8月は歌舞伎座で会いましょう 京極作品と歌舞伎との出会いは必然!京極夏彦×松本幸四郎が語る「『狐花』葉不見冥府路行」 (2/2)

登場人物は“幸四郎演じる洲齋以外は大体ヒドい”

──作者から、幸四郎さんに期待することを教えてください。

京極 幸四郎さんの役は理路整然としゃべる人物なんです。情に訴えるとか、よよと泣き崩れるとか、呵々大笑するといった、激しい感情表現がない。そういった中でどう泣かせてくれるか、大いに期待しています。文章だと、そこはもう読者の想像力に委ねるしかないけれど、生身でやってくださるわけだから。これは楽しみです。私の作品はセリフ量が多く、理屈っぽいと言われる。特に主役の人のセリフが多く、これは申し訳ない気持ちもあります。

幸四郎 ……がんばります(笑)。

──作事奉行・上月監物を中村勘九郎さん、謎の男・萩之介と上月家の奥女中・お葉を中村七之助さんが演じられます。

幸四郎 お二人とも役を膨らませて昇華させてくれる頼もしい方々なので、安心してお任せできると思っています。息子の(市川)染五郎も出させていただきますが、「この役を染五郎で?」というのも、1つのポイントになるのかな。

左から京極夏彦、松本幸四郎。

左から京極夏彦、松本幸四郎。

京極 確かに、「この役(的場佐平次)にこんな若くてキレイな人でいいの?」と驚きました。当たり前のキャラクターシフトだと染五郎さんは来ないけれど、なるほど、役柄をよく考えてみると「それはいいね」という……。

幸四郎 かなり悩んだんですけどね。あえてぶつけてみました。

京極 いや、正解だと思いますよ。

──ネタバレになりそうなので深掘りできないのがもどかしいですが……では皆さんの配役の妙を楽しみにしております。

京極 ぜひそこは劇場で確認ください。勘九郎さんの役もヒドい人間なんですよ。というかよく考えると、幸四郎さん以外は大体ヒドい……。

一同 (笑)。

幸四郎 珍しい芝居ですよね、“大体ヒドい”って(笑)。

京極 まあ僕が書くものって、大体ヒドい人しか出てこないんで。でも汚らしくはならないと思うんですよ。そして、シリアスだけど深刻だけでは終わらないはずです。

京極夏彦

京極夏彦

知恵と技を駆使して、この作品のための空間を作りたい

──演出と補綴は今井豊茂さん。演出に関しての構想としては、どんなお話をされていますか?

幸四郎 歌舞伎座は12カ月歌舞伎公演を上演する劇場ですが、唯一「八月納涼歌舞伎」だけ「大歌舞伎」が付かない月なんです。「だったら何をするか」をしっかり考えた歌舞伎にしないといけませんし、それだからこそ突っ込んだこともできると考えています。第三部はこれ1本を目当てにお客様が足を運ばれるわけですしね。美術も音楽も照明も、いわゆる世話物的な使い方“ではない”ものを考えています。

京極 ぶっ壊しちゃって新しく作るのではなく、技術を利用してどう変えていくかっていうことでしょうね。

幸四郎 そうです、そうです。古典的な歌舞伎の演出の発想ではない。かと言って、それを全部避けるわけでもない。知恵と技を駆使して、この作品のための空間を作りたいと意気込んでいます。第一部や第二部から続けてご覧になる方は、「全然違う場所に来た!」と感じられるような雰囲気を狙います。(チラシにあるスタッフクレジットを指差しながら)このメンバーだからこそ、こうなのか!と、納得いただけるものを準備しています。

松本幸四郎

松本幸四郎

──確かに、美術も照明も音楽も、幸四郎さんとさまざまな新作で組んでこられたお歴々がそろったスタッフワーク……。この文字列を見るだけでまた期待と妄想が膨らみます。

幸四郎 とりわけ、「八月納涼歌舞伎」はいろいろな新作が生まれたきっかけを生んだ月だと思うんです。その精神をしっかり持って、ひたすら妥協せずに作り上げたいと考えています。

