目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。2024年1月の歌舞伎座には、新春らしい華やかな舞踊からしみじみと心温まる物語まで、多彩な演目がずらり。その中から、今回は「京鹿子娘道成寺」に交互出演する中村壱太郎と尾上右近にインタビュー。同世代の歌舞伎俳優として切磋琢磨し合う2人が、それぞれの目線で「道成寺」を語った。
また特集の後半では「五人三番叟」に出演する中村福之助、中村虎之介、中村鷹之資、中村玉太郎、中村歌之助が、出演への思いと2024年の抱負を教えてくれた。
さらに新企画「歌舞伎座へ」では、歌舞伎座を訪れたさまざまなアーティストやクリエイターにその観劇体験を、自身の言葉でつづってもらう。初回はミュージカルを軸に幅広く活動する海宝直人が、「十二月大歌舞伎」の観劇体験を語る。
[中村壱太郎・尾上右近]取材・文 / 川添史子
あえて“二兎を追う”意気込みで
──1月「壽 初春大歌舞伎」夜の部は、中村壱太郎さんと尾上右近さんが交互出演で「京鹿子娘道成寺(以下、道成寺)」(壱太郎:2~14日/右近:15~27日)に出られます。満開の桜の下で娘の恋が次々と咲いていくような大曲、若いお二人が歌舞伎座の初春を華やかに彩る舞台、とても楽しみです! お話を伺っている現在は12月中旬、新橋演舞場で上演中の新作歌舞伎「流白浪燦星」昼夜終演後の右近さんと、南座「吉例顔見世興行」にご出演の壱太郎さんをオンラインでつなぐ予定。京都の終演を待つ間に、右近さんのお正月のもうひと役「狐狸狐狸ばなし」(昼の部)のお話ができればと考えています。
尾上右近 騙し騙される男女関係を描いた、北條秀司さんらしい風刺の効いた傑作喜劇です。僕が演じるおきわは、可愛らしい部分と腹黒い部分、両方が同居した女性。あまり演じたことのない役柄への挑戦になりますが、作品の面白さをきちんとプレゼンすることに励みたいです。
──松本幸四郎さん演じる手拭い染屋の伊之助は女房おきわにゾッコン、でも女房おきわは浮気相手のなまぐさ坊主に首ったけで……狐と狸の化かし合いのような、欲望に正直な人間模様、洒脱な展開、ちょっぴりスパイシーな喜劇です。
右近 現代視点で観てしまうと、見事に“コンプラアウト”ですよね。
──確かに(笑)。
右近 まあ新年早々こうした大人な芝居をお届けできるのも、歌舞伎座が隠し持つパンク精神の成せる技です(笑)。おきわは初演で山田五十鈴さんがなさった役なので、(得意としていた)三味線を弾く場面があるんですよ。目下、改めて真剣にお稽古中。今回は演出に(新派文芸部の)大場正昭さんが入られますし、みなさんとご相談しながら面白い舞台をお届けしたいです。「道成寺」は今年8月の自主公演「研の會」で体験済みですから、おきわのほうがある意味未知数かもしれません。
──その自主公演で挑まれた「道成寺」が、まさかこんなに早く本舞台にかかるとは。積み上げられた実績の賜物です。
右近 ありがとうございます。自主公演では「春興鏡獅子」を踊った経験もありますが(2015年)、同じ女方舞踊の大曲とはいえ、まったく違う体感でした。「鏡獅子」は見た目がほぼ変化しない中、粛々と見せていくところが難しい踊り。対して「道成寺」は次々と拵えが変化しますから、衣裳や小道具や音楽が支えてくれている実感があったんです。特に音楽と振付の兼ね合いがかなり緻密に構成されていて、演奏家の皆様に助けていただいたなあと。歌舞伎座でも超一流の皆様がそろってくださるのでそれに乗っかっていけば大丈夫、と安心しています。いろいろなアプローチがあり得ると思いますが、舞踊として動きを面白く見せる「道成寺」、恨みや情念といった内面のドラマを見せる芝居的な「道成寺」、この間を行きたいと考えていて。「二兎を追うものは一兎をも得ずではなく何かしらを得る!」というスタンスで挑みたいなと(笑)。
(ここで画面に壱太郎登場しながら)
中村壱太郎 そうですね、やっぱり僕も二兎を得るスタイルでいきたいです。
右近 何か入ってきましたよ(笑)。
壱太郎 終演後に楽屋で聞きながら急いで着替えていました。ケンケン(右近の本名は研佑)、すごくいいお話!
