中村隼人、晴明神社へ。宮司から聞く“安倍晴明”像 4月は歌舞伎座で会いましょう

目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。4月は「新・陰陽師」に注目。平安時代に実在した陰陽師・安倍晴明は、小説や映画、舞台にもたびたび登場する人気のキャラクターだ。今回、晴明役に挑む中村隼人は、3月、多忙なスケジュールの合間を縫って、晴明を祀る京都・晴明神社を訪れた。そして公演の成功祈願を行うと共に、宮司の山口琢也さんから晴明像について話を聞いた。また隼人と別の日に、脚本・演出を手がけ、さらに蘆屋道満役を勤める市川猿之助が、出演者9名の直筆絵馬を晴明神社に奉納。それぞれの扮装姿と絵馬を紹介する。没後130年を迎えた河竹黙阿弥にフィーチャーしたミニコラムでは、「鳳凰祭四月大歌舞伎」夜の部で上演される「与話情浮名横櫛」の作者である三世瀬川如皐と黙阿弥の関係をつづる。

文 / 川添史子撮影 / 井川由香(晴明神社)、永石勝(スチール写真)

中村隼人、晴明神社へ。宮司から聞く“安倍晴明”像

晴明神社の一の鳥居の前に立つ中村隼人。金色の「晴明桔梗」(通称「五芒星」)が掲げられている。

晴明神社の一の鳥居の前に立つ中村隼人。金色の「晴明桔梗」(通称「五芒星」)が掲げられている。

晴明さんはパーソナルな神様

中村隼人 本日は「新・陰陽師」の成功祈願をさせていただき、ありがとうございました。

宮司 今回の舞台は、歌舞伎座さんの新開場十周年記念なんですね。私、前回の舞台も拝見しました。あっという間に10年が過ぎてしまって驚きますけれど。

隼人 僕も前回は先輩方の舞台を客席から拝見したので、びっくりしています。晴明神社さんは、何年前に創建されたのでしょうか?

宮司 寛弘4年(1007年)ですから、今から1000年以上前です。

隼人 1000年! 時間のスケール感がすごいですね。

中村隼人

中村隼人

宮司 平安時代中期、平安京の文化爛熟の時代ですから、この頃に創建された神社・仏閣が京都には多いんです。二つの世界大戦でも焼けませんでしたから、古いものがこうして残ったんですね。「戦争で焼けた」と言えば応仁の乱を指すぐらい古い街で(笑)。

隼人 3月まで出演していた「巌流島」でご一緒していた俳優さんが、神社巡りが趣味という方だったんです。つい数日前に御朱印帳を見せていただいたら、五芒星が目に入って「晴明神社!」と盛り上がりました(笑)。今日も境内の至る所で星を見つけましたし。

宮司 五芒星は社紋であり、あらゆる魔除けの呪符として重宝されてきたんですよ。桔梗の花と形が似ていることから、ここでは「晴明桔梗紋」と呼ばれています。晴明神社は実は、知る人ぞ知る桔梗の名所でもあるんです。例年6月中旬から9月下旬あたりと比較的長い花期で、清らかな花を咲かせますので、その時期にまたいらしてください。

隼人 近年は顔見世興行で年末に京都滞在することが多いのですが、そう伺うと夏にも来たくなります。晴明神社さんには、晴明さんを演じる俳優が必ずご祈願に訪れますよね?

宮司 おみえになりますね。10年前も当時の市川染五郎さん(現在の松本幸四郎)がいらっしゃいました。昨年は三宅健さんがいらっしゃいましたし(舞台「陰陽師 生成り姫」)。そういえば、来年の大河ドラマ(紫式部を描く「光る君へ」)にも晴明公が出てくるそうですね。

隼人 ユースケ・サンタマリアさんですよね! 時代、時代でいろいろな方々が演じる役ですから、緊張します。現代では、なんと言っても野村萬斎さんが演じられたことで(夢枕獏原作、滝田洋二郎監督映画「陰陽師」、シリーズ1作目は2001年)、“安倍晴明”という名が知られるようになったんでしょうか?