──歌舞伎座公演に先駆け、去る7月26日には小説が発売されました。京極さんの小説は分厚いことでも知られていますから、舞台を観る前に読み切れるか心配している方も多いと思うのですが、取材会で披露された束見本(製本サンプル)は、そう厚くなくてホッとしました。

京極 僕の小説にしては薄いですからね。でもそれは勘違いですよ。厚さとしては普通の本ですから。あとね、買っていただくのはうれしいんですけど、読まなくてもいいです。

一同 (笑)。

──どういうことですか!(笑)

京極 本っていうのはね、買って家に置いておくだけでいいんですよ。細かくきちんと読まなきゃいけないと思うから読書が進まないんですよ。表紙を見ただけでも、立派な読書ですから。読むか読まないかは、皆さまの自由です。とりあえず本を買って表紙をながめ、1ページも開かずにまずは歌舞伎座で作品を目撃ください(笑)。

左から京極夏彦、松本幸四郎。

左から京極夏彦、松本幸四郎。

プロフィール

京極夏彦(キョウゴクナツヒコ)

1963年、北海道生まれ。小説家、意匠家。1994年「姑獲鳥の夏」でデビュー。「魍魎の匣」で第49回日本推理作家協会賞、「嗤う伊右衛門」で第25回泉鏡花文学賞、「覘き小平次」で第16回山本周五郎賞、「後巷説百物語」で第130回直木賞、「西巷説百物語」で第24回柴田錬三郎賞、「遠野物語remix」「えほん遠野物語」シリーズなどにより平成28年遠野文化賞、「遠巷説百物語」で第56回吉川英治文学賞を受賞。他著に「虚実妖怪百物語 序/破/急」「死ねばいいのに」「数えずの井戸」「オジいサン」「ヒトごろし」「今昔百鬼拾遺 月」「書楼弔堂 待宵」「鵼の碑」など多数。

松本幸四郎(マツモトコウシロウ)

1973年、東京都生まれ。1979年に「侠客春雨傘」にて三代目松本金太郎を名乗り初舞台。1981年に「仮名手本忠臣蔵」七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。古典から復活狂言、新作歌舞伎まで幅広い演目に取り組む一方で劇団☆新感線の舞台やテレビドラマ、映画などにも出演。2018年に高麗屋三代襲名披露公演「壽 初春大歌舞伎」にて十代目松本幸四郎を襲名した。

「百鬼夜行」シリーズ、「巷説百物語」シリーズ…
京極夏彦の作品世界に迫る

今作「『狐花』葉不見冥府路行」は、古本屋を営む京極堂こと中禅寺秋彦が事件の真相を解き明かしていく「百鬼夜行」シリーズ、そして、妖怪を描いた浮世絵師・竹原春泉の「絵本百物語」に材を取り、曲者ぞろいの悪党一味が活躍する「巷説百物語」シリーズに連なる物語となっている。今回、歌舞伎の主人公に選ばれた中禪寺洲齋は、中禅寺秋彦の曾祖父。実はこの男が凄腕の〈憑き物落とし〉として最初に京極作品に登場したのは、オリジナルドラマ「京極夏彦 怪 福神ながし」(2000年、WOWOW)だった。洲齋は今年刊行された「巷説百物語」シリーズの完結編「了巷説百物語」にも重要人物として登場しており、京極ファンにはお馴染みのキャラクターとなっている。なお連作形式の短編集「書楼弔堂」シリーズには中禅寺秋彦の祖父(つまり洲齋の息子)である中禅寺輔が登場したこともあり、ここでも洲齋のエピソードが語られていた。

京極夏彦「了巷説百物語」書影(KADOKAWA刊)

京極夏彦「了巷説百物語」書影(KADOKAWA刊)

昨年刊行されたばかりの長篇「鵼の碑」でも「百鬼夜行」と「巷説百物語」、両シリーズの交わりが描かれたが、こうして、シリーズもメディアも自由に行き来し、交差し、世界がどんどん広がっていくのも京極作品の楽しさ。歌舞伎を観たあと、小説の世界でも中禪寺洲齋と出会うのはいかがだろう。