尾上松緑と西森英行が語る“講談を歌舞伎に”、10月は「荒川十太夫」で会いましょう

“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”をキャッチコピーに、コロナ禍でも工夫を凝らし、毎月多彩な演目を上演している歌舞伎座。十月は、尾上松緑が主演する新作歌舞伎「荒川十太夫」に注目する。人間国宝の講談師・神田松鯉が得意とする講談「荒川十太夫」は、赤穂義士の1人、堀部安兵衛の切腹の際に介錯をつとめた荒川十太夫の苦悩を描いた物語で、このたび、劇団InnocentSphereの西森英行演出で、歌舞伎として立ち上げられる。20年来の友人関係でもある松緑と西森は、この大きな挑戦にどう立ち向かうのか。「数十年後まで歌舞伎のレパートリーとして上演されていくような新作にしたい」と意気込む二人の思いを聞いた。

取材・文 / 川添史子撮影 / 藤記美帆

講談から歌舞伎を立ち上げる

──本日はこのインタビューの前に新作「荒川十太夫」読み合わせ初日を見学。声で各役が立体的に立ち上がる様子を拝見し、大いに期待値が高まりました!

尾上松緑 歌舞伎演出を初体験する西森さんは、読み合わせ初日どうでしたか?(笑)

西森英行 いやー……まずですね、演劇人生で一番と言っていいほど緊張しました!

松緑 あははは、そうは見えなかったけど。

西森 今日はまず、自分なりのこの作品の愛し方を皆さんと共有したいと考え、そこが伝えられたことに胸を撫で下ろしています。

──西森さんは社会派の舞台から、2.5次元舞台、あるいはミュージカルなど、幅広い舞台の脚本・演出を手掛けています。また主宰される劇団InnocentSphereの公演「ハリジャン」(2008年)に松緑さんが出演されたこともあり、お二人は長年のお付き合いです。

松緑 西森さんとはプライベートでも仲良くさせていただき、20年以上の付き合いですから、多大なる信頼を寄せています。今日の稽古でも目指す方向を明確に語ってくれて、とてもわかりやすかったですね。

尾上松緑

尾上松緑

──今回講談から歌舞伎化される「荒川十太夫」は、高田馬場の決闘で有名な赤穂義士・堀部安兵衛の切腹で、介錯をつとめた下級武士・荒川十太夫の苦悩と覚悟を描いた物語。数ある講談からこの1本を選ばれたワケを教えていただけますか?

松緑 9月に出演した「菅原伝授手習鑑 寺子屋」(参照:「秀山祭」開幕、松本白鸚・片岡仁左衛門・中村梅玉らが中村吉右衛門をしのぶ)のような“THE古典”に携わっている人間としては、武士の封建的なシステムや忠義というものを、現代のお客様にどう届けるかは、常に考えていくべき事柄です。でも唐辛子が嫌いな人に唐辛子のおいしさを説明するようなもので、「主君のために子供の首を切るなんて、どんな名作でも生理的に受け付けない」方がいらっしゃることも知っています。一方、赤穂義士伝の「荒川十太夫」も同じく忠義の世界を描いたものではありますが、プラス友情であったり、己の心にどう正直に生きるかといったテーマも内包していて、比較的現代のお客様にも受け入れやすい物語構造になっています。武士を主軸とした物語ですが、9割のお客様が抵抗感なく、心温まる作品として受け止めてくださるはず。西森さんには作品選びの段階から相談していましたよね?

西森 何年も前から松緑さんのご自宅に伺い、さまざまな音源を聴き、映像を観ながら「これも歌舞伎にできる」「あれもできる」と相談しつつ、第1弾にふさわしい作品に絞られていった記憶があります。

尾上松緑演じる荒川十太夫。

尾上松緑演じる荒川十太夫。

──介錯人に抜擢された十太夫と安兵衛の間に、どんなやり取りがあったのか……十太夫の葛藤、誠実な心のあり様が、静かにドラマチックです。

西森 僕がこの物語が普遍的だと感じる点は、自分が自分に課したルールの物語であるところです。徹頭徹尾、十太夫が罪悪感を持ち、自分を追い込み続け、最後はある形で解放される構造が見事で、これは十分、現代においても通じうる。松緑さんがおっしゃるように、多くのお客様に理解していただけるお話だと思います。

──本日の稽古場では西森さんが「荒川十太夫が犯した罪、その謎が明らかになる物語」で、上質のミステリーのような構造だと説明されていました。

西森 物語を謎解きとして捉え、それをどれだけスリリングかつ魅力的に感じていただくよう演出するかがポイントです。そして大事なことがもう1つ、詮議の場で明らかになっていく、十太夫の内的葛藤ですよね。心の綾が入り組み、罪悪感が何重にも絡まる心理が徐々に紐解かれていく様を、どう効果的に届けるか。松緑さんの舞台はいろいろと拝見していますが、僕にとってもっとも衝撃的だったのは、「番町皿屋敷」(岡本綺堂作の新歌舞伎。身分を越えた清純な恋、真心を疑われた男の生一本な性格を描く)の青山播磨なんです。十太夫と状況はかなり違うけれど、あれも内的葛藤が激しい役じゃないですか。歌舞伎で初めて涙を流してカタルシスを感じた作品でもあって、演劇的な言葉で言えば、“内的運動”を強く感じました。渦巻くエネルギーを持つ松緑さんだからこそたどり着ける、そんな舞台を追求したいですね。

西森英行

西森英行

松緑 それにしてもこの話は、嫌な人が1人も出てこないんですよ。十太夫を詮議する松平のお殿様(松平隠岐守定直=坂東亀蔵)も、追求する目付役(杉田五左右衛門=中村吉之丞)にしても、決して悪役ではない。すべてのキャラクターにシンパシーを感じていただけると思います。今年1月に演じた「元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿」(真山青果作の新歌舞伎。仇討ちの心を探る徳川綱豊卿と、本心を悟られないよう相対する赤穂義士・富森助右衛門の物語、参照:「元禄忠臣蔵」中村梅玉、尾上松緑との“対決”に「今から楽しみです」とニヤリ)の中で綱豊卿が義士に共鳴する温かい心情とも、共通するものを感じますね。