歌舞伎演目を、現代語を交えて送るオリジナル歌舞伎朗読劇「こえかぶ 朗読で楽しむ歌舞伎」が2022年にスタートした。その第2弾となる「こえかぶ 朗読で楽しむ歌舞伎 ~雪の夜道篇~」が、10月7日から9日まで東京・草月ホールで上演される。岡本貴也が脚本・演出を手がける本作では、時代物の名作「仮名手本忠臣蔵」と河竹黙阿弥による代表作の1つ「雪暮夜入谷畦道」を12人の声優が朗読する。
ステージナタリーでは、9日公演に出演する平田広明にインタビュー。アニメ「ONE PIECE」にサンジ役で出演した縁で「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」を観劇し、歌舞伎の魅力に触れたという平田に、歌舞伎の面白さや親交のある歌舞伎俳優たちとのエピソード、「こえかぶ」を通して観客に伝えたいことなどを語ってもらった。
なお本作は、誰もが気軽に芸術文化を楽しめるプログラムを展開し、地域における多様な文化芸術資源の魅力を世界に発信するプロジェクト「TOKYO ART & LIVE CITY」の演目にラインナップされている。
取材・文 / 興野汐里撮影 / 藤田亜弓
おいおい…歌舞伎、カッコいいじゃねえか…!
──現在、主に声優のフィールドで活動されている平田さんは、高校卒業後、昴演劇学校を経て劇団昴に入団し、1986年にウィリアム・シェイクスピア作「夏の夜の夢」で初舞台を踏みました。もともと“演じること”に興味があったんでしょうか?
正直に言うと、さほど興味はなかったですね! 進路を決めずにいたら高校の担任から「何か好きなことはないのか?」と聞かれて、「ないです」と答えたんですけど、「中学時代に友達に誘われて演劇部に入ってみたら、存外楽しかった」という話をポロッとしたら、劇団昴を紹介されたんです。入ってみたら、ガチガチの“シェイクスピア劇団”だった。シェイクスピア作品は退団するまで好きになれなかったけれども、演じることはやっぱり楽しいなと感じるようになったし、逆に芝居に対してがっついていなかったのが、長く続けてこられた理由かもしれません。
──今回、歌舞伎を題材にした朗読劇「こえかぶ」に参加されますが、ご自身がアニメ「ONE PIECE」のサンジ役を務めている縁で「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」をご覧になり、歌舞伎の魅力に改めて気が付いたそうですね。
ワンピース歌舞伎を観に行ったらハマってしまって、10回くらい劇場に通いました! 新橋演舞場だけでなく、名古屋の御園座にも、大阪松竹座にも行きました。演者さんたちに「来すぎだよ!」と思われていたかな。ボン・クレーが海兵たちをバッサバッサとなぎ倒しながら六方で花道を去って行くところや、エドワード・ニューゲート(白ひげ)の一味が盆に乗ってせり上がってくるところが特に印象的で、「おいおい……ワンピ歌舞伎、カッコいいじゃねえか……!」と感動したのを覚えています。
歌舞伎俳優の方と初めてお仕事をご一緒させてもらったのは、確か市川右團次さん(当時は市川右近)と共演した「THANATOS」(2012年)。その後、ワンピ歌舞伎が上演されたときに、出演者の(中村)隼人さんや(坂東)巳之助さん、(坂東)新悟さんを右團次さんから紹介してもらって。2023年夏に「ドラマ・リーディング 6eme. seance『それを言っちゃお終い』」(参照:平田広明・坂東巳之助・中村米吉が「それを言っちゃお終い」をリーディング)で巳之助さん、(中村)米吉さんと朗読劇をやらせてもらったこともあり、勝手ながら自分と歌舞伎の距離が少し近づいた気がしています。コロナ禍に入る前は、巳之助さんたちが出演している「新春浅草歌舞伎」にも毎年行っていました。
──花形の俳優の方々と公私にわたって交流があるのですね。とても素敵な関係性だと思います。
福田恆存訳のシェイクスピアと歌舞伎に共通するもの
──平田さんは、声優と能楽師が競演する宝生会の企画「夜能」(参照:「夜能」2021年1月公演に杉田智和、長田育恵の脚本で「葵上」を朗読)にも参加されていますが、「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」や「夜能」に触れるまで、歌舞伎や能など日本の伝統芸能に対してどのようなイメージを持っていましたか?
歌舞伎も能も敷居が高いイメージがありましたけど、今回上演される「仮名手本忠臣蔵」は映画やドラマの題材にもなっていて親しみがあるし、「雪暮夜入谷畦道」のような世話物は少し味付けの濃い時代劇みたいなものなので、初心者の方も見やすいんじゃないかと思います。僕も、初めの頃は舞台の幕が開く前に筋書をきっちり読まないと物語を理解できなくて、でも観劇を重ねるごとに、チラシの裏に書かれたあらすじだけで何となくわかるようになった。見得の切り方など、次第に歌舞伎独特の様式美もわかってきて、歌舞伎という文化をより楽しめるようになりました。
──「仮名手本忠臣蔵」は赤穂浪士の討ち入りを描いた時代物の義太夫狂言で、“直侍”の通称で知られる「雪暮夜入谷畦道」は、御家人くずれの直次郎と傾城の三千歳による色模様を描いた、河竹黙阿弥の作品です。今回の「こえかぶ」で平田さんは、「仮名手本忠臣蔵」と「雪暮夜入谷畦道」を朗読しますが、歌舞伎をご覧になったり「夜能」に出演した経験から、「こえかぶ」に生かせそうな部分はありますか?
