京都にある世界文化遺産の賀茂御祖神社(通称下鴨神社)で開催されている朗読劇シリーズ「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音」が、10月に「第四夜」を迎える。
「鴨の音」では毎回、第一線で活躍する声優たちの豊潤な声の表現で、下鴨神社の“伝承”をモチーフにしたオリジナル作品が紡がれてきた。脚本・演出を担当するのは、京都出身の山下平祐。山下は、客席が笑い声に包まれたかと思えば、次の瞬間には嗚咽が漏れ聞こえるというように、観客の感情をジェットコースターのごとく乱高下させる。ステージナタリーでは、「第三夜『相生の轍』」で主人公を演じ、自らも“みきくらのかい”で精力的に朗読公演を行っている声優の三木眞一郎と山下の対談を実施。2人が、「鴨の音」や自身の表現についての思いを語り合った。さらに、特集内ではこれまでの「鴨の音」で取り上げられてきた下鴨神社の伝承やスポットを紹介する。
取材・文 / 大滝知里インタビュー撮影 / 藤記美帆下鴨神社撮影 / 熊井玲
安心感を与えてくれた下鴨神社
──三木さんはご自身のインプットのために普段から海外の美術館や世界遺産に行かれるそうですが、世界遺産の下鴨神社で朗読劇「鴨の音」にご出演されていかがでしたか?
三木眞一郎 野外での朗読は初めてだったのですが、圧迫感を感じることなく、リラックスした状態で読ませていただくことができました。僕の座り位置の正面に門があって、その先に篝火が見えたんですが、まるで映像で観るかのような美しい画角で、“空間に受け入れられている”という安心感があって。本番中、2回くらい寝落ちしそうになりました(笑)。
山下平祐 そうだったんですね。
三木 すーっと楽になるというか、肉体の重さを感じなかったんですよね。場所の空気を感じたいときに、その周辺を歩くのですが、ホテルから下鴨神社まで1時間歩いて、周りの景色や生活感を感じたあとに下鴨神社にある“糺(ただす)の森”に行ってみると、僕が任された主人公の辻井秋人はこういうところで生きていたのかな?と、言葉では言い表せないような大事な感覚を得ることができました。
──山下さんにとって、下鴨神社はどういう存在ですか?
山下 お恥ずかしいことに、日常に当たり前にある場所だったので、ありがたみをあまり感じたことがなくて……。世界遺産とはいえ、僕にとっては近所の神社という感じで、とても身近な神様なんです。小さい頃、家族で初詣に行くと「早く帰っておいしいものを食べたい」なんて思っていましたが(笑)、楼門の前の焚き火や参拝者に甘酒が配られている風景などは、心象風景の1つです。
三木 海外に行くと、神聖な場所であっても、地域の人にとっては通学路だったりするから、きっと近くにいたらそういう感覚なんでしょうね。僕としてはこの機会に浮かれてはいられない感じがありました(笑)。というのも、僕はずっとアニメ・映像以外の現場でも声の仕事をしたいと思ってきたので、「鴨の音」ではとても集中していましたよ。
──三木さんがご出演された「第三夜『相生の轍』」は、三木さん演じる主人公と、彼を取り巻く3人の男たちの物語です。ストーリーが進むにつれて3人が辻井秋人の内面にいる人物だということが判明し、“あったかもしれない人生”へ想像を膨らませるような展開になっていきました。
山下 「第三夜」は、かなり自分の人生を突っ込んで書いた作品でした。秋人の幼少期など、私小説を語らせてしまったのではないかという怖さがあったのですが、本番を観ると、三木さんをはじめ、出演者の皆さんがまるで僕の人生を見てきたかのような演技をしてくださっていて、でもそこに立ち上がった人物は僕ではないということに感動しました。僕は演劇出身なので、「鴨の音」に出てくださる方々は皆、“役者”だと捉えているのですが、身体を1つも動かさないで人物が実在していると思わせる、その朗読の力に圧倒されます。なので柵の外から安心して観ていましたね。「神様……!」とお願いしたのは天気くらいで(笑)。
三木 お芝居について、すり合わせのご相談はさせていただきましたよね。声優はしゃべることで何かを生み出さなければならないけど、それがエゴになるのは違うといつも思っています。お客さんは僕の声帯を持つ辻井という人物の物語を観に来ているのだし、僕は自分の声を辻井秋人に貸し出していただけだと。でも実は、僕には辻井秋人の考えていることがなんとなくわかるんですよ。小さい頃、僕にはイマジナリーフレンドがいて、長時間の移動に飽きて窓の外を眺めていると、その子が飛んできてくれたりしていたから。あと、今でもありますが、話しているときに頭の中で脳内会議が始まったり……引いた?(笑)
山下 いえいえ、わかります! 僕の場合の脳内会議は事後的ですけど、家に帰って1人、その日に起きたことや会話を全部反芻して、ああだったんじゃないか、こうできたんじゃないかって。今日もきっと帰り道から反省会が始まります。
三木 あははは! でも、人生って瞬間の積み重ねだから、今が自分の最先端なわけじゃないですか。そうやって反芻することはたぶんしょうがないんです。僕も自分のことを面倒くさいなと思うときがありますが、脳内会議をすることだって、きっとどこかで声の仕事に生きているのだろうと考えています。
伝承から、人生でわかり得ない真理を教えてもらう
──「鴨の音」では、下鴨神社の伝承をモチーフにした物語が上演されてきました。山下さんはなぜ「鴨の音」に伝承というくくりを設けたのですか?