玉串を捧げて手を合わせる中村隼人。

玉串を捧げて手を合わせる中村隼人。

成功祈願する中村隼人。

成功祈願する中村隼人。

宮司 映画「帝都物語」(荒俣宏原作、実相寺昭雄監督、1988年)には、“晴明の末裔である陰陽師”が出てきましたが、やはり萬斎さんの映画の影響は大きいでしょうね。神社の一千年祭が2003年でして、映画によるブームに合わせたように巡ってきたんです。晴明公のお力でしょうか(笑)。不思議です。

隼人 すごいですね。近年では(フリープログラムで「SEIMEI」を演じた)フィギュアスケートの羽生結弦選手がご参拝されて金メダルを獲得されましたし。

宮司 こうやって皆様のおかげで晴明公を知っていただける機会があることは、ありがたいことです。

隼人 地元の皆様にとって晴明さんは、どういう神様なのでしょうか?

宮司 一言で言えば「パーソナルな神様」ですね。天下国家を論ずるのではなく、個人的な悩みを解決された方。なので仰々しくお参りするというよりは、皆さま、個人的にお参りくださいます。実は晴明神社は、明治維新の廃仏毀釈で廃社になるところだったのを、お稲荷さんをお祀りすることで残すことができた……という歴史があります。晴明公は狐とご縁がありますから(注:晴明は狐の化身である葛の葉と人間の男性との間に生まれた子……という言い伝えがある)。

隼人 なるほど、「芦屋道満大内鑑 葛の葉」にもなった「葛の葉伝説」ですね。晴明さんが手で結ぶ独特の“印”も印象深いのですが、これに正解はあるのでしょうか。

宮司 陰陽師のマニュアルのような古い資料は残されていますが、現代では読み解くことが不可能なんです。

中村隼人が宮司から頂戴した書籍を熱心に読み込む。

中村隼人が宮司から頂戴した書籍を熱心に読み込む。

実は“完璧な人”ではなかった?親近感が湧く晴明像

宮司 ところで隼人さんは、役を考えるとき、どうやって膨らませていくんですか?

隼人 歌舞伎だったら、先輩に教えていただいたり、過去の映像や資料を見ます。先日演じた佐々木小次郎は、史実はあまり残っていないんですよ。なので大叔父である萬屋錦之介が武蔵役をやった映画5部作(内田吐夢監督、1作目は1961年)で高倉健さんが演じた小次郎、鶴田浩二さんの小次郎も勉強しました(稲垣浩監督「宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島」1956年)。いずれも吉川英治さんの小説のイメージですよね。ただ今回は新解釈だったので、台本に書かれたことが大きな軸になりましたね。今はもっぱら晴明さんの勉強中で……どんな部分を大事に演じたら良いでしょう?

宮司 いろいろな晴明像があっていいと思いますし、それぞれのオリジナリティを出していただければ、それが一番だと思うんですよ。ただここで生まれ育った私にとって、晴明公は子供の頃から「神さん」といえば「晴明公」と決まっていましたし、優しいというよりもズバズバと問題を解決する姿が思い浮かびますね。

隼人 陰陽師は、天体の動きも見ていましたし。

宮司 天文学、天文博士というポジションで、いわゆる造暦、暦も作っていたそうです。天体の動きを見ることによって、自然の力、大きな力を感じていたんでしょう。

隼人 視野が広い方だったんでしょうね。

晴明神社の御神木、樹齢推定300年の楠を見上げる中村隼人。

晴明神社の御神木、樹齢推定300年の楠を見上げる中村隼人。

宮司 ただ面白いところでは、「藤原道長の家の地鎮祭に遅刻した」なんて記述もあるんですよ(笑)。

隼人 遅刻ですか!

宮司 晩年のことで、あまり怒られなかったようですが。

隼人 確か道長の絶大な信頼を得ていたんですよね。

宮司 そうです。でも時々ポカをするんですね(笑)。パブリックイメージにある完璧な人間像とは違って面白いでしょう?

隼人 そんな人間らしい一面をお持ちだったんですね。一気に親近感が湧きました(笑)。

宮司 どうぞ隼人さんの個性を生かした晴明公を観せてください。公演を拝見するのを楽しみにしております。

隼人 ありがとうございます。劇場でお待ちしております。

晴明神社にて、中村隼人(中央)。宮司山口琢也さん(左)、権禰宜山口渚子さん(右)と。

晴明神社にて、中村隼人(中央)。宮司山口琢也さん(左)、権禰宜山口渚子さん(右)と。

プロフィール

中村隼人(ナカムラハヤト)

1993年生まれ。萬屋。中村錦之助の長男。2002年に初代中村隼人を名乗り初舞台。近年は歌舞伎のほか、舞台や映像でも活動。5月に明治座創業百五十周年企画「市川猿之助奮闘歌舞伎公演」に出演。