目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。5月は、「音菊眞秀若武者」で初舞台を踏む尾上眞秀にインタビュー。2017年の初お目見得から6年、まだ10歳ながら、近年は表情に凛々しさがにじみ、1人の俳優として頼もしい存在感を醸し出している。2月の記者発表(参照:尾上菊五郎、孫・初代尾上眞秀の初舞台演目に熱意「立役と女方、両方やってもらう」)では、堂々とした立居振る舞いで報道陣を驚かせた眞秀は、初舞台に向けて気合十分。瞳をキラキラさせながら、意気込みを語った。また没後130年を迎えた河竹黙阿弥に焦点を当てるミニコラムでは、「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部「梅雨小袖昔八丈」(通称「髪結新三」)を紹介。黙阿弥が五代目尾上菊五郎のために書き下ろした「髪結新三」の魅力に迫る。
取材・文 / 川添史子
尾上眞秀、いよいよ初舞台へ
プレッシャーよりも断然「ワクワク」
尾上菊五郎の孫で、寺島しのぶの長男、寺嶋眞秀が、5月2日から27日まで開催される歌舞伎座新開場十周年「團菊祭五月大歌舞伎」で、初代尾上眞秀を名乗って初舞台を踏んだ。記念すべき演目は、昼の部「音菊眞秀若武者(おとにきくまことのわかむしゃ)」。眞秀が演じるのは安土桃山時代の伝説的豪傑で、諸国を巡りながら狒々(ヒヒ)や大蛇などの化物退治で勇名を轟かせた岩見重太郎。前半は女童姿で舞を披露、凛々しい立役とかれんな女方の演じ分けも大きな見どころとなりそうだ。
主役を演じるプレッシャーよりも、「ワクワクする気持ちが強い」と語る眞秀に、演じるうえでの心がけを尋ねると「立役と女方で所作や声の出し方を変えないといけないので、そこは難しいけれど楽しさもあります。ひーま(祖父の菊五郎)から言われたのは、音に合わせて動くことです。自分の名前“眞秀”が入った演目なのもうれしいですし、“まこと”と読ませるのもカッコよくて気に入っています」と、ハキハキとご回答! 何と言っても、ステージナタリーの単独取材の前には大勢の記者相手にたった1人で、次々と質問が飛ぶ取材会も元気にこなし、大人たちを驚愕させた。なんとも自立心旺盛、“恐るべき10歳”なのだ。歌舞伎座ギャラリー木挽町ホールでの取材会終了後、記者たちが「そのまま舞台を降りるのかな?」と思った途端、舞台上の定式幕をサーっと引いて締めくくったお茶目で機転の効いた演出にも、思わず拍手を送ってしまった。
重太郎、眞秀、そして母上の共通点
重太郎との共通点を聞くと「自分に近い強さを感じます。重太郎も僕も、負けず嫌いだと思います」と力強く返答。小さな身体に勇気と闘志がみなぎっている。横で聞いていたお母上が「負けず嫌いの眞秀にピッタリだね」と付け加えると、「お母さんもでしょ!」とすかさず返し、笑ってしまった。剣豪として名高い重太郎は、父の仇討ち相手を探しながら旅をしている。眞秀いわく「そこにも怒りみたいな強さがあるのだと思います」と、どこまでも勇ましい。現在、大好きな立廻りのお稽古を楽しんでいるようで、「(パンチのジェスチャーをしながら)悪い人をやっつけます!」と、溌剌とした表情を見せた。同年代のお友達にアピールしたいポイントを聞くと「きっと立廻りは、観ていて退屈しないと思います」と自信たっぷり。さぞや勇敢な少年剣士が誕生することだろう。
“寺嶋眞秀”時代、印象に残っている役は…
初舞台以前も“寺嶋眞秀”の名で多くの舞台経験を重ねて活躍していたので、その成長を見守ってきた方も多かろう。2017年5月、4歳で「魚屋宗五郎」の酒屋丁稚与吉で初お目見得した際、花道を酒樽を持って愛らしくちょこちょこ歩いていたのが、つい昨日の出来事のよう。大きな声でセリフを言い、拍手を受けながら花道を去っていく姿も目に焼き付いている。
ご本人の中で印象に残っている舞台を聞くと、「弁天娘女男白浪」「実盛物語」「遠山桜天保日記」とのこと。仕事をキチンとこなし、暖簾の裏にじっと座りながら祖父の弁天をしっかり見つめていた丁稚長松、片岡仁左衛門の実盛との共演でたくさんのセリフを丁寧に聴かせた太郎吉、坂東亀三郎・尾上丑之助・小川大晴といった音羽屋の子役たちとお行儀良く踊る姿を見せた新春公演、どれもこれも立派だった! 近年は市村橘太郎をはじめ菊五郎劇団の大先輩に役を教わることも増え、「歌舞伎がどんどん好きになってきたし、前とは気持ちが違います。うーん、何が違うのかな……プライドとか(がわいてきた)」と実に頼もしい。2年前の「土蜘」太刀持音若は、長時間舞台上でじっと控える難しい役。「長い袴で後ろに下がるところが大変でした」と苦労を語るが、キリリと演じる姿は実に清々しかった。今年はNHK大河ドラマ「どうする家康」にも出演するなど、ますます活躍の場を広げ、学校に通いながら映像に舞台のお稽古に本番にと大忙しの小学生だが、「くたびれていても、シャワーを浴びるとエネルギーが戻ります。家に帰ってサッカーもします」と疲れ知らず。とことんエネルギッシュなのだ。