山下 伝承をモチーフにするのは、2020年の「第一夜『糺の風』」の前に脚本・演出を担当させていただいた、野沢雅子さんの朗読「えと祈願祭」から始まったんです。その土台もあって、せっかく下鴨神社でやるならば、「第一夜」は下鴨神社の禰宜だった鴨長明による随筆「方丈記」をテーマにしようと。「鴨の音」を3年間続けてきて思うのは、世にある伝承の発端は僕らの肌感覚と変わらないのではないかということ。その肌感覚と今生きている僕たちの時間を連結させることができたら、「今感じているこの感覚は間違っていなかったんだ」と、ちっぽけな僕の背中も押してもらえる気がしました。自分の短い人生ではわかり得ない真理を、先人たちの積み重ねから教えてもらえたときに、生きている意味をより強く感じる瞬間があるんです。美しい伝承もあれば、醜い伝承もあるだろうし、醜い伝承の裏を返せば、そこには輝きが隠れているかもしれない。そうやって調べていくことも楽しいですね。
──「第三夜」では、下鴨神社にある御神木で、縁結びの神の力で2本の木が1本に結ばれたという言い伝え(連理の賢木)をモチーフにされました。三木さんは「第三夜」の脚本のどんなところに面白さを感じましたか?
三木 まず、台本の構成が面白いと思いました。「第三夜」では4人の男たち(編集注:三木、置鮎龍太郎、岸尾だいすけ、小野大輔が出演)のやり取りから始まって、徐々に彼らの謎が紐解かれていきますが、観客は物語の中盤以降にそれらの人物が「彼の中にいる」と知るわけです。僕はあの物語を読んで、実は秋人の遺書から始まっているのでないかと思ったんですよね。僕らは彼が死を決めた瞬間に立ち会っているのではないかと。お客さんがどういう捉え方をするかは別として、そういった解釈をどこまで盛り込んで良いかご相談させていただきつつ、読ませていただきました。
──なるほど。コメディタッチな雰囲気で始まり、後半部分でシリアスな展開に持ち込まれるのも、これまでの「鴨の音」作品の特徴だと感じます。
山下 それは僕の癖かもしれません(笑)。下鴨神社でやるなら、公約数で収まる作品ではなく、僕が書いたものと下鴨神社がかけ合わさって、より良い場所を目指せるような作品にしたいと思っているのですが、そのためにまずは場の主導権を握りたい。下鴨神社には、そこで何が行われようが“揺るがない空気感”というものがあって、作り手としてはそれに対して「やってみろ」と言われているような気持ちになるんです。僕としてもあの荘厳な環境の中で繰り広げられるエンタテインメントがどのようなものか観ていただきたいですし、夜の神社という非日常空間に、カラフルな照明とにぎやかな音楽も重ねて、いろいろなタイプの非日常を展開して、お客様を引き込んでいきたいという思いがあります。
──三木さんは「鴨の音」の創作に関わって、どう思われましたか?
