大役・孫右衛門は「正直思ってもいなかった」
──12月には、東京・国立劇場が再整備のため閉場後、初の東京での文楽公演が東京・北千住のシアター1010で行われます。一輔さんは、「令和5年12月文楽鑑賞教室」の、「傾城恋飛脚」より「新口村の段」で、恋人である遊女・梅川と逃避行している忠兵衛の実父・孫右衛門を初役で遣われます。孫右衛門は、座頭格が遣う大変大きな役ですが、一輔さんは、やはり女方のイメージが強いので、「梅川じゃなくて、孫右衛門!?」と驚きました。
配役が発表されるのは、演目が決まってしばらく経ってからなんです。だから「今回はきっとこの役か、この役だろうな」と予想しながら配役発表を待っているんですけど……孫右衛門は正直、思ってもいなかったですね(笑)。そもそも老人の役を遣った経験があまりないので、本当にゼロからの挑戦になります。これまで観てきた、先代の玉男師匠をはじめ、いろいろな先輩方が遣われている孫右衛門をもとに作り上げていきたいですね。
そして、この役は僕自身の人生経験も生かしていきたいなと考えています。孫右衛門という役の芯は、子供への愛情。大坂の飛脚問屋に養子に出した忠兵衛が、預り金の封を切るという重罪を犯してしまい、恋人の梅川と故郷の新口村まで落ち延びてきたわけですが……孫右衛門にとっては、忠兵衛がどんなに悪いことをしても、可愛い息子であることに変わりはないわけです。
──孫右衛門は、追手のかかる梅川と忠兵衛と出くわしてしまいますが、忠兵衛だとわからないふりをして、2人を逃がそうとします。
今、自分が忠兵衛と顔を合わせたら、忠義のためにも(忠兵衛を)捕まえないといけないわけです。だけど、本当は顔が見たい……という親の葛藤ですね。そこで、親子の再会をかなえてあげたい梅川が、見えてなければ良いだろうと、孫右衛門を目隠しして、親子2人を向かい合わせる。さらに梅川は気を利かせて孫右衛門の目隠しをパッと取ってしまう。忠兵衛と孫右衛門は目を合わせて、そこが親子の最後の別れとなるわけです。……ここが、一番感動的な場面ですよね。息子に対してだけではなく、梅川という義理の娘に対する気持ちも含め、内面的なところをうまく表現できればと思います。
太夫さんの笑い声に呼応して…荒れていた時代の鑑賞教室を振り返る
──一輔さんは、三谷幸喜さんが手がけた三谷文楽「其礼成心中」(参照:三谷幸喜×PARCOの3作品連続上演ラスト!「三谷文楽 其礼成心中」本日開幕)の仕掛け人です。お話を伺っていても、文楽の敷居を上げすぎず、魅力を広い層に伝えたい、という思いを感じますが、そんな一輔さんにとって、文楽初心者に向けた「鑑賞教室」はどのような存在でしょうか?
魅力を伝えようにも、観てもらわないことには何も始まりません。「鑑賞教室」は、学生さんたちがほぼ強制的に連れてこられる公演でもあるわけですが(笑)、彼らに、何か1つでも「カッコいい」とか「綺麗」「楽しい」と思ってほしい。彼らの時間を無駄にしないためにも、いつも以上に気持ちをぶつけねば、と演者は気合が入りますね。
今回も、気楽に観てもらえる「団子売」から始まって、解説を挟み、最後に「新口村」というラインナップなので、観ていただきやすい構成かと。
──「鑑賞教室」では、技芸員によるわかりやすく楽しい解説パートも見どころの1つです。一輔さんも、解説を通して学生さんたちと触れ合った経験があるかと思いますが、これまでの「鑑賞教室」で記憶に残っているエピソードなどあれば教えてください。
僕が入門したての頃って、子供たちが荒れていた時代で。学生さんのほとんどが寝ているか、大声出しているかでしたね。ちゃんと観てくれないんです(笑)。中学校への巡業公演では、僕らが履いていた靴だったり、湯沸かしポットを学生さんたちに隠されてしまうなんてことが、しょっちゅうありました。当時、僕も16歳とかだったので、そうやって悪さをしていたのはほぼ同級生だったんですけど……(笑)。それを思うと、今の学生さんたちは本当に集中して観てくれていますね。荒れていた時代は、太夫さんの「ハハハハハ」という大笑いの演技を真似しだす子もいましたから。もうめちゃくちゃでした(笑)。
「源平布引滝」はぜひ子役にも注目して
──「12月文楽公演」では、「源平布引滝」より「竹生島遊覧の段」「九郎助住家の段」が上演されます。「源平布引滝」は「平家物語」を題材にした作品で、歌舞伎では源氏の武将・木曽義賢の最期を描いた「義賢最期」がよくかかります。作中では、平家方の武将でありながら源氏に心を寄せる斎藤実盛を中心にした物語が描かれ、訳あって実盛に殺されてしまった小まんと、その息子・太郎吉の親子の情愛も見どころの1つです。一輔さんは、2005年に太郎吉を遣われました。
当時、もう入門して20年目とかだったのですが、なかなか役をいただけない時期でした。太郎吉は主役級の子役で、自分にとっては、やっといただけた大きな役。とにかくうれしく、徹底的に役を作り上げて挑みました。そこまでの演技は期待されていなかったとは思うのですが(笑)、特に後半、怒って瀬尾十郎の脇腹を刺すシーンは、自分が主役になったつもりで遣っていましたし、ラストの、綿繰り機に乗っかって、実盛と一緒になって見得を切る場面なんかは、「自分が武将や!」という気持ちでやっていました。ぜひ、子役にも注目してほしいですね(笑)。作品自体、ファンタジー要素もあるので、観ていて面白いと思います。
今、好きな演目は「道行初音旅」「紅葉狩」
──一輔さんは、現在54歳。今後さらに大きな役を遣われるかと思いますが、今、ご自身がお好きな演目があれば教えてください。
芸歴で言うとまだまだ若いからか(笑)、お芝居ももちろん好きなんですけど、華やかな舞踊はやっていて楽しいですね。「義経千本桜」の「道行初音旅」の静御前や、昨年初めてやらせていただいた「紅葉狩」の更科姫実は鬼女は、遣っていて非常に気持ちが良かった。静御前は、本興行ではまだ1回しか遣っていませんが、巡業や単発公演では何度もやらせていただいていて、そうやって繰り返し演じるうちに、表現の幅が広がっていくことを実感しています。
──どんな人形遣いを目指していきたいですか。
昔から観てくださっているお客様に、「一輔は、やっとこんなことができるようになってきたんだ」と喜んでいただけるようになりたいですね。今は、まだその準備段階。経験を積んで、どんな役でも遣えるようになっていきたいです。
プロフィール
吉田一輔(ヨシダイチスケ)
1969年、⼤阪生まれ。人形遣い。祖⽗は四世桐⽵⻲松、⽗は桐⽵⼀暢。1983年に⼀暢に師事し、桐⽵一輔と名のる。1985年、大阪・国立文楽劇場で初舞台。2004年に吉⽥簑助⾨下となり、吉⽥姓を名のる。