ないない! でももしかすると、七五調でセリフを言うのはほかのキャストさんより口が慣れているかもしれません。今まで歌舞伎を観てきたからかもしれないし、福田恆存氏の翻訳でシェイクスピアを演じた経験が生きているのかも。というのも、劇団昴でシェイクスピア作品を上演するときは、七五調で書かれた福田訳を使っていたんですよ。だから、僕自身あの言葉の流れになじみがあるんです。七五調は日本人の中に根付いているリズムだと思うから、「こえかぶ」を通じて若い方にもその心地良さが伝わったら良いですね。
「こえかぶ」が歌舞伎の入り口になるように
──「こえかぶ」では、1952年のラジオスタジオを舞台に、番組ディレクターの鈴木昌治、映画俳優の黛寛太、舞台俳優の風吹蘭、アナウンサーの京本竹夫が、ひょんなことから歌舞伎を朗読するさまが描かれます。平田さんは主に京本役を演じ、劇中劇「仮名手本忠臣蔵」では主人公・直次郎の弟分である丑松役、同じく劇中劇「雪暮夜入谷畦道」では主君の仇討ちを行う由良之助役を勤めますが、9月下旬に行われた初稽古に参加してみていかがでしたか?
“歌舞伎を朗読する”というイメージから、もっと固い内容を想像していたんだけれど、こんなにコントの要素が満載なお話だとは思いませんでした。なので、歌舞伎の素養というよりも、役者としての力量が試されているのかもしれません。恐ろしい台本です。そもそも、「こえかぶ」と歌舞伎は別の見せ物だから、「『こえかぶ』とはいえども、歌舞伎であるから、しかと見るように……」みたいな堅苦しい形式で上演する必要はまったくなくて、お客さんに「『仮名手本忠臣蔵』と『雪暮夜入谷畦道』はこんなお話だよ」ということがわかってもらえれば良いんじゃないかなと思っていて。初稽古と同じ日に行われた合同取材会(参照:光り輝く宝物のような美しい体験に…「こえかぶ」に向けて平田広明ら意欲)で、出演者がみんな口々に「『こえかぶ』は難しい!」と言っていましたけど、そんな僕たちが演じるからこそ、初心者のお客さんに寄り添った作品作りができるような気がしています。
──「こえかぶ」には12人の声優陣が3組に分かれて出演し、平田さんは立花慎之介さん、朴璐美さん、吉野裕行さんと共に物語を紡ぎます。
立花くんは声優の仕事以外で共演した経験がないんです。吉野くんは、彼がやっている番組にお邪魔したことはあるんですけど、一緒に板の上に立つのは今回が初めてかな。朴さんとはしょっちゅう共演していて、2人共新劇の出身だから(編集注:朴は演劇集団 円出身)、シンパシーを感じる部分がありますね。でも、心配なんですよ……朴は台本通りにやらないから!
──ははは! 朴さんはアドリブが多いんですね。
そう。吉野くんも「俺、アドリブ苦手なんだよなあ」とか何とか言いつつ、のびのび稽古してたから、朴さんと同じくらい危険だな! 朴さんと吉野くんがアドリブを始めたら遠くから眺めていることにしよう。でも、僕がアドリブを苦手としているぶん、彼らが場を救ってくれるんだろうなという安心感もあります。
──歌舞伎の要素あり、コントの要素ありと、第一線で活躍する皆さんの共演をさまざまな角度から楽しめる作品になりそうですね。今回「こえかぶ」に出演するにあたり、ここは特に力を入れたいというポイントはありますか?
まずは、京本竹夫という役をきちんと成立させないと。観ている人からすると、ちっとも難しくなさそうに感じる役だと思うんですけれども、難しいんですよ、これが……。どういう段取りで物語が流れていけば一番面白おかしくすることができるのか、そこを調整するのが京本の役割だから、自分自身が楽しく演じることによって、お客さんにも良い雰囲気が伝われば良いなと思います。
あとは、コミカルなシーンでみんなとテンポを合わせること。今回は残念ながら昼夜の2ステージしかないけれど、公演を重ねるとどんどん息が合ってくるから、本当は10ステージやりたいぐらい。お芝居って、何度稽古したとしても、初日を迎えるたびに毎回びっくりするんです。「えっ、今回のお客さんはこういうところに反応するんだ!」って。反応が良かった場面を2回目以降のステージで一生懸命やりすぎてしまって、空回りしてしまうこともしばしば。我々はこれを“二落ち”と呼んでいますけど。
──昼夜公演それぞれの雰囲気の違いを楽しむのも、お芝居の醍醐味かもしれません。
余裕があるならば昼夜両方観てもらって、細かな差異を探してもらうのもぜいたくな楽しみ方ですよね。でも今回はそれより、3組すべてを観てほしい! 同じ台本であっても、キャストの組み合わせが変わればガラリと雰囲気が変わりますから。ワンピ歌舞伎が僕を歌舞伎界へいざなってくれたように、皆さんにとって「こえかぶ」が歌舞伎界の入り口になればと思っています。
プロフィール
平田広明(ヒラタヒロアキ)
1963年、東京都生まれ。声優・俳優。高校卒業後、昴演劇学校を経て劇団昴に入団。2012年4月末に劇団昴を退団し、同年5月1日にひらたプロダクションジャパンを設立した。アニメの声優、洋画の吹替などの活動で知られ、第11回東京アニメアワード声優賞、第6回声優アワード主演男優賞受賞を受賞。代表的な役にアニメ「ONE PIECE」のサンジ、アニメ「TIGER & BUNNY」のワイルドタイガー / 鏑木・T・虎徹、ドラマ「ER緊急救命室」のジョン・トルーマン・カーター、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジャック・スパロウなどがある。
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