片岡仁左衛門、“憎めない男”いがみの権太の悲劇を色濃く描き出す 6月は歌舞伎座で会いましょう

目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。ステージナタリーでは、夜の部「義経千本桜」三段目でいがみの権太を演じる片岡仁左衛門にインタビュー。仁左衛門が同役を演じるのは、2018年の南座公演以来5年ぶりのこととなる。単独上演されることの多い「すし屋」だけではなく、その前日譚で、権太の家族愛がにじむ「木の実」から上演するのは、仁左衛門のこだわり。権太の魅力や、先輩との思い出深いエピソードまで、たっぷりと語ってもらった。また、没後130年を迎えた河竹黙阿弥にフィーチャーしたミニコラムでは、昼の部で披露される“忍術もの”「児雷也」を紹介する。

取材・文 / 川添史子

片岡仁左衛門、いがみの権太を語る

権太は、私に言わせると“悪ガキ”

大阪ではやんちゃな男の子を「ごんたくれ」「ごんたやなぁ」と愛情を込めて呼ぶそうである。「義経千本桜」三段目の主人公、いがみの権太はその語源。親父に勘当されたこの不良息子を仁左衛門が演じると、悪さの中にもどこか憎めない魅力があふれ出す。

「権太は人をだますような人間で、よく“ごろつき”と言われるような役ですけれど、私に言わせると“悪ガキ”ですね(笑)。大阪と東京で演じ方が分けられますが、江戸風はスッキリとカッコよく、人間の弱さやカッコ悪い部分も描く上方とは色が違います。ただ上方のやり方と一言で言っても、河内屋(實川延若家)さんと成駒家(中村鴈治郎家)さんでも違いますから。私も父(松嶋屋、十三世片岡仁左衛門)の演じ方とは違っていますが、上方の方は、丸本もの(人形浄瑠璃もの)の匂いを大事にしています。加えて意識するのは、やはり家族愛。私が権太を演じるときは必ず『すし屋』のみではなく『木の実』から上演しますが、これも物語をわかりやすくすると同時に、権太の家族の温かみをお客様にお伝えしたいからです。そうすることで、『すし屋』での悲劇が一層際立つ。私の権太は勘当された親父を口では憎んでいるように言っていますが、心の底では愛しています。また、自分の子供も可愛くて仕方がない。女房小せんに対してはえばったところもありますが、なんとなく姉さん女房に甘えるような部分もあります。これは女房役をずっと勤めていてくれた兄(片岡秀太郎)との間で自然とそうなっていきました」(仁左衛門)

「『義経千本桜』すし屋」(2018年12月、南座)より、片岡仁左衛門扮するいがみの権太。(撮影:篠山紀信)

「『義経千本桜』すし屋」(2018年12月、南座)より、片岡仁左衛門扮するいがみの権太。(撮影:篠山紀信)

観客がなぜか許してしまう、“あかんたれ”な権太

権太と女房、そして幼い子供とのアットホームな雰囲気を、のどかな秋の風景に映し出す「木の実」。仲違いしていた親への“告白”をじっくりドラマチックに聴かせる「すし屋」。“ならず者”の中ににじむ寂しさ、愛情深さ、可愛らしさ、不器用さ……仁左衛門の手にかかると、実に多面的な男の輪郭が浮かび上がる。花道で恋女房に「お前の後ろ姿、えらいみずみずしいなあ」とからかうように声を掛ける場面は、コミカルでもありチャーミング。子供の手を温める権太の優しさ、微笑ましい夫婦の姿からは、仲の良い一家の様子が生き生きと伝わってくる。

「普通、昔で言えば古女房に今更『みずみずしい』なんてバカバカしくて言わないですけれど(笑)、そういう夫婦仲なんでしょう。あそこは河内屋のおじさんのセリフをいただいたんです。河内屋のおじさん、山城屋のお兄さん(坂田藤十郎)は、セリフの中に泥くさいような匂いがちゃんとありましたが、私は残念ながらそうした味わいはなかなか出せません」(仁左衛門)

片岡仁左衛門

片岡仁左衛門

いやいや、情が濃く、様子の良い権太に透ける愛嬌と色気は唯一無二。茶を目のふちにつけて涙と見せかける“泣き落とし作戦”で、母親がへそくりを渡してしまう場面……錠前を手際よく外す権太に「器用な子じゃなァ!」と喜ぶ甘々の母心に、観客は笑いながらもつい「仕方ない」と思わされてしまう。悪知恵働く“あかんたれ”な権太が、すっかり好きになってしまうのだ。

「母親をだましてお金をせしめても、また、母親が甘やかしても、お客様がなぜか許してしまわれる。憎まない。むしろ可愛さの残る男なんですね(笑)」(仁左衛門)

セリフはわかりやすく単刀直入に

権太の父は旧恩があり、敵方に追われる平維盛をかくまっている。権太が敵を欺き、維盛の妻・若葉の内侍と、息子・六代君になりすました自分の妻子を引き渡したのを見送り、ほっとして「ああうまくいった、親に喜んでもらおう」と手柄を報告しようとしたその瞬間、そんな真実を知らない父親に刺される場面。

「上演を繰り返すうちに、自然とあの形になっていきました。従来の形は梶原一行が去った方を見送っているうちに父親に刺されてしまうのですが、今の演じ方のほうが悲劇の色合いを、より濃く訴えられる場面になったと思っています。結局、台本を読み返すことですね。そして舞台を毎日新鮮な気持ちでやるのが大事だと思うんです。決まった段取りを追うだけでは、ああいうやり方は出てこなかったと思います。常に芝居作りで意識するのは、“一部を取り上げて説明を長くしても、お客様にはなかなかわかっていただけない”ということ。セリフはわかりやすく単刀直入に、そして早い段階で芝居の主題を訴える。カットすべきところはカットし、台本自体もやるたびごとに見直します」(仁左衛門)