三木 僕ね、平祐さんと最初に出会ったときは彼自身が役者だったということを知らなかったのですが、役者に対して準備やケアをきちんとしてくれる人だなと思ったんです。それは「鴨の音」のスタッフも同じで、“一緒の水で泳いでくれる”というかね。水に入らないで、ボートの上から見ている人もたまにいるんですよ。そうすると、朗読劇の公演が“読んで終わり”になってしまう可能性がある。僕はみきくらのかいという、扉座の横内謙介さんの脚本を男性声優2人で朗読するリーディングユニットをやっているのですが、なぜそれを始めたかというと、稽古が少ない環境で本番を迎えることや、何班もある中で本番とは別の人と合わせただけで臨むことに危機感があったからで。また、何役もできることが声優の強みだけど、声色を変えるだけでは足りなくて、役が変わった瞬間に、その人物の姿が血と肉を持って耳に届かないとダメだろうと僕は思うんです。声優としての技術を怠けたくないという気持ちがあって始めました。もっと言うと僕は舞台も好きなので、僕たちの公演を観たお客さんが扉座やそのほかの舞台に流れていってほしいなと(笑)。そうやって、どんどんつなげていけたらと思っていて。そういうマインドを僕は「鴨の音」にも同様に感じるんですよね。やっぱり、ココ(と右手で左胸を指す)があることが一番だから。
山下 わかります。でも、演劇をやっていた者からすると、声優さんが仕上げるスピードってものすごく速いんですよ! 演劇で1カ月かけて作るものを、稽古2回、当日リハーサル、そして本番を迎えて、さらに本番の1回目と2回目で空気感も変わる。もちろん準備力があってこそだと思うんですが、それにしても瞬発力がすごくて、そのことに最初はびっくりしました。
三木 例えば目で追っていくぶんには気持ちいい言葉でも、声にすると難しい部分ってあるじゃない? 僕らはそこを何とかするために呼ばれているかもしれないし、少し変な日本語でも、伝わるように技術で持っていくことはできる。でも、僕としては演出家と思いや表現を擦り合わせることができる環境は大切ですね。「第三夜」は相談ができて心強かった。だから、終わったあとは本当に飲みに行きたかったよねえ。
山下 あははは!
声優としてしゃべるのは、実は最後の瞬間
──「鴨の音」にはこれまで、個性も技術もキャリアもある方ばかりがご出演されてきました。そういうキャスト陣だからこそ、作劇部分で挑戦できたことはありましたか?
山下 あえて挙げるとしたら、下鴨神社に似つかわしくないような演出を冒頭で入れてみたり、普通だったら唐突すぎると思われる場面展開を入れたり、そういった挑戦はしやすいなと感じます。でも、“有名な声優さんだから何をやっても平気”という感覚には絶対にならなくて。初めましての方が多いという点では逆に不安が強いことのほうが多いです。
──「鴨の音」には、そういった冒頭や突飛なシーン展開を面白く見せることができる、間の取り方のうまさやコメディセンスがあるキャストが集まっているということでしょうか?
三木 「第三夜」に関しては、それぞれが持ち込んだものに対して個人のセンスで反応していったので、そういう意味では、横の意識をうまくつなげられるセンスがある方たちだったのかもしれません。芝居って断ち切ろうと思えば簡単に破綻させることができますが、みんなが相手の芝居を拾っていこうとすることで生まれる面白さがあるんだと思います。僕も不安がない、楽しいことができそうだなと思うメンバーでした。
──朗読劇に挑まれるとき、三木さんは何を大切にしていますか?
三木 リーディングにはさまざまなスタイルがあるので、正解がないんですよね。だから、なおさらお芝居ができることが大切になってくるんです。声優はしゃべることが仕事だと思われがちですが、しゃべるのは実は声優としては最後の瞬間で。相手のセリフを聞くことや、人生を貸してくれる登場人物とどこまで仲良くなれるかが大事。しゃべることができない役の代わりに僕たちが呼ばれているのだから、まず役に嫌われたくないし、僕の声で大丈夫ですか? あなたが思うようにしゃべれていますか?ということを考えたうえで、演出家や監督のOKをもらいたいと思ってやっています。まあ、それがちゃんとできていたら、もっと売れてますけどね(笑)。
山下 いやいや、売れてますよ! 僕は役者時代に、戦争で亡くなられた実在の人物の役をいただいたことがあるのですが、そのときに演じる概念がガラリと変わったことがありました。三木さんが今おっしゃってくださったような、“登場人物と仲良くなろう”ということをもし思ってもらえたなら、自分が書いた役たちもうれしいだろうなと。家でただ僕とだけしゃべっていたような脳内の登場人物たちが、第三者に見つけてもらって、認められて、立体化されることに、「良かったなあ、みんな」という気持ちです。
三木 あははは!