──お待ちしておりました。壱太郎さん歌舞伎座で初めての「京鹿子娘道成寺」、今の思いをお聞かせください。
壱太郎 まずこの演目に自分の名前があること自体がうれしく、そしてケンケンと舞台で交わることはなくとも、一緒に挑むような心強い気持ちです。それぞれが追い求める理想像があるとは思いますが、やっぱり僕は、77歳まで踊っていた祖父(四世坂田藤十郎)が目標。当時はまだ高校生だったけれど、あの踊る姿は鮮やかに記憶に残っていていますし、今回出演が決まって「まず何かを見よう」と思って真っ先に手に取ったのも祖父の映像でした。七十代と三十代ではやり方も違いますが、祖父のバーン!と前に出てくる感じ、どうにかあの強さ、ニュアンスをつかみたいと思っています。ケンケンはどう? 誰の映像を一番見ていますか?
右近 「道成寺」に関しては不思議と、“誰かのように”というよりも、自分の中であれこれ組み立てている感じなんですよね。もちろん参考にしているものもありますが、「これ」という具体性はあまりなくて……江戸時代の役者の香りがする作品だとも思いますし、聖俗混ざり合った感触、柔らかくて、強くて、色っぽくて、優しいところもあって、それでいて怒りも恨みもある、みたいなイメージがどんどん動いていく感じなんです。
壱太郎 へー! 確かに芝居と違って舞踊は、その空気を読み取る、空気を察知してそれを自分のものに吸い寄せるみたいなところがありますからね。
右近 あと僕はあくまで「はい次、はい次、待たせてられないハイ出てきました」って感じの、せっかちな江戸っ子の「道成寺」(笑)。そのうえで、勝手なリクエストをするならば、江戸前の京鹿子、壱太郎さんは上方の雰囲気を体現してほしい! お寿司だったら壱太郎さんは押し寿司。僕はコハダの握りみたいな感じ?
壱太郎 あ、それはいいこと言ってもらった。じゃあ僕はコッテリたっぷりでいきますか。2人で上演時間が変わってきちゃうかも(笑)。衣裳に関しては大体決まりものですが、後半〽ただ頼め……で踊る箇所(恋の成就を祈る手踊りの場面)は、ケンケンは麻の葉で踊るよね。僕は紺地に桜を考えていて。あと、最後の鐘入りは鉄杖を持ってみようかなと。
右近 あ、京屋式(中村雀右衛門)ですね。僕は音羽屋式(尾上菊五郎)で最後も肌を脱がずに、「待たせてられない!」という感じで、あっという間にサラサラサラっと、めくるめく中に終わっていきたいんです。
壱太郎 うん、いいね。
──見比べていただくと絶対に楽しいでしょうね。
壱太郎 そうなると思います。僕は、今月は南座で(中村)児太郎くんと「助六」の揚巻と白玉を交互でやらせていただいていて、児太郎くんが演じている姿を見ることが、想像していた以上の刺激になっているんです。1月もおそらく、「ああ、そうか!」「そう来るんだ!」と同志の姿に熱くなったり、悔しかったりと、いろいろな感情が込み上げるひと月になると思う。
右近 僕も壱太郎さんの舞台から、いろいろな刺激を受けるだろうなぁ。そしてやっぱりシンプルなところではお客さまに「なんかいいもの見たなあ」と感じてもらいたいなと思います、うん。
壱太郎 本当にそう。「いいお正月になった」と思って帰っていただきたいよね。
同世代みんなで波を乗り切っている感覚
右近 先日、冗談混じりに「いつか僕と壱太郎さんで各1カ月、2カ月連続で踊らせてもらいましょう」なんて話しましたけど、今回僕らのミッションは、「今度は壱太郎さんをひと月みたい」「いつか右近にひと月踊らせたい」と思っていただくことだと思うんですよ。力を合わせることはもちろん、この年代は1人ひとりの力も増強していくことが大事だし、パワーをつけた者同士、お互いの力が合わさったときにとんでもないものができる!みたいなレベルが目標。「1人でもいいものができる、でもみんなで集まったときにとんでもないものができる」を目指したいです。