いつでもどこでも「まったく緊張しない」と豪語する堂々とした大物ぶりには驚いてしまうのだが、たった一度だけ、緊張した“舞台”を教えてくれた。「5歳のとき、通っていた塾での発表会で歌舞伎のセリフや動きを見せたことがあって、舞台に上がった途端に泣いてしまいました。歌舞伎座よりも小さいお部屋だったし、目の前にばーば(祖母の富司純子)の顔も見えたし、たぶん、あれが緊張だったのかな……」。舞台に実際に立って初めて気付くこと。こうやって1回1回、新しく豊かな経験を積んで、たくましく育っていくのだろう。
いつかフランスでやりたい「弁天娘女男白浪」と「め組の喧嘩」
フランス人クリエイティブディレクターのローラン・グナシアを父に持つ眞秀は、フランス語も熱心にお勉強中。2月、フランス大使公邸で行われた記者会見の冒頭では、フランス語と日本語であいさつし「小さいころから歌舞伎が好きでした。いつか僕とパパの母国フランスで歌舞伎の公演をやってみたい」と壮大な夢も語った。フランス公演でどんな演目をやりたいかを尋ねると、「弁天娘女男白浪」と「め組の喧嘩」と即答。町火消と力士の喧嘩を派手な立廻りで見せる「め組の喧嘩」は、まだ眞秀が2歳のときの「團菊祭」千穐楽、同い年の亀三郎と共に小さな半纏を着こんでサプライズ登場した、ファンにとっても思い出深い演目だ。これを聞いた母上が「ツアーで『め組の喧嘩』なんて、大座組みで松竹さんが大変。現地のフランス人と喧嘩する?」と笑うと、眞秀の表情豊かな目がいたずらっ子のように輝いた。やってみたい役は、やっぱり弁天小僧。「音羽屋の芸、ひーまの芸だからです」という回答に「おじい様の弁天、とってもカッコいいですものね」と伝えると「そう、カッコいい!」とうれしそう。小さな歌舞伎俳優が憧れる役は、観客の未来の楽しみでもある。
プロフィール
尾上眞秀(オノエマホロ)
2012年、東京都生まれ。寺島しのぶとローラン・グナシアの長男。祖父は尾上菊五郎、おじは尾上菊之助。2017年に歌舞伎座「魚屋宗五郎」の魚屋丁稚与吉で初お目見得。2023年に歌舞伎座「音菊眞秀若武者」で、初代尾上眞秀を名乗り初舞台。2018年に「弁天娘女男白浪」の丁稚長松、2019年に「姫路城音菊礎石」の福寿狐、「盛綱陣屋」の盛綱一子小三郎、「実盛物語」の太郎吉、「江戸育お祭佐七」の踊りの勘平、2020年に「人情噺文七元結」の小じょくお豆、「於染久松色読販」の丁稚長太、「土蜘」の太刀持音若、「松竹梅湯島掛額」の丁稚長太、「芝浜革財布」の丁稚長吉、「當世流小栗判官」の遊行上人弟子一眞、「遠山桜天保日記」の河原崎座役者を演じた。
今月の黙阿弥
五代目尾上菊五郎に当てて書いた「髪結新三」
目に青葉、山ほととぎす初鰹──新緑したたる初夏を描いた「梅雨小袖昔八丈」、通称「髪結新三」は、生世話の名人五代目尾上菊五郎に当てて書いた河竹黙阿弥明治期の代表作。髪結の新三の本当の顔は、入れ墨新三という悪党。材木商白子屋の美しい一人娘、お熊を誘拐するような恐ろしい悪人が主人公だが、江戸庶民がこの爽やかな季節に寄せた美意識を届けてくれる芝居である。「パリを描いたバルザック小説のよう」と言った人もいるが、なるほど、江戸の市井と人の心の機微を、たくみに写し取った名作。
そんな“江戸っ子好み”が最も凝縮されているのが、新三が鰹を買う場面だろう。「テッペンカケタカ」のほととぎすの声が聞こえ、長屋の住民たちが「だいぶホトトギスの声を聞くが、まだ鰹の声は聞かねえようだ」と世間話。「薩摩さア」という威勢のいい下座音楽とともに、花道から「かッつお!」の歯切れの良い売り声が聞こえ、盤台を天秤棒で担いだ魚屋が出てくる。そこで朝湯帰りの新三が浴衣に濡れ手拭い、さっぱりした姿で登場、鰹を求める。江戸っ子たちが「女房、娘を質に置いても食いたい」と憧れた「初鰹」を、ぽーん!と買う心意気(黙阿弥の祖父は通人だったらしく、初鰹、初鮎、初鮭を食す江戸っ子だった……なんてエピソードも残っている)。
新三は深川閻魔堂で殺されるが、菊五郎の「殺されて引っ込んでおしまいというのは気分が良くない」という一言を受けて、黙阿弥が大詰の大岡越前役を書き加え、菊五郎が2役をこなした……というエピソードも、役者と戯作者の丁々発止のやりとりを感じさせる。
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