──これまで「鴨の音」シリーズを手がけてきた山下さんは、「第一夜」から「第三夜」までの変遷をどのように捉えていますか?
山下 変遷を語れるほど確実なものはなく、毎回毎回、とにかく必死に取り組んでいます。書き手としては、つかみどころがないものを何とかつかめないかと思いながら挑んできました。キャスティングが決まり、テーマが決まり、そのときの僕のメンタリティがどういうものかで毎回、物語の中身が違ってくる。手探りで進む中でよく3回もやれたなあと(笑)。でも、ここまでやってこられたから大丈夫だとも思えしないし、良い意味で安定しません。下鴨神社にこれだけすごい声優さんが集まるということにあぐらをかいてしまったら作り手として終わりだと思うので、きっとこれからもかすみをつかむような気持ちで、やっていくんじゃないかなと。
三木 ほとぼりが冷めたら、またぜひ呼んでください(笑)。平祐さんは「かすみをつかむ」とおっしゃっていますが、そんな中でも「鴨の音」ってみんなの気持ちが向かう方向が、まるで何かを捧げているかのように同じなんです。そこが素敵だなと。でも、お客さんは普通に観に来てくだされば。京都観光の1つに組み込むくらいの気軽さで、観終わったあとにおいしいものを食べながら感想を言い合うくらいが良いんじゃないかな。エンタテインメントは有事のときに真っ先になくなってしまうジャンルだから、観られるうちに観ておいてください。みきくらのかいもね!(笑)
プロフィール
三木眞一郎(ミキシンイチロウ)
東京都生まれ。声優。主な出演作に「火狩りの王」の灰十役、「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」のヒム役、「ブルバスター」の田島鋼二役、「転生したら剣でした」の師匠役など。2019年にオーストラ・マコンドーの倉本朋幸と共にリーディングユニット・みきくらのかいを旗揚げ。12月には第十回公演「雪之丞変化」が控える。
みきくらのかい (@mikikura_no_kai) | X
山下平祐(ヤマシタヘイスケ)
京都府生まれ。俳優として関西の小劇場を中心に活動後、渡米。帰国後は東京を拠点に、主に脚本・演出家として活動する。近年の舞台にタイキマニアプロデュース「『朗読劇タチヨミ-第十巻-』grateful~感謝、観劇、雨のち…sunshine~」(脚本)など。
下鴨神社に伝わる不思議な物語や題材をもとに描かれる、「鴨の音」シリーズ。ここでは過去の公演に登場した伝承やモチーフについて紹介する。また、10月に公演を控える「第四夜」のモチーフについてもチェックしておこう。
第一夜:糺の森
糺(ただす)の森は下鴨神社の南に広がる原生林で、鎮守の森とされる。下鴨神社の参道ともなり、その語源の由来は諸説あるが、下鴨神社の御祭神・賀茂建角身命がこの地で人々の争いを正したという伝説から、「偽りを糺す神がいる地」として信仰を集めた。古来より“禊の地”として知られる。
第二夜:丹塗り矢伝説
下鴨神社の賀茂建角身命の娘・玉依媛命が鴨川で禊をされていたときに、上流から流れてきた丹塗り矢を持ち帰り、床に置いたところ懐妊、男児を産んだという言い伝えがある。賀茂建角身命が「父親と思う者にこの酒を飲ませよ」と声をかけると、男児は「この酒を天に捧げる」と答えて屋根を突き破り、天へと昇っていったという。
第三夜:連理の賢木
産霊神(むすびのかみ)を御祭神にした相生社は、古来から縁結びの神様として知られる。相生社の横には2本の木が途中から1本に結ばれている連理の賢木がある。根元には子供の木も芽生えており、枯れてしまうと必ず糺の森のどこかに後継の木が生まれるという、京の七不思議の1つ。
第四夜:斎王神霊社
糺の森に祀られている下鴨神社の末社。斎王は天皇に代わり神に仕えるために選ばれた、未婚の内親王または王女で、斎王制度時代は斎王によって賀茂祭(現・葵祭)が執り行われていた。斎王神霊社には400年にわたる35代の斎王が祀られている。