「『義経千本桜』木の実」(2018年12月、南座)より、片岡仁左衛門扮するいがみの権太。(撮影:井川由香)

「『義経千本桜』木の実」(2018年12月、南座)より、片岡仁左衛門扮するいがみの権太。(撮影:井川由香)

“型”ではなく、“心”を訴える

「木の実」と「すし屋」の間には、主君の妻子を守って討ち死にを遂げる「小金吾討死」が入る。まだ若い前髪姿の若武者・小金吾を演じるのは、孫の片岡千之助だ。今回の歌舞伎座では、息子の片岡孝太郎が若葉の内侍を演じ、親子孫三代の共演も話題。小金吾は仁左衛門自身も思い出深い役と語る。

「2回目の『仁左衛門歌舞伎』(1963年、文楽座)のとき、19歳で小金吾を勤めました。父に言われて天王寺屋のお兄さん(五世中村富十郎)に教わったんです。悲しいつらい役ですが、非常に気持ちの良い役。とてもうれしかったのを覚えていますね。6歳で『すし屋』の六代君を勤めたとき(1951年、大阪新歌舞伎座)は、(二世)中村鴈治郎のおじさんの弥助、(市川)寿海のおじさんの権太でした。そのときが、おかしかったんですよ。当時は香水を付けるのが流行りで、鴈治郎のおじさんが『権太の前を通るときにいい匂いがするように』と私にシュッシュッシュッと香水をかけてくださったんです。しかも『しっかり香るように、こうやれ、こうやれ!(身体を振る)』ってね(笑)。もちろんそこまではやらなかったですけどね(笑)。そんなことが許される時代だったんですね。時代と共にお客様の層も変化していきますし、私たちは、どうやって歌舞伎の魅力を伝えるか、どういうやり方なら理解してもらえるかをしっかり考え続けないといけません。型ではなく、心を訴えなくてはね」(仁左衛門)

「六月大歌舞伎」より「『義経千本桜』木の実 小金吾討死 すし屋」の特別ポスター。

「六月大歌舞伎」より「『義経千本桜』木の実 小金吾討死 すし屋」の特別ポスター。

ラスト、権太が苦しい息の中で吹くのは「木の実」で子供の善太が持っていた一文笛。観客の目には、父が子に「ピピピピー」と吹いてやっていた幸福な場面が重なり、音色はより哀しく響く。生きて、愛して、死ぬ──どんな時代も変わらない主題が息づく舞台を、ぜひ客席で。

令和初の園遊会に出席

片岡仁左衛門

片岡仁左衛門

先日「令和初の園遊会」に出席。この日のニュース映像では天皇陛下と仁左衛門が言葉を交わす様子が流れ、「お芝居におみ足をお運びください、みんなの励みになります」と伝える姿が印象的だった。仁左衛門にこの日のことを尋ねると「父の『仮名手本忠臣蔵』をご覧になったことがあるとお声をかけていただきました。日本芸術院賞をいただいたとき(1988年)は、授賞式に当時の皇太子殿下(現上皇)が昭和の天皇陛下の代理でお見えになり、そのあと皇居で天皇陛下ともお会いできました。また、平成の天皇陛下ご夫妻には、三度ほどお話をさせていただき、三代にわたってお会いできたことになります」とにっこり。

プロフィール

片岡仁左衛門(カタオカニザエモン)

1944年、大阪生まれ。十三代目片岡仁左衛門の三男。1949年に「夏祭浪花鑑」の市松で、本名の片岡孝夫の名で初舞台。1998年に「吉田屋」の伊左衛門、「助六曲輪初花桜」の助六ほかで十五代目片岡仁左衛門を襲名。2015年に、重要無形文化財「歌舞伎立役」保持者の各個認定(人間国宝)を受ける。

今月の黙阿弥

37歳、意欲に燃える黙阿弥が書いた「児雷也」

歌川豊国「児雷也豪傑譚話」より、八代目市川團十郎演じる児雷也、三代目岩井粂三郎演じる田毎姫。

歌川豊国「児雷也豪傑譚話」より、八代目市川團十郎演じる児雷也、三代目岩井粂三郎演じる田毎姫。

「児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり。通称『児雷也』)」は、蝦蟇の妖術を操る児雷也の活躍を描いた作品。河竹黙阿弥(当時新七)が、先行作品である草双紙の楽しさ美しさをたっぷり盛り込み、趣向を凝らして脚色した痛快活劇だ。初演は嘉永5年(1852年、河原崎座)、時はペリー来航の前年。厳しい質素倹約を強制した天保の改革が解かれ、世紀末的な妖しい美が咲き乱れ、江戸文化が最後の光を放った時代──主役の児雷也を演じたのは、当時江戸随一の人気を誇った八代目市川團十郎だった。團十郎の評判は言わずもがな、勇美之助の嵐璃寛、夜叉五郎・富貴太郎・仙素道人の市川九蔵、鹿六の浅尾奥山、あやめ太夫・越路の岩井粂三郎といった座組みで大当たりとなる。作者黙阿弥は当時37歳、新しい狂言を生み出す意欲に燃えていた若手時代。当時、新作に消極的だった河原崎座の座主・河原崎権之助とは方針が合わず、随分と苦労したという言葉が残っているが、これはそんな権之助さえも納得させた1本だ。四代目市川小團次と提携以前の初期作品、いよいよ世に名前が認められる前夜に書かれた、作家にとってエポックメイキングな芝居と言える。

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