──特にお二人は、「研の會」でご共演したときは観客があっと驚くような趣向を考えたり、コロナ禍に発表した斬新な映像作品「ART歌舞伎」など、企画性高い作品の場を自ら作り、手を携えています。そして恒例になった南座「三月花形歌舞伎」では同年代のお仲間たちの熱量も加わって、初心者の方々にも古典のワクワク感をあの手この手で伝えられている。若手世代から歌舞伎を盛り上げていますね。
壱太郎 ここ何年かは特に、同世代みんなで舵を切りつつ大きな波を乗り切っている感覚が強いですね。各々の役割、それぞれの目指すところが、いい意味で明確になってきている実感もありますし。1月は「新春浅草歌舞伎」も盛り上がるでしょうし……歌舞伎座も負けてられませんから、それぞれの舞台を通してのぶつかり合いも感じていただきたいです(笑)。
右近 とにかく渾身の舞台で「歌舞伎座でも負けずにやっちゃってるよ」っていうエネルギーを届けましょう! お正月の歌舞伎座、この空間で踊るということは「やらせてもらいます」なんてスタンスでお客様にご覧いただく公演ではないですから。感謝とは別に、「当然やるつもりでいました」とある意味ふてぶてしく、当たり前の顔をしてやる。それが豊かな未来につながるはずだと信じています。
──お正月は木挽町と浅草から狼煙が上がる感じですね(笑)。この年代のファイトは本当にまぶしく、何より楽しいです。最後に来年の抱負を教えてください!
壱太郎 とにかく僕の2024年は、1月歌舞伎座「道成寺」、2月松竹座「立春歌舞伎特別公演」、3月南座「三月花形歌舞伎」と、1年のスタートがケンケンと一緒ですから。来年の抱負は「とにかく改めて尾上右近のことを考えよう」です(笑)。
右近 あははは、よろしくお願いいたします。僕に関して言えば、2023年は「生きているといろいろなことがあるんだな」と強く感じた年でした。この世に絶対はない、だったら自分の中に絶対を作って膨らませて育てていきたいし、誰かに与えてもらうのではなく与える存在になっていきたい。なので来年の抱負は「世の中には絶対なんてない、でもダイジョブ、俺ん中にあるから」……あ、ちなみにこれは「宇宙兄弟」ってマンガに出てくるセリフです(笑)。
プロフィール
中村壱太郎(ナカムラカズタロウ)
1990年生まれ。1991年、三代目中村鴈治郎襲名披露興行「廓文章」で初お目見得。1995年、五代目中村翫雀・三代目中村扇雀襲名披露興行「嫗山姥」の一子公時で初代中村壱太郎を名乗り初舞台。2014年、吾妻徳陽として日本舞踊吾妻流七代目家元襲名。2016年、野田秀樹作、オン・ケンセン演出「三代目、りちゃあど」に出演。また新海誠監督のアニメーション映画「君の名は。」で巫女の奉納舞を創作。現在は女方を中心に歌舞伎の舞台に精進するほか、春虹の名で脚本執筆、演出にも挑戦している。2020年に配信公演「ART歌舞伎」を制作・上演、2021年に「夜は短し歩けよ乙女」に主演した。
中村 壱太郎 (@nakamurakazutaro) | Instagram
尾上右近(オノエウコン)
1992年生まれ。2000年、「舞鶴雪月花」で初舞台。2005年、「人情噺文七元結」長兵衛娘お久役ほかで二代目尾上右近を襲名。歌舞伎を中心に、現代劇やミュージカル、自主公演「研の會」など精力的に活動。2018年に七代目清元栄寿太夫を襲名。2021年に「衛星~リズム&バキューム~」、2022年に「ジャージー・ボーイズ」に出演。現代美術家との対談を収録した「尾上右近アーティスト対談集 右近vs8人」が発売中。
尾上右近 公式サイト | Onoe Ukon OFFICIAL SITE
次のページ »
「五人三番叟」出演者が新年の抱負語る