2021「シブヤデアイマショウ」のコーナー演出、TCアルププロジェクト2021「パレード、パレード」など。12月にさいたまゴールド・シアター最終公演「水の駅」が控える。2018年(平成29年度)第36回京都府文化賞奨励賞受賞。
南沢奈央(ミナミサワナオ)
1990年、埼玉県生まれ。2006年に女優活動を開始。主演ドラマ・映画「赤い糸」で注目を集め、テレビ、映画、ラジオのほか、書評、執筆などで幅広く活動。舞台は2009年に出演した栗山民也演出「赤い城 黒い砂」を皮切りに、白井晃、鴻上尚史、G2、荻田浩一、和田憲明、青木豪、森新太郎、谷賢一やマーク・ローゼンブラット、フィリップ・ブリーンなどさまざまな演出家の作品に出演している。
濱田龍臣(ハマダタツオミ)
2000年、千葉県生まれ。子役時代から大河ドラマ「龍馬伝」や「怪物くん」などで注目を集め、16歳で史上最年少のウルトラマンとして「ウルトラマンジード」主人公に抜擢。主な出演作は、ドラマ「モブサイコ100」主演。「花のち晴れ~花男Next Season~」、映画「記憶にございません!」「ブレイブー群青戦争ー」「ハニーレモンソーダ」など。2021年12月10日公開映画「軍艦少年」にも出演が決まっている。舞台では三谷幸喜作・演出「大地(Social Distancing Version)」で初舞台を踏み、杉原邦生演出「オレステスとピュラデス」にも出演した。